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Artist Profiles

お気に入りのTATTOOISTのプロフィールや作品の特徴を紹介しています。
気になるTATTOOISTを随時追加しています。

できれば月に1ARTISTは紹介したいなと。。。
ヘ(_ _)ヘ☆\( ̄∀ ̄)ホンマニデキンノカ!

<目次>
1.Filip Leu フィリップ・ルー
2.Paul Booth ポール・ブース
3.Chris Dingwell クリス・ディングウェル
4.Tim & James Kern ティム&ジェイムズ・カーン
5.Dennis Gladwell デニス・グラッドウェル
6.Deano Cook ディーノ・クック
7.Henning Jorgensen ヘニング・ヨルゲンセン

8.Paul Jeffries ポール・ジェフリーズ

9.Guy Aitchson ガイ・エイチソン
10.Tobias Werner トビアス・ウェルナー
11.Mario Desa マリオ・デサ
12.Bugs バグズ

13. Chris Trevino クリス・トレビノ
14. Tim Lehi ティム・リーハイ
15. Seth Cifferi セス・シフェーリ
16. Paco Excel パコ・エクセル
17. Sabine Gaffron サビーヌ・ガフロン
18. Michael Rubendall マイケル ルーバンドール

 (今後の掲載予定:Tom Renshow, Andrea Easton, and so on....乞うご期待)



The Leu Familys Iron 1.フィリップ・ルー Filip Leu / The Leu Family's Family Iron
:Tattooist of tattooists.
Tattoo界のモーツアルト
http://www.tattoos.com/jane/tattoo.html

 現在、世界的TATTOO Artist人気No.1といってクレームをつける人はいないでしょう。Musician's musicianと言う表現がありますが、さしずめ、彼はTattooist's tattooistでしょう(でもまだ33歳なんだよねー)。彼を目指している、あるいは影響を受けている若手Tattooistは国内外に沢山いると聞きます。彼の父Felixも母LorettaもTattooistです。さらに父方の祖母もアーティストという恵まれた家庭環境に育ちました。面白いのが、彼は80年代初頭、ニューヨークとサンフランシスコの2つのアートスクールで勉強しているところですね。その上さらに日本を含む世界各地でTattoo修行の旅をしてこそ、今日の彼ありというところでしょうか。日本では85年頃(Filipまだ18歳!)に彫俊氏(漢字が違うかも)の下に逗留しており、現在のネオ・ジャパニーズスタイルの基礎を確立したようです。その後、1年程、アメリカン・タトゥー復権の大御所Ed Hardy氏の下でも修行してます(うーん貪欲かつ努力の人だ)。
 最近、ヨーロッパを中心にフラッシュなしで、直接、肌に下絵を描いていく手法が見られますが、それも彼の影響によるものが大きいといいます。彼の彫るスピードは相当な速さだそうですが、あの細い体で何時間も超スピードで彫る姿は、まるで一流マラソン・ランナー。
 父Felixは、欧州人ですが、年代的・風貌からしてヒッピー世代ですね(Lorettaはアメリカ人です)。今はガンを患い、リハビリ生活中でマシーンこそ持ちませんが、ドローイングはしているようです。Felixのドローイングを見ると初期のFilipの作品に通じる作風を感じます。ちなみに母Lorettaは、ニューヨーク大学で幼児教育を勉強しており、やはり天才の影に、母の教育ありという好例でしょう(孟母三遷?)。Lue一家は、Filipが子供時代、世界放浪の旅でギリシャ、インド、ネパールと転々としていたようで、その間、Filipは学校に行かず、母に読み書きを教わっていたようです。なんか、世界偉人伝に出てきそうな話。

Email Filip: filip_leu@vtx.ch.
Phone or fax the shop at:(Swiss country code 41) (canton code 21) 320 8703.
Filip & Titine Leu The Leu Family's Family Iron
34 rue Centrale 3rd Floor 1003 Lausanne SWITZERLAND


2.ポール・ブース Paul Booth / LAST RITES
:ブラック&グレイの魔王
http://darkimages.com/

 ニューヨークの暗黒面の巨匠と言えばこの人。ブラック&グレイで追求されるおどろおどろしい世界は、多くのフォロアーを生み出しましたが、他の追従を許さないものがあります。彼もFilip Lue同様、下絵を用いず直接、肌に下書きを始めるスタイルですが、しかもその時の気分で絵柄をクライアントの肌に描いていきます。クライアントの希望が通るのは、どこに彫ってもらうかぐらい。それでも彫ってもらいたい顧客が絶えないのは、しっかりとした芸術的素養に裏付けされた実力があるからこそでしょう。
 彼はアートスクール出身で、TATTOOの前はエア・ブラシのイラストレーターをやっていたそうです。なるほどあの陰影はブラシワークを極めた人ならではの感じがします。1987年、TATTOOISTに転向してからもドローイングの活動も盛んで、ハードコア系バンドのアルバムジャケット等、多数手がけています。もちろん、Tattooの顧客リストには、ハードコア系ミュージシャンが居ます。
 ちなみに、死体愛好癖があるようで、その手のオブジェ(つーか、標本も)をコレクションしており、サイトでも公開しています。
 Tokyo TATTOO Conventionで見かけた彼は見た目もなかなかごつくて、いかにも恐そうですが、実は良い人のように見えました。Filip Lueとも親交があるようで、いっしょにお楽しみTattooプロジェクトをやったりしているようです。ゴス系、ハードコア系、死体愛好系の方はNY旅行の際、のぞいてみては。


LAST RITES
215 East 4th St. (between ave A & B)
Tuesday thru Thursday : 2pm til 10pm.
Friday and Saturday : 2pm til 11pm.
phone: 212-529-0666 fax : 212-529-0214


3.クリス・ディングウェル Chris DingwellSanctuary Tattoo
 :針を筆のように使う「タッチ」の魔術師
http://www.sanctuarytattoo.com/

 TATTOOマシーンって、こんなにも表現力のあるツールなんだということに初めて気づかされたのが、彼の作品でした。絵柄自体、非常に印象に残るもので、いろいろなイメージが重ね合わせられているのですが、そのタッチもまた数々の色や面をオーバーレイし、ちょっと印象派を思わせるような、光と透明感に満ちたものです。彼自身この表現を完成させるためには、何度もスタジオに足を運んでもらう必要があると言っています。
 エッチング風、水彩画風と様々なタッチの差をマシーンで描き分ける彼ですが、最も独自な表現は、油絵の技術に基礎を置くもののようです。彼自身、アートスクール時代の自分のことを「がり勉の画学生だった」といっています。生い立ちも正当派の芸術教育を歩んできた人のようです。国内外を問わず、TATTOOISTは「昔はやんちゃしてましたー、けど絵を描くのも得意だったんだ」という感じの人が多いかなと思いますが、クリスのように見た目からして、ひ弱(失礼)な芸術家肌の人って少ないんじゃないでしょうか。
 当初はTATTOOISTになるつもりはなく、あくまで芸術活動の一環として、独学で彫りはじめ、正式には見習修行はしていないようです。あるTATTOOスタジオで働きはじめたとき、そこで見習いをしている人が、彼がそれまで数年間悪戦苦闘してきたことを、たやすくやってのけるのを見て、「目から鱗」的衝撃だったと語っています。やはり、TATTOOは基本的にはクラフトマンシップ(職人技)の伝統をベースにしたもののようです。彼もTATTOOがアートなのかクラフトなのか悩んだようですが、アートなきクラフトも、クラフトなきアートも存在しないと悟ったそうです。
 彼は1999年夏、パートナーのジェニファー・ムーアと共に、ポートランドに自身のスタジオ「サンクチュアリ・タトゥー」を構えたところです。スタジオは、旧港地区の倉庫の2階にあります。その倉庫全体が、画家、陶芸家、宝飾家、写真家、アロマテラピスト、画廊等が雑居した芸術家アパートになっています。彼は、倉庫のロビーを、TATTOOを含めた様々な芸術作品のショーケースにするという夢を持っています。
 日本はどうも、Fine artとアンダーグランド(ハードコアやローブローな)文化を分け隔てがちですが、こんな素敵な芸術の「倉庫」が日本にもできるとうれしいんですが。横浜の本牧港の倉庫あたりにできないかなー。横浜市さん、空倉庫1つただで開放して!

Sanctuary Tattoo
20-36 Danforth St. #213 Portland, Me 04101
; (207)828-8866


4.ジェイムズ&ティム・カーン James & Tim Kern / No Hope No Fear
:シカゴのTATTOO双生児、もしくは輝きの万華鏡
http://www.tattoomonster.com

 超自然現象系の雑誌「ムー大陸」を書店で見かけたことがあるでしょうか、その雑誌の表紙は、独特のSF・超心理・超自然・UFO的なイラストが描かれているんですが、初めて僕がジェイムズ&ティムのTATTOOを見たとき、「あっ、ムー大陸」って思ってしまったのでした。
 彼らのTATTOOは、シュールリアリスティックな図柄とCGのワイヤーフレームのような輝きの表現が非常に印象的で、多くのTATTOO専門誌で、最近しばしばお目にかかります。ちょっと古いですが、ディズニー初のCG映画“Tron”の映像を思い出してしまいます。
 アイドルならいざ知らず、TATTOOISTで一卵性双生児って珍しいので、“TATTOO TWINS”といえば彼らのことだって感じみたいですね。しかしながら、二人のTATTOOへのアプローチは、大きく異なっていて興味深いものがあります。
 先にTATTOOをやるようになったのは、シカゴのアート・インスティテュートに通っていたジェイムズの方が数ヶ月先ですが、TATTOOISTの下での見習修行の口を見つけてきたのは、ティムの方でした。ティムは、衛生面、機械面、仕入れ、針の作製など、TATTOOのベーシックなところを学びたかったようです。一方、ジェイムズはスタジオでの修行はしませんでしたが、多数のTATTOOISTや画家と出会って多いに学んだようです。クリス・ディングウェルの表現を借りれば、ティムは、TATTOOのクラフト面から、ジェイムズは芸術面からアプローチしていったといえるでしょう。
 二人は互いに学んだことを、細かいところまで教えあってきたようですが、二人のTATTOOにおける志向とスタイルは、はっきり異なっているようです。ティムは、ポールブースのような悪魔崇拝的なデザインは好みでなく、(どちらかといえば、可愛い感じの)ローブロー・アートの信奉者のようです。ジェイムズは、芸術肌だらしく、サルバドール・ダリ、マックス・エルンスト、パウル・クレーやシュールリアリズムの画家に影響を受けており、幻想絵画やSFアートも大好きだと言っています。
 SF好きの彼らですから、TATTOOにおけるインターネットの可能性への期待も大きく、顧客との接点づくりに意識的に利用しているようです。

No Hope No Fear
1579 North Milwaukee, Suite 306, Chicago, IL 60622,


5.デニス・グラッドウェル Dennis Gladwell/Big Joe And Sons Tattooing of Yonkers
:HENTAI(エロCGアニメ)tattooの先駆者
http://www.dgtattoo.com

