「くっつく石」をもとめて

プロローグ
完全な気まぐれ
ここはどこだ!
見世物と神事
「くっつく石」体験
取材完了!
考察
最後に

プロローグ

[2005/08/14 Up]

 2005年8月7日。かねてからこの目で見てみたかった 「くっつく石」 を取材に熊本まで行きました。

 この石についてご存知ない方に簡単に説明すると、熊本在住のNさんが自宅の庭先にある社(やしろ)に奉っている“石”がご神託を受け、占って欲しいことを尋ねると「Yes/No」を2つの石が “くっつく” か否かで答えるという不思議なものです。

 “くっつく”という表現が分かりづらいかもしれませんが、ちょうど「鏡もち」を重ねるように2つ(と言うより、形状からして2枚という感じ?)の石を置くと、「Yes」の場合、磁石でくっ付いているかのように上の石を持ち上げるだけで下の石も持ち上がってきます。


 まさに“くっつく石”なのです。(詳しくは「アルファ・ウエーブの超常現象調査プロジェクト」の「小ネタの室」をご覧ください)

 この不思議な石を初めて知ったのはあるテレビ番組で、当時、よく書き込みをしていた超常現象懐疑系の掲示板でも大変話題になりました。議論の焦点は「万有引力の法則に逆らった現象」であり、同時に「トリック」と言う言葉も飛び交いました。当然といえば当然の話ですが。

 その掲示板でどう言うわけか(話の流れで) 近くに住んでいる人間 が検証に行っては?とのやり取りから、なぜか私が“気が向けば”行ってみようという話になりました。まぁ、ネット上では本州・四国・北海道の住人もいるわけですから、隣県に住む私に白羽の矢が立てられたというわけです。

 その後、その掲示板はゴタゴタで閉鎖され(私も半追放みたいな形で追い出され)、熊本まで出っ張る理由がないまま時間は流れました。前述の発言をした頃は 取材への催促のメール もちょくちょくありましたが、既にあてにされなくなって数年が経ちました(笑)。


完全な気まぐれ

[2005/08/14 Up]

 2005年の夏休み、日程が二転三転し予定が全てお流れ。ただする事もなくダラダラと過ごすことになりそうだった矢先に「くっつく石」の事を思い出しました。ちょうど前年の暮れ、またこの石がテレビで取り上げられたこともあり、どこか 心の奥に引っかかっていた 「宿題」を済ませるのに丁度いい機会だと考え、我が家のセカンドカーの2日間の使用許可を取り熊本に向かうことにしました。

 しかし!

 自分でも恐怖を覚えるほどの「行き当たりばったり」な性格である私。今回の旅も以前にメールをくれた人からの わずかな情報のみ 、しかも 他人様の自宅見ず知らずの人間 が押しかけるという無謀な計画で 片道4時間 はかかるであろうドライブに出かけました。

 まぁ、いくら無謀とは言え下調べをし、近隣の地図は用意しましたがなにぶん熊本の田舎、ネット上で手に入る地図では大雑把すぎる。結局、昔購入した「格安温泉情報」の本の地図を頼りにしましたが…これが後に 大きな失敗へとつながります


ここはどこだ!

[2005/08/14 Up]

 高速をぶっ飛ばし、熊本県内の某ICを降りると予想通りの田舎の町。ここから目的地までは更に1時間以上ドライブしなければなりませんが、 頼りにした地図が大失敗!

 ある程度簡略されていたため距離が分からず、行き過ぎたのかまだ着いていないのかわからない目印ばかり。しかもその本がかなり古かったため、道路は造りかえられてるし(田舎道ではよくあることですが)地図上では一本の線でかかれている道も「これ、ホントに地図で言ってる道?」と不安になるような細い道まであり。

 とどめは「平成の大合併」で地図に書かれた 地名が変わっていた り、目印にしていた 村役場が町役場へ 、更には 廃止されて出張所になっていた り。これが組み合わされたらもう最悪!カーナビの必要性をこのときほど感じたことはありませんでした。

 こうなれば超アナログな手段、とにかく「人に尋ねる!」作戦に変更。しかし、皆さんご存知のように 私は根っからのシャイな性格 で、人と話をすることが苦手。言いたい事も言えずに貧乏くじを引くことも多々ある「引きこもり体質」(って、ここまで極端にウソをつくとばれるか…)なため、これはなかなか高いハードル。

