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梨花視点 梨花鷹主従関係 富三四基本 5話 昭和58年の6月私は入江診療時にいた。私の股間に住む虫が一切動かなくなり、表面が硬くなり出したのだ。男性の性器のように大きくなる事もなく、私の小さな膣に納まっているらしい。私も痛みや違和感も感じないから普段は気にならない。 「レントゲンの結果は今までと変化無いわね」 「一体、どうなっているのですか?」 「経過を見るしか私達にできることは無いわ」 鷹野は事務的に私の股間にはえた虫を観察し、私もそれを見守る。鷹野との事が始まり、2年の月日が流れていた。今年、私は初めて昭和58年の7月を迎えられるだろう。 鷹野は私の虫に支配されて、私には逆らえない。 「演舞の練習も始ったのです。できるかぎり観察は家でお願いしたいのです」 「わかったわ。今夜は何べたい?」 「みー……、鷹野が作った親子丼が食べたいのです」 「わかったわ。それから、今日の夕方にジロウさんも返って来るわ」 「わかったのです」 鷹野と富竹は籍を入れ、私と北条兄妹の保護者になっていた。富竹は相変わらず東京で暮らして季節が変わる頃雛見沢にやってくる。夫婦なのにそんなもので良いのかと思わないでもないだけれど、考えれば鷹野が東京へ行く回数がかなり増えていた。 「クライアントも最近は雛見沢症候群の解明に乗り気なの。やっと研究が認められ始めたのよ」 意気揚揚と話す鷹野を見ていると研究も安泰らしい。入江の方も北条兄妹の治療でかなりの成果が上がっているようだった。私より下位の亜種とはいえ、虫達を支配する事ができる女王感染者の鷹野が研究しているのだ。虫達は鷹野の望むままに変化する事もありうる。 今まで私が鷹野にしてきたことがそれだ。 体調もすこぶる良好で、私は演舞の練習へと向かった。演舞を舞うと体が軽くなって空を飛ぶような感覚になる。祭具殿に入った羽入がほわほわしているのを何度か見ていたから、私も演舞で同じようにトランス状態を味わっているのだろう。 元々演舞はオヤシロ様に捧げるものなのだ。虫が活発に動いているこの世界で反応が出ない方がおかしいのかもしれない。 演舞を練習しているとレナと魅音が差し入れをしてくれた。この世界には部活がないから、部活メンバーがそろう事はない。沙都子は悟史と詩音にべったり甘えているし、圭一は転校早々男子メンバーの中心に納まりつつあった。 魅音の作ってくれたおはぎを食べながら私は美味しいと思いながらも苦味を感じる。 「去年でたたりも途切れたし、今年は興宮商店街も連携して稼ぐって貼り切ってたよ」 「梨花ちゃんはそんなお祭の中心なんだね、だね。凄いねっ」 「ボクはオヤシロ様の生まれ変わりらしいのです。だから綿流しはがんばるのです」 村は活気に満ちていた。私が見る限り影はない。もう、祟りもおきないだろう。羽入はあれから姿を見せないけれど、それでも羽入がいてもいなくても私が演舞を舞うこと変わりはないのだ。 この世界は今までと確実に違っていた。もう、私は何も恐れるものはないのだろう。 綿流しまで後数日。私は訪れる人々の為に少しでも良い演舞を見せようと練習を再開した。 家に帰ると富竹がいた。富竹は私と目が合うと耳まで真っ赤にしながら大きな包みを無言で差し出した。大きな包みをけげんそうに受け取ると富竹はうつむきながら視線を合さずにつぶやいた。 「りりり、梨花ちゃんにお土産だよ」 「ありがとうなのです。あけても良いのですか?」 「うん、気に入ってもらえるといいのだけどね」 包みをあけるとそれはウサギのぬいぐるみだった。 「私ももらったのよ。ほら、おそろい」 私はピンクのウサギで鷹野は真っ白のウサギだった。ぬいぐるみのお土産を渡すだけでどうしてこんなに富竹は取り乱して入るのか狼狽していると、鷹野がそっと耳打ちしてくれた。 