 欧米で日本のアニメや漫画が、アートとして高く評価されているのは周知の事実ですが、tattooとして入れている人も、よくtattoo専門誌で見かけます。Amazon.comでもtattooのフラッシュ集が多数通販されていますが、2000年夏に検索かけたら、既にポケモン・フラッシュ集が発売されていたので、驚愕しました。恐るべし、米国オタッキー!2000年末には、米国tattoo専門誌上で、「ビカチュウ」のtattoo写真を確認しました。
 さらに近年、インターネット・エロサイトの発達で、日本のエロ・アニメやエロ・ゲーの巨乳ロリコン画像もローブロー・アート界では“Cool”ってことになってるようです。片仮名の「ス」マークで有名なスケボーのパッケージにも、エロゲー系ロリコン・イラストがでかでかと使われているようですし。すでにエロアニメ系ロリコン分野を“HENTAI”と呼ぶようになっているそうです。
 と、いうような状況の中、やはり、“HENTAI”tattooに力を入れているartistがいました。米国はヨンカーズのデニス・グラッドウェル氏は、アメコミ系イラスト風なクールな絵柄を彫っていたようですが、何が琴線に触れたのか、HENTAI tattooのフラッシュ集を作ってサイトで販売しています。それがまたヘタウマなんですけどね。ハートマークに片仮名で「キス」とか「セックス」とか描いてあったりもします。ついでに片仮名のフラッシュ集もつくってます。欧米人で漢字のTATTOOを入れるのが流行っていますが(漢字tattooのコンサルサイトもあるぐらい)、次ぎは片仮名かもしれません。
 ヘタウマHENTAI tattooにはまっているデニス氏ですが、芸術的才能は確かなようです。彼は90年代初頭、美大でファンタジー系イラストレーターになるべく勉強していました。しかし、よくあるパターンですが、卒業時には、何をやっていいやらすっかり混乱し、頭を抱えていました。そこにtattooがぱっと現れ、迷わすそっちの道に進んだようです。
 アート系出身のクリス・ディングウェル氏と同様に、彼もまた独学でtattooを始め、当初、友人に彫っていたようですが、1995年には自宅で仕事をするのをやめ、ちゃんとしたtattoo shopに勤めるようになりました。彼は、shopに勤めはじめて1ヶ月で、それ以前の1年分も学ぶことがあったと語っており、彼自身、今ではtattooの独学はお勧めできる方法ではないと言っています。
 彼は、美大出身だけあって、顧客の要望に応じて、どのようなスタイルのtattooでも彫ることができるようですが、それはビジネスとしてのやっている部分であって(この辺の割り切りがアメリカ人らしい…)、本音としては、カスタムtattoo志向のようです。彼がこだわっているのは、「色彩」と「ライティング」だということですが、彼の作品を見る限り、むしろしっかりとしたデッサン力の方が印象に残ります。それはたぶん、彼が非常に慎重に色を選び、自然な光のあたり具合を上手く表現しているので、不必要に派手にならないためだと思います。色数が少ないように思える作品も、良くみると、同系色を何色も微妙に使い分けているようです。確かに米国のartistは、そのカラフルさが印象に残る人が多いですが、中には派手すぎて、何が彫ってあるのか分からなくなっている作品も見うけられます。その点、デニス氏はむしろ地味ですが、その分、美しいフォルムが際立っているような気がします。そんな実力派が、HENTAI artに取り組んでいるっていうのが面白いですね。

Big Joe And Sons Tattooing of Yonkers
2150 Central Park Ave.
Yonkers, NY 10701
(914)337-16000


6.ディーノ・クック Deano Cook / Psycho Tattoo
:Fetish eroticism または、ネイチャー系ファインラインの達人
http://www.psychotats.com

 サイコ・タトゥーのオーナーであるディーノ・クック氏は、これまで、数々の受賞歴を有する実力派です。ボンデージウエアぴちぴちのエロティックな女性のファインライン(写実的)TATTOOは、目にしたことのある方も多いかと思います。ゴム素材のテカリやシースルーの表現等、驚愕するものがあります。とはいえ、根っからのジョージアっ子にして、クリスチャンといいますから、もしかしたらカソリックの熱心な信者なのでしょうか。クリスチャン・タトゥー協会なるものに所属されているようです。(そんな協会がある米国って不思議)
 TATTOOを始めたのは1993年のことですが、それ以前に10年程、油絵等で磨いてきた美術の手腕が、基礎となっているようです。彼が影響を受けたTATTOO Artistとしては、Tony Olivas、Cap Szumski、Tom Renshaw、Mike Parsons、Guy Aitchisonらを挙げています。
 彼のジョージア・オキーフ顔負けのリアルなファインライン技術は、彼の子供時代の独特のトレーニングにヒントがありそうです。彼は子供のころ、「ぬり絵」を買ってもらったことがないそうで、かわりに、彼の母親はいろんな本のページをトレースできるように、いつもトレーシング・ペーパーを彼に与えていたそうです。彼自身、そのトレーシングの練習が今のTATTOO技術に反映されていると語っています。(お子さんのいる方!、今すぐトレーシング・ペーパーを買いに走りましょう!)確かに彼のポートレイトTATTOOは、ハリウッドの似顔絵画家並み!単に写真を模写したのではなくて、写真の主の特徴を良く表現していて、写真以上に本人以上に似ている気がします。そんな彼ですから、エアブラシを使わせても、なかなかのようで、多くのTATTOOISTがコンベンション用の垂れ幕づくりを彼に手伝ってもらっています。
 彼は最近はGuy Aitchisonとつるんで油絵にこっているようです。やはりエアブラシやTATTOOマシーンでは、技術的に自由に頭の中に浮かんだビジョンを直接表現するのは難しいと感じているそうです。またスキューバ・ダイビングと水中写真にもはまっているようで、TATTOOの作品にも、雄大な水中の映像を描いたものが数多く見られます。
 フェティッシュなTATTOOを入れたい方にも、お勧めですが、海を愛するGrand Blueな方々も彼に彫ってもらってはどうでしょう。ウェットスーツの中にも魚が泳いでるなんて、なかなか素敵です。

Psycho Tattoo
1289 Roswell Rd.
Marietta, GA 30062
770-977-TATS (8287)


7.ヘニング・ヨルゲンセン Henning Jorgensen / Royal Tattoo「王室刺青」
:海賊王国のジャパニーズ・スタイルの完成者
http://www.royaltattoo.com/

 ヘニングは前々から紹介したいと思っていたのですが、TATTOO BURST Vol.3で先に特集されてしまいました。彼のホームページはまだ制作中なので、作品はTATTOO BURSTの方で見て下さいね。(p41参照)
 バイキングの国デンマークは、けっこうTATTOOゆかりの地であるようで、現存する世界最古の現役TATTOO SHOP ”Tattoo Ole”があることでも有名ですが、国王も皇太子もTATTOOを入れているらしい。けっこう海賊の地を引く王族はワイルドのようで、スウェーデン国王もフェラーリでデンマークまでかっ飛ばしにくるとか。
 ヘニングは今40歳になるかならないかぐらいの歳ですが、TATTOOISTとしてのキャリアは1979年から、もう20年以上のベテランです。彼自身のファーストTATTOOは17歳のときに、Oleのアシスタントが酔っ払っているところをつかまえて、上手いこといって、自分の名前を彫ってもらったそうです。そのあと、Oleに何か絵を彫ってくれと頼んだら、「わしゃ、ガキには彫らん!」と一喝されてしまったそうですが、「あんたんどこのアシスタントがこれを入れたんだそ」と言い返したら、しぶしぶ彫ってくれたそうです。ちなみにそのときの料金はお姉さんの貯金をちょろまかして払ったとか。もしかしたら、彼はReal TimeのPunksだったのかも(1979年より前の話ですから)。
 17、18歳の頃には、1年ほど、あるTATTOO SHOPに昼夜通い詰めて、ついに店の中でドローイングを始めさせてもらったそうです。彼いわく、日本人的熱意の賜物だったようです。数年後には歴史的老舗 ”Tattoo Ole”で働いていました。そして1983年、二十歳の頃に友達と二人で独立し、今のSHOP”Royal Tattoo”をHelsigorに開店したそうです。Helsigorはスウェーデンからフェリーで15分しかかからなかったので、開店当初は客はスウェーデン人ばっかりだったそうです。90年代に入ると、ヘニングは他のビッグ・ネームと名前を並べて、数々のイベントで受賞を重ねるようになりました。
 彼のTATTOOのスタイルは、いわゆるジャパニーズ・ニュースクール系ですが、彼はその他、トラディショナルなスタイル(オールド・スクール)も大好きだそうです。彼のTATTOOは、若かりし日に船や碇等、トラッドな図柄を山のように書きまくったことが原点のようです。最近はデンマークでもトラディショナルな図柄の需要は、すっかりトライバルに押されているようです。とはいえ、彼のジャパニーズ・スタイルを良く見ると非常にラインが整理されており、無駄のないクリアな線を引いていることがわかります。これはオールド・スクールのシンプルなラインと通じるものを感じます。しかし、このクリアーなラインは、一夜にして得られたものではないようです。彼は自分のことを、とにかく働くのが好きなTATTOOISTだと言っており、くたくたになった日でも家に帰ってから、ドローイングをやりはじめると、奥さんが呼びに来るまで、止まらないそうです。それでも次の日、目と頭が冴えたところで、またドローイングはじめるそうですが。こういう自分の仕事が好きで好きでしょうがないという人が私は大好きです。
 その他の特徴としては、型紙をよく使います。私の肘の牡丹を彫ってもらったときも、かばんから、いろいろな大きさの牡丹の線画を描いた紙を取り出し、それを脇において、横目でにらみながら、肘にフエルトペンで下書きを始めました。彼は基本的にフリーハンドで肌に下絵を描いていく手法をとるようです。
 彼はゲストアーティストとしてしばしば海外に出かけており、80年代にアメリカのシアトル等のSHOPに何回か逗留しています。特にカルガリー(カナダ)でポール・ジェフリーズのところで仕事をした経験は、大きかったようです。確かに今や北米でジャパニーズ・スタイルといえば、テキサスのクリス・トレビノかカルガリーのポール・ジェフリーズの名前を挙げる人が多いのではないでしょうか。
 またゲスト・アーティストも毎年のようにRoyal Tattooへ呼んでいます。最近ではNYのDa Vinci Tattooのマイク・ラベンダルを招聘してますが、ヘニングがNYのTATTOOコンベンションに参加するときは、マイクのところに逗留するようです。マイクもヘニングを大変慕っているようで、NYのスタジオでも「王室刺青」のロゴ入りTシャツを愛用しているようです。マイクもジャパニーズ・スタイルを得意とするTATTOOISTですが、とっちかというとアメリカ臭い派手さはなくてヨーロッパの臭いがします。その辺がヘニングとあうところなんでしょう。また今年はカルガリーのSmiling BuddhaからBrett Schwindtが家族で招待されているようです。彼はゲスト・アーティストを呼ぶことが本当に好きな上に、非常によい刺激になるといっています。
 逆に弟子を取ることには、非常に消極的です。多くの申し込みや紹介はあるようですが、取る気はないそうですが、それは反面、「人に教える」という責任が、忙しすぎてとれないと考えているからのようです。彼も今や、頭金を取ってもアポイントは数ヶ月待ちという人気アーティストになってしまったようです。

