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なわ・ふみひとの読書遍歴

1月  2月  3月   4月   5月  6月  7月  8月  9月  10月  11月  12月
01 人類が星の記憶を取り戻す時 02 ユダヤの日本侵略450年の秘密
03 神々のルーツ 04 輸入食品に日本は潰される
05 体によい食事 ダメな食事 06 食の堕落
07 病気にならない生き方 08 心と食物と人相と
09 日本霊能者伝 10 退化する若者たち
11 ブルーアイランド 12 脳がよみがえる断食力
13 肉食が地球を滅ぼす 14 マネーを生み出す怪物
15 死後の世界を突きとめた量子力学 16〜28 はこちらをどうぞ → 2月A
15
死後の世界を突きとめた量子力学
コンノケンイチ・著  徳間書店
人は輪廻の束縛から脱して「悟りの世界」に入る
  聖書はともかく、量子力学と仏教の接点に戻ろう。
  仏教の根本的な思想は「輪廻」すなわち人の生まれ変わりで、どんな人間も輪廻という循環から脱出できないと説いている。そこでは車輪が回転するように、人は死ぬと、天人・人間・動物・地獄の生き物のいずれかに再生して、永遠に輪廻の転生を続けるという。
  輪廻から抜け出ていない状態では、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上の六道の間をぐるぐると輪廻する。六道では、人間の煩悩の根元は、怒り・貪欲・愚痴で、この三つに対応してくるのが地獄・餓鬼・畜生という。
  修羅は、人間の利己心が角突き合いする争いの世界である。その上に普通の人間の状態の人間界があり、最後には輪廻の世界では最上の天上界がある。しかし、天上界も永遠の世界ではなく、気ままや高ぶりによって地獄、餓鬼、畜生界に転生するという。
  六道の上に、この輪廻の世界を超えた悟りの世界、声聞・縁覚・菩薩・仏の四聖道があるという。以上を合わせて十界という。
  仏教の理想とするのは輪廻世界からの脱出で、それを「解脱」という。そこでやっと輪廻の束縛から脱して、「悟りの世界」に入ることができるのだと教えている。

  そして量子力学は世紀末にいたって「祈り」が単なる宗教上の儀式でなく、「現実を創造し、願望を実現する」ことを物理的に明確に証明したのである。
  科学として実証されたら、それを人生に活用しない手はない。
  みなさんは「奇跡のパワー」という言葉を聞かれたことがあろう。日本語にも元気、病気、気分、気質、気が合わない、などといいうように「気」という文字が頻繁に使われるが、このようにわれわれは無意識に「気のパワー(気力)」の存在を認めてきた。
  その代表が「気功」といわれるもので、中国では古くから正統医療として認められており、いまでは欧米の病院でも使われ始めてきている。
  ユリ・ゲラーに代表されるスプーン曲げも現代科学ではメカニズムが不明なので排斥されがちだが、何らかの気のパワーが存在することが実験でも報告されている。アメリカのスタンフォード研究所で1972年に5週間にわたって行なった実験で、その結果はイギリスの有名な科学雑誌「ネイチャー」に掲載されたが、科学的に説明不可能な現象が確かに起こっており、ゲラー効果は科学的研究の立派な対象たるものであると結論している。(『宇宙からの帰還』立花隆著、292ページ参照)
  『気のパワー』を悪用したものにブラック魔術に代表される呪術もあるが、人間の持つ思念パワーを現実へと顕在化させる意味では同じであろう。しかし、「人を呪わば穴二つ」と言われるように反作用も大なので絶対にやってはいけないといわれている。
  アメリカで医者に見せられたビデオに、プードゥー教の呪いをかけられた中年女性の体内から針が徐々に発生するというものがあった。レントゲン写真を見ると内臓を避けて小さな針が発生し、皮膚に近づくにつれて徐々に大きく成長し、それが皮膚から出てくるのを週に1回ずつ医者に抜いてもらうのだという。皮膚から抜き取った針には糸を通す穴まで有ったのには驚いた。こうした現象の前には、どんな名医もお手上げである。

もっと読んでみたい方はこちらをどうぞ → 死後の世界を突きとめた量子力学
14
マネーを生み出す怪物
G・エドワード・グリフィン・著  草思社
新しい世界秩序
  国連という枠組みの中に機能する世界政府を樹立しようとする計画が進行している。提唱者がよく「新しい世界秩序」と呼ぶこのグローバルな政府は、集団主義の原則に立って考えられている。
  国連には2つの権力メカニズムが用意されている。1つは、全ての国の軍隊とスーパー兵器を管理する軍事的指揮命令系統だ。これについては平和と軍縮という謳い文句のもとで実現をめざしている。
  もう1つは、いまはIMF/世界銀行と呼ばれている世界の中央銀行で、すべての国が受け入れなければならない共通通貨を発行する能力をもつ。
  2つのメカニズムのなかでは、マネーのコントロールのほうが重要だ。軍事力の行使は世界政府の武器のなかでは、最後の手段としてだけ使われる野蛮な兵器と見なされている。マネーのコントロールの効果のほうが、メガトン級の核兵器より強力だ。こちらはあらゆる店舗あらゆる家庭にまでゆきわたるが、常設軍はそういうわけにはいかない。国やグループあるいは個人まで正確に狙い撃ちして、ほかには累を及ぼさず、残るすべてには恩恵を施すこともできる。
  マネーの操作は被害者にはほとんど気づかれないから、怒りを買うこともない。それどころか、操り手は高い社会的地位と金銭的報酬を享受できる。これらの理由から、新しい世界秩序ではマネーのコントロールが武器として選ばれている。

  国連の中で育てられる新しい世界秩序は、世界のあらゆる独裁者、軍事政権が参加している。この世界秩序の哲学は、すべての善は国家から生じるという社会主義の教義の上に成り立っている。順応しない者は無理やりに政府の意志に従わせるか、抹殺する。この世界秩序が全体主義に反対できないのは、自らが全体主義だからだ。

標的はアメリカ
  新しい世界秩序は、アメリカが独歩行を続けられるかぎり、現実には機能しない。アメリカは陶器店にいるオウシのようなものと見られている。いまのところは、なんとかおとなしくさせているが、いつ暴れだすかと世界秩序プランナーたちは気が気ではない。
  アメリカ国民が世界の政治の現実に目覚めて政府の支配権を取り戻すとすれば、アメリカはまだ離脱する軍事的、経済的能力を持っている。したがって世界政府プランナーたちのなかでは、アメリカを軍事的、経済的に弱体化させることが至上命令なのだ。
  この命令は他の国の指導者からではなく、アメリカの指導者たちから発せられている。CFRのメンバーはホワイトハウスに、国務省に、国防省に、財務省にいて、計画の最終段階を実行しようとしている。これももう1つの破滅へのメカニズムで、十分なはずみがつけば後戻りできない地点を通り過ぎてしまうだろう。
  朝鮮戦争はアメリカの兵士が国連の権威のもとで戦った初めての戦争だった。この傾向は加速され、すでにイラク、ユーゴスラビア、ボスニア、ソマリア、ハイチなどでも、そのような軍事活動がおこなわれている。
  アメリカ軍が国連に吸収されかけているとき、アメリカの核兵器を差し出す動きも進んでいる。そうなれば破滅へのメカニズムが作動する。そうなってからでは、遅すぎて逃げられない。
  同じくIMF/世界銀行はすでに世界の中央銀行として機能している。アメリカ経済は無駄な公共事業で意図的に疲弊させられている。目的は困った人を救うことでも、環境を保護することでもなく、システムをダウンさせることだ。
  かつては誇り高く自立していたアメリカ人もスープの配給所に並ぶ境遇になれば、世界銀行が注意深く手配した「救済」をおとなしく受け入れるだろう。世界通貨はすでにデザインされて、導入を正当化できる適当な危機が起こるのを待っている。これも、そうなってからでは逃げ道はないだろう。

