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2005年 10月29日 30日 |
甘利山で開催されたFPNのオフ会に参加。両日とも天候不良により撮影できず。 |
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2005年 10月23日 |
ヤビツ峠に車を置き、1時間ほどかけて大山に登る。抜けも良く、久しぶりに綺麗な富士山と対面。 |
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2005年 10月 2日 3日 |
北アルプス涸沢の紅葉の撮影の帰りに高ボッチから夜明けの富士山を狙うものの、ガスに蔽われ撮影できず。 翌朝は、かろうじて富士山を確認することができた。 |
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2005年 9月25日 26日
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台風が去った後の夕焼けを期待し大観山へ。昼過ぎに到着するが富士山は雲の中。日没後にやっと少しだけ顔を見せる。 翌朝は猪乃頭林道。天気予報では晴れの予想であったが、なんと霧雨が降りだす。よくよくついていない。 |
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2005年 9月21日 22日
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天気予報は悪いが天候回復を信じて猪乃頭林道で車中泊。 しかし奇跡は起こらず富士山はかろうじて稜線が見える程度。佐野峠へ向かう林道でタイヤがパンク。ツキのなさを痛感し帰宅。
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2005年 9月18日
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午前3時30分大弛峠より登山開始。夜明け前に国師岳山頂に到着。先客2名。なんと、FPNのタケさんとナオさん。まあまあの雲海とチョッピリの朝焼けだったが富士山が見えただけでも満足。下山後、田貫湖に移動し夕景の撮影。満月の登場を待つが雲に覆われ撤収。帰路、本栖湖に立ち寄り中秋の名月を撮る。
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2005年 7月18日 19日 20日
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上高下で夜明けを迎える。厚い雲に覆われ富士山は見えず。 翌朝は丸山林道。昨日、梅雨明けの発表があったものの雲多し。富士山はやっと確認できる程度。 最終日の朝は櫛型山林道。富士山は見えず。精進湖に移動して朝食。紫陽花が綺麗だが富士山はやっぱり雲の中。
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2005年 6月12日
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箱根大観山で嵐のような天気の中、前日から車中で待機。焼けは今一だったが、良い雲海が出た。
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2005年 5月 4日
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吉原で夜明けの撮影。焼けも雲海もなく残念。
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2005年 2月25日
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足柄峠で残月と紅富士のツーショット。汚い雲に邪魔をされる。
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2005年 2月 5日
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車を買い替え初めての撮影。二十曲峠から紅富士を狙うがあまり染まらず。夕方、山中湖で日没ダイヤの撮影。
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2005年 1月21日
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清里の有料道路の橋の上から夜明けの撮影。
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2005年 1月 1日
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中央道の事故の影響で精進湖の日の出には間に合わず、昨年同様、朝霧高原で初日の出を拝む。その後、西臼塚、水ヶ塚で撮影。二十曲峠で夕景を撮影して帰宅。
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2004年 12月24日 12月25日
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本栖湖で夜明けの撮影。日の出前の一瞬山頂が顔を出す。気温は-5℃。あまり寒くない。忍野の向日葵畑の奥に池を発見。逆さがきれいに映る。 翌朝も本栖湖。前日と同様山頂が見えたのは日の出前の僅かな時間だけ。もう一度忍野の池に行ってみるが、鍵がかけられていて入れず。あきらめて二十曲峠へ。夕景を撮影して帰宅。
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2004年 11月13日
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柳沢峠で夜明けを迎える。陽が高くなるにつれて黄葉が輝きだす。大菩薩峠山麓の嵯峨塩裂石林道から上日川ダムや黄葉を入れて撮影。
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2004年 10月17日
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昨日に引き続き陣馬山へ。久しぶりに抜けの良い富士山に会える。
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2004年 10月16日
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晴天になるという天気予報を信じて陣馬山へ。案の定、予報ははずれ。でも、富士山が見えただけでも良しとするか。
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2004年 10月10日
