神一厘

     
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日月神示 神一厘のシナリオ
中矢伸一・著  徳間書店  1992年刊

 人類に対する最後通告!

  現在の日本の社会で暮らしていると、これから世界的な大変動が起こるなどということは到底考えにくい。
  物質的には恵まれ、飢えて死ぬようなことはなく、人々は皆それぞれの、個人のことに追われ、自分なりの生活を繰り返しながら毎日を生きている。
  この平穏無事な日々が、これからもずっと、半永久的に続くと思って疑わない。日本はこれでよいのか、日本人はこのままでよいのか――そんなことは考えもせず、ただ仕事や遊びに明け暮れる。そういう人が、世間では大多数を占めている。
  この平和が、このまま続いて欲しい――誰しもがそう思っていることだろう。

  だが、果たして日本国民が現在享受しているこの繁栄、この平和は、今後とも永遠不変に続くものだろうか。思慮深き者であれば、決してそうは思わないはずである。
  単に日本のみならず、われわれ人類の近代文明は、あまりにも多大なる犠牲の上に成り立っている。
  動物たちへの無益な殺生、自然環境の破壊、資源の浪費、等々‥‥。
  人間には地上の代行者として、この世を治めていく天命がある。そのために肉体を持たされているのである。その意味では、人間はこの世の神なのである。
  ところが、今の世の人間のあり様はどうであろうか。神の代行を務めるどころか、ガン細胞のごとく地球という星を食いつぶしているではないか。

  人間は、このまま自分たちのみのご都合主義による独善的利益を追い求める限り、いずれその報いを受けることになるだろう。特に、本来守護すべき動物たちを喰らい、大量に殺戮を続けていることは、その罪大なるものがある。
  世界は、そうした大きなメグリの総清算期に突入しているが、その最初の物理的現象は、わが日本に現れるはずである。なぜなら、日本は世界の「雛型」であるからだ。
  日本が良くならなければ、世界も良くならない。日本の人民が変わらなければ、世界の人民もまた変わることはないのである。

  今や、悪神・悪霊の日本占領計画の完了は目前に迫っている。しかし、さらに高い視点から言えば、それらの悪神・悪霊が、「悪の御役」となって日本の大掃除をするのである。日本人の祓い浄めをするのである。
  それが、メグリの大清算の真の意味であり、来たるべき新しき世界「ミロクの世」に残される人種の選別でもある。

 今は嵐の前の静けさにすぎない

  世界は、まさに神示に示された通りに動いている。
  今や日本人は、狡猾なる悪神・悪霊たちの謀略により見事に骨抜きにされてしまった。あとはいつ攻め込まれても、何もなす術もないままに「外国軍勢」により占領されることになるだろう。
  神示によれば、日本の文化・伝統はことごとく粉砕され、もう二度と立ち上がれまいと誰もが思うところまで落とされる。現在われわれの前に現出しているこの平和は、あたかも「嵐の前の静けさ」を思わせる。
  この束の間の静けさの中で、悪神・悪霊たちによる日本占領計画は着々と進行している。しかし、その一方では、救われるべき身魂を探し出し、救済する計画も進行中である。神々によるその救済計画の一端を明かしたものが、この神示なのである。

  臣民の肉体に一時は鎮まって、この世の仕事仕組みて、天地でんぐり返して光の世と致すのぢゃ。花咲く御代近づいたぞ。用意なされよ。用意の時しばし与えるから、神の申すうち用意しておかんと、とんでもないことになるのざぞ。

  神の臣民と獣と立て分けると申してあろうが。世の様見て早う改心して、身魂洗濯致して、神の御用つとめてくれよ。

  神の申すこと違ったではないかと申す臣民も今に出てくるぞ。神は大難を小難にまつりかえているのに判らんか。えらいむごいこと出来るのを小難にしてあること判らんか。ひどいこと出て来ること待ちているのは邪の身魂ぞ。そんなことで神の臣民とは申されんぞ。臣民は神に、悪いことは小さくしてくれと毎日お願いするのが務めであるぞ。

