第二十二回:スティーヴ・ハリス

「鋼鉄の指先」

 

グレートブリテン及び北部アイルランド連合王国、=イギリス。

決して広大な国ではないにも関わらず、このイギリスという国からは古今東西を通じて実に多くのミュージシャン/アーティストが世に飛び出している。

これまでにこの爆烈ベーシスト列伝でご紹介して来たベーシストの中にも、ポール・マッカートニージョン・ポール・ジョーンズ

シド・ヴィシャススティングジャック・ブルースレミー・キルミスターなど、イギリスで生まれ育った、偉大なるミュージシャンは大勢含まれている。

そして、それはヘヴィメタルの世界においても例外ではない。

現在のヘヴィメタルの礎を築き上げたジューダス・プリースト、変則チューニングでの単音リフをスタイル化したブラック・サバス、

“20世紀で最も成功したバンドの1つ”と言われるデフ・レパードetc・・・。

イギリスから飛び出して、巨大な足跡を残したバンドが綺羅星のように居並んでいる。

そんなイギリスからのヘヴィメタルバンドたちが、一大ムーヴメントを起こし、時代のメインストリームとなって世界中で暴れ回っていた事がある。

「N.W.O.B.H.M.(ニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタル)」

・・・その一連のムーヴメントの事をこう呼ぶ。

そしてN.W.O.B.H.M.の中で、タイミング的にも、音楽的にも、パワー的にも、あらゆる面で中心的存在であったのが「アイアン・メイデン」であった。

美しいツインリードギターのハーモニー、複雑な楽曲展開、イギリスのバンド独特の、ウェットで憂いのあるメロディなど、

現在のヘヴィメタルで常套手段として用いられる要素をいち早く体現していたのが、アイアン・メイデンを代表とするこのN.W.O.B.H.M.勢だったのである。

アイアン・メイデンは、1980年にアルバム「アイアン・メイデン(邦題:鋼鉄の処女)」でデビューしたバンドで、

彼らが登場した事で、数多くの“イギリス産メタル”が一気に追い風に乗って世界中へと飛散していく事になる。

まさにアイアン・メイデンこそがN.W.O.B.H.M.の引率者であった訳だ。

更にアイアン・メイデンがデビューした後、アメリカのL.A.ではモトリー・クルーやポイズン、ラットなどを擁した、所謂「L.A.メタルムーヴメント」が起こり、

この両国での二大ムーヴメントによって世界は史上初の「ヘヴィメタル全盛時代」を迎える事になる訳で、

結果論的に言えばアイアン・メイデンの登場がヘヴィメタルという音楽そのものを活性化する、ある種の起爆剤になったと言っても過言ではないだろう。

 

そのアイアン・メイデンのCDを初めて聴いた時、多くの人はこうツッコむだろう。

「ベースの音、でかッ!」

そう、アイアン・メイデンのCDはどれも、ベースの音量がデカ目にミックスされている。

それどころか、ベースの弦がフレットにバチバチと叩き付けられるフレットノイズまでもが生々しく聞こえて来るのだ。

そんなベースサウンドに、管理人も正直最初は戸惑った。

それまでは「スタジオレコーディングのCDは綺麗な音で丁寧に弾くもんや」という先入観を持っていた為、

不規則なバチバチバキバキ音によって、アタック感にムラがあるようにすら感じられてしまう、このバンドのベースの音に面食らったのだ。

しかし、アイアン・メイデンのライヴを見てからその戸惑いは一変し、それどころかそれまでとは正反対に、戦慄を覚えながらそのベースを聴くようになったのである。

 