Royal Tattoo
I.L. Tuedessvej. 3A・3000 Helsingor・Denmark
Tel +45 49 20 27 70


8.ポール・ジェフリーズ Paul Jeffries / The Smiling Buddha
:アメリカン「彫り物」系ジャパニーズ・スタイルの創始者
<残念ながらサイトなし!>
参考作品 http://www.calgarytattoos.com/newpage6.htm

 日本伝統の「彫りもの」(註)が、欧米のTATTOO ARIST達に与えた影響は、はかり知れないものがあります。その影響は、表面的な影響から、より深い部分、TATTOOの画面構成や考え方にまで帯び始めていると感じます。たとえば、全身をトータルにデザインするBody Suit(ボディースーツ)という言葉やワンポイントのTATTOOに「額(みきり:墨で入れる背景の波や雲のような図柄)」のように背景を入れるデザインは、欧米でも一般的になってきているようです。
 龍や蓮など、直接的に日本のモチーフを彫るのは、欧米でも人気を博していますが、そのスタイルは、大きくは2系統に分けられます。ひとつは、このページのトップで紹介したフィリップ・ルー等に代表される、日本の彫り物をひとつの理想像とし、「額」を用いて「ひかえ(遠山の金さんのような入れ方)」やのような画面構成を多様するものです。もう一つは、ジェフ・ラッシャーや最近のボブ・ロバーツに見られるようなアメリカンTATTOOの伝統的な図柄に日本のモチーフを取り込んで、独自のひねり感を出したものです(ブレイク・ビートに尺八の音色を重ねたRemixのようなもんですね)。さらに前者のスタイルは、アメリカ系とヨーロッパ系に分けられるように思います。これは「彫り物」の解釈の仕方の違い、アメリカ的解釈とヨーロッパ的解釈の差だと感じています。アメリカ的解釈とは、日本をオリエンタルやエスニック文化の中で、異形・異色のものとして捉えており、どちらかというと東洋的な極彩色で派手さを好みます。ヨーロッパ的解釈は、フィリップ・ルーのモノトーンのTATTOOに見られるように、茶道の「ワビ」好みに通じるような渋い感じを好みます。(もちろん、この2つの中間的なArtisstも沢山います。)
 さて、今回ご紹介するカナダのポール・ジェフリーズ氏は、、TATTOIST歴25年になろうとするベテランで、早くから「彫り物」型のジャパニーズ・スタイルに取り組んできたArtistです。アメリカン「彫り物」スタイルでは、テキサスのクリス・トレビノやロスのトム・リーハイも有名ですが、ジェフリーズ氏は23年前に自分のショップを開くときから、東洋的なものを売り物にしていこうと考えていたという点で、アメリカン「彫り物」スタイルの創始者と言ってもいいかもしれません。実際、先に紹介したヘニング・ヨルゲンセンをはじめ多くのArtistに影響を与えています。
 彼はバンクーバーで生まれ育ちました。彼が最初に自分の体にTATTOOを入れたのは、なんと14歳のときでした。アート・スクールを卒業し、最初は自動車にエア・ブラシで絵を描く仕事をしていました。TATTOOISTになろうと思ったきっかけは、アート・スクールの教師が、彼の体のTATTOOを見て、なんで自分でも彫ってみないんだと言われたことです。そのとき、自分なら自分を彫ってくれたTATTOOISTよりいい仕事ができるだろうと思ったそうです。エア・ブラシの仕事をしているとき、結構ひまがあったので、毎週TATTOOショップへ行っては、その店のためにフラッシュを書いていたそうです。その店のTATTOOISTはドローイングがあまり好きではなかったので、客から特別な注文があると、最初に紙に下絵を描くのは彼の仕事だったそうです。そのかわりに、彼は針の作り方をはじめ、専門的なことを一から教えてもらったそうです。彼は結局、正式には弟子入り修行はしなかったのですが、バンクーバーの仲間とバイクを走らせ、ロスまでTATTOOを入れにいったそうです。仲間が彫るときもついていっては、彫っているところを観察しまくったそうです。ときには、思いついたアイデアやテクニックを試すために、自分で自分に彫ったりもしました。
 マシンを握るようになって2年で、彼は独立すべく、いい場所をさがしはじめました。バンクーバーには既に6〜7件ショップがあったので、競合を避け、彼は典型的な北米の街(つまり開拓以前の歴史がないってこと)、カルガリーを選びました。それは逆に彼が売り物にしたかた「東洋趣味」が人の目を引くにちがいないと思ったからでもありました。バンクーバーは、カルガリーと違って、歴史的な街として中華街があったりするところでした。彼のカルガリーのショップの名前「スマイリング・ブッダ」は、ちなみにバンクバーの中華街にあったある店の素敵なネオンサインだったそうです。彼は毎朝そのネオンの前をバスで通勤していたのでした。たぶん、彼の東洋への関心は、中華街で生まれたものなのでしょう。彼がTATTOOを始めたころは、今のように日本の美術工芸に関する情報を得るのは難しく、彼はごく一般的な東洋美術の本等からヒントを得ていたようです。最近の彼のドローイングを見ると、能を踊る姿の人形等、あきらかに着色根付の影響が見られます。今では彼は日本美術にはかなりな造詣があると思われます。
 そんな彼ですから、「彫り物」スタイルに対するこだわりも深いものがあります。彼は、「彫りもの」スタイルには、常に調和を求め、背景のアイデアを重要視しています。彼は、伝統的なアメリカンTATTOOの場合は、背景には「構成」といったコンセプトはなく、ただたいてい星やドットで埋められおり、TATTOOの主題に文脈(つまり物語り)が折り込まれることがない点が大きな違いだといっています。また彼は良いTATTOOとは、遠くから見ても、クローズアップして見ても、どちらも十分に美しいことだと考えています。遠くから見た姿には、常に「調和」のとれた全体(totality)を伝えており、間近に見たときは、(たとえ全体の構想から切り離されても)正確なデザインの良さがわかると言っています。これは私達が「彫りもの」を拝見するときの、見どころとして重要な指摘でしょう。日本にもときどき来日して仕事をされています。コンベンションの他、Washoさんのスタジオに逗留されたりしています。
 また彼は「彫りもの」のデザインをTATTOOに導入することは、アメリカン・トラディショナルTATTOO(オールド・スクール)に欠けている三次元的な要素を取り込むことができるので評価できるが、へたをすると、「刺青彫った将軍」といった、馬鹿げたものになる危険性を指摘しています。私、個人としては、確かに、このモチーフづかいは、日本人ならやらないねーといったTATTOOの写真も見かけることがありますが、日本文化の尊厳を損なうものでないかぎり、それはそれで面白くてほほえましいし、時として日本人では思いつかない斬新な組み合わせが、ひどく新鮮だったりするので、わりと好きです。ある意味、結構笑えるネタもあります。彼は、ジャパニーズスタイルを彫ってもらいたい人は、日本の伝統的図像の持つ正確な喩えや象徴を良く理解した上で、自分が何を彫ってもらうのか知っておくべきだといっています。ただし、彼が「彫りもの」を彼自身の頭の中にある意向に適合させる解釈自体は、西洋人の目から見たもので、必ずしも全体的に実際の「彫りもの」に忠実である必要性はないと考えているようです。それは、彫る彼も、また彫られる客も日本人ではないからであり、彼が欲しいものは、ただ「彫りもの」の象徴性とそのパワーなのです。
 ところで、彼のやりたい「彫りもの」スタイルを実現するのには、それなりの苦心があるようです。客に彫りもの風に背中一面に彫ることを勧めるために、時には客を教育することもあるそうです。背中は白いカンバスのようなものだから、小さなTATTOOで汚してしまうのはもったいないことだと説明するそうですが、全ての客が彼の言い分を聞いてくれるわけではないそうです。上手く背中全面の仕事になったときは、まずアイデアを示すために全体図を小さなスケッチとして描くそうです。それを客が気に入ったら、スケールアップしたスケッチを起こし、さらにディテールを書き加えます。そして彫り始める数日前に最終的なドローイングを下書きにして、全てのディテールの位置の正確なメンタルピクチャーを頭に入れるそうです。もちろん、下絵を描く上では、当然、体に直接描いてみて、どのように図柄が動いてしまうか正確に把握していなければなりません。(これはまさに経験のなせる技ですね。)
 ところで、彼が語るところによると、北米ではTATTOOブームのピークは90年代であり、近頃は若者のTATTOO熱は冷めてきているといっています。むしろ、男の子はリッキー・マーチンみないなクリーンで親世代受けのいい方向を目指していると嘆いています。日本ではやっと一般のファッション誌にもTATTOOが取り上げられるようになったばかりです。これからの10年は、日本ではこれから、もっと多くのTATTOOニーズが涌きあがってくるような予感を感じます。ただ、女の子の方は、一部にニュー・トラなもの(80年代初期の上品ぶった感じ)が流行りはじめているのがちょっと気になりますが。まあ80年代のように、全ての人がいっせいに一つのファッションに乗っかるような時代ではなくなったと思います。

SMILING BUDDHA
2409-33rd Ave. S.W.
2409 Calgary, Alta
Canada
Tel. 403/2425922

:このサイトでは、あえて、「和彫り」という表現を避けています。日本人が日本独自のものに「和」という文字をつけるのは、変だと考えるからです。ちょうど和服というよりも、「きもの」という言い方のほうが、よく使われるのと同様に、「彫りもの」という表現が復活してほしいと思っています。少なくとも江戸や明治の頃は、和彫りという言い方は存在しなかったでしょう。


9.ガイ・エイチソン Guy Aitchson / HyperspaceStudios
:バイオメカニカル系の新風。アシッド・フラクタル・サイバーTATTOO?!
http://www.hyperspacestudios.com/

