第十九回:ティム・ボガート

「“破壊屋”という名の“開拓者”」

 

「破壊は創造の第一歩である」・・・。

ベースという楽器が目立たない存在である、というのはしばしば言われる事である。

実際には目立たない存在でも何でもないのだが、音域が低い事やリズム楽器に徹する機会が多い事などから、

そういうイメージを植え付けられてしまった人々が多いのだろう。

しかし、実際にはそんなイメージを一気に覆すようなベーシストがゴマンといる。

それは時にはプレイであったり、エピソードであったり、人生そのものだったりする。

今回の主人公、ティム・ボガートも、そんなイメージを爆音と共に吹き飛ばしてしまうであろう、ブッ飛びなベーシストである。

そのティム・ボガートをフェイヴァリットベーシストとして公言している、ロック界のカリスマベーシスト、ビリー・シーンは、

ティムの存在を知った時の衝撃をこう語っている。

「何しろ、ティムのプレイは僕にとって強力だった。それまで耳にした物の中で一番カッコ良かったから、是非とも同じようにプレイしたいと思ったんだ。

ティムのプレイが有名なのか、人気があるのか、なんて事は知らなかったよ。でも、とにかくティムと全く同じにプレイせずにはいられなかったんだ。」。

 

ティム・ボガートは1944年8月27日、アメリカ合衆国・ニュージャージー州で生まれた。

10代の頃からギターなどの楽器と接するようになり、20歳になった頃からベースをプレイし始めたらしい。

その数年後にはリック・マーティン&ザ・ショウメンのベーシストとして雇われ、それをキッカケにプロとしてのキャリアをスタート。

そして同バンドにいたオルガニストのマーク・ステインと共にザ・ピジョンズというバンドを結成。その後このバンドに参加したドラマーこそが、

ロック界の剛腕ドラマー、カーマイン・アピスだったのだ。

その後、数多くのバンドやセッションで常にリズムセクションとして共に活躍し続ける事になる、

ティム・ボガート&カーマイン・アピスのゴールデンコンビが誕生した瞬間だった。

しばらくして、ピジョンズはバンド名を「ヴァニラ・ファッジ」と改め、1967年にレコード契約を交わし、後に5枚のアルバムを発表している。

ちなみに、ビリーが初めてティムのプレイを聴いたのは、このヴァニラ・ファッジのレコードだったらしい。

このヴァニラ・ファッジは、常にライヴを重視した活動をしており、年間200〜250本ものライヴをこなしていたが、

時にはクリームやジミ・ヘンドリックスの前座としてステージをやったり、レッド・ツェッペリンがヴァニラ・ファッジの前座を務めたりと、

今から考えれば夢のようなブッキングやツアーが目白押しだったそうだ(み、見たかった・・・)。

 

ヴァニラ・ファッジの活動は順調だったようだが、更なる出会い(?)と前進を求めるティムとカーマイン・アピスは、

ロッド・スチュワート(Vo.)、ジェフ・ベック(Gt.)と共にバンドを組む事になり、2人してファッジを脱退してしまう。

ところが、ティムとジェフ・ベックが実際に顔合わせをする事になっていた日の前日、ジェフ・ベックが事故ってしまい、このスーパーバンドの話は立ち消えとなる。

しかし、ティムとカーマイン・アピスはめげずに新バンド「カクタス」を結成。

この頃からティムのベースプレイは徐々に凄みを増していっている。元々音数も多いし、派手なフィルをキメまくるようなプレイを得意とするティムだったが、

このカクタスでは更にそういった部分を押し進め、低音域は勿論、高音域も存分に使いまくるようなプレイを展開している。この事についてティムは

「速弾きギタリストに対抗する為に、レイキングを多用したアグレッシヴなプレイをした」と語っている。

ちなみにレイキングとは1本の指で1〜4弦方向に滑らすように動かしながらピッキングするテクニックで(ギターのスウィープピッキングのような要領だ)、

これをレコードで聴いたビリーが、ティムのピッキングの速さはきっと3本の指を使っているんだと思い込み、3フィンガーピッキングを始めたというのは有名な話だ。

しかし、後にティムとビリーが対談した時にはティムが「ビリー、キミのやってる3フィンガーピッキングはどうやって開拓したの?」と質問していた・・・(笑)。

ちなみにその対談の中でティムはビリーの事をこう語っている。

「僕のプレイに影響されたとビリーが言ってくれるのは本当に光栄だ。ビリーはその影響をうまく消化して、自分自身のスタイルをきちんと確立していると思うよ。

ビリーのプレイは確実にビリー自身のものだね。」。

 