そのベースサウンドの主こそがスティーヴ・ハリスである。

ライヴでのスティーヴは、スタジオレコーディングのCDとはまた別格のケタ違いのアグレッシヴさなのだ。

ハーフパンツ姿でステージを所狭しと走り回りながら、ベースを2フィンガーで弾きまくっている。

2フィンガーと言っても、並の2フィンガーではない。

常軌を逸したスピードとピッキングの強さ。

「弾く」というより、指を「叩き付ける」という表現が正しいかも知れない。

同じベーシストから見ると、「あんなに強く弾いててよく右手がアホにならへんなぁ」と思ってしまう。

しかしただパワフルなだけではなく、テクニカルで速いパッセイジをガンガン弾きまくる。

曲の中でも隙間を見付けたらフィルを入れまくるという勢いで、ペンタトニックスケールやダブルストップを多用したスピード感のあるフレーズを弾いて、

曲に緊張感と勢いを加えているのだ。

つまり、スタジオレコーディングのCDのベースサウンドはスティーヴからしたら、まだ「丁寧に弾いた方」なのだ(笑)。

ベースの音量に関しても、ライヴでの音量の方が更にデカい。

ただ、例えば同じ速弾きでも、ビリー・シーンのように驚くほどスムージーで流麗なスタイル、という感じではなく、

スティーヴの場合はもっと武骨で男臭いというイメージだ。

誤解を恐れずに言ってしまえば、不器用な男がパワーと勢いで汗をかきながらベースをプレイしているイメージ、という感じだろうか。

また、スティーヴが愛用するフェンダーのプレシジョンベースという楽器は、同ジャズベースに比べるとネックが太く、

よほど手が大きい人間でもない限りは速いフレーズというのは弾きにくいとされている。

特にスティーヴのように、ストラップが長目でベースの位置を低く構えるプレイヤーにおいては左手の自由度が低く、

余計にテクニカルなプレイはしにくいというのが定説である。

しかし、当然スティーヴにはそんな事は関係プーである。

そのプレシジョンベースに、ダンカンのクォーターパウンドとバダスのベースIIを搭載、これ以上ないくらいロックなベースに仕立てている。

そこに、フラットワウンド弦(弦の表面に凹凸がないツルツルの弦)を張り、この世のモノとは思えない指裁きでプレイしている訳だ。

しかし、ベーシストならお解りだろうが、弦はこのフラットワウンドよりも通常のラウンドワウンドの方がゴリゴリバキバキとしたサウンドは出しやすいものである。

なのにナゼスティーヴがフラットワウンドにこだわって使い続けているのか。

それについてはスティーヴ自身がこう語っている。

「昔はラウンドワウンドを使っていたんだけど、それだとスローな曲や静かな曲をやる時に指が弦に擦れる音が出てね。

それが気に入らなかったからフラットワウンドを使うようになった。

それに、ラウンドワウンドは表面の凹凸に指が食い込んでしまうんだ。

でもフラットワウンドはその心配がない上に、暖かい音もハードな音も両方出せるから使ってるんだ。」。

しかし、そうなると恐ろしいのは、スティーヴがフラットワウンドの弦を使用した指弾きであるにも関わらず、

通常のベーシストがラウンドワウンド弦を張ってピック弾きをした時よりも遙かにバキバキしたサウンドを出している、という点である。

一体どんなパワーで弾いているのだろうか(汗)。

これについてもスティーヴ自身がこんな秘密を明かしている。

「左手と違って、右手の爪はある程度伸ばしておくようにしている

その方が好みの音が出るからね。まぁ時々ライヴ中に爪が割れてしまうんだけど。」。

つまり、あのバキバキサウンドは単にパワーと勢いに任せて弾いている訳ではなく、実は右手にも秘密があったという訳だ。

しかし、スティーヴの場合はそんなスタイルを、ライヴで始終行っている。驚異的である。

また、極端にローをカットしてミドル〜ハイを強調した音作りであるにも関わらず、スティーヴのベースサウンドはとことんヘヴィでコシがある。

これもまた、スティーヴの恐るべきパワーとテクニックを伺い知れる所であろう。

 

