黙示録

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シオン長老の議定書
四王天延孝 原訳  太田龍 補訳・解説  成甲書房  2004年刊
「議定書」とは → 太田龍氏の解説 
       
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「議定書」全文ではなく抜粋です。第15議定まで完了。随時追加していきます。
第 1 議定 第 2 議定 第 3 議定 第 4 議定 第 5 議定 第 6 議定
第 7 議定 第 8 議定 第 9 議定 第 10 議定 第 11 議定 第 12 議定
第 13 議定 第 14 議定 第 15 議定 第 16 議定 第 17 議定 第 18 議定
第 19 議定 第 20 議定 第 21 議定 第 22 議定 第 23 議定 第 24 議定
 


第1議定  [もくじ]

●古代において真っ先に「自由」「平等」「友愛」を民衆に投げ与えたのは我々ユダヤ人である。この標語はその好餌に向かって駆けつける蒙昧な鸚鵡(おうむ)どもによって、いやになるほど繰り返され、世界の繁栄と、以前は下層民の猛威に対して善く保護されていた真の個人的自由を破壊し去った。
  教養あり才知ありと称するゴイムも、この3つの標語の間に隠れた矛盾のあることに気がつかなかった。彼らは自然には平等の存立しないことや自由のあり得ないことに注意しなかった。

●地球上のいたるところに「自由」「平等」「友愛」の標語が、何もわからぬ旗持ち人足の熱心な努力で、莫大な人間を我々ユダヤの陣営に引き入れた。しかしこの標語はゴイムの繁栄を蝕み、いたるところで平和、安寧、協同一致を破壊し、国家の基礎を転覆しようとした害虫である。この状態がどれだけ我々の勝利に役立ったことかわかるであろう。

第2議定  [もくじ] 

●近代国家は国民の間に世論を起こす大きな力をその手に持っている。新聞がそれである。新聞の使命は必要な要望を明らかにし、人民の愁訴をかき立てて、不平不満を煽るのである。わかりやすい饒舌に勝利を占めさせることはまた新聞の重要な使命である。しかるに方々の国家ではこの力を利用することが出来なかった。それで新聞の力が我々ユダヤの手に落ちてきた。その力を利用して我々は金を我々の掌中に収めた。それを集めるのは実に、血と涙の海の中においたやったのである。しかしそれには我々の同胞を犠牲にしなければならなかった。一人のユダヤ同胞の犠牲は、神の前においては千人のゴイムに相当するのである。

第3議定  [もくじ] 

●我々は、今日まさに目的を達せんとしているといえるまで、今少しの道しか残されていない。我々ユダヤ民族の象徴たる両頭の蛇が、輪を締め合わせるのはもうすぐだ。欧州各国はその両頭に締め上げられること、万力の間に挟まれたと同様になる。

●権力階級の人々に権力の濫用を勧めるために我々はすべての勢力を対立させ、その各勢力の自由主義的主張を独立まで発展させることにした。我々はこの方面に向かって様々な発案を起こさせた。そしてすべての政権に力をつけ、権力者をすべての野望の目的物とした。我々は国家をもってひとつの競技場化したので、そこには現今、反国家運動が起こっている。やがて混乱と破産が各所に起こるであろう。
  とめどのない法螺吹きが議場と行政の諸会議とも討論会場としてしまった。勇敢な新聞記者、恥を知らないパンフレット屋は毎日のように政府当局を攻撃する。権力者に対する誹謗はすべての政府を決定的に破壊し去る準備になるのだ。それは民衆を激怒に至らしめるからである。
  人民は生活の困難から、かつての奴隷や雇傭の時代よりもさらに難儀な仕事に追い込まれる。以前の奴隷的雇用からは何とかして抜け出したが、生活の困難からはなかなか脱却できない。我々が憲法に書き込んだ人民の権利というのは幻夢的なもので決して実行のできるものではない。無産者たる労働者は骨の折れる仕事に腰をかがめて働き運命に弄ばれているのに、饒舌家は饒舌する権利を与えられ、新聞記者は真面目なことも書くがとんでもないことをも書く権利を与えられているのはどういうわけか。労働者には我々の代表者を選挙してくれるお礼として我々の食卓のパン屑を受け取るだけの権利しか憲法が与えないのはどういうわけか。共和国の憲法はこれらの不幸な人々にはひどい皮肉である。というのはほとんど毎日働かなければならぬから憲法を使うことが出来ない。かくのごとき必要から親方か仲間が組織する職業に頼らざるを得なくなって、恒久かつ確実な生活の保障を捨ててしまうことになる。

●食糧が不足することは労働者に対する資本の力をいやがうえにも増すのであって、かつて君主の正統な政権が貴族に与えたよりもはるかに大きい。貧困とこれから起こる嫉妬によって、我々は下層階級を操縦して我々の前途に立ちふさがる者を打ち砕くのである。我々の世界支配の時が来れば、これと同じ方法を用いて、我々を邪魔するあらゆるものを一掃することができるだろう。