★ ひとくちコメント――旧ソ連の崩壊とともに唯一の世界覇権国家となったアメリカでしたが、今日ではそのソ連に代わる対抗勢力として、世界支配層の手によって中国が着々と育成されているのがわかります。そのことは、今では誰の目にも明らかになってきました。中国は、アメリカを実質支配している勢力によって計画的に育てられ、やがて世界大混乱の引き金として利用されようとしているのです。
  アメリカの没落と中国の勃興――その最大の餌食となるのは日本です。日本の政治が今日の混迷を迎えているのもその下地作りと思ってよいでしょう。いよいよ今年から日本沈没が始まると思われます。(参考→「秒読みに入った? 日本沈没」)
13
肉食が地球を滅ぼす
中村三郎・著  ふたばらいふ新書
肉食は人類を破滅に導く
  欧米諸国になぜ肉食文化が生まれたのか。それは、端的に言えば風土と思想に起因する。つまり、ヨーロッパは農業に依存できない気候風土であるために、必然的に肉食が中心の生活にならざるを得なかったのである。
  また、彼らの肉食には、キリスト教的世界、あるいはそれ以前のユダヤ教的世界の思想が背景にある。「すべての動物は人間が利用するために作られたものであり、神は家畜や鳥、魚、すべての地球上の生き物を人間が食べるように用意してくれた」という『旧約聖書』の教義である。旧約聖書は、すべての生き物は人間のためにあり、自然は人間が征服するべきものと説く。この自然観は、我々日本人(東洋人)にはとても理解しがたい。
  地球上には、多種多様な動植物が複雑にからみあった生態系を形成して生きている。植物は太陽エネルギーを受けて無機物を有機物に変え、動物のエサとなる。動物は、さらに上位の食性順位にある大型の動物に捕食される。このように自然界では、食を通して相互に依存し合うシステムが機能している。
  人間が食肉とする牛や豚、羊などの動物は、人間と同じ哺乳動物である。したがって、彼らは自然界にあって、食性順位が人間にきわめて近しい地位にあるといえる。その人間と生物学的に近親で、ある種、同族に近い動物を食するということは、カニバリズムに接近することであり、非常に危険な行為なのである。
  ところが、「肉食動物」となった人間はこのタブーを犯し、人類を破滅の方向へと向かわせていると言えるのだ。現在、世界において、一方で肉の飽食が問題に上がり、他方で飢えで苦しむ人たちが多数いる状況の中にあって、なおのこと肉食から離れるべきなのである。

日本の食文化を守っていく
 人間は、その土地の歴史に育まれた固有の食物を柱に、それぞれの食文化を形成してきた。食物に調理の工夫をこらし、味を深め、個性豊かなものにして生活の糧としてきた。人間が食を選ぶのではなく、住みついた土地の自然がもたらす食物を巧みに活用してきたのであり、食生活は、土地や風土を抜きにして考えることはできないのである。
  たとえ、さまざまな食品の流通が盛んになったとしても、食の地域性は尊重されてしかるべきである。我々が日常、物を食べるのは、空腹を満たす生理的栄養の摂取のためだけではなく、精神的、文化的滋養の充足もまた求めているからである。
  しかし、現代の日本はそれから遠く離れてしまった。悲しいことに、米を食べると頭が悪くなるとか、肉を食べると元気になるとか言いくるめられ、欧米文化に劣等感を抱きながら「西洋化が食生活の近代化であり高級化である」という考え方に洗脳されてしまった。そして、この考え方が伝統的な食の軽視、ひいては国内の食糧生産の衰退や、農地の荒廃を招くことになってしまった。
  こうした発想は、敗戦直後の食糧難や栄養不足におちいっていた頃には、それなりに意味と合理性があった。だが、狂牛病を始め、さまざまな食肉汚染問題が深刻の度を増している現在、肉食中心の食生活から脱却する食の転換が必要なのではないか。
  それぞれの民族はその風土で育ち、これからも生活を続けていく。それが宿命でもある。ならば、生活の基礎となる食は、その民族、国の自然環境に一番ふさわしい生産性を軸にしてつくり出していくべきだろう。
  肉食生活に終止符を打ち、古来からの伝統食の原点に立ち返る。それが、真の食生活の向上と未来の活力を生むのであり、そのための知恵が、今、我々に求められているのではなかろうか。

もっと読んでみたい方はこちらをどうぞ → 肉食が地球を滅ぼす
関連してこちらもぜひどうぞ → フツーの人が書いた黙示録 〈 肉食編 〉
12
脳がよみがえる断食力
山田豊文・著  青春出版社
「カルシウム=牛乳」信仰はもう古い?
  「カルシウムを摂るために牛乳を飲む」というのは、ほとんど定説のようになっている。実際、子どもにせっせと牛乳を飲ませる親はどこにでもいるし、牛乳嫌いの子どもは、「牛乳を飲まなきゃ、大きくなれないんだから‥‥」などと叱責されたりもするのが実情だ。
  しかし、いくら牛乳を飲んだところで、骨のカルシウムが充実するということはない。まず、カルシウムが体の栄養素として使われるためには、吸収されなければならない。吸収されるには、カルシウムを含む食べ物が消化酵素によって分解され、吸収されやすい形になることが必要だ。
  乳類に含まれる成分、乳糖を分解する酵素はラクターゼと呼ばれるものだが、日本人はある一定の時期を除いて、このラクターゼがほとんど働かないのだ。ラクターゼが働く例外的な時期とは赤ん坊の時期である。
  乳児期の赤ん坊は基本的に母乳しか口にしない。栄養素の供給は母乳に依存しているわけだから、必要なラクターゼは活発に働くのだ。ところが、生後1年前後になって離乳がすすむと、しだいにラクターゼの働きが弱くなり、成人ではほとんど分泌されなくなるのである。
  成人になってもラクターゼを持っているのは北欧系の人に限られる。日本人などのアジア系人種、アフリカ系の人はラクターゼが働かないので、いくら牛乳を飲んでもカルシウムは吸収されず、ムダに排泄されていくばかりなのだ。
  つまり、牛乳をたくさん飲むと、カルシウムが摂れて骨が強くなるというのは、大いなる誤解なのである。それを実証する科学的なデータはいくらでもある。25年間かけて沖縄の人たちの健康法を調べた『THE OKINAWA PROGRAM』では、100歳以上の長寿の沖縄の人たちは、ほとんど牛乳を飲まないのに骨が強かったことが報告されている。
  また、1日1000ミリグラム程度のカルシウムを摂取するアフリカ系アメリカ人と、1日296ミリグラムしか摂取しないアフリカ系先住民の骨折の度合いを比較したところ、前者の骨折率が9倍も高かったというデータもある。「カルシウム=骨の強化」という図式ではとうてい説明できない事実が厳然としてあるのだ。
  さらに、2年間毎日牛乳を2杯飲み続けた女性と、まったく摂取しなかった女性を比較した極めて興味深いデータも発表されている。前者は後者の2倍の速度で骨量が減っている、というのがその結果だ。このデータは、牛乳は骨を強化するどころか、もろくするということを物語っている。
  これは科学的にも説明できる話だ。タンパク質を多く含む牛乳は、体内で酸を生じやすい。牛乳をガブガブ飲めば体が酸性に傾き、「脱灰」という現象が過剰に起こるリスクを高める。骨や歯のカルシウムが血液中に溶けやすくなるわけだ。骨がもろくなるのは当然である。

