第二十六回:ka-yu

「ヴィジュアルロックの救世主」

 

この世に音楽の種類やジャンルは数あれど、所謂「ヴィジュアル系」と呼ばれているジャンルほど、まともな評価を受けていない音楽もなかなかないだろう。

メイクをしたり奇抜なヘアースタイルをしたりしているだけで子供騙しだの音楽じゃないだの無茶苦茶言われ放題だし、

もはや頭がコンクリート化しているオッサン連中からしたらカス扱いもいいところだ。

どうしてだろうか。

確かに、ヴィジュアル系とカテゴライズされるミュージシャンの中には、メイクや衣裳ばかりに本気度が高く、

楽曲のクオリティや演奏力などの面に関しては素人以下というような「見かけ倒し」も多々いる。

誰とは言わないが、そういうアーティストまがいのヴィジュアラーたちがイメージを悪化させている、というのは事実ではある

(しかしそれとて、あくまでミュージシャンいうカテゴリーで見ようとするからまがい物に見えてしまうだけであって、

エンターテイナーとかアイドルとして見るならばそこらの凡百のミュージシャンより遙かにレベルは高い訳だが、

そこら辺に言及しだすとありがちな水掛け論になりかねないのでやめておく)。

しかし、先述したようにこの手のジャンルをけなしたりカス扱いしたりする“アンチヴィジュアル人”の殆どが、

ヴィジュアル系アーティストの音楽をまともに聴くこともなく判断を下してしまっている、

それこそ「見かけ倒しの感覚」に視野を狭められてしまっただけの人だったりするものだ。

また、少しくらい聴いた事はあっても「所詮ヴィジュアル系だ」という単なるイメージ的呪縛によって、

その音楽的本質を見極める事が出来なかっただけの甘ちゃんたちだったりもする。

・・・そうだ、“呪縛”に雁字搦めにされている人の何と多いことか・・・。

 

しかし、ヴィジュアル系アーティストの中に“まがいもの”がいるという事は、その対極に“本物”がいる、という事は言うまでもない。

'99年に颯爽とメジャーシーンに登場した「Janne Da Arc(ジャンヌダルク)」というバンドも、そんな“本物”の一つである。

ka-yu(かーゆ)は、そのJanne Da Arcのアンサンブルを根元で支えるベーシストだ。

Janne Da Arcのアルバムを聴いた事がある人の中には「何か、ベースが目立っとるなぁ」とお感じになった方もおられる事だろう。

特にアルバム「アナザー・ストーリー」以降の作品では、他の楽器に比べるとベースの音量がかなりデカくミックスされていて驚くが、

もっともこれはアルバムのプロデューサーである岡野ハジメ自身がベーシストである事も原因ではあるだろう。

ちなみにこの「アナザー・ストーリー」のミックスダウンに立ち会った時、ka-yuが「こんなにベースがデカくてもええの?」と尋ねると、

他のメンバーは「これくらい聞こえてる方がええやん」と言ったそうだ。

この事からもバンドにおけるka-yuの信頼度の高さを伺い知れるというものである。

 