●あらゆる秘密手段を用い、我々が全部押さえている金の力により、世界的経済恐慌を現出させて、欧州各国のおびただしい労働者群を一時に街頭に放り出すであろう。これらの群衆はその無知識のために、幼少の時から羨望の的となっていた人たちの血を流すことで痛快な気分を味わい、その財産を奪い取るであろう。
  しかし、彼らは我々ユダヤ民族には害をなさない。それは攻撃の始まる時機は我々が知っているのだから、我々の利益を保護するための処置は事前に講じられるからである。

●自由という言葉は、社会全体をすべての権力に向かって対抗せしめるのであって、神や天然の権力に対してさえ反抗せしめるものである。これが我々ユダヤ人が権力を掌握した暁には、この言葉は民衆を血に飢えた獣に改造する暴力の徴であるからと言って、辞書の中から抹消する所以である。

第4議定  [もくじ] 

●共和国ができあがるまでにはいずれも3つの過程を経ている。第1に盲人の動き出した始めの馬鹿げた有り様で、右や左の壁に行き当たる。第2は民衆煽動の時代で、これは無政府状態を造り出し、国家は必然的に独裁になってくる。その独裁は合法的に公明な統治者のあるものではなくて、幽玄で隠れたものであるが、だからといって弱体というわけではない。それは種々の手先の庇護の下に楽屋で地味に働く秘密組織が活躍するからである。その手先はたびたび取り替えるのでかえって秘密組織には都合がよろしい。そうでないと永い間の精勤への報酬がいろいろ面倒になる。
  それでは誰が、何者が、そんな見えない政権を樹立できるのか。これが我々の政権の特色である。外部のフリーメーソンすなわちゴイムを要員として入れてあるフリーメーソンは、本当の秘密政権を隠蔽する屏風であり、目的をわからなくする仮面である。秘密政権の計画やその本当の所在は常に、人民にはわからないようにしてある。

●自由は、それが神の信仰と人類愛の信念を説くだけにとどまるならば、人民の安寧幸福に何の害も与えないから、国家の政権綱領に入れておいても差し支えない。だが、平等論は服従を要求する自然法則に反するから、これより切り離されなければならぬ。
  信仰があれば人民は宗教管轄の幹部に率いられた精神的指導者の下に、神の地上に打ち立てた法則に従って安穏に繁栄していけるのである。それであるから、我々はゴイムの精神からあらゆる信仰を破壊し、神の観念をも抜き取ってしまって、これに代える数字の計算と物質の欲求をもってしなければならぬ。
  ゴイムに物を考えたり観察したりする暇を与えないように、これを商工業の方に引きつけなければならぬ。それで各国は自分の個人的利益に没頭して、共通の敵に注意を払わなくなる。しかして自由がついにゴイムの社会に仕掛けをしてこれを滅ぼすことが出来るようにするには、投機を工業の基礎にしなければならぬ。そうすると地面から取り出す富が投機によって我々ユダヤの金庫の中へ転がり込んでくるのである。
  他人との競争に勝とうという闘争と、事業界における不断の投機とが、道徳も人情もない社会を造り、その社会は宗教にも政治にも無関心どころでなく、むしろ嫌気もさしてきて、ただ金を儲けることが唯一の指針となり、これを増やすためにあらゆる努力をする。それだけが物質上の楽しみで拝金宗教となってしまう。そこでゴイムの下層民は我々の競争相手である特権ゴイムに反対して、我々に結びついてくる。それは別に高尚な目的を主張するためではなく、また金が欲しいからでもない。ただ単に上層階級に対する敵意からである。

第5議定  [もくじ] 

●人民がその首領を神意の顕現だと思っていた時代には、何ら不平なく君主の独裁に服していた。しかし我々が人民の個人の権利思想を教え込んでから、彼らは君主を普通の人間と見なすようになった。我々が神の信仰を人民から取り去ってからというもの、支配者の権威は溝の中に投げ込まれて、公共の場所へ移っていき、そこで我々がこれを手に収めたのである。
  群衆や個人を弁舌や詭弁により、またはゴイムにわからない他の方法を用いて支配していく技術は我々ユダヤ人の天才的政治力に属するのである。

●政府の諸機関は我々だけが持っているエンジンで回転する。そのエンジンとは金(かね)のことである。我々ユダヤの賢者が発明した経済学が、久しい以前から金の権威を君主の威光以上に賑わしている。資本が思うように振る舞うには、商業と工業を独占しなければならぬ。そのことは既に世界の至るところで、ある見えない手で行なわれている。この目的が達せられると、政権は商人の手に移って人民はこれに屈従することになる。

第6議定  [もくじ] 

●我々はやがて大きな独占を始めるであろう。その独占は、その中にゴイムの莫大な財産が入り込む貯水池のようなもので、政治的恐慌の起こる翌日には、その財産も政府の債権も、一度に枯渇させ得るのである。ことにご列席の経済人諸君はこの計画の趣旨を慎重に考えられたい。
  我々はあらゆる方法を用いて、われわれの超政府の人気を煽る。意識的に、我々ユダヤに従おうとするすべての人々にとって、この超政府こそ保護者であり、儲けさせてくれるものだと思わせねばならぬ。