  神の力がどんなにあるか、今度は一度は世界の臣民に見せてやらねば収まらんのざぞ。世界揺すぶりて知らせねばならんようになるなれど、少しでも弱く揺すりて済むようにしたいから、くどう気付ているのざぞ。ここまで世が迫りて来ているのぞ。まだ目覚めぬか。神はどうなっても知らんぞ。早く気付かぬと気の毒できるぞ。その時になりては間に合わんぞ。

  いよいよ神が表に現れて、神の国に手柄立てさすぞ。神国光輝くぞ。日本にはまだまだ何事あるか判らんぞ。早く一人でも多く知らしてやれよ。魂磨けば磨いただけ先が見え透くぞ。先見える神徳与えるぞ。

  これからいよいよ厳しくなるぞ、よく世の中の動き見れば判るであろが。汚れた臣民、上がれぬ神の国に上がっているではないか。いよいよとなりたら神が臣民にうつりて手柄さすなれど、今では軽石のような臣民ばかりで神かかれんぞ。早う神の申すことよく聞いて、生まれ赤子の心になりて神の容れものになりてくれよ。一人改心すれば千人助かるのぞ。今度は千人力与えるぞ。

  これから一日一日烈しくなるぞ。臣民心得ておいてくれよ。物持たぬ人、物持てる人より強くなるぞ。

  今は神の力は何も出てはおらぬのぞ。この世のことは神と臣民と一つになりて出来ると申してあろうがな。早う身魂磨いてくだされよ。外国は○、神の国はヽと申してあるが、ヽは神ざ、○は臣民ぞ。○ばかりでも何も出来ぬ。ヽばかりでもこの世のことは何も成就せんのぞ。それで神かかれるように早う大洗濯してくれと申しているのぞ。神急
(せ)けるぞ。

  神憑かれる肉体たくさん要るのぞ。今度の行は○
(ミ)を綺麗にする行ぞ。掃除できた臣民から楽になるのぞ。どこに居りても掃除できた臣民から善き御用に使って、神から御礼申して、末代名の残る手柄立てさすぞ。神の臣民、掃除洗濯出来たら、この戦は勝つのぞ。今は一分もないぞ。これで神国の民と申して威張っているが、足元からビックリ箱が開いて、四ツん這いになっても助からぬことになるぞ。穴堀りて逃げても、土もぐっていても、灰になる身魂は灰ぞ、どこにいても助ける臣民行って助けるぞ。神が助けるのでないぞ。神助かるのぞ。臣民も神も一緒に助かるのぞ。この道理よく肚に入れてくれよ。この道理わかりたら、神の仕組みはだんだん判りて来て、何という有り難いことかと心がいつも春になるぞ。

  今は善の神が善の力弱いから、善の臣民苦しんでいるが、今しばらくの辛抱ぞ。悪神総がかりで善の肉体にとり憑かろうとしているから、余程フンドシ締めてかからんと負けるぞ。

  病神がそこら一面にはびこって、隙さえあれば人民の肉体に飛び込んでしまう計画であるから、余程気付ておりて下されよ。

  まだまだ敵出てくるなれど、神心になれば、敵、敵でなくなるぞ。敵憎んではならんぞ。敵も神の働きぞ。

  世界国々所々に、世の大洗濯知らす神柱現してあろが。これはみなこの方の仕組みぢゃから、皆仲良う手引き合ってやってくれよ。

  いざとなれば、昔からの生き神様総出で御働きなさるから、神の国の神の道は大丈夫であるなれど、日本臣民大丈夫とは申されんぞ。その心通りになること忘れるなよ。早う身魂磨いてくれよ。