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台風一過の晴天を期待して、国師ヶ岳へ向かうものの出遅れて目的地を雁が腹擦山に変更。しかし、林道が通行止め。御坂峠に向かう。未明に到着。皆考えが同じなのか、多くの先客。夜が明けても天気は回復せず失意のままに帰宅。
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2004年 9月20日
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夜中に国師ヶ岳へ登り、山頂で朝を迎える。しかし霧に阻まれまたも富士山は見えず。
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2004年 8月20日 21日
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清里高原で夜明けの撮影。強風にあおわれ三脚が倒れる。スキー場の早朝リフトも運行停止。牛首山からの撮影は断念。甲府市街へ下り、サントリーワイナリー・甲斐善光寺から撮影。 翌日は早朝国師ヶ岳へ登るものの富士山は雲の中。帰路、忍野から向日葵の撮影。落日は山中湖東電で。
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2004年 7月23日 24日
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3000mからの富士山が撮りたくて南アルプスの千丈岳へ登る。体力の無さを痛感しながら山小屋へ到着。 翌日未明に出発。山頂で夜明けを迎える。突然現れた雷鳥の親子に疲れも吹き飛ぶ。
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2004年 7月18日
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ニッコウキスゲを撮りたくて霧が峰へ。土砂降りの雨も夜明けとともに上がり花もきれい。しかし富士山は霞の中。車山に登り抜けが回復するのを待つが、とうとう富士山は現れず。
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2004年 6月 4日 5日
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朝霧高原の農大農場で夜明けの撮影後、新道峠で躑躅の撮影。抜けも良く満足。白糸の滝での撮影は不発。大観山へ移動して日没を撮る。 翌日は吉原で夜明けを迎える。雲海は現れず。小山町の竹之下に移動し棚田の撮影。夕刻、再び大観山。
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2004年 5月14日 15日
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夜明けは新道峠。精進湖に移動後、白糸の滝経由で水が塚へ。羽鮒山展望台・浜石岳で撮影。 翌日は吉原で夜明けを迎える。4回目の挑戦でやっと雲海にめぐり合える。空も少し焼けた。再び、水が塚へ移動後、御殿場口五合目へ。駐車場から10分ほど歩いた所でパラグライダーの練習をしていた。砂走口五合目から4〜50分ほど登った所で、幻の滝の撮影。
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2004年 5月 2日 3日
4日
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三つ峠での夜明けの撮影を狙ったが天候不良のため断念。午前中は撮影できたのは富士宮五合目だけ。午後少し回復。富士吉田でレーダードームの撮影をしたが電線が邪魔。 翌日も天気悪し。 最終日も吉原での撮影を試みたがやはりだめ。
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2004年 4月16日 17日
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河口湖で桜・桃の撮影。抜け悪い。田貫湖に移動すると天気が回復。 翌朝、吉原で雲海を狙ったが富士山見えず。
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2004年 4月11日
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御坂峠で夜明けの撮影をしていた時、北富士演習場で野焼きが行われるという情報を得る。炎の勢いに圧倒されながら撮影。
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2004年 1月23日 24日 25日
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山中湖で紅富士と逆さ富士の撮影後忍野村へ。厳冬の雰囲気を狙ったが、早春の感。午後から憧れの吉原を探す。さった峠に移動し夕景の撮影。 翌朝、もう一度吉原へ。残念ながら雲海は現れず。山中湖に戻りFPNの新年会に参加。 山中湖で鏡のような湖面に映る逆さの紅富士を撮影後帰宅。
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2004年 1月10日 11日
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本栖湖で朝焼けの撮影後伊豆へ向かう。 翌日の帰路、大瀬崎・淡島で撮影後三国峠へ。雲の変化を楽しみながら待った夕焼けは期待はずれ。
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2004年 1月 2日
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三つ峠に登る。山上ではかわいい小鳥に迎えられる。陽が高くなると傘雲が現れる。しばし撮影後下山。二十曲峠へ移動。雲の変化が面白い。彩雲も現れ、日没、夕景と撮影し帰宅。
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2004年 1月 1日
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朝霧高原で御来光の撮影。
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2003年 11月 2日
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焼山沢林道で湯ノ沢峠まで。大蔵高丸へ登る。天気は上々。雲海とススキのコラボレーションを楽しみながらの撮影。ハバイマ丸に移動して撮影後下山。
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2003年 10月25日