●我々はできるだけ商業工業を保護し、特に投機事業を奨励せねばならぬ。工業は土地から出る富を洗いざらい没収し、投機がその富を我々の手に落としてくれることが肝要である。この方法でゴイムは全部無産階級の列に落とされ、何とか生きていくために我々の前に腰を曲げてくるのである。
  ゴイムの工業を没落させかつ投機を盛んにするために、我々が既に広めてきた思いきった奢侈を奨励するのである。
  我々は給料を増やしてやるが、労働者はそれでは楽はできないのだ。それは同時に農産物の収穫が良くなかったという口実で生活必需品の価格をつり上げるからである。
  我々はまた、労働者の間に無政府主義の種子を蒔いたり、アルコールの趣味をそそのかしたりして生産の能力を悪くする。これと同時に、この地球上からゴイムの頭の良い者を追い払うことに全力をつくすのである。
  実際の有り様が過早にゴイムに看破されないように、表面上は労働者の経済状態を改善し、経済上の大問題を解決する希望のためと称して真相を隠すのである。我々のユダヤ経済学説がすべての点からその宣伝を容易にするのである。

第7議定  [もくじ] 

●軍備を拡張し、警察力を充実することは、諸計画を実行するために必要なことである。各国には、我々自身のほかには多数の無産者と我々に忠実な若干の百万長者と兵卒と巡査だけがいるようにしなければなならぬ。
  欧州全土に、また欧州から分かれた他の大陸にも、攪乱、軋轢、相互の排斥をおこさなければならぬ。それには二重の利益がある。第1には、各国は我々が意のままに暴動を起こしたり、これを鎮圧する力のあることを知って、かえって彼らから尊敬を払わせることである。
  こうして各国は我々を、厄介だけれどもなくてはならない重荷と認めるように習慣づけられた。第2には、我々があらかじめ政府機関の中に入れてある糸を、陰謀によって混乱させる。それには政治的手法もあるし、通商条約もあるし、債務関係もある。この目的を達成するためには、交渉の際に多くの欺瞞や不自然な工作を必要とする。すなわち、公式用語と称する表向きの言葉を使うときには、つとめて正直に、正しく見えるようにして、不正な企てに反対するように高く止まるのである。ゴイムやその政府には我々が見せる物事を、表面からばかり眺めるように教育してあるから、我々を善人とし人類の救済者と見るのである。
  我々に反抗する国があれば、その隣の国から戦争を仕掛けさせて、その反抗を挫折させる。もしその隣国もまた一緒になって我々に抵抗することになれば、世界戦争を起こして彼らに報復しなければならぬ。
  政治上で成功を収める秘訣は、その企図を秘匿することである。外交官はそのやることと言うことが一致してはいけないのである。
  我々の大規模な計画は今や成功を収めんとするに近いが、我々はこの計画に従ってゴイム(非ユダヤ人)の政府を推し進めなければならぬ。しかし、表面はどこまでも彼らの政府は世論の波に押されるような印象を世間に与えるのだけれども、実はその世論というものは言論機関と称する大きな力の助けによって、我々が密かに製造しておいたものである。その新聞は、ごくわずかな例外はあるが既に我々の手に入っているのである。
  要するに、欧州のゴイム征服策を一言でいえば、ある一国を暗殺し、恐怖させることで我々の力を示すことである。各国が結束して我々に対して蜂起するならば、我々は米国、支那また日本の大砲を向けて応酬するであろう。

第8議定  [もくじ] 

●我々の周りには数千の銀行家、実業家がおり、なお最も大事なことは百万長者がいることである。なぜならば、実際上、金が万事を解決するからである。
  まだ今では目立つ政府の要職にユダヤ人兄弟を据えるのは適当でないから、その時期が来るまで我々は他の人間で国民との間に溝のできている人物を据える。また我々の言うことを聞かなくなれば、必然この人物を処刑し、または放逐し得る人物を持ってくる。そうすれば、彼らは最後の行きを引き取るまで我々の利益を防護させ得るのである。

第9議定  [もくじ] 

●我々の主張を実行に移していくには、我々が現に居住し、活動している国々の民情を考慮しなければならぬ。なぜならば、すべての国々に一律に我々の原則を当てはめようとしても、それはいつでも成功するとは限らないからである。だが慎重に行動すれば、十年も経過すれば頑強な民族性も変化して、すでに我々に屈伏している仲間の一国となるであろう。

●我々以外の諸国の政府は壊してしまったが、法律上はまだ存在している。現今では我々に反抗する政府もあるが、それは我々の希望によって、また我々の命令によって形式上やっているのである。なぜならば、反ユダヤ主義は我々が下層のユダヤ人を監視するために必要があるからである。