 この世始まって二度とない世界規模の大変革とは

  神示によれば、まず日本に立て替えの現象が発生し、その後に世界の立て替えが起こる。
  日本が息の根が止められたと誰しもが思うところまで落とされ、悪神・悪霊の天下と思われた時に、次の段階である世界規模の大激変が発生する。つまり、日本の立て替えは主に悪神・悪霊たちの力によるもので、世界の立て替えとは、正神直々による神力発動である。しかし、大局的見地からすれば、そのどちらも大神の働きの現れであり、本来善も悪もないことは、忘れるべきではない。
  神示をつぶさに検討してみると、日本の立て替えが行なわれてから、世界の立て替えに移行するまでのタイム・ラグはほとんどなく、悪の手に染まった近代日本の崩壊と同時に、世界の立て替え・立て直しが始まるようだ。
  それでは、その世界の大変革を示した神示のいくつかを抜粋してみよう。

  外国から攻めてきて、日本の国丸つぶれというところで、元の神の神力出して世を建てるから、臣民の心も同じぞ。江戸も昔のようになるぞ。神の身体から息できぬようにしているが、今に元のままにせなならんことになるぞ。

  元の世に一度戻さなならんから、何もかも元の世に戻すのざから、その積もりで居れよ。欲張っていろいろ買い溜めしている人、気の毒が出来るぞ。神、よく気をつけておくぞ。

  何も心配ないから、神の仕事をしてくれよ。神の仕事しておれば、どこにいても、いざという時には神がつまみ上げて助けてやるから、御用第一ぞ。一日に十万の人死ぬ時来たぞ。世界中のことざから、気を大きく持ちていてくれよ。

  神のまにまに神の御用してくれよ。殺さなならん臣民、どこまで逃げても殺さなならんし、生かす臣民、どこにいても生かさなならんぞ。

  元の神代に返すというのは、喩えでないぞ。穴の中に住まなならんこと出来るぞ。生の物食うて暮らさなならんし、臣民取り違いばかりしているぞ。何もかも一旦は天地へお引き上げぞ。我の欲ばかり言っていると大変が出来るぞ。


  この大掃除、一応止んだと安堵する。この時、富士鳴門がひっくり返るぞ。早う改心してくれよ。

  政治も経済も何もかもなくなるぞ。食べるものも一時はなくなってしまうぞ。覚悟なされよ。

  これまでの改造は膏薬
(こうやく)張りざから、すぐ元に返るのぞ。今度は今までにない、文にも口にも伝えてない改造ざから、臣民界のみでなく、神界もひっくるめて改造するのざから、この方らでないと、そこらに御座る守護神さまには判らんのぞ。九分九厘まではできるなれど、ここというところでオジャンになるであろうがな。富や金を返したばかりでは、今度は役に立たんぞ。戦ばかりでないぞ。天災ばかりでないぞ。上も潰れるぞ。下も潰れるぞ。潰す役は誰でもできるが、つくりかためのいよいよのことは、神々様にも判りてはおらんのざぞ。

  前にも立替えはあったのざが、三千世界の立替えでなかったから、どの世界にでも少しでも曇りあったら、それが大きくなって、悪は走れば苦労に甘いから、神々様でも、悪に知らず知らずなって来るのざぞ。それで今度は元の生き神が天晴れ現れて、悪は影さえ残らぬよう、根本から大洗濯するのぞ。神々様、守護神様、今後は悪も影も残さんぞ。早う改心なされよ。立替えのこと、学や智では判らんぞ。

  今度は借銭
(悪因縁・メグリ)なしになるまでやめんから、誰によらず借銭なくなるまで苦し行せなならんぞ。借銭なしでないと、お土の上には住めんことに今度はなるぞ。

  借銭負うている身魂は、この世にはおいてもらえんことに規則定まったのざぞ。早う皆に知らしてやれよ。立て壊し、立て直し、一度になるぞ。立て直しの世直し、早うなるかも知れんぞ。遅れるでないぞ。立て直し急ぐぞ。立て直しとは元の世に、神の世に戻すことざぞ。元の世と申しても、泥の海ではないのざぞ。なかなかに大層なことであるのざぞ。上下グレンと申してあることよく肚に入れてくれよ。

