第二十四回:ジョン・パティトゥッチ
「“技”の総合商社−黒船編−」
ミュージシャン同士で会話をするとなると、しばしば話題に出るのが「世界一上手いプレイヤーは誰か?」とか
「日本で一番上手いプレイヤーは誰か?」といった類のモノである。
確かに老若男女を問わず様々なプレイヤーの名前を出して分析し、あーだこーだと話し合うのは盛り上がりもするし、楽しい面もある。
しかし、当たり前の事だが、ミュージシャンとして大成している全ての人にはそれぞれの持ち味や個性がある訳で、
そんな事を比較してみたって結論は出るハズはないし、上手いとか下手とかの判断基準にもなる訳はない。
作曲能力をウリにしているミュージシャンもいれば、ルックスやスタイルをウリにしているミュージシャンもいる。
自分では表に出ず、誰かをプロデュースする事で才能を発揮するミュージシャンもいる。
要するにまぁぶっちゃけて言ってしまえば、こんな議論には何の意味もない訳だ。
ただ、強いて言えばそういった議論の中で頻繁に名前が挙がるミュージシャンがいるとすれば、
そのミュージシャンの“ウリ”は多くの人が一致した印象を持っている、と言う事は出来るであろう。
例えば「歌唱力が飛び抜けているヴォーカリスト」というカテゴリーで話をすると、ほぼ必ずカレン・カーペンターの名前が挙がるように、
あるプレイスタイルにおいてそのカテゴリーの中で最大公約数的な存在として名前が挙がるミュージシャンは、
確実に“その道”での代表選手である、と判断出来るという事である。
ベーシストにおいて言うならば、歌唱力におけるカレン・カーペンターと同様に、テクニックにおける代表選手としてほぼ間違いなく名前を挙げられるのが、
ジョン・パティトゥッチである。
第二十三回で紹介した櫻井哲夫と、ジョン・パティトゥッチのプレイを続けて聴くと、
「もう、一週間くらいベースの音は聴かんでもええか・・・」という気になる・・・かどうかは人それぞれだが(汗)、多くの人は確実に「お腹一杯」になる事だろう。
そのくらい、この2人のベースプレイにはコッテリしたテクニカルプレイが満載なのだ。
ところが、その日本を代表するテクニカルベーシストである櫻井は、とあるインタビューで、こんな恐ろしげな発言をしている。
「僕は、ジョン・パティトゥッチさんのようなハイテクニック・ミュージシャンではないんですよ。」と・・・。
櫻井哲夫ほどのテクニカルプレイヤーが「あの人ほどテクニカルプレイヤーではない」と言い退けてしまう“あの人”ことジョン・パティトゥッチは、
1959年12月22日にアメリカ合衆国・ニューヨーク、ブルックリンで生まれる。
音楽一家(というか兄弟?)の中で育ったジョンは、10代になると兄の薦めでベースをプレイするようになる。
ニューヨークという土地柄、幼い頃からジャズ/フュージョンミュージックに親しんでいたが、
その頃はジョンは兄弟と共にポップスバンドを組んでプレイしていたらしい。
そして13歳になった'72年には家族と共にアメリカの西海岸へ移住。
ジャズに対して熱狂的なその新天地で、ジョンはベースの師と出会い、更にはジャズの伝統と洗礼を全身で受け止め、
ジャズプレイヤーとしての急速な成長を遂げていく事になる。
ロン・カーター、デイヴ・ホランド、チャーリー・ヘイデン、エディ・ゴメスらと共にウッドベース(アップライトベース)の醍醐味を学び、
ラリー・グラハム、マーカス・ミラー、スタンリー・クラーク、そしてジャコ・パストリアスからエレクトリックベースの技術を学んだという。
こういった数多くのプレイヤーからの影響が、のちに「ウッドベースとエレクトリックベースを完璧に弾きこなすベーシスト」という異名を取る事になる、
ジョン・パティトゥッチの血となり肉となっているという事は間違いないだろう。
そんな中でジョンは着実にミュージシャンとしてレベルアップしていき、
