Spiritual Report




2010年2月13日(土)



芸術と霊性(2)





ここのところ、寒い日が続いてますね。


風邪など引きませぬよう、皆さま気をつけましょう。 ( ̄тт ̄) ズルル…


先週の レポート「芸術と霊性(1)」では…







どこまで、お話ししたんでしたっけ?σ(^_^;)?












(。_゜☆\ばき












ああ、そうそう!(^^;





まだ、本題に入っておらず、
私が芸術の道に進む切っ掛けのお話をしたに過ぎませんでした。(^^ゞ ぽりぽり…



今日も、前座的な話で終わってしまうかもしれませんが、
宜しければ、余興的スピリチュアル・レポートとして、楽しんで頂ければ幸いです。



m(_ _)m







第二章「挫折という人生計画」







一般受験で、『日芸・映画学科』『日芸・美術学科』『日大経済学部』を受験した私ですが、もし天上界で、


「絵と文章を武器にして真理を世の中に伝え、
 『精神科学文明』建設のお手伝いをする!」


という偉そうな人生計画を立てて、意気込んで地上に生まれ変わった私であったならば、当然、守護霊さんは、『日芸・映画学科』か、『日芸・美術学科』に合格するよう応援して下さると、皆さまは思うでありましょうが、


豈図らんや、守護霊さんは、


「よっしゃぁー!
 これでやっと、本来の道に進むための切っ掛けができたぞ!
 あとは、予定通り、浪人させるぞぉー!」


と、意外な行動に走るのでありました。(^^;



しかし、まさか守護霊さんが私を貶めるような動きをするとは、神のみぞ知る由もなかったのであります。(← 変な文章…?σ(^_^;)?)





で、まあ、なぜ守護霊さんが、このような行動を取ったかと申しますと、

人間は『順境』の際には、なかなか、人様の心の痛みを我がことのように感じる優しさを培っていくことは難しく、

様々な『逆境』とぶつかり、その苦難を乗り越えて、初めて、あたかも、あこや貝が長き苦痛を通して真珠を生み出すように、いぶし銀のような『光』が、魂の内から滲み出して来るからであります。


ですから、私の守護霊さんは、私に『浪人』という経験を与えて、




才能の挫折 → 井の中の蛙からの脱却 → 画家への誘い



プライドの崩壊 → 人間不信 → 対人関係の苦悩 → 対人恐怖症
 → 生きることへの恐怖 → 憑依 → 重度の鬱病



生まれて来たことへの疑問 → 神仏への関心 → 真理への目覚め
 → 宗教書など、世界の真理文献の研究 → 心のマネジメント法との出会い



心のマネジメント → 沈思黙考の習慣化 → 霊的感覚の目覚め
 → 悪霊との対決 → 霊的知識の学習 → 精神の鍛錬
 → 守護霊からのインスピレーションの強化 → 己の使命の自覚




という『人生の問題集』を計画通り発動させたのです。
(いや、きつかった…。これは、ほんとに。(^^;)



参考・レポート「心の傷を超えて…」


参考・レポート「ひとりじゃない!」



で、

こんな恐ろしい『心のスパルタ訓練』をして、初めて私の霊的な感覚は目覚めたのかと申しますと、

真理に目覚めてから、幼い頃の記憶を紐解いてみますと、案外そうでもないことに気がつきました。



幼い頃は、妖精や人魂、不思議な霊光を見たり、深いデジャブ感や、守護霊からのインスピレーションが多々あったことを思い出したのです。



参考・レポート「妖精」(編集中)


参考・レポート「生前の祖父母との約束」(編集中)







第三章「デジャブ」




デジャブの中には、以下のような、かなり具体的な経験がありました。


ある日、私が幼稚園に行きますと、隣のクラスが、2対8くらいに分かれて、罵り合いをしていました。



それを見た瞬間、



「うわ、やだなぁ…
 少数派についたら、また迫害されるんだろうなぁ… (´ヘ`;」



という、妙なデジャブが浮かんだのです。



しかも更に、



「なにを言っているんだ!
 また、そんな卑怯なことを考えるのか!
 あの時も、自分の弱さに散々悩んだのではないのか?!(\ /;」



という訳の分からない『叱責の思い』が心の内より発信され、武器を持った群衆の罵声に脅える、自分の姿が脳裏をよぎったのです。

(幼稚園のときですよ。 ヨ・ウ・チ・エ・ン!(^^;)


まあ、今思えば、過去世の記憶だろうとは思うのですが、願わくば、「イエスさまを見捨てた」なんていう大罪を犯したことがないことを祈るばかりです。(u_u;)