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山伏峠へ初めて登る。天気はあまり良くないが撮影はできた。下山後、井川スキー場からコスモスを撮る。安部峠へ移動。霧が晴れ幻想的な夕景に感動。
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2003年 10月 1日 2日
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日本で2番目に高い山、北岳(3192m)からの富士山を眺めるという夢の実現のため登山開始。白根御池小屋で一泊。翌日の山頂登頂に備える。天気も良く鳳凰三山も良く見える。 翌早朝、山頂を目指すが天候が急変、高山植物も霧に霞む。2700m地点迄頑張るものの、強風に身の危険を感じて無念の下山。
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2003年 9月13日 14日
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林道を上がり二股に車を置き登山開始。台風の影響で風が強い尾根道を上がり、2時間半程で鍋割山に到着するが、富士山は見えずがっかり。気を取り直し塔ノ岳へ。ここでも霧に囲まれ視界無し。山頂で遊ぶ鹿を撮って暇をつぶす。 山荘に泊まり夜中の2時前に目を覚ますと風は収まり霧も晴れている。夢中で富士山の撮影。火星が一際明るく輝いている。町の夜景も綺麗。日の出を迎えた頃雲海に浮かぶ富士山が赤く染まる。朝食後、しばらく撮影して下山。鍋割山に着いた時には雲に隠れてしまっていた。
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2003年 8月22日 23日
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翌朝の赤富士狙いで滝沢林道へ。昼中はほとんど富士山は見えず。夜になり山小屋の明かりとともに見え始める。夜景をバルブで撮影。 東の空が朝焼けに染まる頃、富士山も赤く輝きだす。天候に泣かされ続け約4ヶ月ぶりの撮影にしばし興奮。忍野村の向日葵、二十曲峠からの夕景を撮影して帰宅。
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2003年 8月 2日
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釈迦が岳へ登るため早朝ドンベイ峠へ。濃霧に阻まれ断念。精進湖に場所を移すが富士山は見えず。
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2003年 5月18日
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写真展「富士との遭遇」の最終日。撤収のため会場へ。終了後、撮影の予定だったが生憎の天気のため、ファミレスでの打ち上げに変更。
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2003年 5月 4日
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夜明けを待って三つ峠へ登る。早い時間はまずまずの空の抜けだったが、だんだん霞んでくる。下山後は富士山はまったく見えなくなる。足柄峠へ移動し夕刻を待つが、中途半端な焼けにがっかり。
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2003年 4月26日
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富士吉田市新屋にある人材開発センターで桜の撮影。夕刻、屋上から夕焼けを狙うものの不発。翌日は天気が悪く富士山は見えず。
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2003年 4月19日 20日
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FPN(富士フォトネット)の最初の写真展「富士との遭遇」の準備のため河口湖町の「プロラボ&フォトサロン富士」へ出かける。途中、山中湖パノラマ台で撮影。
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2003年 2月21日 22日
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山麓に向かう途中、道志街道から撮影。15kの荷物を背負って三つ峠へ登る。午後の景色を数枚撮影後、頂上へ向かう途中熊(?)に遭遇。あきらめて引き返す。その後夕景の時間には富士山は雲の中。山荘に泊まるものの翌日もまったく見えず。
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2003年 2月 6日 7日
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車山高原でのスキーを早々に切り上げ遠望の撮影。霧が峰まで移動し夕景を撮影。 翌日はリフトで車山の頂上付近まで昇り撮影。
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2003年 1月25日
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午前中は埼京・川越・八高・中央線で富士山が見える駅を探索。 日没時に三鷹市の高台からダイヤの撮影。
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2003年 1月12日
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夜明けを紅富士の湯で迎える。露天風呂につかりながらカメラも持たず染まりゆく富士を眺める。御坂峠・河口湖・西湖と移動。野鳥の森公園で氷柱を撮影。精進湖・本栖湖・田貫湖と廻り釣人に別れを告げず帰宅。
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2003年 1月 2日
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午前3時、降り出した雪に不安を感じながらも出発。三つ峠登山道入り口の駐車場は満車。御坂峠で夜明けの撮影。二十曲峠に移動。期待した霧氷は無し。パインズパークで撮影後、再度二十曲峠で日没の撮影をして帰宅。
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2003年 1月 1日
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元旦の様子を撮りたくて富士山を一周するもののお天気に恵まれず写真にならず。
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2002年 12月25日
