なわのつぶや記

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● 般若心経は知っていた   2006年4月15日(土)
  前回お約束した『般若心経は知っていた』(コンノケンイチ著/徳間書店)をご紹介するために何度も読み返しましたが、大変専門的な内容なので部分的に抜粋してもご理解いただけそうにないため大変苦労しました。
  要約すれば「この空間が物質をつくり出す源であり、それを作り出す力は人間の心にある」ということを述べているわけですが、その説明に量子力学の解説なども絡めてあるため、本全体を読み通さないと理解しにくい部分が残ります。
  とりあえず今回のテーマに関係の深い部分だけをピックアップしてご紹介いたします。もしよくご理解いただけないようでしたら、ぜひ本を購入していただきたいと思います。なお、このテーマに触れたコンノ氏の本としては、以下の4冊もお勧めです。いずれも、私たちがこれまで信じてきた科学的知識の間違いに気づかされ、目から鱗が落ちる思いがすること請け合いの好著です。
 【推薦したいコンノケンイチ氏の著書】
 ● 『ホーキング宇宙論の大ウソ』 (コンノケンイチ著/徳間書店)
 ● 『ユングは知っていた』 (コンノケンイチ著/徳間書店)
 ● 『死後の世界を突きとめた量子力学』 (コンノケンイチ著/徳間書店)
 ● 『前世と生まれ変わりの超真相』 (コンノケンイチ著/徳間書店)

「密教」と「量子力学」の基本哲理は同じ!
  両者の不思議な共通点を挙げておこう。
  ボーアは大胆にも「この世の物質は観測されてこそ初めて実在するようになり、リアリティー(実在性)そのものが観測者の行為に依存する」と宣言したのである。これは、それまでの科学の全体系を根底からひっくり返す、科学史上におけるもっとも重要な声明になったのである。
  ボーアの言う「コペンハーゲン解釈」の恐るべき意味を吟味されたい。
  「この世の物質は観測されてこそ初めて実在するようになり、リアリティー(実在性)そのものが観測者の行為に依存する」。これは、「この世の物質に代表される実在とは、私たちが見るという行為によって発現されて、この世の現実性そのものが私たちの意識に依存している」つまり、「この世は私たちの心が生み出している仮想現実(バーチャル・リアリティー)そのものである」という、じつに凄いことを述べている。
  空海は「真言は不思議なり 観誦すれば無明を除く 一字に千理を含み 即身に法如を証す」という。これは「真言を唱えて、祈り祈ることによって、数々の奇跡や不思議現象が生み出されるのが密教である」ということである。
  どうだろう、互いの表現法は異なるが、人の意識(心の働き)というものが「この世(宇宙)」の根本構造に大きく関わっているのだ、と語っている点で両者はまったくといっていいほど同じなのである。
  はるか2000年もの時空を隔てた密教と量子力学の基本教義が、現代においてドンピシャリ、見事にシンクロしてきたのである。
              ――『般若心経は知っていた』(コンノケンイチ著/徳間書店)


  以上の内容は、量子力学について多少の予備知識がある人でないと、何のことかおわかりにならないかも知れません。この文章の結論は「この世の物質は、観測者によって観測されて初めて実在するようになる」ということ述べているのです。しかも、「観測者の意識が物質そのものに影響を与える」と言っています。
  このことを、コンノ氏がわかりやすい事例で説明していますので、ご覧ください。

  わらべ唄「かごめ・かごめ」にたとえてみよう。鬼の一人が両手を目に当ててしゃがみ、その周りを子供たちが輪になって手をつなぎ、「かごめ・かごめ」と歌いながら鬼を中心にグルグル回る。