それから、以下のような変わったインスピレーションもありました。


私は、人間観察をするのが好きでしたので、小学校1年生くらいから、人の心の動きをあたかも、専門家のように観察しておりました。


たとえば、小学校5~6年頃に、こんなことがありました。


子は親に叱られるものではありますが、やはり、親も人間でありまして、『非』が親の方に会った場合でも、立場上引くことができず、子供を叱りつけることがありました。


しかし、子供ながらも、それを見抜いた際は、私は絶対に謝ることはしなかったのですが、なにせ、昔気質の仕付けの厳しい親でしたので、



「生意気なことを言うなぁーっ!

 とりゃぁ~っ! (ノд)ノ 〜 ┻━┻ ちゃぶ台返ぇ~し!!」



と、ぶっ飛ばされてしまいましたので、渋々謝ってはおりました。



しかし、



「なんで、父はあんな理不尽なことを言うんだろう…。

 きっと、○○○という心理が働いたに違いない。

 今ぼくは、父があんなに怒るものだから、ショックを受けて誤ってはみたが、
 理不尽な怒られ方をよくされるので、トラウマが溜まりつつあるのも事実だ。

 よし、自分が大人になった際は、
 私憤(私的な感情の乱れ)で子供を叱ることはしないようにしよう。

 また、大人といえども、
 自分の心を誤摩化して、私憤で子供を叱る親が多いということも、
 よく覚えておくことにしよう」



と、考えました。


すると、ほぼ同時に



「その人間観察力は大したものだ。

 そういった思いは、心に秘めておくのではなく、日記などに記して、貯めておきなさい。

 その日記群は、将来心理学の分野において、貴重な資料となるであろう」



といった、とても自分の考えとは思えない思考が、脳裏に浮かぶこともよくありました。


で、当時の私は、どうしたかと申しますと、


なにせ、


『読書』は嫌いだし、

『心のマネジメント』なんて、したことないし、

『高い志し』なんて考えたこともない人間でありましたので、



「じょーだんじゃない!

 読書が嫌い! 作文が大嫌い! のこの僕が、『人の心を観察する』なんてタイトルで、
 何十年も日記をつけられるわけがないじゃないの!

 なぁ~にを考えているんだ?!(^^;(^^;(^^;!」



と、自分の考えに批判を浴びせて、その思考を却下していたのです。 ( ̄тт ̄) ブヒッ


そう言えば、確か20代の頃、当時の件について、守護霊さんに質問をしてみたのですが、



「いずれ、絵と文章を武器として、
 精神科学文明の建設のお手伝いをするという計画があったので、

 できれば、そういった膨大な資料を物心ついた頃から貯めさせておけば、

 スピリチュアル・アーティストのみならず、
 心理療法士としても活躍させることができると踏んだのですが…

 まあ、あの頃のあなたの作文嫌いは、筋金入りでしたから!

 は、は、は、は!!(^^;」



と、笑い飛ばされてしまいました。(^^ゞ ぽりぽり…





つづく…




なかなか 本論に入れなぁ~い!(^^;(^^;(^^;








注意




本日のレポートは、私が自分の守護霊さんと、直接会話をしているように取れなくもないですが、私は霊能者ではありませんので、誤解をされませんよう、お願い申し上げます。


私は、あくまでも『インスピレーション』によって、自分の守護・指導霊と交流できる段階の人間です。


これは、スピリチュアル・レポートの中で語っている『阿羅漢向(あらかんこう)』という境涯です。


『阿羅漢向(あらかんこう)』の上には、『阿羅漢果(あらかんか)』という境涯がありますが、私がそこまでの境地に至っているかどうかといいますと、


…たぶん、至っていないと思います。(^^;

(阿羅漢果(あらかんか)の境涯に至るのは、本当に厳しいのです。)



インスピレーションによって、守護霊と交流する方法については、
下記のレポートをご覧下さい。



m(_ _)m




レポート『インスピレーションの降ろし方・1』(編集中)


レポート『インスピレーションの降ろし方・2』(編集中)


レポート『インスピレーションの降ろし方・2の質疑応答』(編集中)


参考・レポート『インスピレーションの降ろし方・3』(編集中)


参考・レポート『インスピレーションの降ろし方・3の質疑応答・Part1』(編集中)


参考・レポート『インスピレーションの降ろし方・3の質疑応答・Part2』(編集中)


参考・レポート『いろいろ質疑応答♪』(編集中)


参考・レポート『祈りの対象』(編集中)