前回ご紹介しました各種予言や神示の内容から判断しますと、2012年からスタートする「神の国(ミロクの世)」とは「半霊半物質」の世界であることがわかりました。それは本格的な「神の国」に至る前の暫定的な世界ということで、どうやらその期間は約千年間続くようです。
本日は、前回ご紹介した予言や神示について解説してみたいと思います。
まず冒頭のノストラダムスの予言から――。
魂なき肉体は、もはや犠牲とはならず
死を迎うる日は、復活の日とならん
神の御霊(みたま)は、魂に歓喜を与えたまい
不滅の御言葉は、いまここに具体化せん
(ノストラダムス)
「魂なき肉体は、もはや犠牲とはならず」というのは、この終末において半霊半物質になることができた人の魂は物質世界から霊的世界に居を移してしまいますので、物質世界における大天変地異に遭遇しても肉体は“犠牲”にはならないという意味です。
今日でも、死んで霊界に行ってしまえば、この地上の地震や洪水によって霊体が影響を受けることがないのと同じです。
日月神示にもそのことが述べられています。
灰になる肉体であってはならん。原爆も水爆もビクともしない肉体となれるのであるぞ。今の物質でつくった何物にも影響されない新しい生命が生まれつつあるのぞ。(日月神示・五葉之巻)
要するに、次元上昇とは肉体が霊体化するということです。なぜそういうことになるのかということを、日月神示は次のように説明しています。
八方的地上から十方的地上になるのであるから、すべての位置が転ずるのであるから、物質も念もすべてが変わるのであるぞ。(日月神示・至恩之巻)
地上界がすべて変わるのぞ。人民のみこのままというわけには参らぬ。死んで生きてくだされよ。(日月神示・星座之巻)
この地球そのものの位置が転ずる(=次元上昇する)ことによって、物質だけでなく念(精神的要素)までも変異するというわけですから、人間だけがそのままというわけにはいかないわけです。つまり、物質的な粗い波動から、霊的な繊細な波動へと変化しなくてはならないということです。
「人間も物質としての現在の肉体は捨てて、新しい半霊半物質の肉体として生きよ」と述べています。一度物質としての肉体を捨てなければ、新しい肉体(半霊半物質の肉体)に宿ることができないからです。
人民一度死んでくだされよ。死なねば甦られん時となったぞ。今までの衣を脱いでくだされよ。(日月神示・星座之巻)
着物脱いで裸体になること、つらいであろうなれど、脱がねば新しい着物着られんぞ。(日月神示)
「今までの衣」が「物質としての肉体」のことです。人の死体を火葬場で焼きますと、水分が蒸発して骨と灰だけが残ります。それはまさに“物質”そのものです。この物質としての肉体に対する執着心の強い人(死ぬことに対する恐怖心が強すぎる人)は、このたびの世の立て替え・立て直しの中でホモ・サピエンスを卒業することが難しい人だと思って間違いないでしょう。「この世がすべて」「死んだら終わり」という考えで生きている人は、今回の卒業試験では落第する可能性が高いと考えられます。
本当は、この終末における肉体の死は、次の復活(=半霊半物質の肉体を持って生き返ること)のために必要なプロセスなのですが‥‥。
それでは、先ほどのノストラダムスの予言の続きに戻ります。
死を迎うる日は、復活の日とならん
神の御霊(みたま)は、魂に歓喜を与えたまい
不滅の御言葉は、いまここに具体化せん
ノストラダムスも「死を迎える日」は、実は「復活の日」だと言っています。
「神の御霊は魂に歓喜を与え」という意味は、物質の粗い波動から自由になった人の霊に神の波長がストレートに伝わることになるからでしょう。言うまでもなく神の国の波長は歓喜の世界そのものなのです。
次の「不滅の御言葉」とは、新約聖書のマルコによる福音書に出てくるイエスの言葉を表していると考えられます。新約聖書の福音書の中でも、特に終末について述べられている部分です。その一部を抜粋しておきます。
その日には、この艱難ののち、日は暗くなり、月はその光を放つことをやめ、星は空から落ち、天体は揺り動かされるでしょう。そのとき、大いなる力と栄光とをもって、人の子が雲に乗って来るのを人々は見るでしょう。そのとき、彼は御使いたちをつかわして、地の果てから天の果てまで、四方からその選民を呼び集めるでしょう。
(中略)
これらのことが起こるのを見たならば、人の子が戸口まで近づいていると知りなさい。よく聞いておきなさい。これらのことがことごとく起こるまでは、この時代は滅びることはありません。天地は滅びるでしょう。しかし、私の言葉は滅びることはありません。
その日、その時がいつになるかは誰も知りません。天にいる御使いたちも、また人の子も知りません。ただ父だけが知っておられます。気をつけて、目を覚ましていなさい。その時がいつであるか、あなた方にはわからないからです。
