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プロフィール

  • 名前 性別 生年月日 自己紹介
    あけみ

    19xx年
      8月6日
    5ニャンの母親。
    毎日、ニャン達のお世話で大変。
    ミャー

    1997年
      2月20日

    2003年
    8月25日永眠
    ペットショップで一目惚れをされて、お母さんのお家へ。
    性格は、臆病で神経質なのに好奇心旺盛で悪戯ばかりしてます。
    身体は、そんなに強くないからよく病院へ行きます。
    2000年に背中に腫瘍が出来て、手術をしたのよ。
    また再発する可能性があるから注意が必要なの。
    最近、なんかニャンが増えてお母さんに甘える時間が減ったのが不満だわ。

    (2003年8月、急性腎不全にて永眠)
    チィ

    1997年
      6月11日
    ペットショップで、アビシニアンと戦っている姿に惚れらて、
    ミャーお姉ちゃんの妹になりました。
    名前の由来は、小さかったからなんだけど、いつの間にかオブタちゃんになってしまったわ。
    お母さんは、ダイエットしなさいって言うのよ。
    そんなに太ってるかなぁ。
    最近は、人見知りが激しくなったの。だから他の人が私を見ることは不可能に近いのよ。
    モモ

    推定年
      1998年
    保護日
     2000年
      6月9日

    2006年
    11月23日永眠
    私は、お母さんの会社の近くに捨てられたの。
    お母さんは、私の事を気にしていたんだけど、私は明るい時間には怖くてウロウロしなかったの。
    だから、お母さんが見る機会があまりなかったの。
    でも、お母さんの会社の人達が、私が「日に日に毛もボロボロになってる」って言ったんだけど、お家にはお兄ちゃん達が先にお家の子になってたので「これ以上は無理なの」って言っていたんだって。
    お母さんが残業をしている時に、会社の人が「あの猫、死にかけてる」って言ったの。
    そしたら、お母さんはとっても悩んでしまったらしいの。
    帰りに私を見つけると、側に来て私をジーと見てたの。
    私の姿を見て「このままじゃ、死んでしまう」と思ったって。
    そして、そのままお家に連れて帰ってくれたの。
    病院で、白血病の検査が陽性だったの。熱も少しあったし。
    お母さんは、私が可哀想で仕方なかったらしいの。
    1ヶ月間、一日おきに病院へ行ってインターフェロンと抗生物質の注射をしに行ったのよ。私は、それが嫌だったの。
    1ヶ月後に再検査をしたけど、やっぱり陽性だったの。
    あとは、体調の変化があった時に病院に行く事になったのよ。
    私のお部屋は、リビングでゲージに入ってるの。
    でも、夜中から朝までリビングにだしてもらえるの。
    今まで、怖い思いをしたから未だに人が怖いの。
    リビングに出してもらっても、お母さんが近づくと逃げてしまう。
    お母さんのお家に来てから3ヶ月後の検査で、猫エイズも陽性反応になったの。
    モモは、白血病とエイズの二つのキャリアなんだって。
    お母さんは、とっても悲しんでモモの為に一生懸命してくれてるみたいなんだけどモモは病院とお薬がイヤなの。
    避妊手術もしたのに、なぜか発情してしまって再手術をしようと思ったら心臓が少し大きくて手術は危険だから中止になったのよ。
    (モモの部屋にモモを保護した時の事、モモの病気の事を書いてます)

    ※2003年5月にミャー&チィと同室になりました。
    (2006年11月23日 永眠)
    キム

    推定年
      1996年
    保護日
     2000年
      3月22日
    僕とタクは、前まで飼われていたんだけど捨てられたんだ。
    なぜ捨てられたのかは分からない。
    僕達は、何にも悪い事をしていないはずなのに。
    僕達は、かあちゃんの会社の隣で生活していたんだ。
    僕は、人が大好きだから誰にでもなついてたんだ。
    でも猫が嫌いな人とかに虐待される可能性と、車がビュンビュン走ってるところだったから事故に遭う可能性がおおきかったんだ。
    それで、かあちゃんが心配してお家に連れて帰ってくれたんだよ。
    でも、僕は猫が嫌いなんだ。
    だからミャーちゃんとチィちゃんに飛びかかったんだ。
    かあちゃんは、怒るけど僕は・・・
    僕の、この性格のために、僕達は別の部屋で生活してるんだ。
    かあちゃんと、もっといっぱい一緒にいたいんだけど・・・
    一時は、里親さんの募集もしたらしいけど、やっぱり難しかったらしい。
    タク

