第三十回:マルセル・ヤコブ
「北欧からの刺客」
スカンジナヴィア半島にある国々は、ある意味において実に不可思議である。
デンマーク、フィンランド、スウェーデンの3国は、国そのものの規模はそれほど大きくはないにも関わらず、
多くの豪傑ミュージシャンを輩出しているからである。
特に、ハードロックやヘヴィメタルの世界においては、それらのジャンルにおいて中核を成すような大物ミュージシャンが大勢、
これらの国々から世界へと進出している。
それは'80年代にこの地から誕生したバンド「ヨーロッパ」が、北欧初の全世界規模で成功したバンドとなった事や、
「アルカトラズ」などのキャリアで男を上げたギタリスト、イングヴェイ・マルムスティーンが、
その独自のスタイルで新世代のギターヒーローとなった事などが大きな礎となっている。
そして不思議な事に、イングヴェイの例を見るまでもなく、才能溢れる激烈ギタリストがやたらと多く誕生しているのだ。
先述のヨーロッパのギタリストであるジョン・ノーラム、「TNT」のロニー・ル・テクロ、「ストラトヴァリウス」のティモ・トルキ、
「カーカス」や「アーク・エネミー」のマイケル・アモット&クリストファー・アモット兄弟、「チルドレン・オブ・ボドム」のアレキシ・ライホ、
「ディジー・ミズ・リジー」のティム・クリステンセン、「ソナタ・アークティカ」のヤニ・リータマイネン、「プリティ・メイズ」のケン・ハマー、
「ドリーム・イーヴル」のガス・Gなど、もう挙げ始めると枚挙に暇がないほどであるが、とにかくテクニック面でもコンポーズ面でも、
他の追随を許さないほどのウルトラギタリスト達が、まさに綺羅星のように登場しているのである。
勿論、これらのギタリスト達が世界へと羽ばたいていく事になった背景には、イングヴェイ・マルムスティーンやジョン・ノーラムにより
「ギタリストはメロディックなラインを超高速で弾く」といったような事が必須とされる、所謂“技術至上主義”が既にロック界で浸透していた、
という背景が関係しているのは言うまでもない。
そして遠く離れた極東の島国、日本で「北欧メタル」という、他に類を見ない独自のカテゴリーが生み出されたのも、
ひとえにこの2人がキッカケになっている訳である。
そんな北欧シーンの先鋒となった2人が、世界へと飛び立って行く時に彼らを支えていたベーシストがいた、と言ったら意外に思われるだろうか。
そのベーシストこそが今回の主人公、スウェーデンはストックホルム出身の低音職人、マルセル・ヤコブである。
ジョン・ノーラムが在籍していたヨーロッパがまだその名を「フォース」と名乗っていた、いちアマチュアバンドだった頃、そこでベースを弾いていた男。
イングヴェイ・マルムスティーンがまだ17歳のギターキッズだった頃に自主製作されたデモアルバム「バース・オブ・ザ・サン」でベースを弾いていた男。
イングヴェイ・マルムスティーンの数あるアルバムの中で、いまだにロックファンの間で「最高傑作」と評されるアルバム「マーチング・アウト」でベースを弾いていた男。
こうして見れば、マルセル・ヤコブというベーシストが、北欧メタルというジャンル/シーンでいかに重要なポジションを担って来たかが伺い知れようというものだ。
その知名度とは裏腹に・・・。
ベーシストの存在がギタリストやヴォーカリストの陰に隠れがちになるというのは、この爆ベーの中でも散々述べて来た事であるが、
マルセル・ヤコブもまた、そんな状況下にいる典型的なベーシストだ。
何しろ、朋友であるヨーロッパやイングヴェイがあまりにも巨大になりすぎた。
巨大になればなるほど、その彼らを根元で支えている(いた)人物の存在など霞んで見えなくなってしまうものなのかも知れない。
しかし、マルセルのベーシストとして、コンポーザーとして、そしてプロデューサーとしての実力を知れば、その存在感は急に重みを帯びてくるに違いない。
が、それが完全に華開くには彼が現在も在籍して活動を続けているバンド、「タリスマン」の誕生を待たねばならない。
タリスマンは、1989年にアルバム「タリスマン」でデビューした(当初はパーマネントグループというよりはプロジェクト的色合いが強かった)。
しかし、デビューと言ってもその注目度は並の新人のそれではなかった。
当たり前だ。
当時既に飛ぶ鳥を落とす勢いとなっていたイングヴェイ・マルムスティーンのバンドで、
