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心は実験できるか―20世紀心理学実験物語

[2006/10/01 Up]

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 心理学などに興味のある方には絶対おすすめの一冊です。

 著者のローレン・スレイターの文章は難しい学術書を読み解くような苦労がなく、小説を読むかのような臨場感を文章に乗せ、読者をある時は冷酷な実験の場へ、またある時は温かな著者の家庭へ連れて行ってくれます。また問題のある実験により汚名を着せられた学者達の苦悩、彼らの名誉を回復したいと考える遺族や友人の思い、そして彼らのライバル(時には明確な立場としての敵)の実験、もしくはその動機に対する嫌悪などが十分に伝わってきます。

 これは正に題名にあるように「心は実験できるか?」と言う一貫したテーマを伝えるには必要不可欠の表現手段でしょう。ある実験を紹介するのに、無機質な数字が羅列された図表に「[結果:A]が[結果:B]を予想よりも遥かに上回る割合で得られた…」との言葉が並べられるより、実験結果にショックを受けた実験者の率直な感想と、彼の心中を察する言葉が添えられた簡単な数値の方が、より実験の結果をスムーズに受け取る事ができます。

 逆を言えば細かな数値としての資料的な記述は乏しいのですが、この本には「伝説」と化した数々の実験がどの様な考えの元で行われ、当時の世論から、そして同業者からどう受け入れられどう拒絶されたかが証言を元にまとめられています。

 特にちょっとでもこの分野に興味がある方なら知らないはずがない「ミルグラムの電気ショック実験」、その実験を行おうとした動機はほとんど性質の悪いイタズラではないかと思われる「ローゼンハンの精神医学診断実験」についてこの本の内容を紹介します。


ミルグラムの電気ショック実験

 被験者を教師役と生徒役に分け、生徒役がテストにミスをすると教師役の被験者が電気ショックの罰を与えるルールで、実験者は徐々に電圧を上げて行くよう指示、ついには致死の電気ショックを与える事を促す。生徒役は許しを乞い、教師役も電撃を与えるボタンを押すことを拒否するが、実験の続行を強要される。

 しかし、教師役の被験者には「学習と罰の相関関係の調査」と伝えられたこの実験、実は「権威と従属」に関する実験であり、彼以外はグルだったと言う非常に問題のある内容でした。想定以上に生徒役に死をもたらすボタンを押す人間が多かった事で、この結果を以って条件さえ揃えばナチスの残虐行為は権威の名のもとに再現される危険性があることを示唆しました。

 当然、この結論は大論争を引き起こしました。もちろん、致命的なボタンの押下を拒否した人もいますしそうでない人もいましたが…私が一番興味深かったのが、権威に歯向かった人・従った人、共にニセ実験である事を知らされて安堵と怒りがあったものの、その後のミルグラムのある指示に(ほぼ)例外なく従ったと言う点です。言い換えると、実験の終了を知らされた後もその延長戦が行われるような形となり、その結果、ほとんどの人が(自分自身が怒りを覚えたはずの)実験について肯定的(協力的)な対応をしてしまったと言う点です。

 また、ボタンを押さなかった人・押した人、それぞれ1名ずつのインタビューが載っていますが、それぞれがその後に歩んだ人生に、この実験は多かれ少なかれ影響を与えています。その影響とは?そして実験後にミルグラムが被験者に出した指示とは?ネタばれ防止のため、興味のある方は本を読んでください。


ローゼンハンの精神医学診断実験

 予め申し合わせた数名の友人と共に医学書に前例のない「マンガチックな症状」を訴えて、それぞれ各地の精神病院に行き、詐病を見破れるか?そして入院させられた場合、即座にその症状が治まったことを医師に伝え、それからどの程度の期間で退院が許されるか?を実験したローゼンハン。結果、全員が即入院、短い人で1週間、長い人では2ヶ月近く退院が認められなかったと言う結果が出ました。

 つまりは「マンガチックな症状」以外は精神に異常をきたしていない人々が、その自己申告の症状のみで入院させられ、それが納まったと言っても退院が許可されなかったと言う事は、当時の精神医が如何に独断で患者とそうでない人を切り分けているかを表した結果だと大々的に発表されてしまいました。

 血液検査の結果、血小板の数が…、尿検査の結果、ある種のたんぱく質が…など、明確な数値として取り出せる結果を以って統合失調症だのうつ病だのが分かるシステムがない以上、仕方のないことと言われそうなローゼンハンの実験結果が精神医学の研究者達に火を点け、同時にローゼンハンとその仲間がいとも簡単に入院させられた事、病院内で(虐待や暴力など)不快な思いをしたかが考慮され、より人権を重視する形で改善がなされました。

 ローゼンハンに批判的なロバート・スピッツァーは著者のインタビューに答え、彼(ローゼンハン)の時代とは違い、詐病は見抜かれ、入院させられる事はありえないと断言しました。そしてその言葉を受け、著者、自らローゼンハンの実験の追実験を行う事にしました。そして結果は…こちらも読んでのお楽しみ。

 また、特筆すべきはローゼンハンの実験で彼らの詐病を見抜いた人たちがいました。担当医も看護士も気付かなかったにも関わらず、「あんた正気だね?ジャーナリスト?それとも精神科医?何でこんなところにもぐりこんできたの?」と、ズバリ図星をさしてきたのは他ならぬ“正規の”入院患者たちだったそうです。


 他にも色々と物議を醸し出しそうな実験の紹介が並びますが、とにかく著者が書物のみを相手にするのではなく、実際に人を訪ね、話を聞き、時には追実験を行う事もあり、その活動がグイグイ伝わってきます。とにかく「ノン・フィクション小説」の様な感覚で読んでみてください。

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