「買う時に『娘さんにお土産ですか?』って言われて、意識しちゃったんですって」 「みー、富竹には確かに一大事なのです」 富竹は縁側で一人背中を丸めていた。考えたら入籍と同時にでっかい三児の父親になれば途惑う事も大きいだろう。富竹は優しさだけは申し分ない男だから、多分私だけじゃなく北条兄妹にも同じようにお土産を買って来た事だろう。 「富竹、沙都子や悟史にももうお土産を渡したのですか?」 「いいや、梨花ちゃんが帰ったら一緒に顔を出すのも良いかなと思ってね。一緒に散歩しながら行かないかい」 富竹の申し出に私はどうしてもうんと言えなかった。悟史にしがみ付く沙都子の顔が浮かんで、私は首を横に振る。 「ボクは演舞の練習で疲れたので、今日はもう家でゆっくりするのです」 「そっか。それじゃ三四さん、僕は北条兄妹を見て来るよ」 「わかったわ。6時には帰っていらして」 「了解」 夕暮れの中でひぐらしが鳴いていた。ピンクのウサギを抱きしめながら、私は多分絵にかいたような幸せの中にいるのだと思う。 鷹野が優しい。富竹が優しい。魅音も優しい。レナも優しい。沙都子をいじめる鉄平もいない。悟史もいる。詩音も安定している。 何一つ、誰一人欠ける事のない世界で羽入が姿を見せなかった。ひぐらしの鳴く声を聞きながら私は鷹野にたずねる。 「鷹野、羽入は、羽入はどうしたのでしょうか?」 「はにゅう?ああ、はにゅうちゃんね」 鷹野は笑いながら屈むと私が抱えているウサギの頭をなでた。 「はにゅうってぬいぐるみのウサギに名付けるのね。可愛い名前ね。梨花ちゃんが名付けるなら私はなんて名付けようかしら。和風の名前よね、羽入って」 真っ白なウサギを抱きしめながら鷹野は思案し始めた。私はその言葉になにも言え無くなる。鷹野はどうしてそんなことを言うのだろう?羽入は、羽入だ。鷹野も羽入の存在を見ていたはずなのに。 「白いからましろちゃん……うーんそれも安直よね」 私は鷹野の中の虫に念じて鷹野に羽入を思い出させるように仕向けた。鷹野もそれを感じとるけれど、鷹野は平然としながら私をぬいぐるみごと抱きしめる。 「どうしたの?梨花ちゃん。虫達が騒いでいるけれど伝えたい事はちゃんと言葉にしなきゃダメよ?どうしたのかしら」 「鷹野は羽入を、羽入を忘れてしまったのですか?」 「私には関係無いもの。羽入ちゃんは梨花ちゃんの虫でしょう?私には私の虫がいるから、羽入ちゃんのデータは必要ないのよ」 羽入が虫。鷹野にそう言われて、混乱する。羽入がなんなのか私にはわからない。虫だと言われて否定もできないのが羽入だ。雛見沢症候群は脳に住む寄生虫になる。その大元が羽入だとしたら、羽入は虫が見せた幻覚になる? ……私はずっと虫の見せる幻覚といたのだろうか。 「記憶がない訳じゃないの。虫が騒いで思い出せたわ。でも、私の中にいる虫達は梨花ちゃんのお母さんと私の遺伝子を使って独自に変化しているの。梨花ちゃんとお母さんの遺伝子は親子だから半分は同じだわ。全く違う私の中の虫と、梨花ちゃんの中の虫は違うからいつまでも梨花ちゃんと同じではいられないの。わかるかしら?」 「それは、どう言うことなのかしら……」 「自然の摂理よ」 鷹野の声は明るく、私に対する敵意はない。けれど私はどうしても付きまとう不安感がぬぐえなかった。私の視線に鷹野もなにかを察したのだろう。鷹野は屈むと私の股間にはえた虫にくちづけた。 「多分ジロウさんが帰るのは、1時間後ぐらいかしら……」 「……鷹野……」 「見つかるかもしれないって考えると、ゾクゾクするわね……」 鷹野はうっとりとしながら私の太股を舐め上げる。硬くなった虫には変化はない。けれど私の体は確実に性的快楽を感じていた。膣の中で硬く育った虫が押し出される。小さいけれど存在感がある虫を鷹野は自分の体内に受け入れ腰を揺らしていた。 綿流しが始まり、演舞が終わった。魅音やレナと綿流しを終わらせると鷹野が迎えに来てくれた。