第十五回:ロン・カーター
「“アップライトの神”と呼ばれる男」
ベースという楽器には、大まかに分けて二つの種類がある。
一つはエレクトリックベース。'51年にフェンダー社が開発した、音を電気信号化するベース。
もう一つがアップライトベース。電気を用いずにその巨大なボディの鳴りで音を鳴らす、すなわちウッドベースとかコントラバスとか呼ばれるアコースティックベース。
「アップライト」とは「立っている、直立の」などという意味である。
これまでの爆烈ベーシスト列伝を読んで下さった奇特な方なら御存知だろうが、これまでの列伝は全て、
「エレクトリックベース」を意のままに操り、音楽を創造する偉人達にスポットライトを当てて来た。
そして今回、初の試みとなるアップライトベースのプレイヤーをご紹介しようと考えるが、アップライトベースと言えばこの人、
と言ってもいいほど代表的な人物が“アップライトの神”という異名を持つ男、ロン・カーター、その人である。
ロンは、1937年5月4日、アメリカ・ミシガン州にて、8人兄弟の1人として生まれた。
10歳でチェロを習い始め、後にデトロイト音楽大学に入学。
ロンが本格的に音楽の勉強を始めた頃、そのデトロイトではモータウン社のハード・バップ・シーンが盛んだったが、彼の関心は専らクラシックに集中していた。
「いつか、シンフォニー・オーケストラでプレイしてみたい」という夢を持っていたそうだ。
しかし、「詰まらない理由」でチェロを諦めざるを得ない状況に追い込まれてしまう。
そして「ベースなら『詰まらない理由』に邪魔されずにプレイ出来るかも知れない、まだ将来性があるかも知れない」と感じて、
ベース(コントラバス、アップライトベース)へと転向した。
1959年、22歳の時にニューヨークへ移り住み、マンハッタン・カレッジ・オブ・ミュージックに通い始める。
ちょうどその頃から、シングルレコードやサウンドトラック、ブロードウェイなどでプロのミュージシャンとしての仕事をやり始めたらしい。
すると、当たり前のようにプレイが注目されるようになり、間もなく“ジャズジャイアント”、マイルス・デイヴィスのバンドへと加わる。
ロン・カーターという、背高ノッポのアップライトベースプレイヤーが一気に注目を集めたのはこの時だったのではないだろうか。
そしてその後、一気に活動の幅を広げていき、ジム・ホール、ジョー・ヘンダーソン、フレディ・ハバード、ハービー・ハンコックなどとの共演で
一気にトップ・プレイヤーへと階段を駈け昇っていった。
今尚、トッププレイヤーとして君臨しているということは疑う余地がないが、
プレイヤーとしての音楽活動以外にも「アップライト博士」としてニューヨークのシティ・カレッジで教鞭をふるっている
(アップライト博士なんてあるんか・・・(汗))。
上記で「詰まらない理由」というのが出てきたが、これについては少し説明せねばなるまい。
ロンがチェロのプレイヤーとしての道を諦めなければならなかったのは「人種差別」が理由だった。
現在、アメリカには通称「5大シンフォニー」と呼ばれる交響楽団が存在するが、その編成の中に、ロンと同じアフロ・アメリカン(黒人)は2,3人しか存在しない。
勿論ロンがシンフォニー・オーケストラでプレイすることを夢見ていた当時の状況は更に酷かったに違いない。
アメリカのこういった人種差別の状況はハッキリ言って病的なものがある。
中でもクラシックの世界では特に顕著らしく、実際にロンがチェロを諦めざるを得なかった理由と全く同じ理由で、
クラシックプレイヤーになる事を諦める黒人の若者は後を絶たないそうだ。
つまり、クラシック畑の人の中には「黒人はジャズをプレイするもんだ」という、化石のような思い込みを持ち続けている人が大勢いる、という事だ。
ある日、ロンが45人編成のセッションで唯一の黒人プレイヤーとして参加していた時、演奏が始まる前にあるプレイヤーがロンを指さして
「アイツは黒人なのにこんな所で何をしてるんだ?」と言った事があったそうだ。これについてロンはこう語っている。
「ただ扉の前に立っているだけで周囲に怖がられる。トラブルメーカーに見られたもんさ。だけどマスコミはこういった事を大した問題にしていない。
もしも私が経験したのと全く逆の話があったとしたらどうだろう?『お前は白人のクセに何でジャズをやってるんだ?』と黒人が言ったとしたら、
それは大問題になるだろう。ここはニューヨークなんだよ?午前9時にヴァイオリンを弾くアフロ・アメリカンがいないとでも思うかい?