  かごめ、かごめ。
  かごの中の鳥は、いついつ出やる。
  夜明けの晩に、鶴と亀がすべった。
  うしろの正面だあーれ。

  歌い終わった瞬間、子供たちは回るのを止め、鬼は目を閉じたまま真後ろの人の名を当てる。
  量子力学の結論はこうだ。
  自分(鬼)が目を閉じているときは、子供たちは個々の存在ではない。
  グルグルと輪になって回っているように、本来の姿は波動なのである。
  それを自分(鬼)が「うしろの正面だあーれ」と見る(意識する)瞬間、波はまとまって、たとえば「隣の美代ちゃん」という個の存在で認識されてくる。それも自分(鬼)の意識(願望・祈り)によって「隣の美代ちゃん」や「隣の健ちゃん」に変化する(=意識が現実を創造する)というのが量子力学の結論なのである。
  「この世は仮想現実」という量子力学の結論も、『般若心経』が「すべて空」と教えるのと同じく、この世の基本は波動(空)が基本となっている。それが私たちの脳を通して脳に電気信号で入力され、波が瞬間的にステレオグラムのように収束して個々の現実として認識されてくるわけである。これを量子力学では「波動の収束」という。
  私たちが認識する森羅万象がすべてバーチャル(虚像)であるという量子力学の結論は、密教だけでなく宗教全体の基本教義でもあるのだ。
  仏教では「三界(現世)は唯心の所現」と表現し、この世の一切の現象は自分の心がつくり出した「仮想の世界」で、自己の想念を変えることによって世の中(仮想の世界)の事象はいくらでも変えることができると教えている。
              ――『般若心経は知っていた』(コンノケンイチ著/徳間書店)


  ここでもう一度『般若心経』の内容を思い出してください。
  「色即是空」の「色」はこの世の物質や現象全般を指す言葉でした。ということで、「色即是空」とは「この世の物質や現象はすべて空(波動)なのだ」と言っています。
  そして、「空即是色」――その「空(波動)は、観測者の心の癖(想念・思考のパターン)によって物質や現象をつくり出す」ということです。先ほどの譬えで言いますと、「後ろの正面が美代ちゃんになるか健ちゃんになるかは、鬼の心の癖次第で決まる」ということを言っているのです。
  たとえば、いつも物事を悲観的に見る心の癖を持つ人は、「空(波動)」に影響を与えて悲観的な現実をつくり出すということです。これがいわゆる「泣き面に蜂」現象ということになります。心が泣きべそをかいている人は、ますます泣きたくなるような出来事をつくり出してしまうということです。
                         ☆ ★ ☆
  さて、「この世の現実は私たちの心がつくり出している」ということは、既に当「つぶや記」で再三にわたって述べてきた内容です。本日は、その次のステップに駒を進めます。
  「では、心の力を使って望むとおりの現実をつくり出すにはどうすればよいのか」ということです。つまり、自分の心をコントロールする方法について考えてみたいと思います。
  心のコントロールができれば、私たちは自分の周りに起こる出来事を自分の思うとおりにつくり出すことができるはずだからです。弘法大師空海は、仏教の中の密教と呼ばれる手法によって、自分の心をコントロールする方法を習得し、それによって自由自在に超能力を発揮することができたと伝えられています。
  ということで、少し長くなりますが、弘法大師・空海が習得したといわれる密教について述べられた内容に目を通していただきたいと思います。

「衆生秘密」と「如来秘密」
  密教、つまり「大日如来がいう秘密の教え」には、2つの意味がある。
  人間それぞれの内に隠されている「衆生秘密」と、如来そのものが教える「如来秘密」である。人間それぞれの内といっても、もちろん脳の中と考えてよい。
  欧米のノーベル賞クラスの大脳生理学者たちは「人間は脳で考えると思われてきたが、そうではない。脳はコンピュータのようなもので、心というプログラマーが別に存在して脳を操っている」と主張し始めている。
  C・G・ユングも次のように述べている。
  「ESP(超感覚知覚)研究にとってきわめて厄介な様相がひとつある。シンクロニシティ(神の創造行為といわれる偶然では処しきれない同時現象)や超常現象は頻繁に起こるものではないし、ESPの発現も特殊な人を除いて不可能である。それは私たちは『無意識』という心的な過程を支配・制御することができないからだ」
  イギリスの著名な神経生理学者W・グレイ・ウォルター博士も、次のように述べている。
  「電気的な装置で調べたところでは、人間は意志の力だけで外界の現象に影響を与えることができるが、極めて特殊な精神の集中(表層意識のコントロール)を必要とし、大脳の興奮と弛緩という逆説的な混合状態を必要とする」