(新約聖書・マルコによる福音書)
ここに「私の言葉は滅びることはありません」というイエスの言葉が出てきます。ノストラダムスはこの言葉のことを「不滅の御言葉」と表現しているのです。
ですから、「不滅の御言葉がいまここに成就せん」というのは、ここに引用したマルコによる福音書の内容が現実のものになる、ということを意味しています。すなわち「天地は滅びる」のです。
ここで、地上だけでなく「天」も滅びることになっていることに注目してください。
「天」は霊界(幽界を含む)を意味します。このたびは、霊界や幽界もすべて立て替え・立て直しをされ、「新しい天と地(=半霊半物質の世界)」が生まれるということを表しています。今回の立て替え・立て直しは「三千世界の立て替え・立て直し」であって、単に物質地球の次元上昇ということではないことが、大本神諭にも次のように述べられています。
三ぜん世界一度に開く梅の花、艮(うしとら)の金神の世になりたぞよ。梅で開いて松で治める、神国の世になりたぞよ。日本は神道(しんどう)、神が構わな行けぬ国であるぞよ。外国は獣類(けもの)の世、強いもの勝ちの、悪魔ばかりの国であるぞよ。日本も獣の世になりておるぞよ。外国人にばかされて、尻の毛まで抜かれておりても、まだ目が覚めん暗がりの世になりておるぞよ。用意をなされよ。この世は全然(さっぱり)、新つの世(さらつのよ)に替えてしまうぞよ。三千世界の大洗濯、大掃除をいたして、天下泰平に世を治めて、万古末代続く神国の世にいたすぞよ。
(大本神諭・天の巻/明治25年)
まだ“文明開化”の途上にあった明治25年に降ろされたこの神示は、今日のわが国の状況そのものを表現しています。「日本も、外国人に化かされて、強い者勝ちの獣の世になっている」と述べておられるように、艮の金神様は100年以上も前から日本の現在の状態をお見通しであったことがわかります。
次のノストラダムスの予言も、今回の終末のことを述べていると思われるものです。
神の御言葉が、実質的に与えられん
天と地の隠された神秘的事柄は、いま明らかとなり
肉体(body)、魂(soul)、霊(spirit)は一体となりて、あらゆる力を備え
みな天の座において、主の足元にひれ伏す
(ノストラダムス)
「神の御言葉」はイエスが神から預かったとされる「私の言葉」のことです。その不滅の言葉が「実質的に与えられる=現実化する」ということは、先ほどの予言の内容と同じ意味でしょう。
「天と地の隠された神秘的事柄」は、この終末に「立て替え・立て直し」によって次元上昇することを指していると考えられます。
そのとき、人は半霊半物質の肉体になるわけで、そのことを「肉体(body)、魂(soul)、霊(spirit)は一体となりて、あらゆる力を備え」と表現しています。
「天の座において、主の足元にひれ伏す」という表現は、「神とともに暮らすことになる」ことです。次の聖書の表現とも相通じるものがあります。
そのとき、義人たちは彼の父の御国で太陽のように輝きわたるであろう。
(マタイによる福音書)
そのとき、私は王座から語りかける大きな声を聞いた。「見よ。神の幕屋が人の間にあって、神が人と共に住み、人は神の民となる。神は自ら人と共にいて、それらの目の涙をすべて拭き取ってくださる。もはや死はなく、悲しみも嘆きも苦痛もない。古い物(The old things)は消えてしまった(have disappeared)からである」
すると、王座に座っておられる方が、「見よ。わたしは万物を新しくする」と言い、また「書き記せ。これらの言葉は真実であり、信頼できるものだからである」と言われた。
(ヨハネの黙示録)
この場合の「神」はもちろん私が「宇宙創造神」「絶対神」「スーパーパワー」などと読んでいる神様のことではありません。どちらかと言えば「上(かみ)」という意味に近いと思っていただけばよいでしょう。一般的な霊界より高い次元にあり、「神界」と呼ばれている高級神霊の住まう世界のことです。
この終末のカタストロフィーという洗礼(立て替え・立て直し)を受けることによって、「古い物(the old things)」すなわちこの物質文明は消えてしまい、ついに人類(の中の卒業組)は高級神霊と同じ次元で生活することになるのです。その結果、もはや死もなく、悲しみも苦痛もない世界が展開されるということです。
ご理解いただけましたでしょうか。
これまでご紹介してきました各予言や神示の内容をまとめますと、「2012年以後に訪れると思われる神の国(ミロクの世)とは半霊半物質の世界である」ということです。
新約聖書やノストラダムスなどの予言によれば、その「半霊半物質」の世界は約千年間続くだけの限定的なもののようで、その後、人類はもう一度ふるいにかけられて、最終的な「神の国」の住人になれる人とそうでない人に分けられると述べられています。