●実際において我々の前には障害は存在しない。我々の超政府は存在して、人が通常「独裁」という言葉で言い表しているような状態にあるのである。
  現今において法律をつくるのは我々であり、我々が裁判官で人を罰したり、赦したりしていることを、私は本心から断言できる。我々は言わば各軍の上に立つ総司令官のようなものである。我々は力によって支配している。

●現今、世界的に広がりゆく恐怖は我々が生み出している。各種の意見、各様の学説を持った人々が我々の用を務めている。すなわち帝政復興を夢見る人もあれば、民衆迎合の人もあり、共産主義者やその他の空想論者もある。我々はこれらの人々をすべて働かせて、現在の秩序を破壊し、残存勢力を覆そうとしている。
  各国政府はこれに悩まされて、それを止めてくれと哀願して、あらゆる代償を準備している。しかし我々は彼らが公然と我々の国際的超政権を認め、これに心服しない間は平和を与えるわけにはいかない。
  民衆は国際協力によよって社会問題を解決すべく要求しているのである。だが彼らの党派が分立しているために、彼らは全部我々の手に入った。なぜならば、党派が対立抗争すると金がいるが、その金は全部我々が握っているからだ。

●我々はもっとも大事な自由生活の基礎たる教育問題に手をつけた。我々は嘘であると知っている原理原則を教えてゴイム青年を欺き、腐敗させ、魯鈍にし、風紀を頽廃させた。

●諸君は我々の計画が暴露したならば、武装暴動が我々に向かって蜂起するだろうと考えるかもしれない。しかしこれに備えるために、西欧においては最も勇敢な人でも戦慄するような恐怖手段を準備した。すべての首都には地下鉄やトンネルが設けられているが、それらの各所から、世界の首都を建物や書類もろとも爆破してしまうのである。
10
第10議定  [もくじ] 

●立憲国家は自由主義から生まれて、ゴイムの唯一の救いであった専制国家に取って代わった。憲法は政党のための闘争、論争、煽動の道具に過ぎない。換言すれば国家の機能を弱める道具である。選挙戦は新聞の論争と同様に国家権力を無力にし、無用の長物とした。それで多くの国において国家の転覆を可能にした。共和国への道を開き、我々は真の政府に替えるのに政府の漫画的手法をもってすることができるようになり、我々の奴隷から選んだ大統領を配した。これが我々がゴイム国民に命じた意思であった。

●我々の計画実行のためには大統領選挙に仕掛けをして、過去の身上に往年のパナマ汚職事件のような隠れた古傷を持つ人を当選させる。このような人物は旧悪の暴露を恐れるのと、大統領の地位で必然的に受ける役得や繁栄を永く保ってゆきたいという成り上がり者の心理から、我々の命令を忠実に実行するのである。

●すべての政府を我々の独裁の下に集め得られるときには一切の憲法を廃止するが、それまでは過渡的方法として一歩一歩進むのである。
  憲法廃止以前にでも我々の独裁は承認されることがある。それは政府の人々があまりに不一致で、無能であるのに業を煮やし、我々に勧められて人民が次のように叫ぶときである。
  「我々には世界王を立てて、争いの種子をなくしてもらいたい。国境だの、宗教だの、国債だのをやめて、我々に平和と安寧とを戻してもらいたい。これは我々の政府や議員にはできないことだ!」
  しかし、このような民衆の意気込みを全世界的にするのには、各国内において政府と人民との関係を絶えず攪乱していなければならぬ。そして実行まで行く不和、紛争、闘争、怨恨や、食料不足、伝染病の蔓延をもって民衆を困り果てさせ、結局我々の金を借りて我々の支配下に入るほか手段はなくするのである。
  もし我々が各国民にほっと息をつき休息する余裕を与えると、我々に都合のよい時機はついに来なくなるであろう。
11
第11議定  [もくじ] 

●ゴイムは羊の群れで、我々は狼である。諸君は狼が羊の群れの群居する牧場に入ったらどうなるかを知らないことはないであろう。羊はただ目を閉じてしまう。民衆も同様にあきらめる。それは、我々が民衆に約束するのである。我々が民衆の敵を打ち負かし、国民を安定させたならば、すべての自由を返してやる、と。諸君には民衆が自由を取り戻すまでどれだけ長く待たなければならぬかをお話しする必要はない。
  我々がゴイムに事の真相を看破する暇を与えずに、彼らに対するこのような政策を立てるのは、世界に離散した我々ユダヤ民族は直説法では獲得できないから、こんな回りくどい方法を取ったにほかならない。
  我々がフリーメーソン秘密結社を造ったのはこのためで、獣類ゴイムは秘密結社のあることも知らず、知ってもその目的を疑ってもみなかったのである。彼らは我々の導きで、目に見える数多き組織すなわちフリーメーソン組合の方へ引きつけられていた。それはゴイムの同宗の人々の注意を回避するためであった。
  神の選民たる我々には、世界に散乱しても我々に害のない能力が神から与えられた。これが他民族から見たら我々の困ることと思うだろうが、反対に我々の力であって、我々は世界征服というところに触れてきた。この基礎の上に建築すべき僅かのことが残っているだけだ。
12
第12議定(全文)  [もくじ] 