  今の文明なくせんと申してあろうが。文明残してカスだけ無
(のう)に致すのぢゃ。取り違い慢心致すなよ。

  何もかも、人民までも変わるのが今度の大立替え。食物も、衣類も、住居も、みな変わるぞと申している時が来ているのぞ。

  空に変わりたこと現れたなれば、地に変わりたことがあると心得よ。いよいよとなりて来ているのざぞ。神は元の大神様に延ばせるだけ延ばして頂き、一人でも臣民助けたいのでお願いしているのざが、もうおことわり申す術なくなりたぞ。

  仏もキリストも何もかもスッカリ救わねばならんのざ。殺して救うのと、生かして御用に使うのとあるぞ。今度はハッキリ区別するのざぞ。昔からの因縁ぞ。

  千人万人なら一人づつ手引いてやりてもやりやすいなれど、世界の人民、動物虫けらまでも助ける仕組みであるから、人民早う改心せねば、気の毒いよいよとなるぞ。

  人民の戦や天災ばかりで、今度の岩戸開くと思うていたら間違いざぞ。戦や天災でラチあくようなチョロコイことでないぞ。あいた口ふさがらんことになりて来るのざから、早う身魂磨いて恐いものないようになっておりてくれよ。肉体の恐さではないぞ。霊
(たま)の恐さざぞ。霊の戦や禍は見当取れまいがな。マツリ第一と申すのざぞ。神のミコトに聞けよ。それにはどうしても身魂磨いて神憑かれるようにならねばならんのざ。神憑かりと申しても、そこらに御座る天狗や狐や狸つきではないぞ。マコトの神憑かりであるぞ。


  これから起こる世界の大立替えとは、人間だけではなく、動物虫けらに至る、あらゆる生きとし生きるものを対象とした大改革である。天地開闢いらいのこの大激変を乗り切ることのできる者とは、身魂が磨けて、真実の神憑かりとなった者のみに限られるようだ。
  また、従来の政治や経済はなくなり、人々の衣・食・住のすべてが変わるとも示されている。これは太古の原始生活に逆戻りするということではない。
  想念的には超古代人の純粋さに立ち戻るかも知れないが、ここまで発達した物質文明そのものが崩壊し、この地上から消え去るという意味ではない。物質文明はそのままに、アクだとかカスのみが残らず掃討され、淘汰されるのである。
  これは人間の場合も同じと見てよいだろう。すなわち、身魂上のメグリだとか曇りが十分に祓われ、浄化できていない肉体は、淘汰されるということである。
  神は待てるだけ待っているという。しかし、世界の大立替えが実際に始まったしまえば、もう議論している暇などなくなってしまう。
  なぜなら、その時に起こる大変革とは、「天地まぜまぜになる」ほどの、想像を絶するものだからである。

 すべてが仮死の状態となる

  それほど凄まじい大立替えとはどんなものなのだろうか。
  日月神示に示された、最終段階における大峠の様子は、他の予言や神典などと比較しても非常に厳しいものと言える。
  それは、人災や天災も含めた「火」と「水」の洗礼であり、陸地の大規模な冠水や隆起、地軸の移動、大地震、大嵐、大雷、大竜巻など、ありとあらゆる異変が同時に発生する大異変である。また、小惑星の衝突といった外的要因の可能性も少なくない。
  そしてその大激変のクライマックスには、すべての生き物が仮死状態となることが、ハッキリと記されている。

  ミロク出づるには、はじめ半ば焼くぞ。人、二分は死、みな人、神の宮となる。西に戦し尽くし、神世とひらき、国ごとに、一二三(ひふみ)、三四五(みよいづ)たりて百千万(ももちよろづ)、神急ぐぞよ。

  時節ほど結構な恐いものないぞ。時節来たぞ。慌てずに急いで下されよ。世界中うなるぞ。陸が海となるところあるぞ。

  大峠の最中となったら、キリキリ舞いして、助けてくれと押し寄せるなれど、その時では間に合わん、逆立ちしてお詫びに来ても、どうすることも出来ん。みな己の心であるからぞ。今の内に改心結構。神の申す言葉が判らぬならば、天地の在り方による動きをよく見極めて下されよ。納得の行くように致して見せてあるでないか。

