第六回:フリー

「その男、凶暴につき」

 

1962年10月16日、オーストラリアで生まれた「フリー」ことマイケル・バルザリーは、4歳でアメリカへ移住。

L.A.にあるフェアファックス・ハイスクールに入学後、悪友達とバンドを結成する。

そのバンドの名は「レッド・ホット・チリ・ペッパーズ」。

後に全世界を席巻し、「ミクスチャー・ロック」なるジャンルを大衆化させる立役者となるバンドである。

 

このレッド・ホット・チリ・ペッパーズ(以下レッチリ)の音楽を聴くと、おそらく多くの人々が感じるのは「やたらとベースが目立つ」という事だろう。

確かに、バンドアンサンブルの中でもベースの音がやたらと目立つし、派手である。

しかし、これこそがフリーというベーシストの、レッチリにおける・・・イヤ、ロック界における彼のポジションを如実に物語っている。

今やこの凶暴なベーシストは、ロック界に、果てはエレクトリックベースの世界で無くてはならない存在にまでなっているのだ。

その理由は明白である。それはフリーがあまりにも凶暴で、あまりにもカッコ良いから。

まずそのグルーヴ感。もっと単純に言えば、そのミュージシャン独特のノリとでも言うべきか。

バンドというアンサンブルにおいてグルーヴというのは最も重要なポイントの一つであるが、

彼はそれをたった4本の弦をはじいて表現する技法に長けている。

フレージング、音使い、リズム感、休符の使い方、グリスやスライドの使い方、間の取り方など、

ベーシストとして重要視されるあらゆる要素を全てアンサンブルの中で用い、かつそれを彼独自のグルーヴ感で表現するのである。

この超絶技巧は正に圧巻だ。

とは言っても、よく言う“機械のように正確な”と形容されるようなタイプのテクニックではなく、そこには人間らしいダイナミックさがある。

実は個人的に、フリーやT.M.スティーヴンスなどのベーシストの、最も大きな魅力はこのダイナミックさにあるのではないかと思っているのだが、

いかにも人間の指で弦をはじいていますと主張するかのようなベースのトーン、人間が叩いたドラムに人間が弾いたベースを合わせているのが実感出来る、

生々しいリズムなど、或いは神経質な人が聴けばミストーンだったり荒々しすぎてNGトーンと取られてしまったりするかも知れない、そんな人間くささに溢れている。

言い換えればそれは、音の中に息づく生命力の存在感と言っても良いかもしれない。

テクニカルなベーシストと言えば数多いが、完全にスタジオでパッケージングされたCDを聴いて、このような感覚がありありと伝わって来るベーシストというのは少ない。

 

勿論、リズムセクションとしての相方、チャド・スミスとのコンビネーションの素晴らしさも見逃せない。ドラマーのチャドはこう語っている。

「今まで俺が組んできたベーシストの中で、フリーが最高だ、とまでは言わないが、俺にとって最もやりやすいベーシストである事は間違いない」。

ドラムとのコンビネーションから生まれる、フリーならではのノリというのは、耳にすれば一発でそれとわかる、独特の存在感を放っている。

次に、パフォーマンス。ライヴにおけるフリーは、頭に数百ワットの電球を装着して常時点灯させていたり、

局部にソックスをはめた以外は全裸というスタイルだったり、当たり前のように全裸だったりという格好である。

そしてベースをパワフルにプレイしながら走り回り、踊り、飛び跳ね、表情を作り、全身でパフォーマンスをする。

技巧派ベーシストにありがちな「棒立ちプレイ」とは無縁の男なのだ。

 

そして功績。

バンド単位で見れば、それまで全くマイナーだった「ミクスチャー・ロック」というものを一躍表舞台に踊り出させ

(というか当時は「ミクスチャーロック」という言葉自体まだ定着しておらず、リヴィング・カラーやフィッシュボーンなどと共に「ブラックロック」などと呼称されていた)、

世界中で旋風を巻き起こさせたのは、何だかんだ言ってもレッチリの活躍によることろが大きい。

ロックを基盤にしていながら、パンク、ファンク、メタル、ラップなど、あらゆる音楽をゴッタ煮にした音楽というのは今でこそ何ら珍しくないが、

レッチリがデビューした1980年代では全く理解されないジャンルであった。

時はL.A.メタルムーヴメントとN.W.O.B.H.M.(ニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタル)ムーヴメントの全盛時代であり、