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日の出前から精進湖畔で待機。良い傘雲が現れたが思ったほど染まらず無念。場所を県境に移し彩雲を狙うものの雲が厚すぎ絵にならず。その後三つ峠に登る。初めてアイゼンを経験。
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2002年 12月21日
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山中湖で、ネットで知り合った写真仲間とのオフ会に参加。楽しい時間を過ごせたものの、大雪に見舞われ帰路は大変だった。
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2002年 11月29日 30日
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夕刻。弐拾曲峠で撮影。 翌日は精進湖畔で朝焼けと逆さ富士の撮影。帰路、リニアモーターカーの実験線を見学して帰宅。
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2002年 11月 8日 9日
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河口湖〜新道峠〜朝霧高原〜箱根と移動するものの天気に恵まれず撮影できず。 よく早朝大観山で撮影。抜けは良いが期待の雲海は現れず。乙女峠経由で金時山へ登山。すごい人出。下山後、三国峠で夕暮れの撮影をして帰宅。
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2002年 10月27日 28日
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上高下で夜明けの雲海を撮影後、安部峠に移動。紅葉はまずまず。猪之頭林道で夕景を撮影。 翌朝は朝霧高原の農大農場で夜明けの撮影。平日はさすがに空いている。野鳥の森公園では三脚を目いっぱい伸ばして(2.2m)脚立に乗って撮影。河口湖周辺の紅葉ポイントを探しながら帰宅。
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2002年 10月13日
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夜明け前に足柄峠に到着するも、雪無し雲無し紅葉無し。水が塚の紅葉も期待はずれ。富士宮市郊外や芝川町で柿木を探すが見つからない。三国峠で夕景を撮影して帰宅。
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2002年 9月24日
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天候に恵まれず、ほぼ1ヶ月半ぶりに出かける。深夜猪之頭林道に到着。夜明けを待つが富士山は雲の中。一日中姿を現すことがなく、一度もシャッターを切らずに帰宅。
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2002年 8月 7日
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赤富士狙いで深夜滝沢林道へ。期待したほどは焼けない。花の都公園に移動、向日葵の撮影をするが抜けはますます悪くなり帰宅。
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2002年 7月30日 31日 8月
1日
2日
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八ヶ岳の主峰「赤岳(2899.2m)」に登る。美濃戸に車を置き2時間歩き赤岳鉱泉で一泊。 翌早朝鉱泉を出発。行者小屋から鎖場の地蔵尾根経由で山頂を目指す。稜線にあがると山頂が雲の合間に見え隠れする。高山植物を眺めながら、出発から4時間後登頂。天気は回復するものの富士山は見えない。頂上小屋に泊まり明日に備える。 日の出前に起床し御来光の撮影。霧が晴れた瞬間に何とか拝むことができた。下山間際になってようやく富士山が顔を見せるが、抜けが悪く写真にはならない。文三郎尾根の長い鎖場を下り下山。行者小屋を過ぎたあたりから雷の音が聞こえ出し、美濃戸の直前でついに雨が降り出す。今年から完全無料になったビーナスラインで車山高原に向かう。雨は止んだもののやはり富士山は見えない。明日に期待しつつペンションに泊まる。 翌朝も早起きして撮影に出かけるが、相変わらず富士山は見えない。しかたなく、諏訪湖から高ボッチ高原へ向かいロケハン後帰宅。
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2002年 7月20日 21日
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檜洞丸へ登る。通常4時間弱の行程を、猛暑のせいか6時間掛かる。苦労した甲斐があり見事な雲海にお目にかかる。 青ヶ岳山荘に泊まり翌朝も雲海越しの撮影。
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2002年 6月21日
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NIKON D100を購入。
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2002年 6月 7日 8日
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甘利山のレンゲツツジは昨年ほどの美しさがない。おまけに富士山も霞んでいる。早々に見切りをつけて新道峠に向かう。富士山に近い分だけハッキリ見える。 翌日も早朝から新道峠で撮影。Kawasakiさん・龍王さんにお会いする。
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2002年 5月 3日 4日
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山麓に向かう道志街道の橋の上から撮影。花の都公園でチュウリップを撮った後パインズパークで難波さん・龍王さんにお会いする。熊澤さんに声をかけられ農道公園の芝桜を教えていただく。紅葉台〜三湖台〜五湖台(足和田山)と歩き山頂の展望台から撮影。紅葉台に戻り撮影後、「風松」に宿泊。 翌日は低い雲が立ち込めていたため雪の残る富士宮口新五合目へ登る。
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2002年 4月14日
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忍野村で桜を撮影していると、自衛隊で大規模な野焼きが始まり煙で富士山が見えなくなる。御殿場に逃げて、水田逆さと菜の花を撮る。