  ガイ・エイチソンの作品は、一目見るとかなり印象に残ります。光り輝く色彩はアシッドな感覚、バイオ系のサイバネティックなデザイン(有機的人造生物)は、まるでフラクタルCGを思わせます。彼もまた多くの若手TATTOOIST達に人気があり、彼らの作風に影響を与えているアーティストの一人でしょう。
 彼は1968年、ミシガン州に生まれ、全米各地を転々とした後、1985年にシカゴで高校を卒業後、ある会社のアート部門に配属され、それをきっかけにレコード・カバーを手がけるようになり、1990年までに約40のアルバムを制作しています。1988年にはTattooの道に入り、シカゴの"Bob Oslon's Custom Tattooing"で見習を始めました。1991年までそこで修行した後、独立し、自分のスタジオ"Guilty & Innocent Productions"を構えました。その後、彼は絵をもっと描くために田舎に引っ越そうと決意し、1998年にスタジオを閉めてしまいましたが、2001年、ヴァーチャルな場にスタジオを移し、"Hyperspace Studios"として新たに開業しました。
 彼がアートに興味を持ちはじめたきっかけは、子供のころに見た美術雑誌だったようです。彼の母親がとっていた"The Great Artist"という週刊誌が、家に山積みにされていたので、彼はそれらを読みふけっていたらしく、そこでレンブラント、ゴッホ、レオナルド・ダ・ビンチ等に出会いました。高校時代から、彼は既にグラフィック・アートの仕事をはじめており、その後、ハードコアやヘビーメタルのバンドのレコード・ジャケットをデザインを手がけた他、一時、建築関係の仕事もしていたようです。
 彼がTATTOOを初めて入れたのは、16歳のときでした。彼がTATTOOISTになろうと考えたきっかけは、姉ハンナの勧めによるものだそうです。彼女が彼にTATTOOを施したようで、それを見ながら彼はTATTOOISTになる決意を固めたそうです。そしてレコード・ジャケットの仕事をしながら金を貯めて、それまで住んでいた両親の下を後に、Tattoo Shopでの見習に入ったのでした。
 彼の現在の絵のスタイルが生まれる基となったものは、一つは子供時代に美術雑誌でみたバイオニックな絵と、ジャケットデザインの仕事をしているときに出合った、H.G.ギーガーの絵でした。特にギーガーとの出合いは、彼の絵の描き方に大きな影響を与え、Tattooの道に入ってからも、ギーガーのようなバイオ・メカニカルな画風を目指して、技術の探求を続けたようです。
 彼の手法で興味深いのは、彼が写実的なTattooを実現するために、粘土で立体のイメージをつくり、Tattooの下絵となるモデル写真を撮るところから始める場合があるということです。そしてその写真からポートレイトを彫るようにTattooを入れていくのだそうです。彼がTattooistのア−ロン・ケインの腕に彫った作品もこの手法で行われました。彼とアーロンは、造形モデルを形にするために、材料となるガラクタを探しに出かけたりしたそうです。
 また彼は、Artist's artistといっていいほど、Tattooist達から尊敬を集めていますが、それは彼の作品の独創的な素晴らしさだけでなく、彼が数多くのコンベンション等でTattooの技術セミナーを開催していることも要因の一つでしょう。またアートの基礎を解説した本を4冊出版している他、 "The Graphic Language for Tattooists and Special Effects for Tattooists"というTattooマニュアルも頒布していました。今後もセミナーを開催するつもりのようで、テクニックをスローで映写したり、学術的なビデオクリップで解説したり、非凡な才能の若手を発掘して、そのセミナーに招待して教育・育成したい等、いろいろ考えているようです。そんな彼ですから、多くのアーティストが彼にアポイントメントを取りたがっているようですが、なかなか会えないようです。彼自身は、コンベンションが互いに知り合える最高の場所だと考えているようです。またeメールで、細かく描写したドローイングや下絵となる写真等、いいと感じたものを置くってほしいと語っています。しかも、そのやりとりを続けて、アイデアを磨いていくというプロセスを希望しているようです。(つまりお互いに「おぉっ!」と思うものが見つかれば、意見を出し合いながら作品にしようということ? Tattooを彫ってもらうというより、コラボレート・アートって感じでしょうか。)
彼は、最近は彫刻やCG等、3Dなアートに関心を示しているようですが、本当は彼は、Tattooや絵を描くことだけで、かなり疲れはててしまったと語っています。確かに、彼のTattooの作風は、肉体という3次元の上に3次元を築こうとしているように見えます。つまり彫刻や彫塑と共通する感覚があるのかもしれません。彼はもしかしたら、人間の肉体自体をあんな風に、別の生命組織に変質させ、実際にえぐり、ねじり、ひねり、究極のボディー・モディファイ(人体改造)を実現したいのかもしれません。
なお、彼の絵画作品とCGや彫刻との共同展"Biogenesis "は、下記URLで見ることができます。
http://www.ricoartgallery.com/biogenesis.html

Special Thanks to Sacico for translation !



10.トビアス・ウェルナー Tobias Werner / Pain & Ink, Berlin, German
ベルリンの壁の向こう側にいた男。ロシアアバンギャルドTATTOO。
http://www.dust-dbugger.de/interdruck/scripte/werner_tobias/arbeiten.htm

 ベルリンの壁が崩壊したのは、東西ベルリンが統一されたのは1989年のことでした。80年代の西ベルリンというと"ニナ・ハーゲン"を思い出すのですが、何かアンダーグラウンドでダークなイメージがありました。一方の東ベルリン側については、いったいどんな文化だったのかなんら情報発信されていなかったように思います。90年代始めに、私は仕事でベルリンに寄る機会があったのですが、東京やロンドンに比べれば、ずいぶん健全な文化の街という感じがしました。東ベルリン側にも行ってみたのですが、なんとも殺風景な街で、急づくりなみやげ物屋だけが目立つ、文化不毛な印象を受けました。しかし今や、ベルリンといえば"石野卓球"を思い出してしまうぐらい、テクノでエレクトロなメトロポリスという感じがします。そんな電脳なイメージの裏で、ベルリンは欧州におけるTATTOOの一大拠点になりつつあるようです。毎年恒例のベルリンTATTOOコンベンションも欧州各国のTATTOO ARTISTが参加し、なかなか盛況のようです(一度行ってみたいもんです)。トビアスによると、現在ベルリンには約140(!)のTATTOOショップがあり、そのうち半数は旧東ベルリン側にあるそうです。彼が店を構えた1994年当時は、東側には彼の店を合わせて3軒くらいしかTATTOOショップはなかったそうです(この間、ベルリンの人口はそれほど増えているわけではない)。このTATTOOショップの爆発的急増を彼は、取りたてておどろくべきことではなく、ベルリンのクラフトマンシップの質の向上の賜物と考えているようです。さすが職人気質の国、ドイツ的な見方でしょう。
 トビアスは現在33歳、独立して7年のキャリアを持つ人気アーティストです。彼の作風は、サクレッド・ハートのようなトラディショナルなTATTOOモチーフでも、欧風というかゲルマン的なものに仕上げてしまいます。キュビズムやロシア・アバンギャルドの影響を感じさせるタッチであったり(彼に「赤い星」を彫ってもらうと渋いかも)、線の太さに大きな変化がつけられていたりします。また1930〜1940年代のイラストのような雰囲気を醸し出している作品も見うけられます。そんな彼が、TATTOOの道へ入ったのは非常に奇遇なことだったようです。というのは、旧東ドイツではTATTOOは違法とされており、囚人や船員でもTATTOOをしているのを見かけることは希だったそうです。ですから、トビアスも最初は、自分の肌を、次ぎには友達の肌を練習台にして、独学でTATTOOを始めました(後年、初期の失敗作は、カバーアップしてあげたそうですが)。ほとんど独学の彼ですが、ベルリンの壁崩壊後、旅で出合った数多くのアーティストから学んだそうです。ただし、もし正式に見習い修行をしていたら、多くの時間を無駄にせず、トラブルも避けられただろうと、回想しています。
 TATTOOショップの乱立するベルリンにおいて、トビアスは仲間とともに独自の位置をキープしており、多くの常連客を抱えています。中にはスペインやイタリアから来る客もいるとか。トビアスはもちろんたいていの客の要望には応えられますが、オリジナル・デザインの大作により力を入れているようです。そのことが流れ作業型の一般のショップとの差別化になっていると考えているようです。最近、トビアスはStephan Chaudesaiguesに心酔しているらしく、フランスに言っては彼に彫ってもらいつつ、いろいろ学んだそうです。ベルリンに住んでいながら、トビアス自身は、ベルリンTATTOOコンベンションに出展することは敢えて避けているそうです。コンベンションへの参加は何かと繁忙になるので、一長一短があると見ているようです。
 ちなみに、トビアスの彼女であるシモーヌ(プロのカメラマン)は、なぜか一つもTATTOOがないそうです。彼いわく、今、ベルリンでTATTOOのない人を探すのは至難の技なので、逆に目だつ存在だとのこと。

http://www.dust-dbugger.de/interdruck/scripte/painink/
トビアスのフラッシュ、ドローイングの写真とシモーヌの作品(モノクロ写真)が見られます。

Special thanks to Butch-san@Dust-D-Bugger Records



11.マリオ・デサ
 Mario Desa / Steve's Tattoo
:匂いたつストリート・ニュースクール
http://www.deluxetattoo.com/New/Mario/mario-layout.htm


 マリオ・デサの作品を雑誌で見た瞬間、「こりゃーなんか粋だわ」と直感しました。で、彼のWebサイトを見に行って、大のお気に入りになってしまいました。オールド・スクールのアメリカンTATTOOの伝統を踏まえつつも、ぢりぢりぢりと匂ってくるようなストリートな雰囲気が最高です。
 それもそのはず、マリオは元は、グラフティを壁に描いていたのでした。若い頃、彼はいわゆる「やんちゃ」で、警察の目を盗んでは、橋の下にスプレーでグラフティ描いたり、万引きしたりの日々を送っていたのでした。そんな彼が、TATTOOに出合って、苦労の末、立派に「責任ある大人(本人談)」になるという落涙もののアメリカン・ドリーム・ストーリー(。。。なんだけど、暗闇を逃げ回ったり、逮捕されたりするには歳を取りすぎたっつー理由もあったらしい。。。)!もともと、小さい頃に彼のお爺さんが、TATTOOを彫ってもらうところを見ていて、TATTOOに関心はあったらしいのですが、ひと度TATTOOを彫ったら、もうTATTOOISTになるしかないと悟ったそうです。1997年6月には、多くのアーティストの助けを借りて、彼はTATTOOを始めました。
 彼が好きな作風は、「TATTOOらしく見えるTATTOO」だそうです。彼はアメリカの伝統的TATTOOを高く評価してきたのですが、今は日本の伝統的彫り物にのめり込んでいるそうです。最も影響を受けたアーティストは、Don Ed Hardyで、その他、Sailor Jerry、Scott Sylvia,、Dan Higgs,、Jef Whitehead、Dan Trocchioの名前を挙げています。最近は三代目彫よしさんと昌芳さんに影響されているそうです。マシーンの前は、スプレー缶を握っていた彼ですが、不思議とグラフティ・TATTOOの作品は彫っていません。しかし、彼の歯切れのいいラインとエネルギッシュな配色には、グラフティで得たものが潜んでいるように感じます。彼は、TATTOOは「彫った日と同じように30年間、良く見えるべき」だと考えているそうです。けれども彼は、トライバルのアームバンド(腕にぐるっと一周しているトライバルTATTOO、もちろん太平洋系の本物のタタウとは別もの)がどうやらお気に召さないご様子で(そういえば、あれをいやがるTATTOOISTの発言を他にも読んだことがあります)、未来のお客に対して「トライバルのアームバンドは、頼まないでくれ」と注意してます(笑)。
 グラフティ小僧だった彼も、今や一児の父となりました。彼はTATTOO以外の時間を、愛息ヘンリー君(まだ1歳)のために注ぎ込んでいるそうです。昔やんちゃだった人の一言ってのは、なかなか心に響くものがありますが、ここで彼の一言を載せておきましょ。「僕の人生の目的は、息子が良い人になってくれることさ。そして自分は、できるだけ悔いなく死ぬことだね。」