猫も杓子もメタルに飛び付いた時期だったところに「ミクスチャーロック」という未開の音楽で殴り込みを掛け、

時代の亜流に流されずに第一線に立ったというのは、比類なき信念とパワーを持っているからである。

 

そしてフリー個人単位で見ても、まずミュージックマン・スティングレイベースという「不世出の名器」の威力を世界中に知らしめたこと、

「白人の専売特許」であるかのように勘違いされていた「ロック」を、あえて黒人のプレイヤーからの影響を色濃く反映させてプレイすることで、

ロックの在り方に多大なる影響を与えた事など、その功績は計り知れない。

そしてそれは同時に、自身のルーツに対するリスペクトでもあることは言うまでもない。

その証拠に、レッチリはアルバムやライヴで、度々P-ファンクのナンバーやスティーヴィー・ワンダーのナンバー、ジミ・ヘンドリックスのナンバーを、

彼ら流にアレンジしてカヴァーしているのは、ファンならば御存知であろう。

更に、彼らはあの混沌とした'70年代を、キッズとして通過してきたジェネレーションである。レコード屋に行けば'60年代の音楽はいくらでも手に入っただろうし、

ラジオのスイッチをひねればトップ40モノやパンクやプログレ、ファンクからメタルまでという具合に、

ありとあらゆる音楽が、ギンギラギンにさりげなく、それこそ極めてナチュラルに身の回りに溢れていた事だろう。

今のように音楽がそのルーツさえもボヤけさせてしまうほどには細分化されてもいなかっただろうし、情報だって限られている分、

音楽をどん欲にむさぼりたいなら、頼りになるのは自らの創造力と行動力のみだったのではないだろうか。

あの時代特有のサイケデリックでクレイジーな空気というのも、L.A.にいた彼らとしてはごくごく身近に感じられたに違いない。

そんな彼らだからこそ、ミクスチャーロックという音楽をクリエイトする事が出来たのは、意図的か否か以前に、驚くほど自然な成り行きだったのではないか。

 

今やレッチリがロック界におけるとても重要な位置にいることは疑う余地がないが、その原動力になっているのは間違いなくフリーである。

そしてそのフリーも、エレクトリックベースのジャンル/スタイル年表で「フリー以前」「フリー以降」という表現がされるほど、

界中の後続ベーシストたちの流れに計り知れない影響を与えているのである。

 