鷹野は村人達に酒を飲まされたらしくほろ酔い加減で楽しそうだった。 「富竹はどうしたのですか?」 「それがね、いないの。私も探しているんだけど、ジロウさんいないの」 「鷹野さん子どもみたい〜かぁいいよぅ〜」 「梨花ちゃん、酔っぱらいの鷹野さんはおじさんたちが見てるから富竹さんを探しておいでよ。多分、富竹のおじさまもどこかで飲まされてると思うから」 「わかったのです」 私が走り出すと、声が聞こえた。聞きなれた、懐かしい声だった。すぐに羽入だとわかる。けれど、私の知っている羽入とは少し違っていた。 羽入の声を聞いて、立ち止まる。 ……祭具殿で待っているのです。 私は羽入の声を聞いて、祭具殿へと向かった。途中、悟史にわがままを言って困らせている沙都子を見つけた。詩音が用意した浴衣を来て、屋台の食べ物やオモチャをたくさん持っているのに、沙都子はなにが気に入らないのか泣いているようだった。 私はうつむいてその場を走り去る。どうしても声がかけられなかった。唯一、富竹が北条兄妹と一緒にいない事がわかったのが儲けものだっただろう。 祭具殿へたどりつくと、人っ子一人いなかった。けれど、よく見ると錠前が外れていた。私は祭具殿に入ると、そこには微動だにせずオヤシロ様の像を見上げる富竹の姿があった。 「富竹……」 「鬼にされたり、神様にされたり、オヤシロ様も大変だよね。そう、思わないかい?」 振り向きもせずに囁く富竹の口調は普段と変わらなくて、不気味さが増していた。 「富竹、どうしてここにいるのです?ここは、人間が簡単にで入りできるような場所じゃないのです」 「二人きりで梨花ちゃんと一度話をしたくてね。誰にも邪魔されず話すのはここが一番だと思って」 「ここにいるのは富竹だけなのですか?」 「…………やっぱり、会いに行ったんだね。羽入は」 富竹はうつむきながらため息をついていた。 「祭具殿で待つと声が聞こえただけなのです」 「それなら、感謝するべきか。それだけの伝言だけなら僕も許せるよ」 「許す?羽入は富竹のものだって言うの?」 「羽入は羽入のものだよ。君も、鷹野さんも、僕自身もね。誰のものでも無いし、誰のものにもなれない。自分でその立場を選んで、そこにとどまるだけさ」 「……富竹?」 振り向いた富竹は穏やかに微笑んでいた。不気味なぐらいに静かな微笑みで、私は恐くて仕方が無かった。声を荒げるわけでもない、私に危害を与えるわけでもない。ただ、ただ、静かに大きな存在のまま拒絶されているのが伝わった。 「富竹は、なにを企んでいるのですか?富竹が僕を殺すのですか?」 「どうして、そんな悲しいことを言うんだい?」 「ボクが……私が鷹野の体をオモチャにしていたから」 富竹の微笑みは崩れる事もなく、返って来た返事に私が息を飲んだ。 「その原因は鷹野さんが梨花ちゃんの母親を綿流ししたからだろう」 「……知っていたのですか?」 「鷹野さんは研究に関ると善悪が無くなるからね。君も知っているのなら僕は知らないフリをして君を娘みたいに愛して、可愛がって暮らせば良いと思ってた」 鷹野を理解しているのはやっぱり富竹なのだろう。そして、富竹はたしかに私を大事にしてくれていた。大切なはずの鷹野も与えくれていた。 「……富竹にもループの記憶があるのですね」 「やだなぁ、鷹野さんにも梨花ちゃんもずっと関ってきたじゃないか。僕はどの世界でも潜在的な雛見沢症候群の患者であり発症者だったね。多分、この世界では鷹野さん……新しい女王感染者に選ばれたことで抗体ができたんだと思う。けれど、僕も所詮は虫に支配されている身の上だからね」 「……虫に、支配?」 今まで私は私が虫を支配しているのだと考えていた。けれど、今までの歴史を考えるのなら私達は虫に支配されてきた民族だと表現もできる。冷たいものが背中を伝い始めていた。 「虫のオスは交尾したら死んでしまうものがほとんどだからね。多分、今夜が僕の限界だと思ってる。