びわの葉療法は実に素朴な療法でありながら現代人特有の生活習慣病やアレルギーを癒し自然治癒力・生命力を養う最適な家庭療法です

 

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ビワの葉を使ったさまざまな療法(1)
@ビワの葉を患部に貼る方法
  仏教医学としてインドからわが国に伝えられたビワの葉療法は、おそらく生のビワの葉で体の痛い所をなでたり、
  患部に貼っておいたことと思われます。  
  これが徐々に寺々に広がり、後述する全地院療法のように、ビワの葉に墨で「南無阿弥陀仏」と経文を書いて患部に
  貼ったり、患部をなでたりして祈りを込めたのでしょう。これが病人の心に安らぎと希望を与え宗教的にも信仰を
  芽ばえさせたのではないかと思われます。  これと同時に体温によってビワの葉が温められ、葉効成分が少しずつ
  皮膚から浸透していき関節の痛みや腫れがとれたのです。現在でも西洋医学では体と精神を切りはなして
  考えがちですが、東洋医学や古代の医師ヒポクラテスなどが述べているように、精神と体は密接な関係があります。
  それが証拠に病気をプラス思考にとるか、マイナス思考にとるかで治癒効果は大きく異なってきます。


A金地院療法(ビワの葉のマッサ‐ジ)            
 
 金地院療法というのは、静岡県引佐郡細江町にある金地院という臨済宗の寺で、定光山金地院の河野大圭禅師が、
   大正時代の中ごろから第二次世界大戦のころにかけて祖先からの口伝えによって伝えられたものを、宗教的に慈悲と
   知恵によって完成させたのが、金地院のビワの葉療法です。この金地院がビワの葉療法の効果を庶民に広めた元祖
   ともいわれています。
 
   山田無文師(元花園大学学長元妙心寺派管長)の著書『わが精神のふるさと』(雄澤社)によると、老師が金地院をたずね、
   河野大圭師とお会いしたのが老師が青年僧であった二十二歳の十一月二十六日のことです。 本には、肺結核のため、
   のどにルイレキ(リンパ節が腫れ、ぐりぐりができたもの)ができて東京や名古屋の大学病院などでも見放され途方にくれて
   いたところ、魚問屋の女将に金地院のことを聞き、金地院で河野大圭師にビワの葉療法の仕方をおそわり、五力月ほどで全快
   したことが記されています。天明八年(一七八八年)に建立されたという歴史のある山門をくぐると、本堂に向かって左手には、
   大きなビワの木と河野大圭禅師の銅像があり、参詣者を見守っているように感じられました。寺の内に入ると、ビワの葉療法を
   行っている絵や額、また河野大圭禅師、山田無文老師の写真などが展示されていました。さらに両老師にまつわるお話も聞く
   ことができました。山田老ガが大圭禅師へのお札として、昭和十六年八月に、大圭禅師に寄せられた感謝状を整理して〃碩札集〃
   としてまとめた文書もありました。
 
   その文書の序で山田老師は次のように述べています。「…此等の感謝状は実際は一つひとつが禅師によって救われた重患者の
   偽らざる歓喜の告自であり、同時に禅師の神力と高徳を讃頌する真実な記録でもある…,略」大圭禅師は金地院だけではなく、
   名古屋のいくつかの臨済宗の寺で、弟子の松村入次郎氏とともにビワの葉療法で病人を癒されたとのことです。当時、寺にくる
   病人は一日に百二、三十人で、なかにはただ一回の治療で全快した人も多くいたとのことです。ビワの葉の薬効について、科学的に
   研究し論文を発表された福島鐡雄博士が金地院を訪ねられたのもこのころです。
 