レッチリ7枚目のアルバム「カリフォルニケイション」は、地球上で1300万枚以上を売り上げる、ウルトラメガヒットアルバムとなった。

「1300万枚」という数字を見ても余りピンと来ないかも知れないが、例えば同じロック界ではモンスターバンドとして永遠の地位を築いている感すらある、

ボン・ジョヴィやガンズ・アンド・ローゼスらのアルバムが平均的に見て900万枚前後の売り上げ、と言えば、

レッチリの叩き出したこの数字がいかに尋常ではないかをご理解いただけるのではないかと思う。

ましてや「ミクスチャーロック」という、一般的にはマジョリティではない音楽を提示するレッチリのアルバムがこれほど世界中で認知されるとは、

誰が予想出来ただろうか。イヤ、誰も出来なかったに違いない。

「L.A.が生んだお下劣バンド」というレッテルが貼られただけの十数年前が、まるで嘘のようだ。

そしてその怪物アルバム「カリフォルニケイション」に次ぐアルバム「バイ・ザ・ウェイ」もまた、世界中で旋風を巻き起こした。

このアルバムでレッチリは、それまでの作品では少なかった「楽曲のメロディ」というものを全面に押し出し、音楽的な成長の跡を見せ付けて

バンドとして更なる高みへと昇った。

このアルバムほどに楽曲を大事にしたアプローチというのは、かつてのレッチリを知る者からすれば斬新である。

これまでの作品をして「セッションの延長で作っただけ。勢いだけ。音楽的クオリティは低い」などと評する人もいたようだが、

その理由でレッチリを素通りした人々が、このアルバムを聴いてどういった反応を見せるのかが実に興味深い。

更に、「バイ・ザ・ウェイ」に続く新作として2006年に登場した「ステイディアム・アーケイディアム」は、これまでで最も音楽ファンの度肝を抜く内容となった。

レッチリ史上初となる、2枚組アルバムとして製作されたのである。

それどころか、当初は3枚を一気に製作して、短いインターバルで次々と発売しようかという案まであったというのだから驚きだ。

これは、今まで以上にレッチリが音楽に対してクリエイティヴな姿勢を剥き出しにしており、なおかつそれに自信をのぞかせているからに他ならない。

「ステイディアム・アーケイディアム」の中身はこれまた非常に充実したもので、「カリフォルニケイション」以降で培ってきた、楽曲を大事にするメロディックな

アプローチを引き継ぎつつ、「ブラッド・シュガー・セックス・マジック」の頃を彷彿とさせるようなファンキーナンバーも網羅している。

これはまさに、これまでのレッチリの歴史や音楽性を集大成にしたような濃さだと言える。

中でも、ヴォーカリストであるアンソニー・キーディスと、ギタリストであるジョン・フルシアンテの貢献ぶりは凄い。

古くからのレッチリファンならご存知のように、アンソニーはヴォーカリストとは言うものの、基本的に歌は歌わず(歌えず?)、ラップっぽいアプローチや、

メロディラインが殆どないような歌を歌っているだけに過ぎず、言うなれば“歌”という独立したものとしてではなく、ギターやベースと同じ次元で、

アンソニーの声が一つの楽器のような存在で、楽曲の中に溶け込んでいるかのような印象であった。

しかし「カリフォルニケイション」辺りから、徐々に歌い手としての表現力を高めており(もっとも、「ブラッド・シュガー・セックス・マジック」からのシングルである

「アンダー・ザ・ブリッジ」辺りでもその片鱗は見えるが、この頃ではまだまだそれが彼にとっては特殊なアプローチであるとのイメージが拭えなかったと思う)、

言わばそれが「カリフォルニケイション」と「バイ・ザ・ウェイ」における、楽曲重視/メロディ重視というレッチリの新境地を開いていく原動力となっている訳だが、

この「ステイディアム・アーケイディアム」では、その表現力を更に磨き、それこそ立派なヴォーカリストとして、着実にその錬度を高めているのがわかる。

従来のアンソニーからは考えられないほどに歌心というのを感じさせるし、ファンキーなナンバーでは相変わらずの独特の声で“らしさ”をぶつけているのである。

どう考えても、ヴォーカリストとしての懐が広がっているのだ。

ギタリストのジョン・フルシアンテについては、「ブラッド・シュガー・セックス・マジック」をリリース後、フリーに告白したがフラれてしまい、それが元で一旦

バンドを離脱したという経緯があり、同時に彼がゲイだという事を世界中に知らしめ・・・まぁそんな事はどうでも良いのだが、

元々、小手先のテクニックやテクノロジーに頼らず、感性をストレートにギターで表現するというスタイルのジョンは、レッチリの音楽性において非常に重要な

役割を果たしていた。レッチリがいわゆるモンスターバンドとしての存在感を確実にした「ブラッド・シュガー・セックス・マジック」の完成度は、

他のメンバーもさることながら、ジョンの天衣無縫のギターによる所も大きかったのである。

もっとも、ジョンが脱退した後にデイヴ・ナヴァロを迎えて製作された「ワン・ホット・ミニット」は、レッチリ史上で最も爆発力とエナジーを持った

大傑作である事は動かしがたい事実で、それは当然、ギタリストがジョンでは生まれ得なかった作品である事も実感させられる。

このアルバムが、テクニカルでブチ切れなレッチリのピークでありラストであると認識しているファンも多い。

ただ、レッチリのメンバーの誰もがこのアルバムを「楽しくなかった」と公言していることからも、波長が合うか合わないかで言うならば、デイヴ・ナヴァロよりも

やはりジョンが最もソリの合うギタリストであるらしいのだ。

そんなジョンが「カリフォルニケイション」でバンド復帰を果たした時、これまた以前のファンからすれば拍子抜けするほどに、肩の力を抜いたアプローチを

見せて、ともすれば「大人しい」「ロックではない」と評されるような音を出していた(もちろん「ワン・ホット・ミニット」からの“リバウンド”が少なからずあっただろうが)。