ka-yuこと松本和之は、1975年1月21日、大阪府枚方市で生まれた

(“かずゆき”という名前をニックネーム的に訛らせて“かーゆ”というステージネームになったものと思われるが、詳細は不明。

ちなみにJanne Da Arcのメンバーはyou(Gt.)とshuji(Dr.)が兵庫県神戸市出身、後の3人が大阪府枚方市出身の同級生ある)。

中学2年の頃、ギターをたくさん所有していた親戚のおじさんに「1本ちょうだい」と頼んでフェンダーの白いストラトをもらった事からka-yuの音楽人生はスタートする。

最初はベーシストではなくギタリストだったのだ。

その後結成したバンドは「パピー」で、メンバーにはその後現在まで活動を共にするyasu(Vo.)とyou(Gt.)もいた。

当時は地元のお祭りで開催されていたバンドコンテストの本選出場を目指して活動していたらしいが、満足に練習出来ずに目標は達成出来なかったそうだ。

その後パピーは「結膜炎」に改名し、Xのコピーにいそしむ。

中学3年生の冬には市内の商店街に出来たスーパーマーケットの開店イベントのライヴに出演する(その時のバンド名は「インターセクション」だった)。

が、その後ka-yuはこのバンドを脱退している。

インターセクションはその後、度重なるメンバーチェンジを経ながら「オキャンティーズ」→「ジャンヌダルク」と改名して活動していく事になるので、

まさにJanne Da Arcの原型とも言えるバンドだった訳なのだが・・・。

バンドを脱退したギタリスト・ka-yuは、しかしナゼかその後元ボウイのベーシスト、井常松に影響を受けてベーシストに転向、

知り合いからベースを譲ってもらって練習し始めた。

今でも自ら「ボウイは今でも弾けるくらいにコピーした」と豪語するほどにボウイのコピーに入れ込んでいたらしい。

更に、当時シルヴァー・ドッグズで活動していたベーシスト、CRAZY COOL JOE(元DEAD END、相川七瀬バンドなど)のカッコ良さに惚れ込み

ロックベーシストとして本格的に覚醒したようだ。

今でもka-yuはフライングVシェイプのベースをよくプレイしているが、これはCRAZY COOL JOEからの影響である事を本人が語っている。

一方、ka-yuが脱退した後のジャンヌダルクは徐々に本格的な活動を繰り広げ始めていたが、

当時のベーシストの人間性に不満を感じていたヴォーカリストのyasuが、ベーシストとなったka-yuを再びバンドに呼び戻す。

この時の事をyasuは「ボウイを弾かせたら何でも弾けるくらいの腕やった」と語っている。

拠点としていたライヴハウス「枚方ブロウダウン」での活動と並行して、大阪市内の「難波ロケッツ」などにも出演するようになり、

ドラマーがshujiに交替した事で、現在のJanne Da Arcのラインナップが揃った。

本人達が「大阪市内でライヴやるようになってからお客さんが増え始めた」と語っている通り、

この約1年後には自主制作のデモテープを3000本完売したり関東へのツアーを行ったりワンマンライヴを行ったりと、急速に活動を軌道に乗せ始め、

'99年の5月にシングル「レッド・ゾーン」をもってメジャーデビューを果たした。

ka-yu、24歳。

このメジャー第一弾シングルでも、いきなりJanne Da Arc節が遺憾なく発揮されている

ハードなロックンロールをベースにしたリズムセクションに、

プログレッシヴでメタリックなギターワークとジャズやクラシックのエッセンスを取り入れた変幻自在のキーボードが一体となって音の壁を作り出し、

そこにポップなメロディを歌い上げるヴォーカルが乗る。

そして息もつかせぬ起伏の激しさで曲を展開していく、というのが、Janne Da Arcの真骨頂な訳だが、

しかし、大体メジャーデビューシングルというのはいわば“ツカミ”であり、なるべくキャッチーで解りやすい要素を前面に押し出すなどして、

まずはより多くの人にアピールしようとするのが定説である。

言うまでもなくメジャーデビューするという事は“音楽をビジネスとしてやっていく”という事であり、何よりもまず“金が稼げるバンドであるかどうか”が大切なのだ。

そういう意味でもシングルはとにかく売れなければならない。

そう考えると、この「レッド・ゾーン」というJanne Da Arcのシングルを、「これは売れるに違いない」とジャッジを下したレコード会社の感覚は異常だ。

と書くと誤解されそうだが、これは決して「レッド・ゾーン」がクオリティ的にシングルらしくないという意味ではない。

歌メロや歌声などは確かに大勢のリスナーに受け入れられそうなキャッチーさを持ってはいるが、伴奏陣のやっている事がちょっとマニアックなのだ。

変拍子を多用した曲構成やあちこちで挟まれるキメやユニゾンプレイ、

歌のバックでも容赦なく斬り込んで来るテクニカルなギターフレーズ、

曲全体の空気を張り詰めさせる緻密に練り上げられたキーボードなど、

よく聴くとあちこちに一般リスナーよりもミュージシャンウケしそうな要素がちりばめられている。

ミュージシャンウケするという事は、逆に言えば一般人にはウケにくい、という事と同義である。

そもそもそんな音楽性でメジャーデビューするという事自体なかなか困難な事に違いない。

マニアックになりすぎれば単にマニアウケするだけのアンダーグラウンドなバンドにしかならないし、

かと言ってただキャッチーなだけでは大して心に残らないし、

特に、猫も杓子もキャッチーさが美徳とされる日本の音楽業界では“その他大勢バンド”としての域を脱する事は出来なかったに違いない。

Janne Da Arcは、そんな適度なマニアックさとキャッチーさを絶妙にブレンドさせる事に長けたバンドなのだ。

 