12.バグズ Bugs / Evil from the needle
:キュビズム・タトゥーの創始者。進化し続けるTattoo Art
http://bugs.delirio.homeip.net/index.php

 Bugsと言えば、ピカソやブラックのキュビズム時代の絵画を彷彿とさせる大胆なTattooで有名です。人も薔薇もキュビズムに表現されていますが、よく考えるとTattooにキュビズムを持ち込んだアイデアは、理にかなった発想ではないかと思います。もともとTattooにしろ、彫り物にせよ、太く黒いアウトラインで表現された平面的なものでした。今では、ファイン・ラインやバイオメカ等、シュール・リアリスティックで三次元的なTattoo表現も実現していますが、古典的なボールドで平面的な表現に立ちかえった上で、もう一度、三次元を表現しようと試みるときに、いろいろな視点から見た画像を一つの平面に重ね合わせてしまうというキュビズムの手法は、非常に有効だと思えます。Bugsの作品は、施術後何十年かしてぼやけてきても、日本の古典的彫り物のように、アウトラインがどっしりとして、独特の味がでるような気がします。
 Bugsはもともとはケルト・モチーフでTattooistとして名を知られるようになったようです。短い間だったようですが、バイオメカもやっていたことがあるそうです。彼は、そもそも約7年間もアートスクールに通って、絵を描いており、必ずしもTattooに縛られて、創作を続けてきたわけではないそうです。彼が現在のスタイルに達するべく、急成長したのは3年前(1997年)でした。その頃、彼はTattooに専念すべく、絵画を一次的に止めていました。しかしその間にも絵画から影響を受け続け、アウトラインの取り方についてはキュビズム派やピカソから、色の使い方に関しては、ゴーギャンから多くを学んだようです。また、帝政ロシア時代の産業広告ポスターも収集したそうです。確かにロシア・アバンギャルド風の構図や、労働者の姿などが、彼のTattooや絵画に見ることができます。
  彼は、キュビズム時代のピカソが大好きだけれども、その後のピカソの作風は好きではないと言っています。しかし、ピカソが一つの作風にこだわらず、一生、進化し続けたことを尊敬しているそうです。Bugs自身、ケルト→バイオ→キュビズムと変化し続けており、今後も同じスタイルを続けていくつもりはないそうです。彼は、ケルト・スタイルを辞めたことを、ポジティブな決断であったと信じています。ケルトのドアを閉めた代りに、他のスタイルを全てオープンにした結果、彼は以前より幅広い顧客を獲得しました。彼は、他のTattooerに対しても、新奇な作風に踏み出すことを、恐れずにやるべきだと説いています。「風変わりな絵を望む客がいても、戸惑わずやっていくことで、自然と成長していくものだ。」
  Bugsは、絵の制作過程を次ぎのように語っています。「僕はまず、それに適したアウトラインを考える。そして絵の大きさを正しい割合にする。頭の大きさ、肩、動き、曲線、形、全てバランスよくしなければならない。例えば、初めの肩から下へ、足まで一本の細い線で描く。下に目印などは付けず、たった一本の線で描く。鉛筆で速くデッサンしてくところが、ちょっとヌードのスケッチに似ているな。三本線あれば、そのポーズと感情を理解していなければならない。人からみると、単純なものに見えてしまうから、それはなかなか難しい。数本のラインだけを使って、体の際立った点とポーズを表現することは、複雑きわまりない。女性が何か飲んでいるところ、ソファの上で横になっているところ、踊っているところを見て、ほんの少し下書きするだけだ。そして、あごのラインを一本の線で描くために鼻や額を含んだ円形のものを描く。。。」
  またTattooと絵画制作を比較して、「皮膚の上で描く方が複雑だね。だってタトゥーには避けられない規則があるから。油絵の具では自由にごちゃごちゃにすることができるが。反対にタトゥーは正確な手順があって、残念だが我々はそれに捕らわれている。色も同様、クリアに見えなければならない。完全な割合で奥行きを出さなければならない。全てに論理がある。まずアウトラインを引く。そしてぼかしをつけ、それから色だ。絵画なら全てやりたいようにできる。バックグランドから始めることもできるし、主役の物からも始められる。テクニックをコントロールして、遊び気分で自由に紙の上で、油絵の具で描くことができるのだ。皮膚の上では、生きている物と仕事するわけだし、変わってく過程を理解してなくちゃならない。」彼は、ファイン・ラインTattooのように、マグナム針だけを使って、アウトラインを描かずに作品を仕上げることは、よほどの才能があるTattooistに許されることだと考えており、彼自身は非常にグラフィックな表現をするために、自分のTattooスタイルにはアウトラインが絶対不可欠なものだといっています。
  彼は、絵を描くことが楽しくてしょうがないそうです。絵は、Tattooと違って、束縛なく自由に描けるところが大好きなようです。当初は、油絵の具やアクリルカラーをよく使っていたそうですが、ここ1年程は、パステルを使っているようです。アクリルは色を混ぜ合わせたり、筆の表現にとらわれたりするので、パステルで指を使って描くほうが好きだそうです。彼は、毎週絵を描いおり、その中から、新しい作風が生まれてくるのだそうです。彼は絵画も独立した作品として販売していますが、絵を描くことをTattooと別の創作活動と見ているのではなく、描くこと自体がTattooのプロセスであると考えています。
彼の絵画は、既に通販で入手可能ですが、現在、インターネットで絵画が見られるようにWebサイトを構築中だそうです。

Evil from the needle
232 camden high street
Lonndon NW1 8QS
Tel 0171-4822312
Fax 0171-2672519



13.クリス・トレビノ Chris Trevino / PERFECTION TATTOO
総彫りに命をかけるテキサスの彫り物修験者。
http://www.christrevino.com/main.html

クリス・トレビノ。。。多くのTATTOO雑誌でその名前と作品を頻繁に見かけました。日本の彫り物に大きく影響を受けながらも日本人にはないビビッドな色彩感覚とクレイジーでパワフルなモチーフのデザインが、いつも強く印象に残りました。とはいうものの、彼はマスコミ嫌いのようで、雑誌のインタビューは受けないし、自分の写真も撮らせないタイプの人のようです。それが珍しくInternational Tattoo Art誌のインビューを受けたので、そこから彼の人となりと仕事への意気込みをご紹介します。
 彼は80年代後半にTattooistの修行を始め、1992年にテキサスはオースチンのDave Lumの店「PERFECTION TATTOO」を買取りました。彼は動じに膨大な顧客名簿も引継ぎました。(ちなみにDave Lumは、当時、国際的にワイルドでクレイジーなTattooで評判を得ているTattooistでした。)彼のTattooの基礎となったのは、彼が育ったサン・アントニオでの芸術的な環境でした。彼の母は、もともとグラフィック・アーティストに成りたかったのですが、残念ながら卒業証書を手にすることなく、学校を離れました。代りに彼の母は自分で、絵を描いていたそうです。彼も子供時代からいくつかのアートをずっとやってきたのでした。彼がTattooと出合ったきっかけは、まったくの偶然でした。1984年、彼が引っ越してきた家に以前、バイカーが住んでいました。クリスは学校から家に一番最初に帰ってくるので、相変わらずその家にとどくバイカーへの手紙を毎日、手に入れることができました。その中に、たまたま、例の"Spaulding and Rogers"のTattooカタログが混ざっていたのでした。まだ高校生だった彼は最初、それほど興味がなかったのですが、1年程して彼の親友にそのカタログを見せると、本当に興奮して、その親友の方が彼をTattooに巻き込んでいったのでした。そんな折、Bob Moreauが始めたショップ"Perfection"が、家の近所に移転してきたのでした(1986年頃)。彼と親友は、開店して直ぐに、ショップに通うようになり、Bobがパンク・ロッカーに彫るカスタム・Tattooを見ていたそうです。当然、彼も彫ってもらいたくなって、1987年には彫ってもらうようになりました。1989年には、Bobの下で見習修行を開始、1992年1月1日に彼が店を彼らに売り払うまで、そこで働いていました。彼は店を買取ってから6ヶ月後、オースチンのDave Lumの店を買取り、サン・アントニオを離れたのでした。サン・アントニオ時代から、彼はBobとともに、カラーフルで、ハードエッジなクレイジーなTattooを彫っていきました。サン・アントニオはヒスパニック系の街ですが、ブラック&グレイはあまりやらなかったそうです。顧客は、パンク系、メタル系を相手にしてきたようです。Bobは、オールド・スクール系のTattooerで、クリスに80年代末当時の最高のTattooingを教えてくれたそうです。クリスが店に入った最初の日から、Ed Hardy、Cliff Raven、Greg Iron、Kuronuma、Zuluettaなど、当時最高のTattooistに触れることができたのでした。またそのとき、初期の"Tattootime誌"で見たものが、「Tattooとはこういう風なものなんだ!」という記憶として深く心に染み込んだそうです。
 彼が店を構えたテキサスのオースチンは大学の街で、サン・アントニオや他のテキサスの都市と違って、西部のオアシスという風情で、彼は非常に気に入っているようです。彼は1996年に日本で開催されたTattoo Conventionに参加したそうですが、2回目以降、気に入っていないようです。彼にとっては、東京はあまりにも巨大で、人、ネオン、広告が多すぎると思ったそうです。(来日時は、大阪で仕事をするのも、そのせいでしょうか?しかし大阪もネオンは派手だぞ!)しかし、彼は日本は代好きで、初来日時にはかなり資料を収集して帰ったようです。また日本の小さな街にも出かけて、写真をいろいろ撮ってきたそうです。今、彼が彫っているものは、そのとき集めたものが発端のようです。彼は、もう以前のようなクレイジーTattooやアメリカン・スタイルのものはやらないと言っています。これらのスタイルは、彼にとっては原典ではなく、単にTattoo界に入るきっかけにすぎないと考えているようです。彼はDave Lumのクレイジースタイルに興味を持ったすぐ後、ごく初期から日本的モチーフを描く練習していたようです。ただし、いきなりジャパニーズスタイルのTattooは彫れないので、まずは師匠のスタイルをきっちりと抑えてから、徐々にジャパニーズスタイルの腕を磨いたそうです。今では、彼は日本的デザインをぱっとすばやく描けるまでになっています。
 彼は日本の彫り物は、フル・ボディ・スーツ、すなわち総彫りに唯一、完璧に適したTattooだと考えており、大きなTattooを彫りたいという客を教育して、総彫りや甲羅彫りにするようにトライしているそうです。彼は日本の彫り物は、肘から膝まで、人間の体隅々に至る形状にフィットすると言っています。アメリカ人Tattooerからみると、日本の一般的な彫り物は、ドライ(平面的でパターン化されているということ?)に見えるようですが、クリスは日本の彫り物は「読み取れる(読解可能)」なところが特に好きだと言います。彼が主に影響を受けたのは、Don Ed Hardy、二代目彫よしさん、三代目彫よしさん、Greg Ironだそうです。彼が特に心酔し、触発された日本の彫師は、「二代目彫よし」こと黒沼氏です。クリスは黒沼氏を「彼は最高の日本の彫師だった。今日でも、黒沼氏のスタイルをものにできるTattooerは、ほとんどいないだろう。」と賞賛しています。(残念ながら、黒沼氏は1991年に他界されています。)現在は、三代目彫よりさんがベストだと言っています。
 彼は子供時代から、絵を毎日のように描いていたとはいえ、描きたいものを描いていただけで、Tattooerになるまでは、描かなければならないものを無理やりかかされるといった経験はなく、描ける対象は技術的にも限られていたので、やはり最初は苦労したそうです。しかし今では、もう自分がやりたくないものは、引きうけないそうです。「ウルフ、ケルティック、トライバル、アメリカン・インティアン(いかにもテキサス人が頼みそうなモチーフ!)はもうやりたくない!」彼が彫りたいものは、アジア的なもの、アジア×アメリカン・ミックス、ちょっとクレイジーなアジア×アメリカン・ミックスの3つのスタイルだということです。また彼は大画面の作品を彫ることが好きで、それこそ、自分の人生の目的で、そのために生きているのだとまで言っています。できるだけ沢山の総彫りと甲羅彫りをやり遂げたいそうです。彼は仕事と食事と睡眠と修行以外は、(酒も、タバコも、ドラッグも)何もしないそうです。まるで禅の修行僧みたいですが、好きな仕事に専心できてうらやましい限りです。また彼は、ストーリーを語る絵(Tattoo)を高く評価しているようで、いくつかの彼のベスト作品は、彼が読んだ日本の説話をベースにしているそうです。
 彼は、若いTattooerが進むべき方向として、先達が辿った道が既にあると考えていますが、まだ現代のTattooing(ここ10年ぐらいに生み出されたスタイル)については、伝統と呼べる段階ではないと見ています。少なくとも後、20〜30年はかかるだろうと言っています。彼は、Tattooerを、機械化されていない旧世界の職業だと考えており、彼自身、ことごとく"modern age(現代)"に逆らって暮らしているのだと言っています。彼は、Webサイトを立ち上げる計画を持っているようですが、彼自身は、コンピューターをさわったり、写真を撮ったりといったことに係りたくないそうです。(誰かに任せてしまうつもりらしい。)それは、彼が「機械」や「現代」が嫌いだからではなくて、現代はあまりに急がしすぎていると考えているからです。彼はこう言っています。「人はもっとゆっくりやるべきだ。そんなに急いで金を稼ぐ心配をしなくてもいい。それは重要なことじゃないよ。みんな、金が生活をもっと便利にすると思っているようにみえるけど、金は人生をもっと面倒にするだけだって、僕は思うよ。」
 <Original Text : International Tattoo Art Nov.2000>