'80年代に入るとピアニストのギャップ・マンジョーネやイギリス出身のヴァイブ奏者、ビクター・フェルドマンなどと共演。
西海岸のスタジオミュージシャンの間で、ジョンの名前は瞬く間に広がっていく。
そして、ビクター・フェルドマンの共演がキッカケで、ジャズ/フュージョン界の辣腕キーボーディスト、チック・コリアと出会う事になるのである。
チック・コリアにその実力を認められたジョンは、'85年に結成されたばかりだった「チック・コリア・エレクトリックバンド」に参加する
(後には同アコースティックバンドにも参加しているが、このバンドが活動していた期間中、常にジョンがベースをプレイしたという事からも、
ジョンが若くしてかのチック・コリアから絶大なる信頼を得ていた事が伺えよう)。
ジョン・パティトゥッチ、26歳の頃の事である。
このチック・コリアとの活動を通して、当時まだまだ全世界レベルでは有名とは言い難かったジョン・パティトゥッチの名前は、一気にワールドワイドなモノへと変化した。
それは一重に、ジョンがチック・コリアと繰り広げる、彼の壮絶なプレイとテクニックが存分に発揮されたからだと言えるだろう
(勿論バンドである限りはジョンの貢献度はそれだけにはとどまらないが)。
作品の中で、チック・コリアの変態的テクニカルキーボードプレイに、ベースでユニゾンをぶっかましたり、高速ウォーキングベースを弾いてのけたりと、
6弦ベースを自在に操ってその天才的なテクニックを披露しているし、アップライトベースでは付け焼き刃ではない味のあるプレイで、
バンドのドラマチックなアンサンブルを確実に支えている。
しかもその音楽性の広さも特筆モノで、所謂ジャズスタンダードのカヴァーから超絶フュージョン、
ファンキーなノリからシンセサイザーを多用したモノ、ビッグバンドからカルテットに歌モノバンド、ポッピーなモノからブルージーなモノなど、
ありとあらゆるスタイルを網羅しているのだ。
勿論、それらのあちこちでジョンは凄絶なベースソロをプレイしているのは言うまでもない(当然エレキ&ウッド両方)。
また、ジョン・パティトゥッチが認知させたテクニックとして(厳密にはフィンガリングテクニックやピッキングテクニックとは違うが)、
6弦ベースを用いたオーヴァーダビングが挙げられる。
これは、ボトムラインを弾くのは当然の事ながら、そこに6弦ベースのハイノートを駆使したメロディアスなソロやテーマをカブせてレコーディングするというモノ。
まぁこれだけを見れば「そんなん今は誰でもやってるやん」と思われるかも知れないが、この手法をスタイル化したというか、
常套手段として認知させたのはジョンの功績の一つなのである
(これを聴いたある評論家が「このソロはギターによるものだ」と認識していたというエピソードがあるが、
これは逆に言えばジョンがベースとは思えないソロワークを展開していたという事、
そしてオーヴァーダビングする事でボトムラインとソロラインを完全に独立させるというジョンの作戦が見事に的を射ていた事、
そして当時としてはこのアプローチがいかに前代未聞モノだったかという事の表れではないだろうか)。
ただ、出来る事ならジョン・パティトゥッチが参加した作品についてもご紹介したいところなのだが、何しろその数が多すぎる。
CD検索機を設置してあるCDショップでジョンの名前を打ち込んで検索を掛けてみると、ゆうに100枚以上のアルバムの名前が表示されるのだ。
勿論ライヴアルバムやサウンドトラックなども含めてなのだが、それにしてもジョン・パティトゥッチがいかに引っ張りだこベーシストなのかが、
この数字だけでも理解出来るというものであろう。
しかもジョンはまだ40歳代なので、ジャズ/フュージョン界のミュージシャンのキャリアとしてはまだ“大ベテラン”と呼べるほどではないだろうし、