    推定年
      1996年
    保護日
     2000年
      3月22日
    僕はキムと兄弟なんだよ。
    どうして分かるのかって。体型と顔がソックリなんだもの。
    性格は、キムとは違うけどね。
    僕は最初、少しだけ かあちゃんに距離を置いていたんだ。
    でも、かあちゃんが優しいから僕はかあちゃんが大好きになったんだ。
    僕も、いつもかあちゃんと一緒にいたいんだけど、キムが女の子を虐めるから女の子が怖がって駄目なんだ。
    だから、僕もキムと一緒に別の部屋になっちゃったんだ。
    かあちゃんと一緒にいる時間は、ず〜と側にいるんだよ。
    かあちゃんの側が好きなんだもの。
    かあちゃんの悩みは、僕が大食いだから食費が大変なんだって。
    そういえば、少し太ってきたなぁ。

    しろ 保護日
    2001年
      3月21日
    里親さんの「かおるさん」のお家で幸せに暮らしています。
    しろちゃんは、キム&タクがいた場所の少し先の運送会社の駐車場にいました。
    そこの場所で車の中で生活をしていた人が数匹の仔猫と暮らしていましたが、次々に仔猫がいなくなっていました。
    そしてそこで生活をしていた人もいなくなっていました。
    3月21日の朝、その駐車場の横にある自動販売機でコーヒーを買おうと行くと、しろちゃんが前足が曲がった状態で必死になって私の所に来たんです。
    足がおかしいので見ると事故にでもあったのか血がにじみ曲がっていました。
    仕事もあるしで、しろちゃんを振り切って会社に行きましたが気になって気になって仕事どころじゃない状態になり、ネット仲間さんにメールをして相談をしたりしてました。
    家には5ニャンもいるし、モモの病気の事もあるし、キム&タクは相性の為に別室で生活させている状態では、これ以上は無理だしで悩んでいましたが、お昼休みにもう一度見に行ってこのまま見捨てる事も出来なくなりました。
    ちょっとだけエサやりさんと接触出来たので、この子の事を聞いて見ると他の子達はやはり事故とかで次々に亡くなったと言う事でした。
    この時、他にしろちゃんのお母さんと思われる子と兄妹と思われる子の2ニャンもいましたが、この子達をこのまま駐車場で生活させるとまたトラックに轢かれかねないので、近くの猫が沢山いてエサやりさんがいるという場所に避難させ、しろちゃんは帰りに病院に連れて行きました。
    病院では、片足を切断しなければならないと言われ、何とか残す事が出来ないか相談しましたが、無理だと言われていました。
    片足切断になったら、里親さんを見つける事は不可能だと思いながら、一時預かりと里親さん募集と私の財政難の為、手術をおこなう為には膨大な治療費の捻出が難しい為、治療費のカンパをお願いしました。
    里親さん希望の方から連絡が入り、メールでのやり取りをしてました。
    24日には、一時預かりをしてくださる方も見つかり、その方の病院のほうが良さそうだったので、25日に横浜まで連れて行きました。
    いろいろ話をしているうちに、このまま里親さんになりますと申し出てくださりました。
    お家の方ともお会いして人柄も、病院も良かったので里親さんになって頂きました。
    その後、里親さんと病院の先生方のお陰で片足を切断せずにすみ、今ではプリンセスしろちゃんと呼ばれとても幸せに暮らしています。
    先住猫の双子のお兄ちゃん達とも仲良く暮らしています。
    里親さんが見つかった時の経緯および血液検査結果、治療費およびカンパの収支報告は「こちら」にも少しアップしています。

    保護した時に健康診断で血液検査もしましたが、FIPの結果は里子に行ってから結果が出て、数値が25600倍と非常に高い数値が出ました。
    検査をした病院では、この高い数値だとFIPの可能性が大と言う事で私としては焦りました。
    かおるさんちには先住猫ちゃんがいるから。
    慌てて電話をすると、お母様が電話に出られ、他の子に移ったら移った時よと動じることもなく、この事を受け入れてくれました。
    本当に良いお家の人の所だと改めて思いました。
    1ヶ月後に再度検査した結果、数値は200倍と問題ない数値になっていました。
    あそこまで数値が高かったので確実にFIPだと思っていたので、この数値は嬉しかったです。
    1度の数値では分からないものだとこの時思いました。

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