PERFECTION TATTOO
GUADALUE AUSTIN,TX
TEL : 512-453-2089
78751-ZIP



14. ティム・リーハイ Tim Lehi / Ed Hardy's Original Tattoo City
西海岸の「彫り物」探求者。甲羅彫りシリーズ制作中!
http://www.tattoocitysf.com/artists/index.html

 ポール・ジェフリーズ、クリス・トレビノ等とならんで、日本の「彫り物」研究に余念のないアメリカン・Tattooistといえば、ティム・リーハイを外せないでしょう。派手な使いは、クリスの向こうを張りますが、ティムは、またポールやクリスとは違った雰囲気のある絵柄を展開しています。オリエンタルで写実的な表現は、ややフィリップ・ルーに近い所に位置付けられるかもしれません。三代目彫よしさん風の龍をカラフルにしたような作品も見られます。
 ティムは父親がアーティストという環境で育ちました。アートに関しては父からの影響が大きく、学校でアートを学んではいないようです。彼が、TATTOOマシンを初めて握ったのは、わずか17歳の時でした。もちろん最初は自分自身にTATTOOする練習から始めました。初めて彼が人からTATTOOの技術を習ったのは、なんと刑務所の中だったそうです。日本の刑務所では、出所後の職業訓練も兼ねて伝統工芸を習得できますが、彼は囚人仲間から教えてもらったそうです。(彼が学んだのは、いわゆる"Prison Tattoo"とはなかったのだと思いますが。。。)
 その後、アリゾナで本格的に活動を開始し、90年代末にカリフォルニアのエド・ハーディのTATTOO CITYの一員となりました。彼曰く、エド・ハーディとの出合いは、彼のTATTOOスタイルの進歩にも大きな影響があったようです。彼にとってTATTOO CITYは、素晴らしいTATTOOスクールだったと語っています。TATTOO CITYのグレイミー(筆者好み!!)からもかなり学ぶ所があったそうです。TATTOO CITYの他のメンバーといっしょに仕事することは、刺激にもなる上、自分のスタイルを失わないようにしつつも、常に新しい表現を試みることにつながっているようです。(大阪で入手した情報によると、彼は以前のオリエンタルなスタイルは彫らなくなったとか。。。確かに'01年8月にWebサイトに新しくアップされた作品は、いずれも甲羅彫りの大作で、図柄も「彫り物」の古典作品に影響された感が強い。)
 彼は新しいスタイルを追求すると同時に、先ず第一にジャパニーズ・スタイルのTattooistであると自認しています。ただし、コピーするだけでは終わりたくないと言っています。もちろん、いわゆるアメリカン・TATTOOも好きだそうですが、アメリカでは需要は多くないことと、基本的にフラッシュ・ワークなので、彼はやらないようです。彼の仕事は、多くの場合、まず主題をデッサンして、それからステンシルを用いるそうです。それからデザインを引き立たせる背景(「見切り」に相当する部分)を考えて、彫られる人のボディーラインを良く観察しながら、彼の絵とマッチさせていくそうです。彼は「彫り物」の中でも、特に「背景」の研究に力を入れているそうです。そらから、(典型的なTATTOOではない絵画も含めて)少し危険な感じのする作風に興味があるそうです。(デロリ系肉筆画か?)なんでも、自分の解釈を実行するために、日本で買った本で今研究中だとか。彼は、日本の「彫り物」は、Tattooの中で、一番エレガントで人間らしい姿だと考えており、頭を使ってTATTOOと身体のハーモニーとスケールを考えるのが楽しいと言っています。
 日本の「彫り物」親派のTatooistに共通して言えることですが、彼も大きな作品を志向しており、中小のTattooよりも、腕一本ぐらいを全面的に任せてくれることを望んでいるようです。その方が、よい結果を生む方法だと彼は言っています。彼に彫ってもらいたい方は、どーんと大きく彼に「お任せ」でやってもらうといいかもしれません。クリス・トレビノと同じく、ティムも大阪のThree Tides Tattoo
にゲストとしてしばしば来日しています。彼に興味のある方はスタジオに彼の作品集がありますので、是非一度見に行ってみてください。
Ed Hardy's Original Tattoo City
700 Lombard St., San Francisco, California 94133.
Open 7 days a week, Mon.-Sat. 12-8 p.m., Sunday 12-7 p.m.
Phone 415-345-9437 / fax 415-345-1813


15.Seth Cifferi セス・シフェーリ/ READ ST. TATTOO PARLOUR
オールド・スクールをネオ・クラシック・リミックス!
http://www.readstreettattoo.com