  自由という言葉は様々に解釈できるが、我々はこう定義する。自由とは「法律で許されたことをなし得る権利」である。この定義は我々だけに適用されるのである。それは、自由というのは我々がいかようにでも決められるからである。法律は我々の計画に応じてこれを作ったり、廃棄したり出来る。
  新聞についてはこうである。現今、新聞の役割は何であるかと言えば、党派の激情や偏狭な軋轢を起こすことで、すべては我々に利益になるのである。新聞は空虚で、不正で、嘘つきであって、読者の大部分は何の役に立つのかと疑うこともある。我々が新聞を締め上げ、これをしっかり綱に繋いでいるのである。
  他の印刷物についても同様である。なぜならば我々が新聞や雑誌の攻撃から免れても、パンフレットや書物で攻撃されては何にもならぬからである。現在では公表には大きな金がかかるが、我々は逆にこれが我々の政府の有用なる財源になるようにする。それには特別の印紙税を設け、出版業者と印刷所とに保険金を納めさせるのである。そうすると言論機関からのあらゆる攻撃に対して政府を保護することができる。もし攻撃を受けた場合には罰金を科して、これに対応する。印紙悦、保険金、罰金という方法は政府の重要な収入になる。もちろん政党の機関紙などは多額の罰金を取られても平気であろうが、重ねて我々に対する重大な攻撃をした場合には今度は発行禁止にしてしまう。我々の政治的核心の権威に触れたなら何人といえども罰を免れない。発行を禁ずるには次の口実を用いる。発行禁止になった印刷物は何らの理由も根拠もなく、いたずらに世論を激発したからだと。
  我々を攻撃する刊行物のなかにも、特に我々の方で創刊するものがあることに注意せられたい。そういう刊行物が我々の政策を攻撃するのは、我々が修正したいと思っている点だけに向かってするのである。
  どのような報道も広告も、我々が眼を通してからでなければ公にされない。世界各地のニュースが若干数の通信社に集められ、その手を経て報道せられるようになってから、すでにその通りになっている。これらの通信社は早晩全部が我々の権力下に入り、我々が公表を許す以外のニュースは出せなくなるであろう。
  今日すでにゴイムのほとんど全部は、我々が眼の先へかけてやる色眼鏡を通して世界の出来事を視ているほどに彼らの心を押さえているし、また今日においても愚かなゴイムが「国家機密」などと言っているものを我々に透視できない国は一つもないようになっている。
  だが、世界王として我々を公然承認せしめた暁には、我々の地位は一体どんなものであろうか?

 将来の新聞

  ここで新聞の将来に立ち戻ろう。何人も出版社、書店、印刷業をやろうとすれば免許を得なければならぬことにし、その免許は我々の法律に違反をした場合には取り消し得ることにする。そうすれば思想を発表することは我々の政府の手による教育手段となり、人民は思い思いの道に迷い込んで、人道的進歩などを夢見る余裕がなくなる。我々の仲間には、このような空想的な親切は実行不可能なる希望として墓地に持って行き、人民と政府の間に無政府関係を拵えるに至ることを知らぬ者はないはすだ。
  進歩、否、正確に言えば進歩思想は何らの制限なく解放運動の種々の体系を出現させた。いわゆる自由主義者は実行においてはそうでなくても、少なくとも精神においてはすべて根本的に無政府主義者である。彼ら特有の狂的強情から、反対せんがための反対をしながら無政府主義に陥った。
  それでもしかし、新聞と出版の問題はゆめゆめ忘れてはならない。すべての印刷物の毎頁に印紙税をかけ、これは保険金で間違いなく徴(と)れることにする。300頁以上の書籍はその税を2倍にする。薄い刊行物は小冊子と名づける。こうして最も有毒である雑誌の数を減らすことにし、また一方では著作家が厚い本を書かざるを得なくする。その代わりそういう本は退屈するのと高価なので人があまり読まなくなる。だが、我々自身の出版物は我々の思う方に世論が導くのであるから廉価でたちまち売り切れる。税の圧力で思想的作家は尻込みをするだろうし、処罰の脅威で全作者が我々に降伏する。それにもかかわらず我々を攻撃しようとする者があっても出版の引き受け手がない。それは印刷に付する前に出版業、印刷業者は官憲の許可を受ける必要があるからだ。これで我々はあらかじめ我々に対する攻撃が準備されていることがわかるから、世に現われる前にこれに反駁することができるのである。