  牛乳の問題点はまだある。マグネシウムが少量しか含まれていないという点だ。牛乳のカルシウムとマグネシウムの含有量の比率は、ほぼ10対1だ。マグネシウムはカルシウムを正しく働かせるために極めて重要な役割を担っている。
  一般にはカルシウムとマグネシウムを2対1くらいの割合で摂るのがいいとされるが、私は1対1くらいが理想だと考えている。つまり、牛乳を多飲すれば、バランスはますます理想から遠ざかり、マグネシウム不足を招くのである。牛乳は体内のミネラルバランスを崩す元凶でもある、といっていい。
  海藻や豆類、野菜などからカルシウムを摂っていれば、ミネラルバランスが極端に崩れることはない。
  我々日本人が何を食べればよいかという判断は、これまで日本民族が長い歴史の中でどのようなものを食べてきたかを考えるところから始めなければならない。これが「食を知る」ということである。

もっと読んでみたい方はこちらをどうぞ → 脳がよみがえる断食力
11
ブルーアイランド
   現在は『タイタニック沈没から始まった永遠の旅』と改題されています。  
エステル・ステッド・著  近藤千雄・訳  ハート出版
ブルーアイランドの生活
  死後の世界のことになると、人間はすぐに「そこではどんな生活が営まれているのですか」という問いを発します。これは実に自然な疑問ではありますが、これほどとらえどころのない質問もありません。そのことを理解していただくために、一つ私から質問をしてみましょう。
  仮にあなたが大都会のど真ん中に連れてこられたとしましょう。車が行き交い、ビルの谷間を人間が忙しそうに歩いております。すべてが初めて見るものばかりです。「彼らはいったい何をしているのだろうか?」――あなたはきっとそう思うに違いありません。あなたはその光景をどう説明なさるでしょうか。
  「みんな、それぞれの仕事があるのです。パンを焼く人、車を運転する人、会社で事務を執る人‥‥いろいろです」――こんな内容では地上生活を説明したことにはなりません。それは地上生活の断片を拾って並べただけのことで、それだけでは理解することはできません。私がいま直面している難しさも、それと同じです。
  「ある者は海岸でしゃがみ込んだまま、じっと沖を見つめています」とか、「恋人と離ればなれになった悲しさに泣いてばかりいる人がいます」とか、「アルコール中毒の後遺症で、ただぼけっとしている者もいます」とか、「いまだにチャペルの鐘を鳴らし続けている者がいます」といったことを並べても意味がありません。それをもってブルーアイランドの生活であると考えてもらっては困ります。それらは、無数にある生活模様の断片にしか過ぎないからです。
  そこで私は、そういった断片を拾っていくことはせずに、この世界の特徴を総括的に述べてみたいと思います。
  みなさんが、もしも今のままの姿でブルーアイランドを見物に訪れたら、たぶん、第一に面白味のなさを感じることでしょう。総体的に地上環境と非常によく似ているからです。地上に帰って「(あちらの世界は)どうでした?」と聞かれたら、「いやはや、この地上と実によく似たところですよ。いろんな人種がごっちゃに生活している点が違いますけどね」とおっしゃるでしょう。
  その通りなのです。ここでは、かつての地上生活とまったく同じ生活の連続といってもよいでしょう。まず、よく休養します。睡眠の習慣が残っているので、実際に眠ります。夜というものはありませんが、地上にいた時と同じ要領で、睡眠を取ります。少なくとも、こちらに来て間もない頃はそうです。
  また、地上の人間と同じように、各地を訪ね歩いたり、探検したり、動物や植物の生命を研究したりします。かつての友人・知人を探し求めたり、訪ねたりもします。気晴らしの娯楽もあります。新しい分野の知識を求めて図書館などで勉強することもあります。
  生活のパターンは地上生活とよく似ています。違うところといえば、地上生活は地球の自転をはじめとする環境の力によって制約されますが、こちらでは当人の精神的欲求によって決まるという点です。
  衣服も実質的には同じですが、ありとあらゆる人種が集まっていますので、全体としては地上では見かけたことのない種々雑多な様相を呈しております。異様と言えば異様ですが、いろいろと勉強になります。
  この界層は地球圏に属し、地上時代の感覚や習性はそのまま残っておりますので、一見したところ地上時代そのままの容姿をしております。新しい知識を少しは仕入れておりますが、地上時代のものは全くと言っていいほど捨てていないのです。
  そうした習性を捨てていく過程は実にゆっくりとしています。こちらでの生活を重ねるにつれて、それまで後生大事にしていたものが何の意味もないことに気づくようになるばかりでなく、やがて邪魔くさいものに思えてきます。その段階に至って初めて、その習性にまつわる意識が消えるわけです。
  たとえばタバコを吸う習性がなくなるのは、タバコが手に入らないからではなく、タバコを吸うのはいけないことだと思うからでもなく、吸いたいという欲求がなくなるからです。食べるという習慣も同じです。そのほか何でもそうです。なくてもなんとも思わなくなるのです。我慢するのではありません。欲しければ手に入ります。現に、欲望が消えてしまわないうちは、みんな食べたり飲んだり吸ったりしています。
  こちらへ来てしばらくは、思想も行動もまったく自由です。何を考えようと、何をしようと、すべて許されています。“禁じられたこと”というのは何一つありません。制約があるとすれば、それは当人の持つ能力や資質の限界です。
  しかし、やがて霊性が芽生えて、知識欲と自己啓発の願望が出始めた段階から、そういう無条件の自由はなくなります。ちょうど鉄くずが磁石に引きつけられるように、求めている知識や自己啓発にとって最も適した機能を備えた建物へと引き寄せられていきます。その時点から、本格的な“教育”が始まるわけです。どうしてもそこへ通わざるを得なくなるのです。一つの分野が終了すると、次の分野へと進みます。
  ただし、外部からの力で強制されるという意味ではありません。内部からの知識欲、啓発意欲がそうさせるのです。あくまでも自由意志が主体になっているのです。だからこそ、地上時代から精神による身体のコントロールが大切なのです。こちらの世界では精神が絶対的に威力を発揮しますので、他界直後の幸福度は地上から持ち越した精神の質が決定的な影響を持つわけです。
  満足感を味わうのも、不満を味わうのも、地上で送った生活次第――形成された性格の質はどうか、好機を活用したか、動機は正しかったか、援助をいかに活用したか、視野は広かったか、身体的エネルギーを正しく活用したか、‥‥そうしたことが総合的に作用するのです。
  単純な図式で示せば、身体を支配する精神の質と、精神を支配する身体の質との対照です。地上では精神も大切ですし、身体も大切です。が、こちらへ来れば、精神だけが大切となります。死の直後の幸福感の度合いは、地上で培った精神の質によって自動的に決まるのです。
  そういう次第ですから、「死後はどんな生活をするのですか」という質問をなさる時は、どなたかご自身の親しい人が外国へ長期の旅行に出掛けた場合に、「今ごろあいつはどうしているかな」と思われるのと同じであることを思い起こしてください。誰しもきっと「まあ、元気にやっているだろうさ」と思うに違いありません。われわれも同じです。ブルーアイランドで元気にやっております。