   ここで福島博士について少しお話ししたいと思います。福島博士は東大医学都を卒業されたエリートでありながら、当時の西洋医学の
   理論偏重と治療の軽視に失望され、真の医療を求めて漢方薬や民間療法に注目し、ビワの葉の薬効といった地味な仕事に打ち込まれ
   たわけです。当時、札幌鉄道病院に勤務されていた博士は大正未期から昭和初期のころ、漢方薬の大家である中山思直先生の
   『漢方医学復異論』とその巻未の井箆筋三先生の「どんな病もビワの葉で」を読んですっかり共鳴し、その運動に参加するとともに、
   中山先生の論文のなかにあったビワの葉療法の治療的価値について深く関心をもつようになり、金地院を訪れて大圭禅師と論争を繰り
   返し行い、科科学的に研究をはじめられたのです。その研究成果を当時の総合月刊誌「日本及日本人」(昭和二年十月五日発行)に
   「皮膚を通して行う青酸療法」と題する論文を発表しました。そのなかに「今日の西洋医学が其の清療的方面に於て頗る無力にして、
   到底救世の具に非ず、今や全く行詰まりの状態にあるのは、心ある者の等しく知れる所なり、即ち西洋医学は唯徒らに診断のみに
   とらわれ、治療的方面を殆ど顧みず、景高学府の教える医学は煩雑極まる空理空論のみにして、真の医学とは頗る縁遠きものと
   云わざるべからず、これ西洋医学が本質的に治療的方面に不適当なるを示す証左に非ずして何ぞや(事略)吾人斯る偉大なる
   治療法が、長く民間に埋もれて充分に其偉力と恩恵とを発揮するの機会無かりしは、人類の幸福より之を見て、頗る遣憾の事と為し、
   一日も早く世に之を紹介し且つ科学的にして最も合理的なる方法たるを知らしむるは、吾人の義務なりと信ずる者なり…(以下略)と
   述べており、理論と実駄の両面から検討を行ったのです。

   現在でも日本の医療機構では西洋医学が主流をしめており、治療よりも診断が重視され、患者さんが検査に追われているといっても
   過言ではない状況は、七十年ほど前とあまり変わっていないように思われます。また、治療にしても病人を診ているのではなく局所の
   病巣を診ている点でも同じです。たしかに西洋医学のように局所の病巣を詳しく検査し病気の原因を知ることも大切ですが、私たち人間
   の体には自然治癒力が備わっており、それを高める方法も大切なのです。私が現在いだいているのと同様に、現在以上に西洋医学が
   万能だった昭和初期に西洋医学の限界を福島博士は見ぬかれ、一見原始的にみえる素朴なビワの葉療法に注目し研究されていた
   ことは、つい最近はずかしながら資料を読んではじめて知りました。また、東洋医学の権威としてよく知られている大塚敬節先生も、
   金地院のビワの葉療法の評判を聞き、実際を確かめるため金地院を訪れています。 

   さて、話を戻しますが、金地院療法とは、緑の濃い厚手のビワの葉の光沢のある表面を焦げない程度に火であぶりご一枚合わせて十回
   ほどすり合わせ、これを一枚ずつ両手に持って、熱いうちに皮膚に直接なでるやり方です。はじめはお腹のへソの下に当て十回強く
   押した後、押し撫むようになでます。
   場所を変えて同様に行い、お腹全体を行います。腹部だけで六、七分、特にヘソの下の丹田とみぞおちを入念に
   行います葉は腹部だけで五、六枚取り換え、そのつど二枚をあぶって、すり合わせます。腹部の次は背部を同様に背骨の上とその両側、
   肩、腰、尻まで行います。時間は約十分です。全体の後に局所を行います。例えば肝炎や肝ガンならば肝臓部の腹部、背部を、肺の疾息
   なら胸部と背部といったように行います。関節炎や関節痛、捻挫の場合は局所だけでもよいでしょう。また湿疹などの皮膚病も局所だけで
   十分ほど入念に行います。このようにして河野大圭師は、難病に悩む二十万人以上の人々を救ったと文献に記ざれていますこの方法も
   たしかに広い範囲が温められて気持ちよく効果があると思います。しかし、一回行うのに葉を十枚ほど使わなければならず、手ぎわ
   よくやらないと時間もかかり、葉を温めて皮膚に押し当てるまでに、葉の有効成分が逃げてしまうといった、いくつかの欠点があるようです。
   その欠点を補いもっと筒単にできるいくつかの方法を次に紹介していきましょう。


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