  人間の肉体や五感機能は、繰り返し鍛錬を行なっていれば、たとえばワインの鑑定能力のように誰でも熟練して上達するのが自然である。しかし超能力発現の場合は逆で、禅やヨガの行法に見られるような特殊な精神の集中法(表層意識の沈静化)が必要なのである。
  アメリカのペンタゴン主導で行なわれたテレパシーの実験では、受信側の超能力者が無意識状態における実験は成功するが、わずかでも表層意識を介入させると惨憺たる結果を招くという。

  ダーウィンに消された人物として有名なA・R・ウオーレスも、かつて同じことに頭を悩ませていた。
  「私たち人類は、当然あるべき状態にくらべると半分しか目が覚めていない。私たちは多くの未知の力を所有しているのに、それを習慣的に使うことができず、本来の自分が有する能力のはるか下限で、もっとも劣悪な条件下で行動している」
  次のようなジョークもアメリカにはある。

  ――御者はトム・ブラウンに言った。
  「馬っこは目隠ししてあるだども、それは自分の前にあるものしか見えないようにしてあるだ。それが俺らのようなしがねえ人民にとっては、いちばん間違いのねえことなんだ」

  ここでいう「目隠しされているしがねえ人民」(本来のESP能力が充分に発揮できない生物)が私たち人類であるというわけである。
  密教がいう、人間それぞれの内に隠されている「衆生秘密」を活性化させるには、まず表層意識(五感機能)によって遮蔽されている「深層無意識」を表層に浮かび出させることである。
  逆にいえば、人間の現実感を培っている感覚器(五感機能)こそが、超能力やESP現象の発現(仏教でいう実相世界の感得)を妨げる大きな要因になっていることがわかる。
  聖書も、同じ意味のことを述べている。
  「神は、彼らに鈍い心と、見えない目と、聞こえない耳を与えられた。今日に至るまで」(ローマ人への手紙 第11章8節)
  この聖書の言葉は驚くべきことを示唆している。人間の脳機能の大部分は、何者かの意図によって全面使用が禁じられている、というのである。
  おわかりと思うが、アリババの呪文のごとき「密教の真言」は、人間の閉じられた脳機能を部分的に活性化させて、大日如来に象徴化される宇宙の超意識と感応し合って、ユングのいうシンクロニシティや奇跡現象を発現させるのだろう。
  密教のルーツでもある古代インドの哲学「八識論」では、すでに潜在意識に基づいた思考波の存在を明らかにしており、人の心は表層意識から深層意識までの八層から成り立っていると教えている。
  最初の「五識」は、人の五感に基づいた通常の知覚(意識)で、次の第六識は五感をコントロールする「理性」を指し、この六つを合わせて「表層意識」という。これが通常いう「現実感を意識する心」というものである。しかし、それが真の「現実」ではなかったのである。
  問題は、第七識と第八識である。
  第七識は本能や宿業的な心といわれ、表面には出てこない先祖から伝承されてきた無意識の隠された「本性」で、「マヤ識」と呼ばれる。
  第八識が「アラヤ識」と呼ばれるもので、この「アラヤ識」こそが未使用のまま封印され、完全にロック・アウトされた脳部分を指している。これが密教でいう「大日如来のカケラ」で、「誰も気づかずに本性が隠されている人間の秘密」――「衆生秘密」なのである。
  密教では宇宙は仏で充満しており、自己の内にも、宇宙のあらゆる場所にも、仏は広く連座していると説いている。その頂点に君臨するのが大日如来で、宇宙の本質そのものが大日如来の心の具現とするのが密教の基本的な考え方なのである。
  宇宙生命の生みの親である大日如来、それが宇宙に満ちている生命エネルギーの中心体であると密教は教えている。そのエネルギーのカケラが肉体という器に入っているのが人間だから、人間は誰でも大日如来の素質を有しており、生きたまま仏になれる(自在にESP能力を駆使できる即身成仏)と教えているのである。

              ――『般若心経は知っていた』(コンノケンイチ著/徳間書店)