カクタスでもかなりハイペースにアルバムをリリースしていったが、2年後に解散。

そして遂にジェフ・ベックとのバンド結成が実現し、3ピースバンドとしてクリームと双璧を成すように語り継がれている伝説的バンド、

「B,B&A(ベック、ボガート&アピス)」を結成したのである。

このバンド、ハッキリ言って恐ろしい。

3ピースバンドとしてしばしばクリームと比較されるが、B,B&Aがそのクリームと完全に一線を画すのは、

その「悪ふざけ」とすら思えてしまうほどのインタープレイの応酬にあるのではないだろうか?クリームはどちらかと言うと、

ブルージーな音使いとソウルフルな歌とを軸に、合間合間に壮絶な楽器バトルを繰り広げている、という感じだが、B,B&Aは全く逆なのである。

壮絶なバトルが大半を占めて、合間にちょこちょこッと素っ頓狂な歌が入る、という具合だ。むちゃくちゃだ。

ティムのベースプレイは完全にイッてしまっており、バッキングともソロともつかぬようなド派手なプレイが、歪んだプレシジョンベースの音でガンガン切り込んで来る。

そして数曲ではヴォーカルも取っているのだが、これがまた場違いなほどとぼけたハイトーンヴォイスで、そのベースサウンドとの対比がオカシイ。

また、クリームとの比較として、ブルージーなアプローチを得意とするエリック・クラプトンよりも、ジェフ・ベックの方がよりテクニカルでラウドなプレイをしているし、

ジャズをルーツに持つジンジャー・ベイカーよりもカーマイン・アピスの方がヘヴィで音数の多いドラミングをしている。

そこにティムのディストーションバリバリのベースが絡む訳だ。

B,B&Aがクリームよりも玄人向けだとかマニアックだとか言われる所以は、こういったプレイヤー主体の楽曲群にあるのだろう。

全パートがソロを延々とやる事は言うまでもない。

ティムのベースにだけ耳を傾けると(別に傾けなくても自然と耳に入って来るが(汗))、ベースのローポジションからハイポジションまでを縦横無尽に駆け回り、

ハーモニクスやレイキングを多用した速弾き、ダブルストップ(和音弾き)を用いる事で得られる音圧感を出したり

両手でフィンガーボードをバシバシと叩く事によってドラムのバスドラムのような音を出したりパーカッシヴな特殊効果を出したりと、

本気なのかネタなのか悩んでしまうようなプレイをふんだんに盛り込んでいる。

それもプレシジョンベース独特のヘヴィでラウドなトーン、ディストーションを掛けたブリブリのサウンドで、全てを破壊してしまうような激しさを持っている

(ちなみにディストーションを掛けるのはポール・マッカートニーが、ビートルズ時代のアルバム「ラバー・ソウル」収録の「シンク・フォー・ユアセルフ」という曲で、

ベースにファズを掛けているのを聴いてやってみようと思ったらしい)。

 

しかし、このB,B&Aはたった2年間の活動の後、解散してしまった。

理由は、ティムのベースサウンドがデカすぎた為か、ジェフ・ベックがギターサウンドの領域を侵される事にフラストレーションを感じて解散を望んだからだが、

ギタリストが脅威を感じてしまうという所からも、ティムの破壊的なベースプレイが想像出来よう。

 