そんな鉄人・スティーヴ・ハリスが生まれたのは1956年の3月21日、イギリスはロンドンのイーストエンドだった。

17歳の時にベースをプレイし始め、19歳の時にアイアン・メイデンを結成する。

しかし・・・。

アイアン・メイデンというバンドは、その長い歴史の中で数え切れないほどのメンバーチェンジを味わう事になる。

事実、スティーヴがアイアン・メイデンを結成してから実際にメジャーデビューするまでの5年間にも、

メンバーチェンジは十数回を数えたそうで、ッキリ言って全く安定していない。

そしてその“メンバーチェンジの旅”は、メジャーデビューしてからも続く事になる。

まずデビューアルバム「アイアン・メイデン(邦題:鋼鉄の処女)」をリリースした後に、ギタリストのデニス・ストラットンが脱退する。

すぐにその後任ギタリストとしてエイドリアン・スミスを獲得、翌'81年にはセカンドアルバム「キラーズ」のリリースにこぎ着ける。

しかし、今度はヴォーカリストのポール・ディアノが脱退してしまう。

アイアン・メイデンというバンドがこの2枚のアルバムで順調に人気・評価を得ていた事を考えると、

バンドの象徴とも言うべきヴォーカリストが脱退するというのは、バンドにとってかなりヘヴィであっただろうと思われるが、

ここでもバンドの大黒柱、スティーヴはくじける事なくメンバー探しを行う。

そしてブルース・ディッキンソンが加入し、サードアルバム「ザ・ナンバー・オブ・ザ・ビースト」をリリースする。

このアルバムでは、それまでの作品では乏しかった楽曲の幅広さ、アレンジの緻密さを押し進めており、

アイアン・メイデンというバンドの実力を幅広く世にしらしめるキッカケにもなったようだ。

しかしこの後、ドラマーのクライヴ・バーが脱退してしまった事で、またもやスティーヴはメンバーチェンジを強いられる事になる。

メジャーデビューしてからこれほど頻繁にメンバーチェンジが起こってしまうというのはちょっと異常だと言えなくもないが、

そこでへこたれてしまうようなスティーヴではない。

何しろ鉄人である。

メンバー探しによってニコ・マクブレインが加入。前任ドラマーのクライヴのように勢いで叩いてしまうようなプレイヤーではないが、

堅実かつテクニカルなドラミングは、ただでさえ勢いに溢れ、極端な前ノリであるスティーヴのベースプレイと上手く引っ張り合う事が出来ていると言えるだろう。

この後の5年間はメンバーチェンジも起こらず、世界中がヘヴィメタルという音楽に平伏した“メタルブーム”を、

一番風当たりの強い先頭で牽引し続けたアイアン・メイデンというバンドの名が不動のモノとなった事は間違いない。

しかし、'88年には再びメンバーチェンジの悪夢がバンドを襲う。

セカンドアルバムからバンドに音楽的な貢献を果たしていたギタリストのエイドリアン・スミスが脱退したのだ。

バンドの音楽性や結束が固まっていた時期だっただけに、これにはスティーヴもかなり参ったようで、

後任ギタリストとしてヤニック・ガーズを加入させるものの、再びバンドの基盤を建て直し、上昇気流に乗せるまでにしばしの沈黙を置いている。

そして通算8枚目のアルバム「ノー・プレイヤー・フォー・ザ・ダイイング」をリリース、

アイアン・メイデンが不滅のバンドである事を再び高らかに宣言したのだった。

しかしその後、ヴォーカリストであるブルース・ディッキンソンが音楽性の相違を理由に脱退して、

再びバンドはメンバーチェンジの旅に出る事を余儀なくされてしまう。

ほどなくしてブレイズ・ベイリーが加入、しかし間もなく脱退、ブルースとエイドリアンがバンドに復帰し、

バンド史上初のトリプルギター体勢となり、アイアン・メイデンは活動し続けている訳だが、

このようにザッとバンドの歴史を見てみると、アルバムの数に匹敵するほどのメンバーチェンジを行っている事が解る。

普通、これほど頻繁にメンバーチェンジが起こってしまうと、少なからず意気消沈してしまったり、

バンド全体の士気もマイナス思考になってしまったりするものだが、スティーヴに至っては関係プーなのである。

度重なるメンバーチェンジなどはモノともせず、常にバンドを引っ張り、ひいてはブリティッシュメタルを牽引して来た男なのだ。

まさしく鉄人・・・。

 

ただ、今となってはN.W.O.B.H.M.というムーヴメントは存在しないし、この言葉自体がもはや過去のモノとして風化されつつある。

しかし、よくよく考えてみれば何とかムーヴメントなどというカテゴライズは本人達が用意した訳でもなければ、名乗っていた訳でもない。

アイアン・メイデンを見てみると、何がムーヴメントとして起こっていようが、何が流行りになっていようが、

デビュー当時から何も変わらず、アイアン・メイデンたるスタイルを貫いて来た。

メンバーこそ変わっているものの、その時その時のメンツで出来うる“アイアン・メイデン節”を作り続けて来たのだ。

その屋台骨となっていたのがスティーヴ・ハリスだった。

そのモチベーションとメタル魂と、そして鋼鉄のような指先をフル活用して・・・。

 

・・・そう、スティーヴ・ハリスという男がその鉄人っぷりを発揮している限り、アイアン・メイデンというバンドが、ブリティッシュメタルが、

その灯を消してしまう事はないのだ。

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このベーシストへのいざない作品:

■リアル・ライヴ・デッド・ワン(アイアン・メイデン)

■ベスト・オブ・ザ・ビースト(アイアン・メイデン)