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2002/06/06 【図書受入記録】ベルナール・フランク『日本仏教曼陀羅』

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2002/06/06 【図書受入記録】ベルナール・フランク『日本仏教曼陀羅』

ベルナール・フランク『日本仏教曼陀羅』藤原書店、2002年
私がベルナール・フランクの仕事にはじめて触れたのは、1989年に西
武美術館で開かれた「甦るパリ万博と立体マンダラ展」においてであ
る。そのときの衝撃的な感覚は今でも覚えている。当時、学部生だっ
た私は卒論で「空海の死生観」について書こうと考えており、「立体
マンダラ」ということばに惹かれて、この展覧会に足を運んだのであ
る。
そこで展開していたのは、仏像をマンダラ状に配置した、文字通り
の「立体マンダラ」であった。これは、19世紀のおわりごろ、フラン
スの学者エミール・ギメが東寺の立体マンダラに感銘を受け、その複
製を作らせ、パリ万博会場に展開したものである。その後、ギメ美術
館におさめられた。そのありさまは私を圧倒した。大きな仏像がマン
ダラ状に構造化され配置されて、その配置について周到な解説がつけ
られていた。これによって、私は宗教的な造形の背後に、合理的な意
味を見ることができることを知った。
この企画で中心的な役割を果たしたのがベルナール・フランクであ
った。展覧会当時はフランクの名前よりもむしろギメの名を記憶にと
どめていた。やがて、中世思想史を学ぶ知人からベルナール・フラン
クの仕事について聞かされ、以前見ていたこの展覧会のことを思い出
したのであった。
何年か前にパリに出かけたときは、パリの見物もすまないうちに、
現地の知人に頼んでギメ美術館に連れていってもらい、「立体マンダ
ラ」との再会をはたした。「立体マンダラ」以外の諸像も興味深いも
のが多くあった。日本にいるときから評判を聞いていた、この美術館
の日本仏像カタログ(すごいボリュームのもの)も忘れず購入してき
た。このカタログの編集も当然ながらベルナール・フランクの手によ
るものだった。フランス語で書かれているので、なかなか自由に読む
というわけにはいかないが、図像をながめているだけでも楽しめるも
のである。
その後、ギメの仕事については、ガリマール社から出されているシ
リーズの翻訳である、「知の再発見叢書」(東京創元社)から『日本
の開国』という本が出て、日本語でもその概要を知ることができるよ
うになった。
そこへこの『日本仏教曼陀羅』の刊行である。書店で発見したと
き、思わずうれしくなって声をあげてしまった。フランクの研究書は
日本語にも何冊か翻訳されている。今回のものは、上記のカタログに
直接かかわるテーマであり、彼が諸尊をどのようなものと位置づけて
いるのか、について日本語で包括的に知ることができる書である。
フランスの教会などを見るとその彫刻や図像にあふれる宗教的・教
学的な意味に圧倒される。宗教思想を考えることと宗教表象を見るこ
とのあいだに深い結びつきがある。学問としての伝統的成果がある。
ひるがえって日本について見たいと思ったときに、こうした視点から
の仕事がなかなかなかったのが現状である。(最近は、いくつかすぐ
れた成果が出始めている。)とくに日本宗教史研究の分野において
は、空間や表象と、宗教思想や教学とを関係づけて考えるという方法
論は成立していないように思える。以前、中世文学研究の阿部泰郎は
教会表象についての古典、エミール・マールの一連の書について、こ
れを参考としながら日本の表象について考えたい、と書評のなかで語
っていたが、ベルナール・フランクは、そうした問題についての有力
な先達である。
というわけで、悲鳴をあげる財布書庫(および家族)には悪いが購
入してしまった。
◇〔後日記〕伊藤俊治による書評(讀賣新聞2002年6月30日)あり
http://www.yomiuri.co.jp/bookstand/syohyou/20020630ii02.htm


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