そのテクニシャンぶりを遺憾なく見せ付けていたベーシストが満を持して結成したグループなのだ。
しかも、タリスマンのヴォーカリストは、マルセルと同じくイングヴェイと活動を共にして来日まで行ったアメリカ人シンガー、ジェフ・スコット・ソートだった。
当時、既に北欧シーンに注目していたロックファンが、そんなタリスマンというバンドに注目しない訳はなかった。
事実、タリスマンのデビューアルバムは、本国は勿論、日本国内でも高い評価を受け(当初は輸入盤として、後日正式に発売)、セールスもかなり好調だった。
哀愁を帯びたメロディに透明感のあるサウンドという、誰もが思い浮かべる“北欧ロック”の姿がそこにはあったのである。
イングヴェイ信者も、当然ながらタリスマンの音楽の中にイングヴェイからの影響を見出し、タリスマンの登場を喜んだ。
しかし、タリスマンとイングヴェイ・マルムスティーンに決定的な違いを見付けるとすると、
それは「タリスマンの方がよりバンド的色合いが強い」という点である。
イングヴェイのアルバムを聴いた事がある人なら解るだろうが、イングヴェイのアルバムというのは、
どの作品のどの曲を聴いてもイングヴェイのソロアルバムとしての表情がある。
歌やグルーヴよりもあらゆる面でギターが前面に押し出されているし、
ギターソロにこれでもかというほど長い時間を割いている所からもそれは理解出来る所であろう。
すなわち良い意味でも悪い意味でもそれは「ソロ作品」なのである。
しかし、タリスマンは違う。
マルセルがバンドマスターとして取り仕切ってはいるものの、決してベースをはじめとする特定のメンバーだけがフィーチャーされるような音楽をやってはいない。
というか、誤解を恐れずに言ってしまえば、タリスマンの音楽の中にはイングヴェイからの影響というのはさほど見出せない。
イングヴェイの音楽性の特徴を挙げると、ひとえにクラシックとロックの融合という点に集約されるというのは、インギー信者と言えども異論のない所であろう
(本人は「ジミヘンっぽく仕上げてみたんだ」とか述べている曲もあるが、実際にはソロ部でワウをかましてそれっぽいスケールを少し織り交ぜただけ、
という程度である事が多い)。
しかしタリスマンの音楽性はというと、良く言えばもっと幅広く、悪く言えば統一性に欠ける印象がある。
ベースにあるのは勿論ハードロックなのだが、最終的に出来上がる楽曲には、
クラシックは勿論、R&Bやファンク、洗練されたポップスの要素までもが色濃く出ているのだ。
更にはジェフがかなりソウルの影響を受けているようで、ヴォーカルにはそういったエレメントも見え隠れする。
先述した「バンド的色合いが強い」というのはこういった所からも感じられる。
アルバム「ジェネシス」や「ヒューマニマルPart1&2」の頃になると特にその色合いは顕著で、
ハードロックという基盤から外れすぎる事なく、しかも奥行きの深い音楽を聴かせている。
北欧出身のロックバンドの中には、どうしてもそのサウンドの指向性を広げる力に乏しいバンドもしばしば見受けられるが
(これは北欧の音楽シーンとマーケティングの狭さ、祖国の英雄・ヨーロッパの影響力があまりに大きい為、
その類似型音楽から逸脱出来るバンドが少ない事などが原因として挙げられる)、
タリスマンのサウンドはそういう意味で国籍不明で実に幅が広いのだ。
アメリカのバンドと言われても頷けるし、どこか他の国のバンドと言われても全く違和感はない。
しかしメロディアスさは決して失わない。
そんなバンドサウンドの中で、マルセルのベースはまさに中心的存在になっている。
ベースのトーン的には結構強力な歪みを掛けたディストーションサウンドで(ビリー・シーンと同系統のトーンである)、
しかしながらディストーションサウンドにありがちな、潰れた感触や聴き取りにくさは全くない。
これは勿論彼のテクニックによる所も大きいだろう。
そして注目すべきはその華麗なるテクニックである。
ギターと高速ユニゾンをかましたり、ベースのラインそのものが曲のリフとなるようなラインをバシバシ切れ込ませたり。
そしてギターとのソロ合戦になると速弾きやライトハンドタッピングなどもサラッとこなす。
スピーディなテクニックばかりではない。
ファンキーなノリの曲では、休符とタメを十分に活かしたラインでハードロックベーシストらしからぬグルーヴを生み出しているし、
