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宮澤賢治の『銀河鉄道の夜』 『宮澤賢治とでくのぼうの生き方』(桑原啓善/でくのぼう出版)より |
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| ジョバンニ | すてきな曲です → one night |
カムパネルラ | ||
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●童話『銀河鉄道の夜』と世界法則
宮澤賢治の代表作となる『銀河鉄道の夜』は死後の世界の情景を描いたものです。銀河の中を、列車が天国まで走っていく上り1本の急行列車なんです。そこにいろんな人物が登場してきまして、あの世の姿がそっくり出てきます。あの世の法則がはっきり描き出されています。それこそまさに賢治のとらえた幸福の原理なんです。 単なる幻想の物語ではなく、実在の宇宙の内面のありのままの法則を描き出してみせているのです。 ●けなげな少年ジョバンニ お母さんと2人暮らしをしているジョバンニという少年がいます。お母さんは病気で寝たきりなんです。 ある日、ジョバンニはお母さんのために牧場に牛乳を取りに行きます。ところが、わかっている人がいなくて、「また後で来てください」と言われます。 仕方がないので、ジョバンニは牧場の近くの野原で休んでいたんです。うとうとしていると、「銀河ステーション、銀河ステーション」という声が響きます。そこへ汽車が来まして、彼はそれに乗り込んでしまうんです。 すると一人の少年が乗っているんです。親友のカムパネルラです。このカムパネルラは亡霊なんです。川で遊んでいるときに、いじめっ子のザネリという友達が川に落ちて溺れそうになったので助けてやるんですが、自分は溺れて死んでしまったのです。それがこの銀河鉄道に乗り込んで来たのです。 この2人を乗せて銀貨鉄道は銀河のほとりを走っていきます。 |
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●銀河鉄道の風景
銀河鉄道の風景があの世の風景そのままです。たとえば賢治はこう書いています。「(空気は、ダイヤモンド会社の人が)かくして置いた金剛石を、誰かがいきなりひっくりかへして、ばら撒いたという風に目の前がさあっと明るくなるほど光っている」と。 それから銀河の水は、「そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりも透きとほって」おり、そして銀色の空にすすきがなびき、あちこちに標識が赤や青の燐光の三角標が野原いっぱいに光っている。 銀河の河原を見ますと、「砂はみんな水晶だ」。水晶の内には「小さな火が燃えている」…と、いろんなことを書いています。これはこの世の世界じゃないですね。あの世の霊界の状況は、まさにこのような世界があるんです。いろんな世界がありますが、わりあい正直な人が普通に行く世界はこういう世界です。サマーランド(常夏の国)という所で、そこがまさにこのような姿なんです。賢治は(霊界が)見えたんだあと、私は思いました。 ![]() ●神出鬼没の乗客たち この銀河鉄道にはいろんな人が乗り込んで来るんですが、その乗り込み方が変なんです。ハッと気がついたらもうそこに乗ってるんです。たとえば鳥を捕る人、「鳥捕り」がパッと乗り込んで来るんです。それが不思議なのでジョバンニがこの鳥捕りに、「どうしてここへ来たんですか」って聞くと、「そりゃ君、来ようと思ったから来たんだよ」と言うんです。みんなそういう風にパッと来て、パッといなくなっちゃう。これがあの世の姿なんです。 あの世というのは、思想の世界なんです。思ったことがすぐ実現する世界です。あそこへ行きたいと思うと、パッと行ってしまいます。賢治はそのことをはっきり述べています。「思想はエネルギーだ、また光だ」って言っております。これは現在の科学を超える破天荒の発言ですが、あの世の法則はそのとおりなんです。だから「パッと出現する」というのは、賢治はあの世の状況を見たんだなあと私は思いました。 ●思想はエネルギー ほかにもいろんなことがあります。たとえば、乗り込んできた燈台守が「このあたりでは農業もいたしますけど、種を植えますと、ひとりでにいい作物が作られるんですよ」って話してるんですね。