消防アキラのページ
9・11テロで、救助に向かった多くの消防士が死んだ。
消防士のときに、死に直面した極限状態の現場経験が無く、「生か死か」の究極の決断をした事のない自分は、炎上するビルに突入するニューヨークの消防士の姿をみて、「お前なら、どうする?」と、自問してみたが、答えは見出せずにいた。
9・11テロを契機に、しまい込んであった古い災害ファイルを開いた。
■ 地上23mの雑居ビルの屋上で、炎に追われた女性や子供ら七人が一本のナイロンロープで決死の綱渡り脱出を図った。「これしか、なかった」と、苦渋の決断をした一人のハシゴ隊長がいた。
■ 消防設備が無い北陸トンネル内で夜行特急列車が火を吹いた。火と煙と暗黒の灼熱地獄の中で「これで、この世とおさらば――か」と、グチ一ついわない若い隊員に頭を下げる消防隊長。
■ 気温零下7℃、猛吹雪でのホテル火災。救助ロープは吹き飛ばされ、放水は凍結、消防士は体温低下で倒れ、「消防は火災に負けた」と、三一人の焼死者を前に絶句する隊員。
■ 原爆のキノコ雲のような黒雲と巨大な火柱を上げる山火事。渦巻く火炎が、牙をむいて一八人の消防士に襲いかかってきた。「至急! 至急!」と呼べども無線機のスイッチは切れていた。火柱が頭上を越えたあとには、一八人の消防士の姿は消えていた。「仲間を見殺しにした」との自責に駆られる消防士たちは、「死とは何か」を問い続ける。
■ 「坑内にダイナマイト――が」。日本一長いトンネル内で火災に、「これが、消防士の宿命なのか」と、命知らずの男達が決死の突入を敢行する。「そこに、救助を待つ人がいるからさ」と消防士は答える。
■ 濁流ウズまく中州で、腰まで水に浸かって救助を待つ女子供ら一八人。再度の渡河の挑戦するも失敗。発射銃の救助ロープも「ビッシ!」と音を立て切れた。「がんばれ!」の声もむなしく一八人の姿が濁流の中に消えた。目を伏せる消防士たち。罵声を浴びせられる消防士たち。彼らも被害者であった。
「お前なら、どうする?」の答えが、このファイルの中に潜んでいる。そう私は自分に言い聞かせた。
いても立ってもいられず、名も無き消防士たちを訪ね歩き、「なぜ、人のために、命を賭けるのか」を聞き執ることを始めた。その結果として、死を賭けた消防士たちから多くの珠玉の言葉を聞き出せた。そして、無名の消防戦士たちの、壮絶な生と死のドキュメントドラマとして、一冊の本にまとめ上げた。
その本の題名は、
―消防士の決断―「なぜ、人のために、命を賭けるのか」(近代消防社発行)としました。
NHKテレビ「プロジェクトX」〜挑戦者たち〜で、6月15日に本の内容が放映される。
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消防士たちの主な「珠玉の言葉」を紹介しよう。
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死に対峙して初めて、自分の「守るべき価値」が何であるかが見えてくる。そして、人のために命をかけることが、自分の命を守ることに行き着く・・・・・・。
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同じ目的を持つ仲間がいる。同じ使命感を共有できる仲間がいる。苦しみや喜びを共にできる仲間がいる。そこに、ファイヤー・ファイターと呼び合う男達の強い仲間意識と連帯感で結ばれた絆があった。
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絶対絶命のピンチに立った時、人は窮状に真っ向から立ち向かう勇気と、その人の思いもよらない底力をみせるものだ・・・・・・。
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逆境は、自分でも知らなかった未知の才覚や底力を引き出してくれる。失敗や挫折という経験は、自分を大きく育むものになる。
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責任とは、他人に押し付けるものではなく、自分で負うものである。だが、人間は「なぜ、自分は危険を冒してまでして他人のために命を賭けるのか」と、時には自分の使命を見失い、迷い、途方にくれることがある。「救いを求める人がいるから、救助に向かう」この一言が、消防士の使命感を不動なものにしている。
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常に危機意識を持つ者には「一種の勘」が働く。日頃から持つ素朴な疑問や好奇心が、「みしかして?」の想像力を豊かにして、ある種の職業的な予感を身に付けていく。
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人は皆「犬死に」だけはしたくないと思っている。人間らしく生き、人間らしい死を迎えたいと願っているものだ。
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「自己犠牲」という言葉に、多くの日本人はある種のイデオロギーを抱き、口に出すことさえタブー視するきらいがある。しかし「自己犠牲とは何たるか」の本髄を見極めないで、ただやみくもに「自己犠牲」を排除することは、人間の尊厳を否定することにも繋がりかねない・・・・・・。
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消防士は、神に仕える殉教者ではない。消防士は、自分の命をまもる自己責任を担っている。
貴方は「人のために命を賭ける」にどんな意見を持っているのだろうか。
9・11テロで、救助に向かった多くの消防士が死んだ。貴方が消防士であったなら、「あらたなら、どうする」と聞きたい。
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