もっと読んでみたい方はこちらをどうぞ → ブルーアイランド
10
退化する若者たち
丸橋賢・著  PHP新書
指導者から大衆まで、民族大転向の謎
  食文化やその背景にある日本人の考え方や伝統を断絶させてしまった原因は、指導者から大衆までを含む、戦後の日本民族大転向にあると、私は見ている、鬼畜米英と位置づけた敵視思想から、ほぼ完全な親米、アメリカ礼賛思想へと変わったのであるから、これを転向と呼ぶ以外にはない。諸外国からは理解し難いことかもしれないが、この転向が、当時の戦争指導者から大衆まで、共通して起きたのである。
  主体性という防衛戦が薄弱のまま、敗戦によって日本の旧体制は崩壊した。
  政治体制が崩壊したとき、いままでの価値観や習慣、それを支える風土などを守るものがあるとしたら、それは民衆のなかに根づいた思想とか体質と呼ぶべきものである。しかし、日本では、天皇を中心とした暗黙の了解を守ってきた民衆の顔というのは、もともと形の見えない存在であった。
  村社会で必要とされたのは顔なき民であり、主張を持った強い個人ではなかった歴史からも当然の成り行きであった。自己の固有性を持たない者は、外部の枠組みが崩れたとき、思考と行動の規範を持っていないことに気づかされる。内なる固有の規範のない者がとることのできる道は、目前の事情に右往左往して、「いまを生きる」だけの人になることである。
  このような、個性なき状況、思想なき状況で、大規模かつ自然に起こったのが、敗戦後の日本の保守派と民衆の大転向であったと考えている。
  内なる規範を特たない日本の民衆が、敗戦役に歩んだ道は、低俗化しつつ、ますます自己の顔を失い、大衆化してゆく道であった。私は人間の条件は、自分の目で見て、自分の頭で判断し、自分の賞任で行動できる、というところにあると考えている。それができない者が、大衆であると考えるべきだろう。
  大衆には個としての力はない。目先の都合で動き、外部からの力に左右されて動く。目先の都合に関心が集中するため、目先の経済や技術には強い。しかし、外部からの力によって筒単に、「天皇陛下万歳」にも「ハイル・ヒットラー」にも、「毛沢東万歳」にもなる。指導者が中国に向けば大衆も中国に好感を持ち、指導者がアメリカに向けば大衆もアメリカに好感を持つ。
  また、内なる規範を持たない大衆は低俗化す。内なる力によって制御することがないため、歯止めがかからない。日本のテレビの低俗度を見れば一目瞭然であるが、一日中、これほどの劣悪番組が流されている国は他にはないだろう。
  私は外国に行くと必ずテレビをつけるが、テレビを見るとその国の民衆の関心のレベルがよくわかる。どの国にもコントやお笑い系の番組はあるが、日本のように品のないバラエティー番組は見たことがない。それを大の大人が喜んで見るような民族となってしまったのは無念である。このような状況にまで低俗化してしまったから、日本人の学生が海外で低俗な悪ふざけをして咎めを受けるような事件が続発する。
  村社会では徳とされた自己主張のない体質は、社会の枠組みが崩れたとき、低俗化し、甘えの度を増しつつ受け継がれてきている。
  社会的にも内部的にも、かくあるべしという規範がない現在の日本では、何でも許されると考えられるようになってしまった。とくに形を崩すこと、だらしないこと、甘えることが限りなく許容され、それが個性や多様性を重んじているかのように錯覚する傾向を強めている。
  一方、もたれ合い社会から脱出し、個性や強さを持って生きてゆこうとする人間の足を引っ張ろうとずる村社会の体質はまだ受け継がれている。
  歯科医学、歯科医療の世界でも、古いものの見方が権威的に温存され、新しい個性ある発想や方法は圧力を受ける。現状を変えることを嫌い、平均的なレベルを守ろうとする。日本の保守的体質とは、このような性質のものに過ぎないが、案外、現在でもさまざまなところに温存されている。
  このような文化の崩壊、または、溶解現象は、ますます日本人の退化を進行させてゆく。いまここで食い止め、日本を、そして日本人の身心の形と質を取り戻してゆくことをぜひ考えるべきである。

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09
日本霊能者伝
中矢 伸一・著  廣済堂文庫
「人の運は食にあり」と啓示される――水野南北
  江戸時代中期の頃に生きた水野南北は、日本一の観相家といわれ、「節食開運説」を唱えた人物である。いわゆる霊能者と呼ばれる類ではないが、その人物史を見てみると、霊妙不可思議な出来事に何度も遭遇している。
  まだ幼児の時に両親を失って孤児となり、鍛冶屋をしていた叔父に引き取られるが、性格はすさみ、10歳の頃から飲酒を始め、喧嘩ばかりしていたという。そして18歳頃、酒代欲しさに悪事をはたらき、入牢するに至っている。
  だが、牢内での生活を通じて南北は、人相について興味深い事実を発見する。罪人として牢の中にいる人の相と、普通に娑婆生活を送っている人の相の間に、明らかな違いがあることに気づくのである。これがきっかけとなり、南北は観相家というものに関心を持つようになった。
  出牢後、南北はさっそく、当時大阪で名高かった人相見を訪れ、自分の相を見てもらった。するとなんと、「剣難の相であと1年の命」と宣告されてしまった。愕然とした南北が、助かる方法はあるかと問うたところ、その唯一の方法は出家であると言われた。
  南北は天下稀に見るほどの悪相・凶相の持ち主だったのである。
  そこで禅寺を訪れて入門を請うが、住職は南北の悪人面を見、断ろうと思い、「向こう1年間、麦と大豆だけの食事を続けることができたなら、入門を許そう」と告げた。
  助かりたい一心の南北は、この条件を忠実に実行に移す。港湾労働者として従事しながら、1年間、麦と大豆だけの食事を実践するのである。
  こうして1年が経過し、約束通りのことを実行した南北は、禅寺の住職のところへ行く途中に、再び例の人相見を訪ねてみた。と、この人相見、南北の顔を見るなり驚いて、「あれほどの剣難の相が消えている。貴方は人の命を救うような、何か大きな功徳を積んだに違いない」と言った。南北が、食事を変えて1年間貫き通したことを話したところ、それが陰徳を積んだことになって、彼の凶相を変えてしまった、というのである。
  これで禅寺に行く必要のなくなった南北は、自分も観相家の道を志そうと決意し、諸国遍歴の旅に出た。水野南北、21歳の時である。
  南北はまず髪床屋の弟子となって、3年間人相を研究し、続いて風呂屋の手伝いをして、やはり3年間、全身の相について研鑽を深め、さらに火葬場の作業員となって、ここでもまた3年間、死人の骨格や体格などを詳しく調べ、人の運命との関連について研究を重ねたという。
  この修業時代に南北は、相学の淵源は仙術にありとの思いから、仙師を求めて深山幽谷に分け入ったりしている。そして25歳の時、奥州の金華山山中でようやく求める仙人と出会うことが叶い、100日間に及んで相法の奥義を伝授されているのだ。
  この仙師は、「これすなわち相法の奥秘にして寿を保つの法なり。たとえ俗人といえどもこの法を行なう時は寿命百歳に至りなお天気に至ること自らやすし」と教えたという。
  仙道には、食について厳格な規則がある。その理想とするところは、不老不死である。相法の奥義も、病まず弱らない体のまま長寿を全うすることにあるとすれば、「運命(長寿)」と「食」とを関連づける両者の接点は大いにあると考えられる。
  さらに南北は後年、そのことを確信させる神秘な体験をしている。
  おそらく50歳頃のことであったと思われるが、彼が伊勢神宮へ赴き、五十鈴川で21日間の断食と水ごりの行を行なった際、豊受大神の祀られている外宮で、「人の運は食にあり」との啓示を受けるのである。
  豊受大神は、五穀をはじめとする一切の食物の神で、天照大神の食事を司ると言われる。
  南北は、「我れ衆人のために食を節す」という決意のもとに、生涯粗食を貫いた。その食事の内容とは、主食は麦飯で、副食は一汁一菜であった。米は一切口にせず、餅さえも食べなかった。また若い頃はあれだけ好きだった酒も、1日1合と決めて、けっしてそれ以上は飲まなかったという。
  このような食生活を、盆も正月もなく続けたのである。南北はひどい凶相で、短命の相の持ち主であり、長生きしたり成功する相などは持ち合わせていなかった。しかし、食を慎んだことで運が開け、健康のまま78歳まで生き、大きな財を成したのである。