そんなアンサンブルの中でka-yuは、ドッシリとルート弾きに徹している時もあればスラップソロをかます時もある。

強烈なディストーションを掛けてピック弾きしている時もあれば、マイルドな指弾きをする時もある。

フレットレスベースで甘いメロディを奏でる事もある。

4弦ベースも5弦ベースも弾きこなし、変則チューニングも多用する・・・というように、かなり多彩なプレイを繰り広げている。

フレーズ的にはロックベース然とした武骨なモノからメロディアスなモノまで、フィンガーボード上を縦横無尽に駆け巡るが、

してテクニックに依存する訳でもなく自己主張に溺れる訳でもなく、ツボを心得ているのが見逃せない。

ちなみにギタリストのyouも、7弦ギターは使うわダブルネックは使うわ変則チューニングは使うわ音色も多いわアコギもガットも使うわで、

ヘヴィメタルリフからファンキーなカッティング、ジャジーなソロから超絶技巧の速弾きソロも得意とし、ka-yu同様相当多彩なプレイをしている。

ドラマーのshujiは26インチで2バス、アクセントで踏む為の20インチの1バスとで3バスという変則的なセットを使い、手数足数を多く絡めたプレイを展開している。

kiyoは自分の四方にキーボードを積み上げ、更にシーケンサーやエフェクトなども足下にセットして、かなり幅広いプレイをしている。

こういった事だけを見てみても、結構マニアックな事をやってそうな気配がムンムンしている・・・。

また、Janne Da Arcはドラマーのshuji以外の4人がそれぞれ作曲するというのもバンドの強みであろう。

勿論誰が作ってもバンド全体でプレイした時点で“Janne Da Arc節”となる訳だが。

 

ちなみに個人的に、Janne Da Arcの中で一番の名曲は、ka-yu作曲の「桜」だと思っている。

の曲は別にシングルでヒットした訳でもなく、ライヴで欠かせないナンバーという訳でもない。

ベースが唸りまくっている訳でもなければ、テクニカルなソロパートがフィーチャーされている訳でもない。

しかし名曲である。メロディも秀逸だし、歌詞もメロウで良い。

演奏で言えば、ギターがあまり歪みサウンドを多用しておらず、

特にサビに突入した瞬間にスピード感のあるクリーントーン・カッティングでバッキングをする所などはかなりハイセンスだ。

楽曲のタイプ的には、クランチーなアルペジオやオクターヴ奏法で無難にいってしまいがちな雰囲気なのだが、そうならない所が技アリである。

また、歌が全部終わってエンディングを迎える時、ギターがカッティングで跳ね回る横でキーボードとドラムが一気に爆発してレベルEまで盛り上げ、

そこからフェイドアウトしていくという壮絶なエンディングもまた、Janne Da Arcらしいアレンジだ。

まさに桜という花の持つ、儚くも美しいイメージを見事に表現している。

この「桜」は、最初に聴いた時にはてっきり、ヴォーカルのyasuかキーボードのkiyoが作った曲だろうと思い込んでいたのだが、

実はベーシストであるka-yuが作ったという事を知って、そのメロディセンスやポップ感覚に驚いた。

ka-yuは体にはタトゥーが入り、顔はピアスだらけで、見た目は所謂“バッドボーイズロックンローラー”的なニオイを振りまいてはいるのだが、

実は結構幅広いバックグラウンドを持っているのだ。

ベースをプレイし始めたキッカケについては先述した通りだが、他にも初めて見に行ったライヴはアース・ウィンド&ファイアーだったし、

影響を受けた名盤を挙げれば小泉今日子や尾崎豊を挙げ、

また自身のバンド活動の中では洋・邦問わずハードロック/ヘヴィメタルをたくさんコピーしていた。

そして、そういう自身のルーツを変に偏らせず、柔軟な感覚で曲作りやベースプレイにフィードバックしている所が上手い。

単なるロック小僧でいる事をヨシとしないところがka-yuなりのロックなのだ。

 