  いかかがでしょうか。ここに抜粋してご紹介した内容だけでは、完全にはご理解いただけなかったかも知れません。この内容をご理解いただくために、解説代わりとして私の書いた『2012年の黙示録』の中の一節を以下に引用しておきますので、こちらもぜひご一読ください。
  次回は、今日ご紹介した『般若心経は知っていた』の内容に関連して、「カルマは忘れたころに実を結ぶ」というテーマで綴ってみたいと考えています。

人の意識は人類の集合的無意識とつながっている
  私たちが自分で認識できる意識(感情、気持ち、想念など)のことを顕在意識と読んでいます。「顕」は顕れるという意味ですから、私たちがキャッチ(認識)できる心の状態を言います。物を食べて「おいしい」と感じたり、人からほめられて「嬉しい」と思ったり、海外旅行を計画するときにワクワクしたりする心の働きのことです。
  このような認識できる意識以外に、私たちの心臓を規則正しく動かしたり、暑いときには汗をかいて体温を調整したり、体によくない食品を口に入れると下痢をするといった働きがあります。それらは私たちが頭の中で考えて行なっているわけではなく、体が自然に働いてくれているのです。肉体の脳を使ってこの働きを司っているのが潜在意識なのです。
  この潜在意識のことを、ユングは「無意識」と命名し、「個人的無意識」と「集合的無意識」に分けて説明しています。個人的無意識は個人ごとに違いがあるということです。肉体の特徴や健康面の違いなどは、個人的無意識の違いを反映しているということでしょう。
 その奥にある集合的無意識は人類全体が共有する意識のことで、これも個人はキャッチ(認識)することはできません。
  ここで、顕在意識と潜在意識の関係を理解していただくために、水に浮いた氷山を思い浮かべてみてください。水面よりも上に出ている氷の部分が顕在意識です。これは私たちが認識する(見る)ことができます。そして、水面の下に隠れて見えない部分が潜在意識にあたります。
  この潜在意識のなかでも、水面に近い部分が個人的無意識、それより深いところにあるのが集合的無意識というわけです。そして、この集合的無意識は深い深いところでは一つの塊となって、地球意識や宇宙意識へと繋がっていると想像してください。
  逆に考えると、水中の深いところに一つの巨大な氷の塊があって、そこから氷が枝のように分かれて無数に突き出しており、それぞれの枝の先端部分が水面の上に現れているというイメージです。その一つ一つの突き出した枝の部分が私たち人間ということです。
  私たちは、普段は水面の上に出ている顕在意識しか認識することができませんから、人間は一人ひとり別々のものであると思っています。まさかその心の奥深いところで、氷山のような一つの大きな意識体に繋がっているとは思えないのです。そのため、私たちが考えたことが他の人たちに伝わることなど、考えてもみませんでした。ただ、「人の悪口を言うと必ずその人に伝わる」といった考え方があったのは確かです。そのメカニズムは、この氷山の例でご理解いただけたと思います。
  私たちは毎日心を動かしていますが、その心の動きは波動として潜在意識に蓄積され、さらには人類の集合的無意識の中にも蓄積されていくのです。逆に、集合的無意識の中に蓄積されているさまざまな波動は、人の潜在意識に影響を与え、時には顕在意識の中にも「ひらめき」や「胸騒ぎ」「予感」といった形で伝わってくることがあります。潜在意識の中は物質の束縛のない波動の世界ですから、すべての波動が瞬時に行き交っているということです。月に行ったアポロ飛行士が、「月面では疑問に思ったことに対する答えが瞬時に返ってきた」と語っていたそうですが、これも肉体の束縛が軽くなった結果だと思われます。
  新しい地球で、人がこの波動の粗い肉体の束縛から離れたときに、心がどのような働き方をするかを想像することができると思います。やはり、この終末において、人は芋虫から蝶に羽化するのです。
  このように、私たちの意識は集合的無意識や神次元の意識ともつながっていて、相互に影響し合っているということです。そういう事実が、最近の科学の進歩によって理論的に裏付けられ、立証されつつあります。これも、よい意味での終末現象と言えるかもしれません。
                   ――『2012年の黙示録』(たま出版)243ページ〜


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