もっと読んでみたい方はこちらをどうぞ → 日本霊能者伝
08
心と食物と人相と
谷口雅春・著  日本教文社
因果の法則は撥無(=排斥)できない
  この「動・反動の法則」は厳然として常に因果の世界を支配しているから、我々が生物を殺すことを何とも思わないというような気持ちで、生物を殺して食べるということを実行すると、それは広範な意味における「殺される状態」というものがそこに現れてくるのである。かならずマイナスの報復が循環して、その報復がある姿をなして現れてくるということになる。これを因縁因果の法則ともいい、業の法則とも、原因結果の法則とも、心の法則ともいうのである。

心で是認した業は一層ハッキリ循環する
  もっとも、この心の法則というものは、知らずして殺人したとか、過って人を殺したというような、心において殺人を意図しない場合には、あまり「報復」というものがめぐってこないのである。
  なぜなら、この世界の原因結果の法則を動かしているものは心の力だからである。心そのものが殺人を意識して、それを肯定して意識的にその殺生を是認している場合は、その業の循環がいっそうハッキリ現れてくる。それは心によってその行為が支えられ、循環させられるからである。
  動物を食物として食べる場合にも、「殺すのは当たり前だ」というような是認的な意見をもって食べないで、「ああすまない」と懺悔しながら食べるときには、業の循環の程度がそれだけ少なくなるということが、心の法則の上からいうことができるのである。

懺悔はなぜ必要か
  懺悔の心を起こして、「自分は殺したくないのだけれども、やむを得ない。ああ、すまない」と思って食べる。その殺生によって支えられている生命であるから、何とか他のためになるように生かさねば、という心を起こすのが懺悔である。
  自分一人で生活しているのであったら、自分だけは動物を殺さないでも生きられるけれども、家庭生活をしていると、自分だけが植物食ばかりを食べようと思っても、親や家族から「そんなことしたら身体が衰弱する」とか、「痩せて病気になる」と言われたりする。
  そうすると、これは周囲の人の愛念を生かさなければならないし、特別に自分のために料理の苦労をかけるのも申しわけがないということで、肉食することを心のうちで懺悔し、あやまりつつ、料理をしてくださった食物を感謝して食べるということは許されてもよいのである。
  この場合は、「殺す」ということを是認する心で食べるのではなく、やむを得ずあやまりながら、肉食を否定しつつ食べるのであるから、業が形に現れることを否定することになるのである。
  自分のやっていることを罪悪と思わないで、それを肯定しつつ食べるという場合には、その業が「肯定する心」に支えられて強力に形に現れてくるということは、病気が起こったり治ったりする実例によってよくわかるのである。

口先だけの懺悔では効果はない
  もっとも、懺悔すれば業が消えるからというので、口先だけで「すまなかった」と言えば、どれだけ肉食しても殺生してもよいと、肉食や殺生を肯定する心になってしまっては、「すまない」というのはただの「呪文」であって、実際は心の中で肉食を肯定しているのだから、やはり殺生の業は循環することになるのである。
  さらに必要なのは、あまやると同時に、まあ魚でも牛でも、とにかく我々の食物となるために犠牲になって下さったことに対する感謝の念をともなって食することが大切である。そのことによって、その牛や魚の霊魂が冥福を得るということになる。そして、その犠牲を通して生かされている自分の生命であるから、人類のために必ず貢献しようと努力することである。そうすると、間接的にその牛や魚の霊魂が善業を積んでいることになり、その霊魂たちの冥福に寄与することになる。
  そういうわけで、釈尊も、本来、僧たる者は動物を食しないのだけれども、供養された食物である場合には、それを殺生とみないで、そこに「供養の愛念」をみて、仏の慈悲というものが食物としてそこに姿を現しているものだとして、拝んでいただくということを許されたのである。


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07
病気にならない生き方
新谷弘実・著  サンマーク出版
牛乳を飲み過ぎると骨粗鬆症になる
 市販の牛乳が悪いということを、35年前に私に最初に教えてくれたのは、私の親戚の子供たちでした。その子供たちは、2人ともアメリカで生まれ育ったのですが、生後6、7カ月でアトピー性皮膚炎を患いました。
  子供たちの母親は、かかりつけの小児科医の指示に従っていたのですが、いくら治療を受けてもアトピーは改善されず、3〜4歳になったころから、ひどい下痢を起こすようになったのです。そしてついに血便まで出るようになってしまいました。びっくりした母親が私を頼ってきたので、すぐに内視鏡を入れて中を見ると、その子供は潰瘍性大腸炎の初期でした。
  私はすぐ子供たちが普段からよく食べている食物を調べました。そして、彼らがアトピーを発症した時期が、医師の指導のもとに授乳を打ち切り、牛乳を与えるようになった時期であったことがわかったのです。
  私は子供たちの食事から、すぐに牛乳と乳製品をすべてカットするよう指示しました。すると案の定、血便も下痢も、アトピーすらもピッタリ治まったのです。
  のちに私の患者さんたちに食歴のアンケートをとるとき、牛乳・乳製品をどれぐらいとっているかという項目を設けたのも、この時の経験があったからでした。その臨床データによれば、牛乳や乳製品の摂取はアレルギー体質をつくる可能性が高いことが明らかになっています。
  妊娠中に母親が牛乳を飲むと、子供にアトピーが出やすくなるという最近のアレルギー研究の結果とも一致しています。
  日本ではここ30年ぐらいの間に、アトピーや花粉症の患者が驚くべきスピードで増えました。その数はいまや5人に1人といわれるほどです。なぜこれほどアレルギーを起こす人が急増したのか、さまざまな説がいわれていますが、私はその第一の原因は、1960年代初めに始められた学校給食の牛乳にあると考えています。
  過酸化脂質を多く含む牛乳は、腸内環境を悪化させ悪玉菌を増やし、腸内細菌のバランスを崩します。その結果、腸内には活性酸素、硫化酸素、アンモニアなどの毒素が発生します。こうした毒素がどのようなプロセスを経て、どのような病気を招くかはまだ研究段階ですが、牛乳はさまざまなアレルギーだけではなく、子供が白血病や糖尿病などシリアスな病気を発症する原因となっているという研究論文がいくつも出ています。こうした論文はインターネットなどで見ることができますので、ぜひご自分の目で確かめていただくといいでしょう。
  いろいろな健康被害をもたらす可能性をもっている牛乳ですが、最大の誤解は、牛乳が骨粗鬆症の予防に役立つといわれていることです。これは大きな間違いです。牛乳の飲み過ぎこそ骨粗鬆症を招くのです。
  牛乳のカルシウムは、小魚などの食物に含まれるものより吸収がよいと言われますが、それは少し違います。
  人間の血中カルシウム濃度は一定しています。ところが牛乳を飲むと、血中カルシウム濃度は急激に上昇するのです。そのため、体は血中のカルシウム濃度をなんとか通常の状態に戻そうというコントロールが働き、血中の余剰カルシウムを腎臓から尿に排泄してしまうのです。
  つまり、カルシウムをとるために飲んだ牛乳は、かえって体内のカルシウム量を減らしてしまうという皮肉な結果を招くのです。牛乳を毎日たくさん飲んでいる世界四大酪農国であるアメリカ、スウェーデン、デンマーク、フィンランドの各国で、股関節骨折と骨粗鬆症が多いのはこのためでしょう。
  これに対し、日本人が昔からカルシウム源としてきた小魚や海藻類に含まれるカルシウムは、血中カルシウム濃度を高めるほど急激に吸収されることはありません。ですから、牛乳を飲む習慣のなかった時代の日本には、骨粗鬆症はなかったのです。