また、Janne Da Arcというバンドの異色な点として、何というか、変にカッコつけすぎないという点がある。

勿論写真を見るだけではそれは解りにくいが、ライヴでのka-yuはボーリングのピンのかぶり物をしてコントらしき事をやってみたり、

“似てないモノマネシリーズ”をゴリ押しでやり続けたり、

ベースソロタイムではヘッドセットマイクを付けてベースを弾きながら「なーんでか!」とか「いいとも!」とか意味不明な事を叫び続けたり、

オーディエンスに無理矢理「ka-yu最高」を連呼させたり、メンバー同士でトークをすると必ずボケとツッコミの応酬が始まるなど、

ハッキリ言って普段のバンドの素行は若手の芸人ばりである。

まぁこういった事は関西人ばかりのバンドなのだから自然とそうなってしまうのだが、

スカしてカッコつけた写真やバンドのイメージからは懸け離れたこのギャップが、またバンドを面白くしているというのも間違いないだろう。

余談だが、20数年間、自分の血液型がB型だと思い込んでいたのが、数年前の健康診断で実はA型だった事が判明したというエピソードも、

またka-yuらしいと言えばらしい。

「今まで『典型的なBやなぁ』とか言われとったんは何やってん!」とツッコんでいた。

 

そしてJanne Da Arcは、先述のメジャー4枚目「アナザー・ストーリー」でコンセプトアルバムに挑戦した。

コンセプトアルバムとは、一般的にアルバム1枚を通して一つの物語やドラマを作り出すという手法で、

ロック界では多くはプログレッシヴロックバンドが用いて、数々の名作と呼ばれる作品を生み出して来た

(ラッシュの「西暦2112年」、クイーンズライチの「オペレーション:マインド・クライム」、アイスド・アースの「ナイト・オブ・ザ・ストームライダー」、

ヴァイパーの「シアター・オブ・フェイト」、ドリーム・シアターの「シーンズ・フロム・ア・メモリー」、ラプソディの「レジェンダリー・テイルズ」〜「パワー・オブ・ザ・ドラゴンフレイム」、

そしてビートルズの「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」などがロック界の代表的な作品であろう)。

こういったコンセプトアルバムを作り上げるには単にアルバム1枚分の楽曲を書き揃えるだけではなく、

そこに関連性とストーリー性、そして1枚を通して鑑賞するだけのバリエーションと完成度が同居していなければならなく、

膨大なアイデアとクリエイティヴィティが要求される事は言うまでもない。

しかし、この古典的かつ高度な手法を、Janne Da Arcはヴォーカルのyasuによる書き下ろし小説との同時リリースという形でやってのけているのだ。

驚くべきバイタリティである。

この小説は勿論アルバムとリンクしており、それぞれが互いに世界観を広げている。

 

このように、Janne Da Arcはその音楽性や技術、アティテュードなどにおいて、明らかに一般的なヴィジュアル系アーティストとは一線を画しており、

あまつさえ何の個性や主張も感じられないような垂れ流し体質の日本の音楽業界においても希有な存在であると言える

(そんな彼らのレコード会社がエイ○ックスというのはちょっと意外)。

冒頭でも書いた事だが、世間的には「ヴィジュアル」という言葉を聞いただけで拒否反応を示すというような差別意識の取れない“大人”は数多い。

そしてそれと同時に、ヴィジュアル系アーティストを支持するファンの中には、

彼らの音楽の中身には大して注目せずに顔がどうだのヘアースタイルがどうだの服装がどうだの、

本当にヴィジュアル面しか意識出来ていないという本末転倒なファンも多い。どっちもどっちだ。

しかし、管理人から言わせれば彼らの外見的要素はあくまでその音楽をほんのちょっぴり味付けするだけの要素にすぎない。

服装やヘアースタイルなど特に目の敵にする必要もなければ、それを礼賛する必要もない。

そういう意味で音楽における「ヴィジュアル」という言葉もハッキリ言って的を射ていない。

しかし、あえて今回はそれをタイトルに使った。

差別意識を持ち続ける大人がこれからもいなくならない事は疑いなく、同時にヴィジュアル系アーティストが正当な評価を受ける事も難しいだろう。

しかし、そんな逆風の中でも確固たる信念と方法論、そしてエンターテインメント性を持ち続けるバンドがいるという事実は見逃せない。

今やマイナスイメージさえも連想させてしまうヴィジュアル系アーティストというカテゴリーの中で、

まさにJanne Da Arcは救世主(メシア)にも等しい存在である。

ka-yuの爆音ロックンロールベースを原動力に、Janne Da Arcはこれからも走り続けるだろう、霞みゆく大人たちを背にして。

----------------------------------------------------------------------------------------------

このベーシストへのいざない作品:

■シングルズ(ジャンヌダルク)

■アナザー・シングルズ(ジャンヌダルク)