第十一回:マーカス・ミラー
「パーフェクト・ガイ」
ベーシストと言えども色んなタイプの人間がいる。
幼くしてベースをプレイし始め、そのまま10代からプロとして本格的な活動を始める者。
大人になってからベースをプレイし始め、実際にプロの活動を開始するのも年を取ってからだったという者。
ここでの主人公、マーカス・ミラーは断然前者で、15歳の時には既にニューヨークのクイーンズ地区・ジャマイカで、
伝説的なプレイヤーとして名を轟かせていたというから、相当な強者である。
「'90年代最高のプレイヤー」、「世界最強のベーシスト」、「世界で最も忙しいプロデューサー」など、彼の呼び名は数多い。
要するに、どれを取っても彼が現在最も注目されているミュージシャンの一人である事を物語っている。
余談になるが、某ベース専門誌の編集長が、マーカス・ミラーを神と崇めて崇拝しているのは、読者の間では周知の事実である。
そんなマーカスが、ベーシストとしてジャコ・パストリアスを敬愛しているのは有名な話だ。
「ジャコのファーストアルバムを買ったのは、15か16の時だったと思う。そして聴いた。
けれど、言葉も出なかった。自分の聴いたものをただただ信じられなかった。
ターンテーブルからレコードを外す事が出来なくなってしまい、練習、練習、また練習。
ひたすらジャコを研究した。
で、僕が自分自身のある到達点に至り、『ああ、やめた、もうジャコのようには弾かないぞ』と言うまでに、2年も掛かったんだ。
それくらい彼は僕にとって印象深い存在だった訳だ。」と語っている。
この言葉通り、マーカスにとってジャコがフェイヴァリットベーシストな訳だが、それを証明するかのように、
マーカス自身のソロアルバムの中で「ミスター・パストリアス」、「ティーン・タウン」などの曲をプレイし、そのリスペクトの意志を表現したりもしている。
マーカス・ミラーは、1959年6月14日、アメリカ合衆国・ニューヨークに生まれている。
“ジャズの街”で生まれたマーカスは、幼い頃からクラリネットやサックスを習うなど、音楽的素養を存分に伸ばすのに最適な環境で育った。
13歳になる頃にエレクトリックベースを手にした。
そしてその3年後には、クイーンズ・カレッジで音楽を学ぶ傍ら、プロのセッションベーシスト(!!)として活動を開始した。
そしてGRPセッションなどで名声を得る。
すると、瞬く間にそのサウンドとプレイが業界で注目の的となり、数多くのセッションに引っ張りだこの超人気ベーシストにのし上がる。
そしてスタープレイヤーになったのも束の間、今度はそのアレンジの才能を開花させ、デヴィッド・サンボーンやルーサー・ヴァンドロス、
そしてマイルス・デイヴィスらにプロデューサーとしての参加を要請されるまでになる。
ベーシストの中には、単にプレイヤーとしてだけでなくアレンジャーとしても活躍するという例は数多いが、
マーカスも当然の事ながらアレンジャー/プロデューサーとしての活動を開始した訳である。
ちなみにマイルス・デイヴィスに声を掛けられたのは、マーカス22歳の時であった。
そしてセッションベーシスト兼プロデューサーとしての活動をする傍らで自身のソロアルバムを制作したり、グループを結成してアルバムをリリースしたりする。
更にはボズ・スキャッグスとのコラボレーション活動、エディ・マーフィーの主演映画の音楽を担当・・・
など、まさに大忙しであり、しかも関わる作品の殆どがそれぞれの世界で高い評価を受けているというのだから、天才的という他はない。
ついでにジャズベーシストにしては珍しくルックスも良い。黄色い声援が多いのも無理はないという所か。
ところで、マーカスのベースサウンドはとても印象的である。
一度でも聴けばすぐに耳に残る。そのシステムは、ヴィンテージジャズベース(一方でサドウスキーN.Y.のジャズベース、F-BASSの5弦ベースなども愛用している)
にバルトリーニのプリアンプを搭載した「マーカススペシャル」を、クリアなハイファイサウンドを出す事で名高いアンプ「SWR」(一方でEBSなども愛用している)から、
かなりのドンシャリサウンド(低音域と高音域にピークを持たせるサウンド)にして出力する、というものである。
しかもドンシャリ独特の「ヌケの悪さ」もなく、むしろ相当クリアな音を奏でている。
このように特徴的なサウンドを奏でるマーカスだが、そんな彼のトーンをして、人は「ニューヨークサウンド」と呼ぶ。
これはマーカスやウィル・リーに代表されるような、ニューヨークを本拠地として活躍するベーシストが好んでこのトーンを出す事から名付けられそうだが、
'90年代のベースプレイヤーやスタジオミュージシャンたちの間で一気に広まったサウンドであり、そのパイオニアもまた、マーカス・ミラーだったのである。
また、マーカスはそのプレイスタイルも強烈無比であり、アンサンブルの中で全ての音を貫くようなシャープなサウンドとフレージング、
バシバシと切れ込んでくる32分音符の手癖フィル、スラップと同時にライトハンドタッピングを組み合わせて奏でるソロ、
超絶技巧でありながらメロディやリフとして成立するスラッピング、フレットレスベースでの見事なプレイ・・・
それらを人間業とは思えないほどの正確さでこなす。
一方、オーソドックスな2フィンガーによる指弾きでは、腕の力を抜き、実にスムーズで美しいフォームでプレイしている。
テクニックを駆使していない時でも、そこには「マーカス・ミラー」という男のアイデンティティとポテンシャルとを垣間見る事が出来る。
まさにあらゆる面で、教科書に出てくるようなベーシストのお手本的プレイヤーなのだ。
マーカスの言葉。
「君たちが本当のミュージシャンになりたいのなら、ベースだけではなく音楽を学ぶべきだ。
単に覚えた技術をバンドシチュエイションにそのまま持ち込んではいけないんだ。
フュージョンはフュージョンバンドで発散しろ。もしR&Bバンドで違った分野のものをプレイするなら、自分が枠から外れているという確信の上で責任を持って弾け。
いつでも枠から外れた時には必ずその意識を持って行動すること。自覚なしのプレイはスポーツ同様だ。
本来音楽はエモーションの言葉なんだ。
フェアな言い方じゃなくてすまないけど、フィーリングなしの練習方法は非音楽的だよ。
あともう一つ。ステージから客席を見下ろして、男の客やミュージシャンしかいない場合は、君たちの音楽に何かが欠けている。
そもそも女性の方がオープンな心の持ち主なんだ。
彼女らに音楽を捧げてやれよ。」
あぁ、何て男前。
「パーフェクト・ガイ」・・・マーカスには、そんな称号こそ相応しい。
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このベーシストへのいざない作品:
■ウィ・ウォント・マイルス(マイルス・デイヴィス)
■キング・イズ・ゴーン(マーカス・ミラー)