今までの世界も今夜が僕の命日だった」 「富竹も僕も人間なのです!虫なんかと一緒にしないでちょうだいっ!富竹は、富竹はあきらめるの?生きたいと思わないの?」 「ずっと僕を見捨て続けてきた君が、僕に見捨てるなと言うのかい?」 まっすぐに見据える富竹の視線が突き刺さっていた。私は、私は……悔しくて歯を食いしばる。けれど、私に言い返す言葉はなかった。 「……入江機関の規模拡大が決定された。これから雛見沢症候群は今までにないほど研究される。誰の望みで、意思だか君ならわかるね?」 「鷹野……」 富竹は喉を抑えながら祭具殿の外へと歩き出した。 「僕は三四さんを殺せない。君と三四さんのどちらかを選べと問われるなら、僕は迷わず三四さんを選ぶよ」 「富竹……」 激しい拒絶に僕はなす術もない。僕は今まで富竹に気持を伝える事すらしてこなかった。逆を言えば富竹の気持を考えた事がなかったのだ。 「僕の死がトリガーとなって惨劇は始っていたね。この世界でも僕の死がどんな風に働いて、どんな事が起きるのか僕にもわからない。梨花ちゃんは生き残って、雛見沢と三四さんの最後まで見届けてくれると嬉しいよ」 「富竹……」 「……鷹野さんを頼んだよ。僕は、ここまでだから」 「富竹っ!」 「この世界は僕が見捨てさせてもらう。君が今まで、見捨てた世界と同じように」 富竹の腕をとって引きとめようとした。けれど後ろから誰かに抱きしめられた。泣きながら私を抱きしめているのは羽入だった。大人の姿になった羽入だった。 『梨花っ……梨花、ダメなのです。富竹を引き止める事は僕が許さないのです』 「この世界でも私に死ねと言うの?!」 『この世界には梨花の好きな沙都子がいない。成長した沙都子に逢いたいと梨花が望んだ結果なのですっ!』 「私が、望んだ……」 『そして僕はこの世界の記憶を梨花に残したくないっ!最後にしたくないのですっ』 「どういう、こと……?」 羽入に降り帰った瞬間、私の体内でなにかが動き出した。内蔵には痛点がないけれど、それでも腹の中をかき回されれば痛くない方がおかしい。袴の裾から大量の血が広がり、私は自分から溢れた血の海の中に倒れ込んだ。私の内蔵を引きずり出しながら、なにかが生まれ出ようとしていた。 悪いのは誰なんだろう? 私の母を殺して虫を受継いだ鷹野? 鷹野を支配してオモチャにした私? 1番悪いのはね、多分、こんな虫を作り上げた神様なんだろうね。 遠くで誰かが優しく私に教えてくれて、私の前に血塗れた真っ白いヘビのような生物が寄り添っていた。それがなんなのか最初はわからなかった。でも、そのヘビを見て私に懐くようすに私はそれがどんな存在なのかを知る。 羽入……。 私の股間に住みついていたのは羽入の化身である新しい虫だったのだ。人間の体に寄生する事でしか生きられなかったはずなのに、寄生虫から新化を遂げて寄生する事なく生きられるようになったのだろう。 どうしてこんな事になったのかを考える。それはなんでもない、私が羽入の存在を心のどこかで拒絶したのだろう。そしてこの心のままに羽入も私から離れただけなのだ。それは羽入にとって新しい新化の形であり、私は生命活動の終わりを告げていた。これで私は新しい世界に飛べる。 飛べるはずだった。でも、羽入はここで新しく新化した虫として生きている。 血を吐きながら私は深い闇に沈んでゆくのを感じた。羽入が私と共にいる事を望むから私は新しい世界にループできたのだ。羽入の力で新しい世界を手に入れられるのだ。 私はいつも目の前にある幸せに満足も感謝もなく過ごしていた。どんな世界も私が世界を受け入れなければ世界も私を受け入れないだろう。簡単な事だ。でも、私はそんな簡単な事にさえ気づけなかった。 私が流す血の海の中、私が最後に見たものは真っ白いヘビが私の頬に懐きながら、真珠のような涙を落とす姿だった。 私の死を嘆いてくれる羽入の姿だけだった。 エピローグ1へ |