 最近、私は、トラッド系ニュースクールや、彫物系ニュースクールなど、ボールドな(がっつりした)TATTOOがお気に入りです。いずれもオールドスクールや彫物という伝統的なデザインを一ひねりしたスタイルなわけですが、そのひねり具合に、それぞれのtattooistの個性やスタンス(TATTOOの捉え方)が具体的に表現されてくるところが、たまらなく面白いのです。セス・シフェーリは、 CIVやLUCKY BUSTARDのようにオールドスクールベースのトラッドな雰囲気があるTATTOOを彫りますが、ちょいとひねり方が他の人と比べてクラシックでエレガントなんですな。作品にはあんまりニュースクールぽいLow-Blowな感じがないんです(ニュースクールなフラッシュは描いてますけどね)。彼のサイトのトップページにある、Heraldry(中世の盾と甲冑のデザイン)をオールド・スクール風にアレンジしたドローイングなんかには、やられたっと思いましたねー。
 セス、この8年間メリーランド周辺で活動してきました。彼のTattooのキャリアは、自分の兄から失敬したマシーンで、友達に彫ることから始まりました。今ではそのがっつりしで、ソリッドなTattooの腕前だけでなく、Tattooマシーン制作でも傑出した評判を得ています。一時は、Little Vinnie*s Tattooにも居たようですが、1999年1月3日、ボルチモアに自分のショップ「READ STREET TATTOO PARLOUR」をオープンしました。初めは、彼のブース1つだけでしたが、今では3つのブースと3階にゲストブールを持っています。彼の店では月に一人か二人ゲストを呼んで、常に新鮮さをキープしているそうです。ゲストには例えば、CHRIS O'DONNELL、ADRIAN LEE、KEVIN LeBLANC等が呼ばれています。
  オールドスクール系で有名な彼ですが、彼の師匠はオールドスクールではなかったようです。彼の勤めていた店の壁には、ハイパーディテール(リアルなブラックグレイ系)なJack Rudy、Brian Everettのフラッシュがべたべた張ってあったそうです(参照http://tattoos.com/gallery/)。でも、彼はまだリアルなものが彫れるレベルじゃなかったので、 店にちょっとだけ張ってあったPhiladelphia Eddie、Ed Hardyにはまってしまったのでした。そのときは同僚から、ばかにされたそうですが(今は昔ですな)。
  彼は、トラディショナルなTATTOOをどういう風にモディファイするかについて、こう語っています。「アジアの影響など、他の要素を怖れずに取り込むことだけだね。そして異なる色を加えられるようにパレットを広げることさ。」本当のオールドスクール系の人は、オレンジやパープル、ティール、マジェンタ等の色は使わないようにして、より「オールド」っぽく見せるそうですが、彼はより「クール」に見せるように色を使っています。また彼の作品は一見軽い感じのユーモラスなのですが、その背景には深慮と計算が隠されているようです。彼がいうには、最もたいへんなことは、みんなに使い古されたデザイン・ボキャブラリーを見つけ出すことだそうです。「みんな、Ed Hardyが使ったボキャブラリーが何だったか、Mike Maloneが使ったのは何だったかを理解して、そこに飛び込み、それを叩き潰すんだ。あとは、新しいインスピレーションをみつけさえすればいい。」と彼は過激に表現していますが、なかなか鋭いことを言っていると思います。数多くの先達のデザイン・ボキャブラリーを理解した上で、はじめて新しいものを生み出せるというこの指摘は、全てのクリエイティブ・シーンで通用するテーゼだと思います。アートだけでなく職人の世界でも、師匠の技を盗むというのは、単に自分を磨くだけでなく、師匠とは違う独自ものを生み出すためには不可欠なことでしょう。
  ところで、彼が新味を出すために選んだボキャブラリーは、ネオ・クラシック、中世(ゴシック)、イタリア建築などのデザインでした。彼は確かに伝統的モチーフの標準的なボキャブラリーを(頭の中に)持っていますが、彼がよく使うのは、古い鉄製品装飾の本や、昔のテキスタイルや絨毯のパターン、家具のデザイン、建築などです。彼は特徴的な太い線と深いシェイディングとブライトな色を使いますが、モチーフの主題は、我々が普段あまり目にしないものだったりします。ちなみに、彼はボールドさとディテールのバランスにはかなり気をつかっているようです。どちらに偏っても、TATTOOは読み取りにくいものになるからです。
  さて、実は彼のサイトは、TATTOOERの間では有名です。彼のサイトには"Discussion Forum"という掲示板のページがあって、そこでは、TATTOOERどうしが情報交換できるからです。TATTOO関係の掲示板は他にもありますが、どっちかというと、モダン・プリミティブ系の人が集うところのようで、TATTOOを「彫る」ことをメインにした掲示板は、セスのところだけのようです。セスの"Discussion Forum"に参加できるのは、TATTOOERに限定されており、ショップネームやプロフィールの登録が義務付けられています。当然、顧客(TATTTOOEE)がTATTOO話しに花を咲かせるところではありません。フォーラムでは、技術に関する質問から、大バカな客の話しでフラストレーション発散まで、いろんな話題で盛り上がっているようですが、セスがこのフォーラムを開設した一番の目的は、キャリアの浅いTATTOOER達にマシーンや電気系統の詳しい知識を伝授することにあります。彼いわく、「技術的ノウハウがないのに、すごいアーティストが沢山いる。彼らが正しいマシーンセッティングで正しい方法で彫ったら、もっと仕事が楽になるだろう。良い「彫り方」を広めることは重要なことだ。」(彼の考え方は、経営学用語でいうところの"Knowledge Management"そのもので、彼はかなり事業経営のセンスがあるようです。)良い彫り方が広められることは、彫られる側(顧客)にとっても、とてもありがたいことです。技を秘伝にするのは、どの業界にもつきものですが、なんでもかんでも、レシピ(文章)に書けるようなことまで秘密にするのは、すでにその技が競争力やオリジナリティを失っているということだと思います。どんな業界でも本当のプロは、文章に書いて説明したら真似できるようなレベルでは勝負していませんよね。
 セスはこの2年ほど、TATTOOの技術面、特にマシーンに関して情熱を燃やしているそうです。彼は、マシーンとは単にキットを買って彫ればいいというものではなくて、肌に始まって、顔料(インク)、針、ニードルバー、アマチュアバー(積極子)、スプリングに至るまで、あらゆる局面を知らないといけないと語っています。(匠(たくみ)の言葉は奥が深いっす。)
  ところで、TATTOOショップの経営者としての彼ですが、しっかりとした経営理念(というと大げさ?)を持っているようです。彼は、ショップ経営の他、自ら彫り、マシーンを制作し、Webを管理するなど、多忙な毎日です。ですからTATTOOの予約は週に3人までに制限していますが、それでも毎日、ショップに居ます。それは彼が、ショップに居ないショップオーナーは、論外だと考えているからです。ですから、金儲けのために、TATTOOショップをいくつも経営するような企業家にはむかつくと言っています。彼らは、TATTOOをクラフト(工芸)ではなくビジネスのためだけに考えているのが問題だと指摘しています。彼は、「人は一人前になるために、それなりに懸命に働き経験を積まないといけない」と考えており、投資としてのTATTOOはその人の純真さを失わせていくと言っています。彼は、辺ぴな裏通りで黙々とがんばっている老TATTOOERみたいな人を高く評価しており、例としてTom Beasley(http://www.dragon-moon.com/tomsamp.htm)を挙げています。セスはTATTOOを「産業」と考えるような人は区別すべきだと考えており、TATTOOERは、オーナーがショップに居ない店や、オーナー自信にTATTOOがないような店では働かない方がいいとまでいっています(笑)。
 その一方で、セスはTATTOOISTのレベルが非常に高くなってきていると指摘しています。「将来、TATTOOISTとして頭角を現そうするには、特別な何かがないとダメだろう。」特にTATTOO全体のレベルを上げた人達として、Grime, Whitehead, Trevino, Chris O*Donnell, Aaron Cain, Tim Hoyerを挙げています。セスは、shitty(敢えて訳しませんが)なTATTOOを世間の目に触れさせるのは、世間の人々がTATTOOを入れたくなくさせてしまうことに、TATTOOERは気付くべきだと力説しています。そして、知識を得たらみんなで分け合う(シェアする)ことこそが、より良いTATTOOを彫れるようになり、より多くの人がTATTOOを入れたくなることにつながると語っています。
<original text : International Tattoo Art Nov.2001>

READ ST. TATTOO PARLOUR
231 W. Read St.
Baltimore, Md. 21201 410 523-4657.



16. Paco Excel パコ・エクセル / NewSkool Studio
グラフティから"Nihon"へ。彫られて学ぶTattooist。
http://www.newskooltattoo.com/paco.html

パコ・エクセルは、クリス・トレビノと大阪Three Tides Tattooに来日しているときに、下絵を描いている後姿を見かけたことがあります。その時はどういう人か知らなかったのですが、壁に貼ってあった下絵や作品の写真を見る限り、絵がとても上手く、しかもバイオ・メカからグラフティまで幅広くこなせる達者な人だなーと思いました。後になって雑誌等に彼の名前が出ていることに気が着きました。どうやらクールなグラフティTATTOOを彫るTattooistとして名が知られているようでした。

■エアブラシからTattooマシーンへ
 それもそのはずで、彼はもともとグラフティを仕事にして、サンフランシスコのベイエリアを中心に活躍していたアーティストだったのです。エアブラシを手に壁に向かったのは、13歳の頃。その後、建物の内装・外装の仕事としてグラフティを請け負うようになっていったようです。その頃にはAWRというグラフティ・アーティスト集団を率いて活躍していました。
 そんな彼が、エアブラシをTattooマシーンに持ちかえるきっかけになったのは、ベイエリアのあるTattooショップの内装を頼まれたことからでした。彼とその仲間は、壁画を描く傍ら、ショップのTattooerの仕事ぶりにかなり興味を引かれてしまったそうです。そんなある日、そのショップのTattooerの一人が、どうやらナチ系らしいということで、店からたたき出されてしまいました。ちょうどそのとき、パコもその場に居合わせたのです。パコは、これ幸いと見せのオーナーに、自分のドローイングの腕を見込んで、Tattooerとして雇ってくれないかと頼み込んだのでした。オーナーはテストとして、パコにTattooの下絵を描かせてみることにしました。もちろん、絵の腕は確かなパコですから、その店のTattooerとなることができたのでした。

■ストリートのショップで仕事する意味
 ストリートのTattooショップからTattooerのキャリアを始めた彼は、そこでストリートのショップで働く本当の意味を知ったと語っています。「ストリートショップで働いたことのない人は、自分がいったい何を仕事にしているのか、ちゃんと理解できない」と彼は言っています。それはゲットーから来るような客も含めて、あらゆる客と向き合う経験を積むことにもなります。また常に片目で時計をにらみながら仕事するようになるので、彫るスピードとテクニックを向上させるのにも役立つそうです。彼いわく「たとえどんなにレベルの低い絵柄でも、1日20〜30も彫れば、学ぶところは沢山ある。」
 そんなストリートショップでの経験を生かして、彼は、彼の故郷であるメキシコで、メキシコ人tattooerの技術向上に手を貸しています。彼は、メキシコシティの蚤の市にあるTattooショップを手伝ったり、メキシコ人にも自分たちの創作活動に興味を持ってもらうために、メキシコシティにもNewskoolスタジオを開設しています。

■ Newskoolスタジオ
うちのサイトからもリンクしていますが、パコとパートナーのアドリアーノは、Newskoolスタジオを設立してずいぶん経ちます。元々はTattooスタジオでしたが、今では、アート展覧会を企画・展示するコレクティブ・スペースとして活用されています。
 パコ自身は、アートとTattooは分けて考えていたようですが、アドリアーノの強い説得で、アート・スペースの方向に移っていったようです。パコはTattooistになってからも、絵はあいかわらず沢山描いており、最初はアクリルやエアブラシを使っていたようですが、今では水彩しか使わないそうです。なぜなら、パコ曰く「水彩が最もTattooistにふさわしい画材だと思うから。」最近では、大阪Three Tides Tattooの主催で、Newskoolスタジオ関連のアーティストの展覧会が大阪でも開催されました。(惜しくも、私は行くことができませんでした。残念!東京でもやってホスイ。。。)

■ TattooistにTattooistが彫る意味
パコは、Tattooistが「彫る」ことについて、より深い理解を持つためには、他のTattooistに自分も彫ってもらうことが不可欠だと強く信じており、Tattooを入れていないTattooistは仕事を変えるべきだとまで言っています。「なぜなら、どんなに腕がよくても、TattooのないTattooistは、現実に自分自身がフルに理解し、訓練していないもので生計を立てようとしているからだ」と彼は考えています。
もちろん、パコ自身は数多くの腕の立つTattooist達に彫ってもらっています。彼は彫ってもらうことは、全て「学ぶことのできる経験」だと考えており、彼に何かを学ばせてくれる人、彼が感心するような人を選んで彫ってもらっています。
一方で彼は、小さなTattooをいくつも集めるより、一人のTattooistによって全身彫られた作品の方が好きなのですが、彼自身が全身一人に彫ってもらっていたら、せっかくの学ぶチャンスを逃して、彼が今持っている知識は得られなかったと考えています。非常に幸運なことに、彼は、Tattooのメッカ、ベイエリアに居て、何人もの巨匠に囲まれていました。結果、彼が彫ってもらったArtistは、Grime、Marcus Pacheco、Aaron Cain, Jef Whitehead、Scott Sylvia、Chris Trevino、Dan Higgs、Jack Rudy、Craig Toth、Tim Lehi、Chris Connです(マジ、裏山椎!)。中でもティム・リーハイにたくさん彫ってもらったそうです。