農業という仕事も「いい物を作りたいなあ」と思うと、その思想によって果実が自然に生まれてくる。「思想=エネルギー」であるという状況になってるんです。 また「この汽車も、石炭や石油で動いているんじゃありませんよ」って言ってます。どっからかセロの声(神様のような声)がひびいてきまして、「動かそうというある意志があるから動いているんだ」ということを教えてくれるんです。大いなる意志があるんですね。意志がエネルギーだと言ってるんです。これはあの世の、四次元の世界の法則なんです。我々には見えませんけども実在する世界です。それがそっくり『銀河鉄道の夜』の中には現れているんです。 賢治は四次元のあの世のことが見えたから、見たとおりに書いたんだということを申しあげたんです。 |
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●サソリの火の教訓
さて、列車は高原を通ったりして低い所からだんだん高い所へと入って行きます。するといろんな人が乗って来ます。たとえば、家庭教師の青年と少女と小さい弟の3人ですね。この3人は、旅行中に船が難破して溺れて死んだ人達なんです。どうやって死んだかと言いますと、救命ボートに乗り込もうとしたけれど、もっと小さい子供達がいたので、その子たちを押しのけては乗れなかったんです。家庭教師はせめて2人の子供だけでも乗せたいと思ったけど、もっと小さい子供がいたので、どうしても乗せることができず、とうとう溺れて死んでしまったという3人ですね。その3人が乗り込んでくるんですよ。 ![]() 列車はどんどんどんどん上へ向かって走ってゆく。そうして行きますと、天の一角に赤々と燃える火が見えてくるんです。列車の窓から見て「あれは何だろう。あっ、あれサソリの火だ。真赤に燃えている」と子供たちが叫ぶんです。 |
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これは何かと申しますと、イタチに食われそうになったサソリが、命からがら逃げて井戸に飛び降りたんですけども、結局溺れて死んでしまうんです。その時、サソリが思うんですね。「ああ私は悪いことをした。今までたくさんの虫を取って追いかけて食べていたけども、私は同じようなことをして虫達を苦しめていたんだな。悪いことをしたな」とつくづく思うんです。自分がイタチに食われそうになって、初めてそういう罪を悟るんですね。
それで神様にお祈りするんです。「私はイタチに食われてやれば良かった。こうやってむなしく死ぬくらいなら、井戸に飛び込まずに食われてやれば良かった。どうか神様、この次に生まれたらみんなの幸せのために私の体を使って下さい」とお祈りをするんですよ。するとサソリの体は真赤に燃えて天の一角に輝くようになるのです。 これはみんなのための自己犠牲の愛のお祈り、献身のお祈りです。ですから神様がサソリを赤く燃え立たせて下さり、天の一角で輝くようにしてくださったんです。これは、天国の入り口にあるんですよ。入り口にあるということは、世のため人のために役立つということは、つまり「奉仕」ということは、天国へ行く条件、天国の入り口にある大事な関所だということを賢治は書いたんです。 |
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●自己犠牲を実践した3人づれ
汽車はどんどん進んで行きます。銀河鉄道を上っていきます。そして美しい河原へ行くんですね。そこにはいろんな素晴らしい音楽も響いてきます。向こうから、真白な着物を着て十字架を持った神々しい方が迎えに来ます。ここが「サウザンクロス・ステーション」、南十字駅なんです。 ここで列車は止まりました。みんなが降りて行きます。さっきの青年と少女と弟の3人連れも降りてゆきます。ここは、天上の入り口です。天上へ行くための入口の駅だといわれています。ですからキリストのような人が十字架を持ったりしていて、ハレルヤハレルヤというコーラスの中で降りてゆくんですね。なぜあの3人づれは、サソリよりももっと上の南十字駅で降りることが出来たのでしょうか。 それはこうなんです。サソリはたしかに、「この次生まれたらみんなの幸福の役に立つように体を使って下さい」とお祈りをしました。しかしまだ犠牲になって体をささげたわけではありません。お祈りだけでした。願いだけでした。しかしこの3人の青年達は、難船しても自分たちは助かりそうだったのに、小さい子供達にボートを譲って犠牲になって死んじゃったんですね。自己犠牲の献身と言いますか、愛を実践してるんです。お祈りだけじゃなくて実践をしているんです。お祈りをするだけよりも実践をすることがもっと高い美徳なんですね。ですから3人は南十字ステーションで降りて行くんです。 |