ティムのベースプレイは、ベーシストから見ると「え〜、そこまでやってもええの?」と感じてしまうようなスタイルである。

別にベースという楽器が目立ってはならないなどというキマリはあるハズもないが、それにしたってティムのプレイはアンサンブルを崩壊させてしまうか否かの、

ギリギリのラインを突いているように感じる。

イヤ、聴く人によっては「破壊している」と感じてしまうだろう。これについてはティムが後にこう語っている。

「音楽評論家などには勿論の事、プロデューサーやエンジニアにもしょっちゅう怒られてたよ。

『ベースの役割を果たす為にちゃんとボトムラインを弾け』ってね。

で、もう僕は評論家たちが書いたモノは読まない。放っておくだけだ。

気にしていない訳ではないけれど、傷付きたくもないからね。」。

やはり、ティムのように個性的なサウンドやプレイを確立すると、必ずと言って良いほどこき下ろされるモノなのだ。

これはもう、何か新しい事をやろうとする人間なら必ず通らなければならない宿命なのである。

しかし、ティムはそんなパッシングをモノともせず、ロックベースというジャンルにおいて確実に新しい領域を開拓した。

ジョン・エントウィッスルジャック・ブルースと同様、歪みサウンドを特殊効果ではなく音のキャラとして使いこなし、

速弾きやトリッキーなプレイなど、それまでのベーシストが殆どやっていなかったようなプレイを平然と敢行し、

「ベースっていう楽器でそこまでやってもええんか!」という、いわばボーダーラインのようなモノを、それまでの基準値よりも高い所へと持ち上げたのだ。

つまり、ベースの可能性、世界観を広めた訳だ。

まぁこれらの事は、彼のベースプレイをCDなどで聴けば瞭然であるが、例えば違う視点から見ても、

海外ではビリー・シーン、国内では明石昌夫という不出世の豪傑プレイヤーたちをベースの世界に引きずり込むキッカケを作った張本人でもあるし、

自身の音楽活動と並行して、'79年からはL.A.にある音楽学校、MI(ミュージック・インスティテュート)でベースの講師として、

後進の指導に力を注いでもいるというところからも、ティムがエレクトリックベースの世界に及ぼしている影響力というのは計り知れないモノがあると言えるだろう。

 

このように、現在は主に若手ベーシストを育てる事に尽力しているティム・ボガートだが、自身がプレイヤーとして活躍する事も決して忘れてはいない。

「トリビュートアルバムの申し子」と呼んでも良いほど数多くのトリビュートアルバムに参加してベースをプレイしているし、

数多くのセッションやレコーディングにサポートベーシストとして参加している。

我々日本人に馴染み深いところでは、元X JAPANのギタリスト、PATAのファーストソロアルバムに参加し、

トミー・アルドリッジ(Dr.)、サイモン・フィリップス(Dr.)、マイク・ポーカロ(Ba.)らと共に、クオリティの高いアルバムを製作したりもしているし、

ギタリストのCharと共にかつてのB,B&Aの再来、C,B&A(チャー、ボガート&アピス)を結成し、ツアーを行ったりもしている。

そして注目すべきは、近年の参加作品を聴いてみても、決して“大人なプレイ”に治まる事なく、相変わらずのロックベースっぷりを見せ付けているという点である。

勿論、若かりし頃のような荒削りさは陰を潜めているが、むしろ昔のプレシジョンベースではなく、ヤマハの6弦ベースを自在に操る事で、

より幅の広い、アグレッシヴでメロディアスなプレイを展開しているという点で、更なるパワーアップをしていると言えるだろう。

 

そして、あのヴァニラ・ファッジが復活した。

「リターン」というアルバムをひっさげて、30数年ぶりに活動を再開したのである。

そこには、かつてそのサウンドとプレイでエレクトリックベースの世界に風穴を空け、

バンドのアンサンブルの“破壊屋”になってしまいかねない限界点を絶妙にプッシュし続け、

レクトリックベースの許容範囲を大幅に広げる事に成功した“開拓者”の、今の姿がある。

---------------------------------------------------------------------

このベーシストへのいざない作品:

■カクトロジー!カクタスコレクション(カクタス)

■ベック、ボガート&アピス(ベック、ボガート&アピス)

■リターン(ヴァニラ・ファッジ)