■ Pacoが目指す3つのスタイル
彼にとってのTattooingの師匠といえば、まず最初に思い浮かぶのがGrimeです。一年ほど、パコのショップでゲストワークしてもらっていたそうです。第二の師匠はChris TrevinoとAaron Cain。さらにTim Lehiがそこに加わります。もちろん大御所Ed Hardy氏がいてこそ、なぜtattooを確かな方法で彫らなければならないか理解できたと言っています。またDan Higgs、Scott Sylvia、Jef Whiteheadからは、トラディショナルなアメリカンTattooを学んだそうです。
ちょうど今、彼は特に3つのスタイルに関心があるそうです。ジャパニーズ・トラディショナル、アメリカン・トラディショナル、バイオメカニカルの3つです。今、彼はアメリカで行われているジャパニーズtattooに、アメリカ影響を持ち込もうと努力していて、『Nihon』スタイルというのを作り上げようとしているそうです。
オールドスクールからバイオメカまで何でも上手に彫れる彼ですが、器用貧乏にはなりたくないと言っています。そろそろ、一つのスタイルに特化する必要があるなと思っているとのこと。どうやら彼は、ジャパニーズ・スタイルにかなり傾倒しはじめているようです。というのも、彼の父親は、日本美術を集めていたようで、それが彼の今日の興味の原点になっているようです。もちろん、彼はアメリカン・オールド・スクールに誇りを持っていますが、「ジャパニーズ・スタイルほど、身体の形態に調和させることができるtattooはないと思う。だから、ジャパニーズ・スタイルは、リアルで、円熟していて、洗練されているのだ。」と語っています。
次の来日のときには、どんな作品を見せてくれるか、楽しみなArtistの一人です。



17.サビーヌ・ガフロン Sabine Gaffron
アール・ヌーボーTattooの旗手。旅に生きるドイツ美人Tattooist
http://www.sabinegaffrontattoo.de/

 女性Tattooistといえば、L.A.のジル・ジョーダン、N.Y.のアンドレア・イーストン、ベルリンのニコが有名ですが、最近注目の女性Tattooistとなると、イタリアのアマンダ・トイと、このサビーヌ・ガフロンの名前を出さずにはおけないでしょう。サビーヌ・ガフロンは、アール・ヌーボー風の女性の顔を彫らせたら右に出る者なし。しばしばTattoo雑誌で、彼女の作品を目にしますが、その優雅さは、印象にとても残ってしまいます。彼女は'95年に自分のショップを構えているものの、最近はずっと旅に旅するさすらいのTattooist状態。で、最近ようやく自分のWebサイトを作ったので、ようやく詳しく紹介できる運びとなりました。(Webサイトとしてもカコイイ!グラフィックもナイス!)彼女のサイトのプロフィールを見ると、おっと、なかなか可愛い女性ではないすか!(少なくとも「バグダッド・カフェ」に出てくるドイツ人おばちゃんとは大違い。かといって、ニナ・ハーゲン(旧!)のようにアンダーグランドでもないっす。)
  アール・ヌーボーは、19世紀末ヨーロッパで一斉を風靡した芸術スタイルですが、今世紀初めの印象派とならんで、日本の影響を直接受けたムーブメントとして有名です。ガレのガラス器や、ミュシャのポスターが有名ですが、いずれも流れるような曲線によるデザインが特徴です。Tattooのデザイン・ソースとして使われているのをヨーロッパの雑誌等で以前からよく見かけました。特に女性のTattooモチーフとして底固い人気があるようです。私も学生時代に出合って以来、アール・デコと並んで大好きなデザインなので、アール・ヌーボー調のTattooを真剣に彫ってもらおうと考えていたこともありました。実はバブルの頃に、画商から買った(買わされた?)アール・ヌーボーのガラス器もコレクトしてたりするんですが、これを売り払ってTattoo代にしたいんですが…価格が3分の1ぐらいになってシマッタ(泣)。
 そんな話しは、さてさて、おきおき、サビーヌは、1969年ベルリン生まれ、17歳でファーストTattooを入れ、'92年23歳からTattooerの道に入って、もう10年のキャリアがあります。'93年にはベルリンTattooコンベンションに出展し、1999年にはTokyo Tattoo コンベンションに来日しています。Tattooerになる以前の詳しい経歴はわかりませんが、年齢や、早い時期から頭角を現していたこととからみて、きちんとした芸術教育を受けていたのではないでしょうか。ヨーロッパという場所柄、Tattooerになった当初から、装飾的なデザインを頼まれることが多かったそうで、次第にアール・ヌーボーに特化していったようです。彼女は、日本の彫り物を非常に高く評価しており、アール・ヌーボー調のTattooは、表現上の特長と彫る際に融通性があるという点で、日本の彫り物に通じるものがあると考えています。彼女はアール・ヌーボーを含め、装飾的なモチーフが好きな反面、流行に左右されるのを嫌っています。というのも、彼女自身、他のTattooistの仕事を見るにつけ、まだまだ学ぶべきことが多いと感じているからです。彼女は、近づいてディテールを見ても耐えられるぐらい、小さく、美しく、精密な作品を目指しています。(クローズアップしたとき、ディテールが美しいことを重要視するのは、日本の彫り物を評価しているTattooistに共通した傾向かもしれません。)彼女は、女性の顔をよく彫りますが、それは女性が装飾的なデザインになじみやすいラインを持っているからだといいます。またアール・ヌーボーも装飾的であるとともに、自然をモチーフとしているので、人間と非常に調和してくれるのです。とはいえ、彼女は将来的にアール・ヌーボーだけ専門にやっていくつもりではなく、よりグラフィックなTattooを志向していますが、アール・ヌーボー調Tattooを彫ることで、太いアウトライン、明瞭な輪郭、精巧なディテールと密接にからみあった色の対比など、いろいろなことを学ぶことができたと評しています。
 彼女のTattooに対する取り組み方は、まず、もっとカスタム・スタイルに取り組むこと、そしてそのために彫る前に顧客とのコミュニケーションに時間をもっとかけることであり、何時間もかけて、語らい、ドローイングし、家でスケッチを何枚も描いて、どの仕事にも最大の注意を払っていきたいそうです。そんな仕事のできるショップを探しているようですが、金をかせごうとすれば、旅行もできず、一ヶ所に留められて、山のようにフラッシュ・ワークをやらされるのが関の山、いまもって彼女は腰を落ち着ける店を見つけていません。というわけで、彼女の理想の顧客は、カスタムワークのために、たっぷりと時間をとってくれて、できれば、彼女といっしょに旅に出てくれる人だそうです。(って、そんなの弟子か旦那(ただしヒモ状態)ぐらいしかいないじゃん...うーん、でも彼女といっしょならいいかも。。。)
 彼女の活動拠点はもちろんベルリンなのですが、近年は旅行に熱中していて、今年はスイスとスウェーデンに主に居るそうです。さしあたって今は、一箇所に留められることはがまんできないので、旅することしか考えておらず、もう自分の店を開ける気もない様子。日本にも来たいといっていますが、今はいいチャンスが来るのを待っているそうです。(どこかのショップで呼んでください!!)

Sabine Gaffron
Berlin, Germany
sabinegaffron@sabinegaffrontattoo.de
or sgaffron_bija@hotmail.com


18. Michael Rubendall マイケル(マイク)ルーバンドール / Da Vinci Tattoo、New York Adorned
NYCのジャパニーズ・スタイルのホープ
http://www.davincitattoo.com/
http://www.nyadorned.com/home/index.html

 マイクのことを知ったのは、2年前(2000年)でした。米国のTattoo雑誌をぱらぱらめくっていると、Filip Leuばりのかっけー龍のtattooが目に留まったのですが、それがマイクの作品でした。「ほーアメリカにもこういう繊細なジャパニーズスタイルをやる人がいるんだ」と感心たのを覚えています。実はそのとき記憶に強く残ったのは、彼がHenningのRoyal Tattoo(王室刺青)のTシャツを着ていたからというのもあったんですが*ちょうとその頃、私はTokyo Tattoo Conventionに来日するHenningに彫ってもらおうと虎視眈々としていたのでした。実はマイクとHenningが非常に厚い信頼関係で結ばれているのを知ったのは、今年(2002年)NYC Tattoo ConventionでHenningと再会したときでした。
 Henningもジャパニーズスタイルですが、彼はどちらかというと、シンプルなラインでボールド(ぶっとい、がっつり)なtattooを彫るのに対して、マイクはより写実的なタッチの作風です。さしずめ、Henningが浮世絵肉筆画風なら、マイクは近世日本画風といった感じでしょうか。マイクからもらったメールには「目指しているのは、(河鍋)暁斎(註1)だ」と書いてありました。
 マイクが最初にtattooに興味を持ったのは、彼の兄リッチがtattooをいくつか入れているのを見たことでした。また兄のリッチもマイクに才能があることを見抜いて、マイクにtattooerになるように勧めたのでした。そして修行の場として、マイクが近所で最も有望だと思ったショップが、Da Vinci Tattooだったのです。彼はオーナーのFrank Romanoに会って、自分のポートフォリオを見せましたが、Frankは、なかなかOKを出しませんでした。結局マイクは3ヶ月間、店のあたりをあてもなくうろついた末、ようやく弟子修行を許されました。12ヶ月にわたる修行で、Frankからtattooingの「いろは(ABC?)」から全て教え込まれたのでした。
 マイク曰く「Tattooは、これまでタブー視されてきたが、今では、タイムズ・スクエアのカルバン・クラインの広告モデルにもTattooがある時代だ。長い間、Tattooは見下されてきたし、クレージーな行為だと思われてきた。入れる人も、Tattooを入れることで自分がクレージーで他の人とは違うことを示したいために入れていた。でも、今や、Tatooは人より目立つために、一種の自己表現の形として使われている。テレビや何かで‘cool’なTattooを見かけた人が、それと同じようなTattooを入れたくなる。またそれを誰かが見るという形で、サイクルが回りだしている。」
 マイクはTattooを単なるクラフト(工芸)ではなく一つの芸術形態だと考えており、常に何かユニークで特別なものを創造しようと努力しています。とはいいながらも、彼は伝統的なオールドスクールスタイルに強く影響を受けています。繊細なシェイディング(影)による写実的な表現が特徴的ですが、オールドスクールのモチーフもよく彫っています。どちらかというとルネッサンス絵画のような作品も沢山残しています。彼の彫るマリア像は、なかなか壮麗です。マグダラのマリア(イエスが足を洗ってやったという娼婦。その後、熱心な信者になる。イエスの子供を生んだという伝説もある!)を彫った作品もありますが、なかなか憎いモチーフだと思います(私にも彫ってくれ〜!)。現在の彼のお気に入りのスタイルは、日本やチベットに触発されたイメージです。技術面では、客の身体の形に、Tattooのデザインをできるだけフィットさせることに注力しています。
 彼自身、Tattooの次のトレンドが何かわからないと言っていますが、「伝統的なトライバル・バンドにとってかわるのがどんなスタイルか、ぜひ見てみたいと思っているんだ。」といっています。私もそう思います!予感では日本の入墨がかなり大きな影響を与えたスタイルになるのではないかと期待しています。

追記:知らない間に、New York Adorned(NYCの大手Tattooショップ)も掛け持ち状態で活躍してるみたいです。20031231

Da Vinci Tattoo, 3253 Sunrise Hwy. Wantagh(Long Island), NY 11793,
516-781-5030
New York Adorned. 47 2ed Avewnue NYC
(212)473-0007


<この1年ほど更新してませんなー、すんません20021231>

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