しかし良く言えば、ガッチリとアレンジして楽曲を隅々まで造り込んでいくのではなく、セッションからのスポンタニアスな空気を持ち込んでいるとも言え、

ジョンのギタースタイルの真骨頂は、まさにこういったところにあるらしいのだ。それは彼のソロアルバムを聴いても感じられる。

とにかく自身の感性のおもむくままにギターを掻き鳴らして、そこから曲に発展させるというのが得意なのだ。

こういったことがバンドで出来るのは、そもそもメンバー全員が比類なきテクニックと音楽的バックグラウンドを持ち、

そして何より深い信頼関係で結ばれているからこそ可能な芸当な訳だが、フリーをはじめ、他のメンバーもこういった方法の中でのジョンの存在感を認めている。

そんなジョンのギタースタイルが、これまで以上に発揮され、かつ良い方向に作用したのが「ステイディアム・アーケイディアム」だ。

とにかくラウドでロックギターとしての役割を存分に果たし、また彼独特の、ソフトなコードストロークやアルペジオなどを多用した、

メロディックで歌を大事にするアプローチと同時に、ファンキーなカッティングも炸裂させている。

そして、ジョンはいつも通りシングルコイルのギターを使っているにもかかわらず、その音の太さと言ったら尋常ではない。

それはハムバッカーのギターが出す図太さとはまた違う、シャープで、ダイレクトでスピード感のある太さだ。

「カリフォルニケイション」の頃は、どちらかと言えばセッション風のアプローチにこだわりすぎたからかどうかわからないが、

どうもギターとしての存在の重要性をあまり感じられない曲もあり、何よりロックギターとしての積極性、アグレッシヴさが薄かったように思う。

「バイ・ザ・ウェイ」ではメロディの良さを活かすというジョンらしいスタイルは発揮されていたものの、やはり昔を知るファンからすると、もっとラウドでファンキーで、

予測不可能なソロやオブリが飛び出して・・・という、ジョンの若かりし頃の天才的なギタープレイを期待していた人も多かったに違いない。

が、「ステイディアム・アーケイディアム」でのジョンのギターは、そんな昔のハードさと、ここ最近のメロウさとが見事に両立していて聴き応えがある。

ジョンのギターもまた、集大成的な趣を持っていると言うべきだろう。

フリーはこの「ステイディアム・アーケイディアム」について、

「これを聴いて俺たちが嫌いって言うんだったら、それはもう仕方ないよ。これが今の俺たちの全てだから」と、その自信のほどを覗かせている。

 

そう、ここに来てレッチリはロックバンドとして、また新たな次元へと到達した。

ただ動物的に凶暴なだけではない。

いたずらにメロディをつむいでいるわけではない。

言うなればその両方を、自分たちの手の中で見事にコントロールし切って見せるだけの許容量。

それはまさに“洗練”と言っても過言ではないだろう。

 

このように、バンド結成後既に20年近くが経過しているのにも関わらず、レッチリは今尚「世界最強」の称号を欲しいままにしている。

それは作品を重ねるごとに、その地位を不動のものにしていっているという感すらある。

今後もこのバンドから、ベーシストから、その凶暴性から、目が離せない。

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このベーシストへのいざない作品:

■母乳(レッド・ホット・チリ・ペッパーズ)

■ワン・ホット・ミニット(レッド・ホット・チリ・ペッパーズ)

■ステイディアム・アーケイディアム(レッド・ホット・チリ・ペッパーズ)