ポッピーなナンバーでは歌心のあるラインを弾いてジェフのヴォーカルを最大限に活かしているのである。
勿論、ロックの魅力であるドライヴ感を失う事はない。
このマルセルの懐の広さとセンスの鋭さが、タリスマンの音楽的強みになっている事は明白だ。
また、タリスマンにおけるハイレベルな楽曲の多くをマルセル自身が作曲しているというのも忘れてはならない。
マルセルは10代の頃からその作曲センスには非凡なものがあったそうで、バンド・ヨーロッパを脱退する事になったのもその作曲に関して、
ギタリストのジョン・ノーラムと衝突した事が原因だったらしい。
ヨーロッパでもライジングフォースでも実現出来なかった、マルセルの思い描くハードロック像を、遂にタリスマンにおいて具現化する事に成功した訳だ。
勿論、レコードのセールスという点では両者に遠く及ばないが、その音楽性の幅広さとフレイヴァーの豊かさという点では、
ヨーロッパやイングヴェイ・マルムスティーンを凌いでいるのは間違いない。
一部の“頑固なファン”の間では、タリスマンのこういったキャパシティの広さが「北欧らしくない」と評される事もあるようだが、
そんな評価を下してしまった人たちはおそらく、タリスマンのアルバムをちゃんと聴けていないだけだろう。
確かに様々なエッセンスを散りばめてはいるが、根底に流れているのは紛れもなく我々が連想する北欧らしい芳醇なメロディに彩られたハードロックなのだ。
それを入れる箱のシェイプが人一倍豊かなだけである。
また、マルセルはメンバーが流動的だったタリスマンの初期CDのレコーディングにおいては、プログラミングによるドラムプレイをしたり、
エレキギターにアコースティックギター、キーボードもプレイするというマルチっぷりも見せ付けている。
そして全てのアルバムでプロデュースをも担当している。
ここまで書けば解っていただける事と思うが、マルセル・ヤコブがこれほどにも才能溢れるベーシスト/アーティストであるにも関わらず、
世間での評価の低さには驚かされる。
イヤ、評価云々の前に、まず存在があまり知られていないような気がする。
ハードロック好きな人で、イングヴェイやヨーロッパを知らない人はおそらく皆無だろうが、
マルセル・ヤコブの名前を知っている人はどれだけいるのか、甚だ疑問である。
北欧出身のロックバンドが好きと公言している人でも、マルセルというアーティストの事を知っている人は結構限られているのではないだろうか。
アマチュア時代からマルセルと共にアンサンブルを作っていたイングヴェイですら、
「マルセル?彼はギタリストになりたかったベーシストだね」と、意味不明な発言をしている始末だ。
何を言うとるんや、インギー・・・(汗)。
マルセルやジェフが、ライジングフォースを脱退せざるを得なかったのも頷けるような気がするのは、私だけではないだろう。
タリスマンは、'03年には約5年ぶりとなるニューアルバム、「キャッツ・アンド・ドッグス」をリリース。
その健在ぶりをアピールした。
実はタリスマンほどの独自性と実力を持ち合わせているバンドですら、本国でのレコードリリースは必ずしも安泰なものではないそうで、
そのキャリアの中でも何度となく挫折を味わっている。
こういう北欧の音楽事情というのは、我々日本人にはあまりにも対岸の火事のようで実感が湧きにくい。
しかし実際に、レコードは作ってみたものの、発売するアテがないというバンドや、
リリースまでは漕ぎ着けたけどライヴの予定はないといったバンドが、北欧にはわんさかといるらしい。
そういう意味ではヨーロッパやイングヴェイ・マルムスティーンは例外中の例外、そしてタリスマンも幸運なバンドだったと言えるのかも知れない。
が、冒頭で挙げたような剛腕ギタリストたちのような超実力派たちがまだ日の目を見ずに虎視眈々と世界へ羽ばたく瞬間を狙っているのかと思うと、
北欧シーンはやはりロックファンにとっては重要な地であり続ける事は疑いないだろう。
マルセル・ヤコブもまた、そんな北欧が生んだロック界の、そしてベース界の至宝である。
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このベーシストへのいざない作品:
■ヒューマニマル(タリスマン)
■ヒューマニマル・パート2(タリスマン)
■キャッツ・アンド・ドッグス(タリスマン)