彼がプロとしての活動を軌道に乗せたのは'80年代に入ってからである事を考えると、これほど多くのアーティストから起用されているのはサスガである。
ジョンの参加作品に関しては、それを数多く紹介されているサイトさんが結構あるので、もしも興味を持たれた方は是非そういったサイトさんを参考にして頂きたい。
一方、ジョン・パティトゥッチ名義のソロアルバムでは、現在までに6枚をリリースしている。
ソロアルバムでは、テクニックを前面に押し出したフュージョンなどよりは、どちらかというとラテンミュージックやブラジルミュージックなどをふんだんにフィーチャーしていて、
数多くのミュージシャンをゲストに招いてプレイしている。
勿論、「完璧な両刀使い」という異名を取るジョンの事、エレクトリックベースもアップライトベースも自在に使いこなしているが、
弦楽四重奏などではチェロ奏者でもある彼の妻も結構参加している。
かなりコンテンポラリー色が強く、もしも恐いモノ(=超絶テク)見たさでソロアルバムを聴くとちょっと期待ハズレになってしまうかも知れないが、
しかしこういった間口の広さや単に“テクニカルプレイヤー”というカテゴリーにとどまらない柔軟な感性も、実はジョンのミュージシャンとしての強みなのだろう。
テクニック的な要素だけでは、ジョンの魅力は語れない、という事なのだ。
多くのテクニカルプレイヤーにおいてもそうであるように。
昨今、フュージョンミュージックの衰退やパンク/ハードコアミュージックの台頭、デジタル技術の進歩やプロ・トゥールズの登場によるレコーディング技術の進歩など、
様々な要因が重なる事で、プレイヤーとしての技術や順応性が全般的に衰退していくのではないか、という懸念がしばしば叫ばれているようである。
確かに、良くも悪くも“何もなかった”時代にマスターピースと呼ばれるような作品を作り上げた先人達は、とにかく全ては自分達の力が頼りだっただろうし、
その中でも最も典型的な“ミュージシャンとしての素養”とはすなわち、“実験的精神”とそれを思い通りに表現出来る、個々の“技術”であったハズだ。
しかしいつからか、音楽をやる事、ミュージシャンである事がファッション的色合いを強め始めた時
(例えばパンクムーヴメントやグランジ/オルタナティヴムーヴメント、ディスコブームなどがその最たる例であろう)、
技術は不要だと言われるようになり、それどころか技術があってはいけない、技術があっては良い表現は出来ない、とまで言われる事もあった。
確かに生半可な技術や知識は発想の幅を狭めてしまう事はあり得るだろう。
しかし、技術に縛られる事なく、それを自由自在に使いこなす事が出来るミュージシャンがいるとしたら、
その発想は更に加速して、それが後世のマスターピースにも成り得るのだ。
テクニック。それは自分の感情を伝える“言葉”のようなモノなんじゃないだろうか。
「うん」「いいえ」「ありがとう」しか知らなくても会話は出来なくはないだろうが、多くの言葉を知っていればそれだけ感情を緻密に伝える事が出来る訳だ。
テクニカルプレイヤーというのは、誰よりもボキャブラリーが豊富で、誰よりもそれを巧みに操れる人たちの事なのだ。
だからこそ、彼らの生み出す音には、説得力と深みがある。
ただ、管理人には櫻井哲夫が言う「僕は、ジョン・パティトゥッチさんのようなハイテクニック・ミュージシャンではないんですよ。」の言葉の意味がよく解っていない。
どちらも凄い。それに尽きる。
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このベーシストへのいざない作品:
■ジョン・パティトゥッチ・デビュー!(ジョン・パティトゥッチ)
■チック・コリア(チック・コリア)
■フットプリンツ!(ウェイン・ショーター)