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06
食の堕落
小泉武夫  『エコノミスト』(毎日新聞社)
驕りが生んだ食の危機
  遺伝子組み換え穀物も、一部の学者は「絶対に安心」というが、事実は異なる。海外の研究では既存の種子に野生型のDNAを組み込むことで病害虫に強い穀物を作ったが、収穫後の大豆や小麦を食べた虫が死んだことで注目された。虫が死んだのは毒性たんぱく質が原因だろう。遺伝子を組み換えるとたんぱく質の構造が変わり、アミノ酸の配列が変われば、毒にも薬にもなる。安全が確かめられていないのに、「遺伝子組み換え食物は大丈夫だ」というところに人間の驕りを強く感じる。
  BSEにしても、肉骨粉を飼料とすることで牛に共食いをさせたことに問題の発端がある。「肉骨粉を食べさせればいい肉ができる。牛乳がいっぱいとれる」という、自然の摂理を無視した人間の打算的な行動がBSEの問題を生んだ。鳥インフルエンザについても、人間の都合でブロイラーのような狭くて苦しい環境で鶏を飼えば、病気にかかりやすくなるのは当たり前だ。
  ここ数年、輸入食品から日本の基準を超える残留農薬や抗生物質、ホルモンなどが検出され、問題になっている。これは自分たちで安全な食べ物を作ろうとせず、外国に食料を頼っている民族の弱さだ。
  日本の食料自給率は40%(2001年)にまで落ちている。アメリカは122%、フランスは121%、カナダは142%、オーストラリアは265%だ。それでもアメリカは「日本はもっと農産物を輸入すべきだ。関税も引き下げ、自動車や家電をアメリカに売ることで得たドルで農産物を買って還元せよ」という。このまま何の対策も打たなければ、十数年で日本の自給率は20%に下がるだろう。
  おいしくて、安全な食品を食べるには、地域で生産されたものを地域で消費する「地産地消」を進めていくしかない。最近、地産地消やスローフードとしきりに言われるが、これは決して新しいことではなく、戦前の日本がそうだった。
  私がもし総理大臣だったら、「食の非常事態宣言」をして、自給率を上げるために食糧増産を図る。地方も国の言うことなど聞かずに地産地消を進めればいい。学校給食も地産地消とし、各県に推進協議会を作り、県にあるすべての団体、流通も生産も一体になって県単位で地産地消運動を進める。人口約3800人の大分県大山町で始まった地産地消運動では、組合員640人のJA大山町(農協)の2003年の売り上げが約30億円に達した。農家は1軒当たりの平均収入が2000万円を超すところが大半となり、町の自給率も100%近くに達した。やればできるわけだ。
  日本の農業もやり方次第では豊かな産業、すばらしい職業だということを実践すれば、若者も農家に帰ってくるし、後継者も生まれる。「食育」(食の教育)の問題でも、子供たちに食べさせるばかりでなく、「食の前に土ありき、農ありき」を教えることも重要だ。農業なくして食料は簡単に手に入らないという感謝の気持ちを持たせ、農に対する魅力を感じさせることが、未来を背負って立つ子供たちにとって大切なことで、それが将来の食の安心・安全の問題を解決することにつながる。
  自給率低下と並ぶもう1つの問題は、戦後日本の食生活の激変ぶりだ。1960年と98年で比較すると、肉の消費量は約8倍、油の消費量は約10倍だ。かつて日本人は質素で低たんぱく、低カロリー、低脂肪の食生活を送っていた。しかし、この30年間でまったく逆のカロリーやたんぱく質摂取至上主義のアメリカナイズされた食生活になってしまった。いかなる世界の民族も、これほど急激な食の変化を経験したことはない。
  実際、日本人が山のように焼き肉を食べてもそう力にはならない。逆にコレステロール濃度も中性脂肪も高くなる。プロ野球・西鉄ライオンズの稲尾和久さんは1961年には年間78試合に登板し、42勝もした。その力の原動力は、別府のお父さんから送ってもらった魚とご飯を食べていたからだ、という伝説さえ残っている。今のプロ野球選手は焼き肉が好きだと言ってたくさん食べているが、1回登板するとひじや肩を壊すといって5日間は投げない。
  1945年に東京が焼け野原になったが、5年後には世界で5番目の都市に復興した。肉など食べられない状況の中で、みんな日の丸弁当、握り飯、漬物、納豆、魚の干物などで頑張った。日本人の食の激変は、草食性動物が肉食性動物に変わったほどのものであり、民族としての驚くべき一大変換だ。

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05
体によい食事 ダメな食事
幕内秀夫・著  三笠書房
アメリカの小麦戦略――日本人の食生活を変えて輸出を増やす!
  戦後の栄養教育は、理由なき「欧米崇拝思想」によって、米を中心とした食生活を批判してきたわけです。“意図的な米叩き”ともいうべき運動が行なわれていたのです。
  アメリカの対日小麦戦略を最前線で指揮したリチャード・バウム氏は、『アメリカの小麦戦略』を書いた高島記者に対し、次のように話しています。

 
学校給食の拡充、パン産業の育成など、私たちは初期の市場開拓事業の全精力を日本に傾けました。ターゲットを日本にしぼり、アメリカ農務省からの援助資金を集中させたのです。その結果、日本の小麦輸入量は飛躍的に伸びました。
  特に若い人の胃袋に、小麦は確実に定着したものと理解しています。日本のケースは私たちに大きな確信を与えてくれました。それは、米食民族の食習慣を米から麦に変えてゆくことは可能なのだということです。


  具体的に行なわれた事業は、キッチンカー(内部に料理台などが取り付けられた大型バス)によって、「小麦食を基本とした料理」の講習会、学校給食のパン導入、パンを焼く職人の育成などでした。そして、それらの事業で行なわれた内容は、「米はいかに悪い食べ物か」を訴えるものがほとんどだったのです。

「日本人は不思議なほど達者である――ザビエルが日本食を絶賛した理由
  パプアニューギニアの高地に生活する人たちは、食事の90%以上がサツマイモで、肉や牛乳はほとんど口にしません。それでいて、筋骨たくましくよく働くといいます。日本の長寿村といわれた山梨県の棡原(ゆずりはら)村の長寿者も、肉や牛乳などはほとんど食べなくても、なんら困ることなく重労働をこなしてきた人たちです。
  あるいは、宗教的理由つまり戒律によって「肉を食べない」という人たちが世界にはたくさんいます。しかし、それらの人たちに特別に貧血が多いとか、がりがりにやせて力仕事もできない、などという話も聞いたことがありません。
  日本の土を踏んだフランシスコ・ザビエル神父が本部あてに出した手紙には、次のように書かれています。

 
日本人は自分たちが飼う家畜を屠殺することもせず、またこれを食べもしない。彼らはときどき魚を食膳に供し、ほとんど米麦飯のみを食べるが、これも意外に少量である。ただし彼らが食べる野菜は豊富にあり、またわずかではあるが果物もある。それでいて日本人は不思議なほど達者であり、高齢に達する者も多い。したがって、たとえ口腹が満足しなくても、人間の体質は僅少な食物によって十分な健康を保てるものであることは、日本の場合によっても明らかである。

  まさに日本人は肉や牛乳などほとんど口にせずに生きてきたのです。しかも、その歴史は10年や20年ではありません。現在の栄養教育の主張するように、本当に肉や牛乳が健康を維持するために必要なら、とっくに日本人は滅びていてもおかしくはないはずでしょう。
  そして、現在の栄養教育からすれば栄養失調だったはずの私たちの祖母は、子供を10人も産んできたのです。それも特別な話ではなく、ごく当たり前の話だったのです。