・・・シンフォニー楽団が人気ないのも仕方ないよね。」。
このように、ロンが数十年にも及ぶ音楽活動において、真正面から向き合って来たのは実は音楽だけではなかったのだ。
イヤ、実際には音楽だけに向き合う事を社会が許してはくれなかった、とでも言うべきか。
とにかく、幼い頃からクラシックを勉強し、いずれシンフォニー・オーケストラでプレイする事を夢見ながらも、その夢は儚く散った。
しかし、そういった紆余曲折を経てジャズの世界へ飛び込み、数十年に渡ってアップライトベースプレイヤーの頂点に君臨し続けることになろうとは、
なかなかにして皮肉なものである・・・。
そういった才能と執念こそが彼を“神”たらしめる所以であるとも言える。
ただ、意外に思われるかも知れないが、ロンのベースプレイというのは、実はとっても地味だ。
「地味」という表現が適しているかは難しいところだが、少なくとも一流プレイヤーにはありがちな音数の多さやプレイの派手さなどは殆ど感じられない。
あるベーシストの言葉を借りるとすると、「ロンのベースは『ヘタウマ』だ」だそうだ。
まぁ「ヘタウマ」なのか否かは素人の管理人などには判るハズもないので詳しくは分析しないが、
確かにライヴやセッションなどでのロンのプレイを聴いてみると、驚くほどシンプルなプレイをしている事がよく判る。
しばしば勘違いされがちだが、シンプルな事を弾く=上手くない、な訳はない。
どんな楽器でもそうだろうが、シンプルな事をカッコよく弾く、というのは実はとても難しい事である。
ベースの場合でもそうで、音数の多いフレーズやスピード感のあるフレーズというのは勢いでどうにか弾けるものが多い
(勿論、勢いだけではどうにもならないようなテクニカルな曲やフレーズも多くあるが)。
ところがシンプルな曲やフレーズというのは、そういった勢いの力を借りる訳にもいかず、かと言って弾きまくっても曲を破壊してしまうし、
そのクセ地味に徹しすぎてしまうとスカスカなアンサンブルになってしまう。実に匙加減が難しいのだ。
これはもう、教えられてどうにかなるもんではないだろうし、真似事をするだけで形になるような単純な事でもない。
やはりある程度の経験値が大いにモノを言う部分ではないかと思う。
何故なら、熟年プレイヤーにはこういった表現技法に長けたプレイヤーが多くいるからだ。
ロンの場合も例外ではなく、決して派手な事はやっていないのに物凄い存在感を放っている。
「派手な事はやっていない」どころか、むしろより多くの「間(マ)」を作ってアンサンブルを楽しんでいるようにさえ思えてしまう。
こういったアンサンブルにおけるスペースの作り方こそが、ロンのプレイの最大の見所と言えるかも知れない。
一方、ソロタイムになると、何とも変わった音使いでメロディを奏でる。
管理人は残念ながら理論や名称に詳しくないので専門的な表現は出来ないのだが、様々なアップライトベースプレイヤーと比較してみても、
明らかに異端的なセンスをしているように感じる。
例えばビリー・シーンのベースの音というのを、知っている人が聴けば一瞬で「ビリーのサウンドだ」とジャッジ出来るように、
アップライトベースを知っている人なら、ロンの音使いを聴いただけでプレイヤーが彼だと判断する事が出来るだろう。
そういった「個性」もまた、ロンが“神”と呼ばれる所以でもあるのだ。
人間なら誰しも若さは消えていくし、体力も衰えていく。
しかし、ロンのように年季と経験をプレイに反映させ、滲み出てくる年輪をも武器にしているようなベーシストを見ると、
歳をとるという事は実にカッコいい事なのだと思わされる。
“アップライトの神”、そう呼ばれるアフロ・アメリカンがニューヨークにいる。
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このベーシストへのいざない作品:
■処女航海(ハービー・ハンコック)
■ネフェルティティ(マイルス・デイヴィス)
■E.S.P.(マイルス・デイヴィス)
■CTI/KUDUベスト・オブ・ロン・カーター(ロン・カーター)