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●天上に入る条件
さて列車はさらに進んで行きます。ジョバンニとカムパネルラだけを乗せてどんどん上へ上へと進んでいきます。ふたりになるとジョバンニが言います。「僕もあのサソリのように、皆の幸せのためなら百ぺん体を焼かれてもかまわない」と。カムパネルラも「うん、僕もそうだ」って言うんです。しかし、ジョバンニが「でも本当のさいわいって何だろう」と言うと、カムパネルラが急に「僕わからない」とつぶやくんです。 これ分かりますか? カムパネルラは友達を救うために自分を犠牲にして死んだんです。今この銀河鉄道に乗って、天国の、お母さんのいる所へと行ってるんです。でも、お母さんはきっとお悲しみになるだろう。自分を犠牲にして友達を助けるという非常にいいことをしたんだけども、お母さんはやっぱり悲しむんじゃないかな、と思ったんで、「本当の幸せって何だろう」とジョバンニが言った時、自信をもって答えられなくて、「僕わからない」と言った。ですから、この時のカムパネルラはまだ天上の世界へ入る資格がないんです。自己犠牲の愛に確信を持ってないんです。 すると、空の向こうに大きな黒い穴みたいなものが見えてくるんです。今でいうプラックホールでしょうか。吸い込まれたら二度と出てこれない恐ろしい穴が見えてくるんですね。 ![]() ジョバンニが、「僕もうあんな大きな暗の中だってこわくない。皆の本当の幸せを探しに行く。どこまでもどこまでも僕たち一緒に行こうね」と言います。カムパネルラは今度はキッパリと、「あゝきっと行くよ」と答えるんです。するとカムパネルラの目に急に美しい野原が見えてきます。「あ、あそこにいるのお母さんだ。あそこが本当の天上だよ」。そう言うと同時にカムパネルラの姿は銀河鉄道から消えました。カムパネルラは天上界に入ったんです。自己犠牲の愛を本当に確信できたからです。ジョバンニも同じ思いで、それから銀河鉄道は無限の空へと走るんですね。 ![]() 宮沢賢治の「本当の幸福」とはこれです。《無私の献身に生きる愛》なんですね。賢治はこの宇宙法則を銀河鉄道という上り一本の列車に託しながら画いてみせたのです。 ●あの世は愛の階層世界 賢治がなぜこういうものを書いたかというと、賢治にはあの世の姿が見えていたんです。あの世の世界とは階層世界なんですね。悪い世界から良い世界への階段をこうやって描いて、どんな人が良い世界に入るか、その資格条件までちゃんと書いています。 天上の世界に入る条件は「自己犠牲の献身」。これ「愛」という言葉で表現しますね。お釈迦様は「慈悲」と言われました。イエス・キリストは「隣人愛」という言葉で言いました。孔子様は「仁」という言葉を使いました。 これはまた「奉仕」とも言いますね。「布施」とも言います。いろんな言葉で言いますけども、要するに「自分を犠牲にしても人のためにつくす」ということがこの世の最高の美徳である、それが本当の幸いなんだ、と賢治は見つけたんです。考えたんじゃなくて見つけたんです。あの世の世界、四次元の根源の世界の中から、はっきり見つけたんです。 『銀河鉄道の夜』の素晴らしさはここにあります。一人の人間の思想や思いつきじゃなくて、実際に存在する宇宙の法を、その世界が見える目を持った人が実際に見て来て、そのとおり描いて見せてくれたことです。賢治の作品の美しさや新鮮さは、あの世の姿の描写そのままだったからです。 だから『銀河鉄道の夜』は素靖らしい。これ真理の文学なんですね。お伽噺や童話なんかじゃないんですよ。お伽噺や童話のように見えるこの『銀河鉄道の夜』が、日本で最高といわれて最も人気のある童話です。外国でも「素晴らしい」と賛美されていますが、それはその中に、我々の気がつかなかった宇宙の根源の法則が描かれているからなんです。 |
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