 ここでワンポイントアドバイス。道を聞くのに 交番はあてになりません 。誰もいないことがほとんどです。一番いいのは 配達中・配送中の郵便局員か宅配便の人 に聞くこと。もちろん仕事の邪魔をしないように。そして田舎という性質から、今回はご近所(と思しき所にきたら)の酒屋でたずねました。


見世物と神事

[2005/08/14 Up]

 詳しい道と場所を聞いたものの、それでも迷うこと数十分。この辺りと目星を付け車を止め、後は徒歩による散策を続けました。 ここまで来て見つかりませんでしたじゃ情けなさすぎる 。真夏の日差しを受けながら、とうとう目的地となるNさんのお宅を発見しました。確かに庭先には小さな、そしてテレビなどで見覚えのある社がありました。

 さぁ、ここで最大の難関。迷った時間も含めて計5時間をかけてやってきましたが、門前払いをされる可能性もかなりあります。いや、そう考えるほうが普通でしょう。さらに皆さんご存知のように私は根っからのシャイな性格で…って、もういいか。無礼を承知でチャイムを鳴らすと奥から(テレビにも出ていた)Nさんが出てこられました。

 さすがに突然の訪問、都合が悪ければ(近くに宿を取り、翌日に)出直しても良いですが、もしよろしければとこちらの非礼を詫びながらたずねると、少々迷惑そうな(と言うより怪訝な)顔をしながらも社に通してくれました。

 社の中で事情を説明し、お供え物として持参したお菓子を供えると早速石を見せて欲しいとお願いしました。


 すると、 「石がくっつくのは見世物ではない」 「神様からのお告げを伝える手段であり何か占って欲しいことをたずね、その結果として現象である」と怒られてしまいました。

 これは私が完全に間違っていました。テレビなどでの取り上げられ方は明らかに 「見世物」 でしたが、 Nさんにとっては「神事」 であり、テレビでは視聴者に対して宗教的な部分をスッパリ切り落として伝えたため、Nさんと「石」に対して失礼な事をお願いしてしまいました。


「くっつく石」体験

[2005/08/14 Up]

 まずは般若心経、続いて地蔵経(正確な名称は失念)を唱え始めました。科学的見地から言うと、この読経が不思議現象に影響するとは思えません(例えば経を読み間違った、聞き取れないほど小さかった、早口だった、発音が悪かったなど、「経」の“ていをなしていない”場合に石がくっつくのかどうか?)が、 この儀式を否定しては先に進みません

 もっとも、私もこの読経で厳かな気持ちになると同時に足の感覚がなくなってきましたが。

 (こちらの非礼・無礼とそれに付き合って頂いていると言う立場的劣勢、読経によるムード作りとあっさり痺れてしまった足などが原因で)すっかり 雰囲気に飲まれた私 は、何を占って欲しいかたずねられ、テンパった状態で結構 “シャレにならない” 質問をしてしまいました。(もっとギャグっぽい占いを頼めばよかった…)

 おもむろに三方の上の石を一つ持ち上げたNさんは、私の質問を復唱しながら石をカチャリと音を立てながら何度か重ねました。そして、そのシャレにならない質問の回答が(私にとって)歓迎できない結果として石がくっついた状態で手のひらの上に差し出されました。

 軽く傾けたり振ったりしながら石のくっついた状態を確認した後、下の石だけが離れ、私の手のひらにずっしりと落ちてきました。そのくっついていたであろう個所を凝視する間にもう一回、同じようなプロセスで石が私の手のひらに届けられました。

 この間、用意していたビデオカメラで撮影はしましたが、これも注意されてしまいました。許可も得ずに何事か!と。これまた謝り(って、頭を下げてばかり)その後、この石にまつわる話や (仏教用語としての)お説教 を受け、世間話へと移行。小一時間ばかり話をしました。

 心なしか社も最初に入った時よりも広く感じられ、不思議な感覚に包まれました。

 また、これらの文章からNさんは気難しいおじいさんのように受け取られるかもしれませんが、 実際には非常に人のいい好々爺を絵に書いたような方 です。相手の都合も考えずに訪れた私の相手をしてくれたぐらいですし。(急に来たりしないで、 電話の一本もよこせば良いのに と言われましたが…電話番号を知るわけないし)


取材完了!