 雑誌と書物の検閲

  文学とジャーナリズムとは最も重要な二大教育機関である。それゆえに我々の政府は定期刊行物のほとんど全部の所有主となるであろう。そして独立的新聞の害毒を中和してしまって民衆の上に大きな勢力を有するに至るであろう。比較的独立した新聞と我々の息のかかった新聞との比率は1対2にする。しかし民衆はそんな事情は考えてもみないから、我々の発行する新聞は巧妙な方法で民衆に我々を信頼させながら反対意見の方を支持する。こうして我々は敵を引き付けるのである。敵は警戒をしていないから我々の陥穽に落ち、無害なものになる。
  主な新聞というのは機関紙的なものである。それらは絶えず我々の利益を擁護し、したがって彼らの勢力は比較的弱い。次には半官的なもので、その役割は我々の方へ無関心の人々および中立の人を引き入れるのである。第三には明白な反対新聞で、少なくとも紙面の一部において我々を攻撃する。そこで我々の本当の敵はこの反対論を真実と思って彼らの腹を見せてしまう。
  我々の新聞はすべて様々な違った主張を持っている、ある新聞は貴族政治的であり、他のものは共和主義または革命的で無政府主義なものもあるが、これはもちろん今の憲法が存続する間の話である。インドのビシュヌー神のように、これらの諸新聞は百本の手を持っていて、その一つひとつが世論の各層に衝動を与える。煽動期間にはこれらの手は我々の意見に従って世論を導くことに役立つ。それは、興奮した人々は理屈は考えないで容易に誘導されてしまうからである。
  馬鹿者は自分の党派の新聞の主張を反映して演説をしているつもりでいるが、何も真実を知らない。それは我々の意見か、または少なくとも我々が彼らに与えたい意見を宣伝しているのである。彼らは同志の新聞について行くと信じつつ、実際は我々が彼らのために掲げている旗についてきている。
  我々の新聞陣営が我々の計画を敷衍(ふえん=広める)し得るためには、我々は大なる注意をもって言論機関を組織せねばならぬ。中央新聞局という名目で我々は文筆者の会合を設け、そこに我々の覆面の手先がいて合言葉と符牒を与える。我々の新聞は我々の政策を批判したり、これに反対したりする。もちろん根本には触れすに表面的なことだけである。また機関紙に対しても空砲を放ち、起こった出来事について詳報しなければならんと思っているような点を、補足出来るようにしてくれる。
  しかし、これらの方法は必要な場合以外には用いないのである。新聞が我々を攻撃することは、新聞がまだ自由を失っていないという印象を民衆に与えるのに役立つのである。それはまた我々の手先が、「反対党は意義のない反対説を立てている。それが証拠には政府の政策を批判する本当の根拠がないではないか」と説き回る機会を与えるのである。このような手法は一般の注目を避けて民衆に政府信頼の念を増させるのに最良の方法である。この方法によって状況に応じ、政治に関する民衆の感情を激発させたり、鎮静させたり出来るのである。
  我々はある時は真実を、ある時は嘘を注ぎ込んで、人を説き伏せたり、逆用したり出来る。ある時は事実を根拠として立論し、またある特はこれに反対したりするが、それは民衆にどんな印象を与えようとするかによって違う。要は深い注意をもって足下の他面を探り、それから足を踏み入れるのである。
  我々は常に理屈では敵に勝つ。それは敵が根本的に説明することの出来る新聞をただの一紙も持たないからである。のみならず、我々が新聞界に押しつけた制度のお蔭で、我々は真面目に反駁する必要もないくらいである。また我々は半官紙を用いて、反対新聞に我々が掲げさせた世論の観測気球をも強く否定することが出来る。
  フランスの新聞界にはフリーメーソンの相互連帯が成立しており、合言葉もある。すべての言論機関は職業上の秘密で結ばれている。すでに過ぎ去ったものでも、前兆だったものはどんな新聞も命令がなければ秘密を暴くものはない。誰もこれをあえてしないのは、文学指導者の仲間に入るには、あらかじめ何か恥ずべきことをしたことのあるもので、その後不謹慎なることがあれば、直ちにこれを暴露することになっているからである。この不行跡は極めて少数の人にだけ知られているのであるから、新聞人としての権威は外国までも広がっている。そして民衆の間に名声を博しているのである。

 新体制

  我々の計画は特に他方を抱合し、首都にいる者に対する野心と反対の希望とを激発しなければならぬ。我々は政府に向かって、それらの野望が地方の主張であり見解であるとして現わさなければならぬ。これらの運動は我々自身が主となって鼓吹するのである。我々が公式に政権を獲るまでは、首府は地方の世論の下に置かなければならぬ。言い換えれば、我々の手先が組織した大多数で制圧しておくのである。大事件になったときには首都は既成事実に対して争うことは出来ない。なぜならば地方の大多数が承認しているからである。
  新体制とは我々が権力を獲る前の過渡期であるが、我々がその新体制の段階まで進んだときには、我々はもはや新聞に社会の腐敗記事を取り扱わせないで、新体制はここまで万人を満足させたからもはや罪を犯すものではないと信じさせなければならぬ。もし犯罪があったら、何人も被害者とたまたま通り合わせた証人だけにしか知らせないのである。
13
第13議定  [もくじ] 