  人民一度死んで下されよ。死なねば甦られん時となったのぞ。今までの衣を脱いでくだされと申してあろう。地上界のすべてが変わるのぞ。人民のみこのままというわけには参らぬ。死んで生きて下されよ。立替え、立直し、過去と未来と同時に来て、同じところでひとまず交じり合うのであるから、人民にはガテン行かん、新しき世となる終わりのギリギリの仕上げの様相であるぞ。

  残る者の身も一度は死ぬことあるぞ。死んでからまた生き返るぞ。三分の一の臣民になるぞ。これからがいよいよの時ざぞ。日本の臣民同士が食い合いするぞ。かなわんというて外国へ逃げて行く者も出来るぞ。神にシッカリと縋
(すが)りておらんと何も判らんことになるから、早く神に縋りておれよ。神ほど結構なものはないぞ。

  今の肉体、今の想念、今の宗教、今の科学のままでは岩戸は開けんぞ。今の肉体のままでは、人民生きては行けんぞ。一度は仮死の状態にして魂も肉体も、半分のところは入れ替えて、ミロクの世の人民として甦らす仕組み、心得なされよ。神様でさえ、このこと判らん御方あるぞ。大地も転位、天も転位するぞ。

  大掃除激しくなると、世界の人民みな、仮死の状態となるのぢゃ。掃除終わってから因縁の身魂のみを神がつまみあげて、息吹き返してミロクの世の人民と致すのぢゃ。

  半霊半物質の世界に移行するのであるから、半霊半物質の肉体とならねばならん。今のやり方ではどうにもならなくなるぞ。今の世は灰にするより他に方法のない所がたくさんあるぞ。灰になる肉体であってはならん。原爆にも水爆にもビクともしない肉体となれるのであるぞ。今の物質で作った何物にも影響されない新しき生命が生まれつつあるのぞ。岩戸開きとはこのことであるぞ。少しぐらいは人民つらいであろうなれど、勇んでやりて下されよ。

  月は赤くなるぞ、日は黒くなるぞ、空は血の色となるぞ。流れも血ぢゃ。人民四ツん這いやら、逆立ちやら、ノタウチに、一時はなるのであるぞ。大地震、火の雨降らしての大洗濯であるから、一人逃れようとて、神でも逃れることは出来んぞ。天地まぜまぜとなるのぞ。ひっくり返るのぞ。

  死ぬか生きるかは、人民ばかりでないぞ。神々様も森羅万象のことごとくが同様であるぞ。しばらくの生みの苦しみ。

  神が苦しむ時は、人民が苦しみ、人民苦しむ時は神も苦しむのぞ。世界中の苦しみ、地上の苦しみ、天上の苦しみぞ。この大峠を越してから大いなる試しがあるぞ。人の心の難しさ計り知れんほどであるなれど、見て御座れ、見事なこと致して見せるぞ。


  この最大にして最後の大激変を通じて、地上物質界は、原子転換のごとき質的な変化を起こす。ありとあらゆるものが半霊半物質という、霊質的に高度な物質へと昇華し、生命を吹き込まれる。
  現在の物質も、必ずこの「霊質」と一体となっている。「霊」と「体(物質)」とは表裏一体のもので、どちらか一方を切り離して考えることは出来ない。
  だが、現在の物質界は、その次元が低く、波長は粗く、従って人間の霊的覚醒も薄く、高級神霊たちとの交流も出来ない状態にある。
  来たるべき大激変は、神力の発動によりいわば強制的にその次元への急激な移行が行なわれるために生じる。この時、霊的バイブレーションの低い者たちは、相当な苦しみを受けることになり、霊的昇華に追いつけない者は、肉体的に滅び、淘汰されてしまうことになるのである。
  それまでに身魂磨きの出来ている者たちであれば、霊的な質が、新しき世のそれとさほど異なるものではないので、比較的スムーズに移行が可能なのである。その際には、肉体も淘汰されることもなく、大きな苦しみを経験する必要もなくなるだろう。
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