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04
輸入食品に日本は潰される
山田正彦・著  青萠堂
アメリカに頼っていて 本当に日本の食料は安心か
  日本は少ない人口なのに世界の食料を食べ尽くしている。
  世界人口の2%しかない日本が、世界の農産物輸入の11%(金額ベース)を輸入している。1位EU18%、2位アメリカ14%についで世界第3位の食料輸入国である。ちなみにEUは日本の人口の3倍、アメリカは2倍以上もいるのだ。
  しかも農産物輸入に比べてその輸出はたいへん少なく、輸入額から輸出額を差し引いた純輸入額をみると、1984年以降ずっと世界第1位の純輸入国となっている。
  1999年には純輸入額が336億ドル(4兆2千億円)であり、2位ドイツ134億ドル、3位イギリス127億ドルを大きく引き離している。
  逆に輸出額のほうが多い純輸出国は、オランダ、フランス、オーストラリア、ブラジル、アルゼンチン、アメリカなどとなっている。
  日本の農産物輸入の相手国としては、アメリカが38%と断然多い。2位は中国12%である。1990年にオーストラリアを抜いて上がってきたのだ。この10年の間に全輸入額も299億ドルから369億ドルへと増大しており、中国からの輸入農産物の伸びはたいへん大きい。他の輸入相手国は、オーストラリア、カナダ、タイと続き、この上位5カ国で70%近くを占めている。
  代表的な農産物別に見ると、小麦(世界の輸入額の7%)、とうもろこし(同23%)、肉類(同28%)について、日本が世界で最も輸入額が多い。
  そして、その輸入相手国は、いずれもアメリカがトップである。(中略)
  このように食料輸入はほぼアメリカ一辺倒といっていいほどである。本来なら日本は買い手であり、売り手のアメリカにクレームをつけることができるのに、逆に「買わせていただきます」といった感じである。

アメリカを信頼している日本は自給率が大幅に低下
  アメリカをはじめとした少数の特定の国に依存度が高いこのような構造は、国際需給の変動や輸入相手国の輸出政策の影響を受けやすい、もろい体質を持っている。
  1973年に、アメリカは一時的ではあれ大豆の禁輸をしたことがあった。そのために飼料価格が暴騰したが、そのようなことがいつ起こるかわからないのである。
  この1973年の出来事は、今調べてみると、ソ連(ロシア)が食肉の需要を満たすために、大量の穀物の買い付けに走り、アメリカは自国の穀物が不足して高騰するのをおそれて、穀物の輸出を規制したのである。それだけの理由だった。イラク戦争のいきさつを見ても、アメリカがいかに自国利益第一主義かがよくわかる。
  アメリカにとっては、わずか2カ月間の大豆輸出規制だったが、世界の穀物相場は、一気に4〜5倍に高騰した。当時イギリスは食料自給率50%を切り、ドイツは65%、フランスはかろうじて100%を維持していたが、ヨーロッパ各国は、食料が現実に輸入できなくなることを知り、愕然とした。
  その時から各国は穀物の自給をめざして動き出したのだ。それ以来、EU各国は農家の育成・保護に力を入れ、EU予算の半分をつぎ込んで、食料自給率の達成に努力してきたのだ。ひとえにアメリカが信用できないからであるといえる。
  その結果、2000年にイギリスはカロリーベースで食料自給率74%、ドイツは96%、フランスは132%になった。データがとれる先進国の食料自給率を調べると、イタリアを除くすべての国が自給率を上げており、イタリアは6ポイント下落したが73%となっている。そのなかで日本だけは、1970年の60%から2000年に40%と、20ポイントも下がっている。先進国のなかで最も低く、しかも一貫して低下し続けている。
  いざ食糧危機のときに重要になってくる主要食糧の「穀物自給率」に至っては、日本は28%であり、ドイツもイギリスも、すでにこの20年間で100%を達成している。

いざ食糧危機になったとしたら日本はパニックに
  2003年、オーストラリアは大干ばつで、あれだけの食料輸出国が輸入国に転落した。この年、日本の冷夏、ヨーロッパの猛暑、中国の大洪水と、異常気象はさらに続いている。いつ最大の食料輸出国アメリカが、輸出禁止せざるを得ないような状況に陥らないとも限らない。そうなったときに、アメリカに食料を依存している日本はどうなるだろうか。ブッシュ大統領は「食料を自給できない国は国でない」と語っているのだ。
  おそらく、アメリが輸出を禁止するらしいと情報が飛び交うだけで、小麦粉は暴騰して、すぐにパニックになり、スーパーに並んでも買えなくなるのではないだろうか。実際に、小麦、大豆、とうもろこしの輸入が止まったら、国家備蓄も少ないことから、すぐに酪農、畜産が大打撃を受けて、飼料は配給制になり、鶏卵搾乳は飼料の配給が優先されるものの、豚や肉牛は屠場に運ぶしかなくなるだろう。
  そうなればパン、菓子、豆腐、肉類はスーパーから姿を消し、レストラン、ハンバーガーの店も開店休業に陥ることになる。
  このように考えれば、消費者にとっても、食料、穀物の自給率はたいへんな問題であることは理解していただけると思う。そしてさらに、ヨーロッパ各国がなぜ穀物自給率の100%達成に、なりふりかまわず取り組んできたかもわかろうというものである。

★なわ・ふみひとのひとくち解説――著者は菅内閣で農林水産大臣を務めた国会議員です。現在、野田首相のもとで参加が検討されているTPPにも体を張って反対しています。その考え方のルーツがここに示されています。しかしながら、私はもはやTPP参加を避けることはできないと思います。そして、参加すれば、農業だけでなく国民生活そのものが破壊されるのは間違いないでしょう。(なわ・ふみひと)

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03
神々のルーツ
ジョージ・H・ウイリアムソン  増野一郎・訳  ごま書房
新時代をになう残留者への約束
  ワシントン州コールヴィルに住むある老婦人は、次のメッセージを受信した。

 
奇蹟としか思えないようなできごとによって、人びとはいままで気づかなかった驚異の世界を発見するでしょう。そのような事態をもたらすのは、じつは奇蹟ではなくて、つねに存在する法則の当然のあらわれにすぎないのです。
  以前からお知らせしてあるように、宇宙力は原子構造の中にも及んできて、物質界に急激な変化を引き起こそうとしています。あらゆる物質(生物、無生物を問わず)は、ある特殊な波動の活動の結果であると考えれば、万物の上に働いている波動がどんどん高まっていることも、いっそう容易に理解できるでしょう。
  想像を絶する速さで振動しているこの宇宙力の流れは、時が来れば驚くほどの変化を引き起こします。ごらんなさい、いまはまだ目で見ることのできない美しさに満ちた世界が、人類の目の前にくり広げられようとしています。
  しかし、それを見ようとするなら、まず自己の持つ美の観念を最高にまで高めなくてはいけません。物質的な美しさもさることながら、人間の心の奥底深くに燃えている永遠の幸福への憧れを満足させてくれる、充実した霊の世界が展開するのです。