●常に動揺している民衆が政治問題を論じるのを防止するために、我々は別の飼料として経済の問題を与えた。この問題ならば彼らがどれだけ騒いでもよろしい。大衆を政治問題から離れさせるためには、他の楽しみを与えなければならぬ。すなわち、例えばあたかも政治問題のように取り扱わせる経済問題などである。もともと我々自身がゴイム政府に対する我々の政戦において、大衆の支援を得るために経済問題を提起したのだ。
  彼らが独立的に何らの決議をしないように、賭博、見せ物、遊興場等の娯楽によって慰めるのである。そのうち我々は新聞の仲介によって、芸術、美術、各種のスポーツの範囲で優勝者の奨励を行なうことを始める。これらの娯楽は、我々が人民と争わなければならない政治問題から徹底的に民衆を方向転換させる。
14
第14議定  [もくじ] 

 非ユダヤ宗教の破壊

我々が支配者となったならば、ユダヤの一神教以外のいかなる宗教の存在をも許さない。我々は神の選民であり、その神と我々の運命とは結びついたものであるから、その運命は世界の運命と結びついたものである。ゆえに我々はすべての信仰を破壊する。
  そうすると一時は無宗教時代が出現するかも知れないが、それは過渡期であって、我々の目的を妨害するものではない。むしろ後世子孫にモーセの宗教を模範として残すのに役立つのである。ユダヤ教に関する我々の予言を彼らに諒解させ、ユダヤ教の堅忍性とよく考えられていることが他民族征服に至るのである。

 ユダヤ教の秘密

●我々はその点について神秘的な真理を見せる。その真理に一切の教訓的勢力が横たわっているのである。そこで我々はあらゆる機会において我々の有益な体制と過去のものとを比較論評した記事を公表する。数世紀にわたる動乱の後に獲得した休息の有り難みで、我々ユダヤの支配がいかに恩恵の大きいものであるかがわかるのである。ゴイムの政治が誤っていたことを鮮明な色で塗って見せ、その悪政に対する嫌悪の情をそそる。すると人民どもは有名な自由の権利などよりも、むしろ奴隷的でも安寧に暮らせる方を喜ぶのである。実に自由の権利というのは彼らを大いに苦しませ、生活の法を奪い、何も知らずに山師の群れに搾取せしめたのである。
  我々がゴイム政権を覆す際には、彼らを推し進めて幾たびか無意味な政変を起こさせたから、彼らはもうこれに飽き飽きして我々の言うことになんでも我慢する方がましだということになる。さもなければまた騒動をしなければならぬのである。

●我々の御用哲学者はゴイム宗教のあらゆる害毒を指摘するのであろうが、誰も本当の立場から我々の宗教を論議しないであろう。なぜなら我々ユダヤ人以外の何人もこれを根本的に知っていないからである。また我々同族は決して秘密を裏切ることはないからである。
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第15議定  [もくじ] 

 世界同時革命

●各国同時に革命を勃発させ、現在の各国の政府がすべて没落して(これには恐らく1世紀はかかる)、我々が決定的に主人公になった暁には、いかなる陰謀も我々に対して企てられないように、目を見張り、我々の征服に反対して武器を執る者は、何人といえども容赦なくこれを抹殺してしまうであろう。新たに秘密結社を創設するものは死刑に処する。
  我々の認めている現存の秘密結社は、我々のために働いたものも、我々に反対していたものも、すべて一律に解散させ、その会員はヨーロッパから甚だ遠い大陸にやってしまう。
  あまりに詳しく真実を知っているゴイムのフリーメーソンも同様に取り扱う。何らかの理由で許しておくフリーメーソン結社員はいつでもこれを追い払うことにして、これを絶えず脅迫しておく。われわれは法令を出して秘密結社の全部をヨーロッパから叩きだして、ヨーロッパは我々の政治の中心地とする。我々の政府の発布したことは決定的で、これに対する控訴も嘆願も許さない。

 フリーメーソンは情報収集機関

●前述のように秘密結社は将来潰すのであるが、我々が主人公となるまでは、かえってフリーメーソン組織を世界各国に増設してゆくのである。そのために現に名士であり、または名士になりそうな人々をそこへ引き入れるのである。それはフリーメーソン組織は我々の主要な情報収集機関であって、我々の勢力はそこから出るからである。
  これらの組織はすべて我々だけが承知していて、外の者には誰にも知られない唯一の理事者の下に統一されなくてはならぬ。すなわちフリーメーソン組織はすべてユダヤ長老に支配されるのである。組織から一人ずつ代表者をその理事会議に出席させて、理事会と世間に現れているフリーメーソンとの連絡役に任じさせるのである。理事会が行動指針を与え、事業計画の編成に参加する。
  この組織にはすべての権能や階級の代表者を集めている。極秘に属する政策は組織を設ける日から我々が承知していて、その指導に当たるのである。国家警察、国際警察のほとんどすべての手先はその組織に参加させるが、それは警察として便覧者に対して予防措置を講じてくれるばかりでなく、我々の行動を世間に向かって秘匿してくれ、またあえて不平を起こさせるなどにも役立つから、是非必要なのである。