[2005/08/14 Up]

 Nさんに挨拶をし、帰る前に持って帰ろうと決めたものがありました。それは 「祈願成就した人たちが持ってきた石」 と言うもので、(あくまでも)Nさんの話ではくっつく石と 出所は一緒 だと言う、社に置かれた石です。さすがに量が多くなり、ある程度になると社の脇に捨てていると言っていたので、一言断った上で数個持ち帰りました。(はっきりさせておきますが、社の外に 「捨ててあった」 石です)

 続いて、旅行の帰りにはそれらの石の採取場所と言われる川から同程度の石も数個持ち帰りました。まさか持って帰った石がくっつくとは思いませんが、念のために。

 総走行距離600キロ(道に迷ったり、取材とは別目的の遊びの部分もありますが)、2日に渡った取材旅行でした。


考察

[2005/08/14 Up]

 さて、ここで話が終わっては単なる旅行記になってしまいます。正直なところ、 「不思議なことがあるなぁ」で終わらせたい ところでもありますし、はっきり言って「なぜ重力に逆らい、2つの石がくっついているのか?」と言う 謎に対する答えは見つからずじまい でした。

 それでも、今回「くっつく石」を目の当たりにし、感じたことを “両極端” な立場から列挙してみます。

■トリックを使っているのでは?

・多くの石が並べられていましたが、使用する石は必ず三方の上の石。しかも、上の石は特定していて(2回、石をくっつけたが、2回とも上の石だけは同じ)、手渡された石は“下の石”だけだった。

・三方の上の石は黒光りし、使い込まれた印象を差し引いても、他の「祈願成就した人たちが持ってきた石」とは違う石のように思えた。

・本当に「神のお告げ」であれば、私の手のひらの上に持ってきたタイミングで離れるのか?Nさんの意思で離れたような印象を受けた。

・目の前で石を離した上で手のひらに落とすと言う“あらため”が、いかにも手品的

■神がかりな不思議な力がはたらいているのでは?

・Nさんはこれを商売としているわけでもなく、これで得をしていると言う訳ではなさそう。(「話し相手が欲しい」などのお年寄り独特の願望も考えられるが、それにしては回りくどい)

・既に磁力などの可能性はテレビなどで検証済み。

・仮にトリックとするなら、かなりハイテクな道具(一見、石に見えるが何らかのスイッチでくっつく・離れるを自在にコントロールできる)であり、現象は地味だが「お金の取れる」ほどのもの。



 他にもいろいろありそうですが、「検証」と言う観点から私に期待して読んでいた人にはかなり 消化不良な結論 だったと思います。

 ただ、人によっては くっついた状態の石を取り上げて でもどうなっているか見るべきだと考える人もいるかもしれませんが、私はそのような 無礼な態度をとって導き出した結論 よりも、(仮にトリックだとして)実害がない今の時点では 騙されるお人好し を選びたいと思います。

 また、万が一、Nさん自身気がつかなかっただけで「神のお告げ」ではなく、きちんと説明の付く方法で石がくっついていたとし、それを見破ってしまったとします。その場合でも「あぁ、おじいちゃん。この上の石の×××が○○○になってて△△△△だから石がくっついてたんですよ」と言う説明を言うのが 正解だとも思いません


最後に

[2005/08/14 Up]

 この記事を以って 「Elwoodが超常現象肯定派に転んだ!」 とか 「ろくな検証も出来ないくせに懐疑主義者を名乗るな!」 と言われても返す言葉がありません。ただし、釈明させてもらうなら「くっつく石」は見に行ったものの、 検証はできなかった と言うのが結論です。

 納得の行かない方は、申し訳ありませんが “ご自身で” くっつく石を検証しに行ってください。

 ただし、これはNさんと約束したことでぜひ書かなければならない事があります。私の今回の行動を棚に上げた書き方で心苦しいのですが、Nさん宅は これを生業としているわけではなく 、一般の農家です。何時行っても見せてもらえる、相手をしてもらえると言うものではありません。

 見ず知らずのご家庭に伺う場合、 最大限の配慮最低限の礼儀 を忘れずにお願いします。また、これは 「見世物」ではなく 読経から始まる 「神事」 である事を十分理解しておいてください。そして、Nさんのご都合も考え、場合によっては出直すくらいの覚悟でいてください。(このレポートで私の真意がどこまで通じているか自信がありませんが、少なくともこの文章を読んだ人には 「道場破り」感覚で訪問して欲しくはありません


 このレポートの括りとして最後にもう一つ。

 この記事を読み、自分も行ってみたいとNさん宅の場所の問い合わせがあるかもしれませんが、それに関しては残念ながら(基本的に) お答えできません 。冷たいようですが、(今回、私がやったように)ご自身で出来うる限りの情報収集をしてお出かけ下さい。

 そもそも、私も住所の番地や電話番号はひかえていませんし。



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