しかし、ここではその千年後のことはひとまず横に置きまして、2012年以後に訪れる世界について考えていきたいと思います。
私たちが五感を通じて実感している現在の地球は物質で出来ています。その地球が次元上昇して、物質的要素を減らし、霊的性格を強めていくということです。現在、人が死後に訪れる霊界、幽界、精霊界といった世界とよく似た性格を帯びてくることになると思われます。
ということは、2012年以後の世界がどういう世界かを予測するには、まずは霊界の様子がどうなっているのかということを知ることによって、大まかな特徴をとらえることができるはずです。
ただし、最近フツーの人におろされる霊界通信は、どちらかというと霊界の低い階層からのメッセージが多く、中には邪悪な霊たちによる幻惑的な通信も含まれていると思われますのであまり参考にはできません。幸い、これまでに信頼できる霊界通信は多数世に出されています。
私が当サイトにアップしている霊界通信は十分参考にしていただけるものばかりだと確信していますので、次回はそれらの内容に基づいて「2012年以後の世界」を推理してみたいと思います。
まず、当サイトにアップしている『シルバーバーチのスピリチュアルな法則』(フランク・ニューマン著/近藤千雄・訳/ハート出版)をご覧いただきたいと思います。
次回の解説用に、その一部を抜粋して載せておきますのでお目通しください。
オーラを霊視し、その意味を解釈できる人には、その人物の秘密のすべてが丸見えということになります。魂が今どの程度の段階にあるか、精神がどの程度まで発達しているかが分かります。要するに霊的進化の程度をオーラが物語っているのです。
あなたが口にしたこと、あなたが心に抱いたこと、あなたが行なったことのすべてが、オーラに刻まれています。外面をいくら繕っても、あなたの内部の本性をそのまま表しておりますから、オーラは言わば永遠の鑑定書のようなものです。
皆さんと私たちの間では、常に何らかの思念を授かったり授けたりしています。私たちと同じ波長の次元にいる人間、つまり霊性が似通っている人間は、私たちが送る思念を受け取りますし、彼らもまた私たちに通じる意念を送ってきます。その波長は霊性の進化の程度によって決まります。
結局皆さんは受信局であると同時に送信局でもあるわけです。思想や概念を自分一人でこしらえることは滅多にありません。ラジオにもテレビにもチャンネルないしはバイブレーション(周波数)というのがあり、それに合わせると聞こえたり見えたりするのです。
こちらの生活の場は平面的に区切られているのではなく、無数の次元に分かれており、それらが渾然一体となっております。各次元の存在はあなた方の言う客観的な実在であり、そこで生を営む者にとっては同じに見えます。丘があり、山があり、川があり、せせらぎがあり、小鳥がさえずり、花が咲き、樹木が茂っております。すべてに実感があります。
(病気などの)肉体の苦痛から解き放たれ、(疲労などの)肉体の束縛から逃れた霊の世界での生活は、物質の生活には譬えるものがありません。行きたい所へはどこへでも一瞬のうちに行けますし、思ったことがすぐに形態を持って現れますし、思い通りのことに専念できますし、お金の心配もいりません。
以心伝心という、地上の言語では説明できない手段で意思を通じ合う世界です。思念そのものが生きた言語であり、電光石火の速さで伝わります。
お金の心配をする必要もなく、競合する相手もなく、弱い者が窮地に陥ることもありません。こちらで“強い者”という時は、自分より幸せでない者に自分のものを分けてあげる人のことです。
失業者もいません。スラム街もありません。利己主義者もいません。宗教団体などもありません。“大自然の摂理”という宗教があるだけです。聖なる教典もありません。神の摂理のはたらきがあるだけです。
痛みというものを知らない身体で自我を表現し、その気になれば地上界を一瞬のうちに巡ることができ、しかも霊的世界のぜいたくを味わうことができるようになる(=死ぬ)ことを、あなた方は悲劇と呼ぶのでしょうか。
この世界では芸術家は地上時代の夢が存分に叶えられます。画家や詩人は大望を実現し、天才は存分に才能を発揮します。地上的抑制の全てが取り払われ、天賦の才能と才覚がお互いのために使用されます。
こちらには皆さんが見たこともない種類の花があります。皆さんが見たこともない色彩があります。景色にしても森にしても、小鳥にしても植物にしても、小川にしても山にしても、地上界のものとは比べものにならないほど美しいものばかりです。
―― 『シルバーバーチのスピリチュアルな法則』(/ハート出版)
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