●秘密結社に入る人の多くは、野心家や好奇心の強い人物など一般に軽薄な性癖で、我々の計画に対して難しいことなどは言わず、かえってこれが実行を助けてくれるのである。何か紛擾(ふんじょう)が起こったとすれば、それは彼らの結束があまり強固になるのでこれを撹乱する必要が起こったためである。何か陰謀が起こされたとすれば、その頭目には必ずや最も我々に忠実な家来が一人立っているはずである。
  我々だけがフリーメーソンの事業を指導するのは極めて当然のことである。なぜならば我々だけがどこへ行くべきか、また各行動の目的は何であるかを心得ているからである。ゴイムに至っては何にも解らない。すぐ後でどういう結果が来るかすら予見できない。彼らが計画をするときには、彼らの野心の一時的満足のほかは考えない。その計画は結局彼らのためではなくて、我々が彼らに鼓吹したものであることも自分でやっていながら気がつかない。
  ゴイムが組織に加入するのは単なる物好きか公共の金を預かろうという欲望からである。なかには自力では実現不可能な欲望を実現する機会を掴もうとして入って来る者もある。彼らは演説会の盛況と嵐のような拍手喝采にすっかり感激したり気を良くしているが、その拍手や成功は我々が大衆を使って彼らに贈ってやるのである。
  かくて我々が成功させてやるのは、ついには起こる不成功で意気消沈することを大きくし、これを利用するためである。人に鼓吹された考えをも、確かに自分が考え出したものだと信じ切っているような者には特にその士気喪失が甚だしいわけである。ゴイムの最も賢い者でも、無邪気に我々を信用させるように誘導することがどれほど容易なことであるかは諸君の想像を超えている。
  これとは逆にまた彼らを落胆させることも極めて容易なことてある。ただ些細なしくじりや人が喝采を止めただけでも彼らは士気喪失するのである。その場合次の成功を準備してやるといえば彼らは完全に我々に服従してくるのである。我々ユダヤ民族は、計画が実行できさえすれば成功などは意に介さないのであるが、ゴイムはこれと反対に成功さえすれば目的はどうなっても構わぬという行き方である。この心理状態がすなわち彼らの誘導を容易ならしめるのである。

●我々の古代の長老はいかに先見の明があったことか。彼らは、重要な目的を達するためには手段にこだわったり、その目的達成のたのに供する犠牲などを勘定してはならぬ、と言ったのである。我々は小粒な家畜であるゴイムの犠牲は勘定しなかった。我々自身多くの犠牲を出したが、その代わり我々の民族が夢にも想わなかった地位を獲得できた。我々の犠牲の数は比較的にはあまり多くないが、これによって民族の破滅を免れ得たのである。

 秘密結社の弾圧

●何人も避け得られない終局は死である。であるから、新秩序の建設者たる我々自身が死ぬよりもまず、我々の仕事をごたつかせる人々の死を早めてやった方がよろしい。我々はフリーメーソン結社員を誰も気がつかないように殺そう。本人自身もそれはわからない。必要になれば彼ら全員も、自然の死のような姿で息を引き取るであろう。我々の同胞はこれを知っても抗議などはあえてしない。我々がフリーメーソンの中で僅かでも我々の言うことを聞くまいとするものを根こそぎ排除したのは、そのような方法を用いたのである。なぜならば我々はゴイムには自由主義を説くけれども、我々ユダヤ民族と我々の手先は鉄の規律をもって押さえているからである。

 ユダヤ王は家長となる

●我々の主権者の人物からして、我々の政府は族長であって父のごとき保護者と見られるであろう。我々の人民はそれを父と見なし、その役目はすべての要望、なさんとする所をすべて面倒見てくれるし、民事のことやら、人民と主権者の関係やらすべてにわたって心配してくれるのである。
  かくして人民はこの保護者、この指導者がいなくては安寧な生活はどうしても出来ないと思い込むようになり、我々の主権者の専制に服従してこれを尊敬し、ついにはこれを神聖化するようにもなる。人民が我々の役人は君主の言い付けを一所懸命に実行するに甘んじて、彼らの職域の最少範囲に止まることを知った場合にはなおさらそうなる。ゆえに我々の人民は、幸福に思う。それは万事は彼らの生活問題のうちに律せられ、あたかも賢明な両親が義務と服従との法によって彼らの子供を教育しようとするようなものであることを認めるからである。

●我々は現存秩序を侵犯するものは何人でも躊躇なく犠牲にしなければならぬ。それは、この国民教育的大問題は、害悪を見せしめ的に懲罰することにあるからである。イスラエル王がヨーロッパの捧げた冠を神聖な頭に頂くときには世界の族長となる。そこへ行くまでに払わなければならない犠牲者は、ゴイムの政府どもが幾世紀かの競争時代に愚にもつかない偉大さを争うために供物として殺した犠牲とは比較にならぬほど少ない。
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第16議定  [もくじ] 


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