ホーム :書庫はつらいよ。―活字と音と、それから、それから。― :2002年 :

2002/10/12 【書評の短評】中村桂子評・『L・アンドルーズ/D・ネルキン『人体市場』』/【図書短評】鷲田清一『〈聴くこと〉の力』

前へ 次へ

2002/10/12 【書評の短評】中村桂子評・『L・アンドルーズ/D・ネルキン『人体市場』』/【図書短評】鷲田清一『〈聴くこと〉の力』

自分が書評をかかえているときには、なかなか余裕がないもので
ある。前回書いてからずいぶん時間がたってしまった。ともかく、
本来意図していた「書評の短評」を。
生命操作や「人体ビジネス」の問題については、死生観と宗教の関係
に関心をもっていることや、勤め先でのシンポジウムなどもあって、
たえず気にかけてきたが、つぎの書評は具体的かつ問題の核心を直観
的に人の心にきざむという意味でひきつけられた。
○中村桂子・評『毎日新聞』2002年10月6日東京朝刊
L・アンドルーズ/D・ネルキン『人体市場』 野田亮、野田洋子訳、
岩波書店
http://www.mainichi.co.jp/life/dokusho/2002/1006/01.html
たいした理由ではないが、本をいくらか処分した。読まない本を手許においておくだけのさまざまな余裕がないということ。買ったときのさまざまな苦労を考えると、売るときの値段の悲しさよ、と嘆じたくもなるが、まあ、私よりもっとその本たちを読みたい人の手に渡ればいいや。本を買おうというときに思い描く「自分像」は、とても勤勉で読書好きな姿をしているが、現実はこのとおり。「読んでおきたいなー」という本はけっきょく読まないまま荷物になっていく。(準備する講義の内容に応じて「荷物」からの名誉回復をとげる者たちも少なくないが。それにしても、わが家の「夢の島」は…。)

友人のネット日記に触発されて
○鷲田清一『〈聴くこと〉の力』
を大学図書館で借りて読んだ。本が出たときに気になっていたうえ、
『朝日新聞』に同様の趣旨の連載があって、研究のうえでも関心をも
っていた視点。鷲田が引用する中井久夫の文章(震災時における人の
「プレゼンス」の重要性)なども、まったく別の入口から読んでい
て、やはり興味の所在が近かったのだなと思った。鷲田の本は現象学
に関するものや『モードの迷宮』、ちくまプリマーブックスの身体論
などと読み続けてきた。「要旨は?」などと聞かれるとまったく答え
られないのだが、必要があるときにきっと思い出すであろう大切なこ
とをいくつも学んだ気がする。でも、気のせいかもしれない。


2002年 に戻る