  地球と地球人の上に降りそそいでいる宇宙エネルギーが、人間の考え方まで変えてしまうだろう。
  新しい精神波動を受け入れようとしない頑固な人たちは、地上で与えられた肉体を失い、その結果、新たな教訓を学ぶことのできぬ“ラジオ”を捨て去って、どこかの遊星に移り、そこで必要な教訓を学んで進歩するため、新たなラジオを身につけるのである。
  肉体のほかの部分もまた、新しい波動の影響を受ける。松果腺や太陽神経叢は、宇宙線の作用によって放射能を持つようになるし、皮膚とても、私たちが考えているように肉体の境界をなすものではなくなる。個人の肉体は、ほかの人びとの肉体をも含めた宇宙全体と絶えず接触し、交流しているのだ。
  人間の体には約6億個の心霊的中枢(外部との連絡口というような意味の)があるといわれるが、宇宙にはもちろん、それより遙かに多くの中枢が存在する。個々の人間も、地球に流れ込む宇宙エネルギーと接触を続けているうちに、自分のなかにも未知の神秘的な能力が潜在していることに気づくようになる。宇宙線の作用で松果腺が刺激を受け、第三の眼(霊眼)がふたたび開けてくるのである。
  霊魂の向上という点からいえば、高い霊的波動を受け入れようとしない人たちは、生理的にもかならず重大な反作用を受ける。そのことは、血液の電気化学的研究からも明らかである。(中略)
  人間の血球は、一つひとつが共振電磁場を破壊する作用が体内に起こる。そこで血栓が生じ、「彼は心臓障害で死んだ」ということになる。
  心臓障害で死ぬ人が増えたのは、新波動を受け入れ、理解する力が人類には足りないからだ。だから、死をもたらすのは“怒りの神”などではなくて、人間自身が、自分の考え方を正しいものにすることができないために、わが身を滅ぼしてゆくのである。

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02
ユダヤの日本侵略450年の秘密
太田龍・著  日本文芸社
坂本龍馬はグラバーの指令で暗殺された!?
  長崎に居を構えるグラバーは、フリーメーソンの人脈に取りこまれていた坂本龍馬を使役して、薩長盟約に誘導した。問題は、薩摩である。薩摩もまた、徳川を討って島津の幕府を立てる藩代々の政治的意志をもっている。グラバーは、龍馬を使って薩長倒幕密約に持ちこむことに成功したのである。
  ユダヤ・フリーメーソンは薩摩をおだて、長州をおだて、ロンドンに留学生を招き、洋式兵器を供給し、両藩の私的利権の欲望をあおり立てた。大久保利通は、そのメカニズムを了解し受け入れた。ここに、ユダヤ悪魔教の手先となって、薩長が日本の国権を簒奪する。そして孝明天皇を弑逆し、幼帝をおのれの手中の「玉(ぎょく)」として奪うために、岩倉具視が共同謀議に参画する、という極秘の筋書きができあがったのである。
  伊藤博文は、この三者密約に合流した。西郷隆盛は、この桂小五郎・大久保利通・岩倉具視の謀略に乗せられ、踊らされ、利用された、と筆者は見る。
  他方、ユダヤはフランスを使って徳川幕府に洋式軍隊建設を働きかけた。いよいよ事態はユダヤの周到な計画通り、孝明天皇は暗殺、薩長対徳川の、日本民族を真っ二つに割る大内乱の幕が切って落とされようとした。ちなみに当時清国は、ユダヤに操作された太平天国の人工的動乱によって、1850年から約10年のあいだに、実に5千万人の人命を失った! ユダヤが日本列島でもその再現を狙っていたことは疑う余地はない。
  したがってこの時点では、龍馬はメーソンの傀儡と言ってよいのではないか。その龍馬がなぜ、慶応3年(1867年)11月15日に暗殺されねばならなかったのか。
  筆者は、この土壇場で龍馬が、フリーメーソンが日本の内乱を演出し、それを足がかりに日本の植民地化を図ろうとしている謀略に気づいたのではないか、そして、この秘密を知った(あるいは感づいた)日本人が、幕末に少なくともあと2人いた、と推察している。 
  その2人とは、徳川幕府の勝海舟、そしてもうひとりが、他ならぬ徳川15代将軍を継いだ徳川慶喜である。この2人が謀略を見破り、幕府と薩長の内戦の危機を阻止すべく、ついに慶応3年10月14日、朝廷に大政奉還を上奏した。
  龍馬は、これを知って、「――よくこそご決意くだされた! この上は、われらこの君(慶喜)のために、生命を捧げて働きまする」と、感極まって男泣きに泣いた、といわれている。龍馬暗殺はその1カ月後である。慶喜に大政奉還されては、倒幕派と幕府の内戦の火は消えてしまう。メーソン側としては、なんとしても戦を挑発しなければならない。
  グラバーは、この情勢を逆転させるために、倒幕路線の敵となってしまった龍馬の暗殺処分を、薩長、岩倉(具視)に教唆したのではないか。しかも、暗殺成功後、あたかも幕府・新撰組が龍馬殺しの犯人であるかのようなニセ情報を流したのではないか。
  11月15日の近江屋における龍馬(そして中岡慎太郎)暗殺後、12月9日のいわゆる小御所会議で、岩倉と薩長は公武合体派を追放する私的クーデターを引き起こしている。

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01
人類が星の記憶を取り戻す時
風祭 音弥・著  三心堂出版社
暗黒の3日間
  新約聖書には『ヨハネの黙示録』というものがある。
  これは、その内容を深く知らない人でも、「ああ、最後の審判っていうのが書いてあるやつでしょ」というくらいその名を知られた、キリスト教最大の預言書だ。
  この黙示録には、神学者によってさまざまな解釈の仕方があるが、そのうちカトリックでは、「キリストの教会、真実のイスラエルの、現在から未来が語られ、多くの試練のうちに勝利をおさめること。栄光のうちになされるキリストの再臨、そして最後の審判に先立つ多くの災害が記されている」という見解がなされている。
  この思想観は、信者を問わず、一般に流布されている最もよく知られた『ヨハネの黙示録』になっているようだ。
  さらにカトリックでは、この黙示録ビジョンを補強する形で、多くの預言者と思しき人物たちが、時の終わりの様子を伝えている。
  この預言者と思しき人々は、特別な聖徳を獲得し、信者の崇敬に値する人物として、カトリック教会から聖人・福者・尊者の称号を授けた人が多い。
  そのため、これら信頼できる人物の口から語られたメッセージは、信ずるに足るものとして扱われている。
  その信頼度の高いメッセージの中に、「暗黒の3日間」の出来事についての予言がある。18世紀の終わりから19世紀のはじめに生きたドイツ人の神秘家、尊者アンナ・カタリナ・エンメリックは、キリストの生涯と受難を幻視したことで知られているが、彼女は、この世にもたらされる「3日間の暗黒」を幻視していた。
  それによると、「全世界が突然の暗闇に包まれ、人工的な光が用をなさない暗黒の日がいつか訪れる」というのだ。
  この暗黒の日には、「燃え立つ紅い雲が天をよぎり、雷鳴がそこら中に響きわたる。地上にはいたるところで大きな地震が発生し、海は泡となり、洪水のように大地に押し寄せる」という現象が起きるという。
  しかも、その暗黒の日々には、これまで人間の目で見ることのできなかった悪魔が姿を現わし、その忌むべき姿を見た人間はあまりものおぞましさに発狂する者も出てくるというのだ。
  またエンメリックと同じく18世紀後半に生まれた福者アンナ・マリア・タイージも、「3日3晩地獄のような暗闇が覆い、それは言語を絶する恐怖になる」と語っている。
  同様のビジョンは、聖人グスパール・デ・ギュフマロによっても明らかにされているが、彼はこの災厄について「3日間の暗黒の後に助かった者は、自分だけが生き残ったかのように感じるだろう」と述べている。
  さらに1846年、フランスのラ・サレットに聖母マリアの出現が起こるが、そこでは普通の子供、15歳の少女メラニーと12歳の少年マクシミリアンに、聖母から36の告知が与えられる。
  その告知の35番目には、「暗黒の3日間」についてのメッセージがあり、
  「地上は3日間、絶えず変化し続け、大地が燃え立つはらわたを開き、反キリストとその追従者は永遠の地獄の底へと落ちていくことになるでしょう。そして、水と火が地を浄化し、人間が誇りとした総ての業を消しさるでしょう。この後、すべてが新しくなるのです」と言った旨が語られている。

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