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2002年 4月 6日 7日
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河口湖で桜の撮影後、新倉浅間神社へ。夕方、猪乃頭林道で撮影。 翌朝も猪乃頭林道で夜明けの撮影。FPNの今井さんにお会いする。本栖湖の民宿「松風」で今井さんに朝食をご馳走になった後御殿場で菜の花の撮影。
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2002年 3月30日
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激しい雨の中天候回復を信じて出発。三国峠から夜明けの富士山に沈む満月の撮影に成功。再び興徳寺で撮影の後芝川町で菜の花を発見。大石寺では山門の中に入ってみる。
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2002年 3月28日
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30日までの3日間の予定で出掛ける。大石寺で桜が満開。高徳寺の枝垂桜もギリギリ間に合う。夕刻、天気が悪化したため予定を変更して帰宅。
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2002年 3月16日
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645携えて今年初めての撮影。ほぼ3ヶ月ぶりで張り切って出掛けたものの天気がいまいち。御殿場で梅の低木を発見。続けて見つけた菜の花もまだ撮影には早すぎ。パノラマ台での日没は平凡に終わる。
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2001年 12月29日 30日 31日 2001年 1月
1日 2日
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家族旅行で熱海伊豆方面へ。 初日は精進湖で日の出を迎える。 熱海〜中伊豆荘〜達磨山〜西伊豆戸田海岸〜南伊豆〜雲見海岸と廻り帰宅。 645は自宅で御留守番。
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2001年 12月22日 23日
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朝、雪景色の水ヶ塚で撮影後、ピーカンで空の抜けも良いので六地蔵さんへ行く。夕景は精進湖で。 翌朝も精進湖で夜明けの撮影後、きんさんに小山町のポイントを案内していただく。午後、きんさんに万葉うどんをご馳走になり帰宅。このHPのトップページの写真を撮影した本栖湖ハイランドが有料になっていてビックリした。
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2001年 12月14日 15日
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櫛形山・丸山林道のお隣の上高下へ。こちらも初めての地。やはり道に迷い夜明け前に到着。ゆずの写真、夕暮れなどを撮影し翌朝本栖湖で夜明けを迎える。
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2001年 11月24日
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真夜中に櫛形山林道に向かう。初めての場所で道に迷いながらも何とか夜明けに間に合う。午後から丸山林道へ。夕暮れを撮影して帰宅。
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2001年 10月26日 27日
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三つ峠に登るが霧で何も見えず。三つ峠山荘に泊まる。初めての山小屋体験。客は私を含めて3人。夜中にバルブをやろうと思ったのだがやはり霧で何も見えず。 翌朝は霧がとれ撮影日より。宿泊客が少ないので安心していたら夜中に登って来ていたグループにベストポイントを占領されていて悔しい思いをする。夜明けと紅葉を撮影し下山。御坂峠から三国峠と回り日没を待っていると隣で撮影していたのはなんと龍王さんでした。
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2001年 9月23日
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初冠雪の情報を聞き農大農場へ。ピーカンで全く焼けず。河口湖・忠ちゃん牧場と廻り夕刻足柄峠へ。きんさんにいろいろと教わる。
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2001年 9月19日
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夢よもう一度と田貫湖に出掛けるが現実はそう甘くない。清水さん・なおさんにお会いして午前中ご一緒させていただくが抜けが悪く撮影できず。午後、三国峠で待機するもののあまり焼けない。
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2001年 9月 8日
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深夜田貫湖に到着。見事な朝焼けに遭遇する。天照教林道で雲を避けながら撮影。富士ヶ嶺へ移動、コスモス畑を発見。残念なことに花は後ろを向いている。忍野村に寄るが富士山は見えない。コスモスを撮影して帰宅。
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2001年 8月29日 30日 31日
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富士山南麓、黒岳・越前岳へ登る。晴れてはいるのだが富士山は見えない。撮影を断念して下山。十里木バス停前できんさんにお会いする。 翌日は富士宮口新五合目まで上がる。時折山頂が顔を出すが写真にはならない。 最終日は御顔が戻った六地蔵さんに会いに行く。相変わらず富士山は見えない。
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2001年 8月19日
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前日から南伊豆に出掛け早朝雲見へ。風が強かったので少しは期待していたのだがヤッパリ富士山は見えず。
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2001年 8月12日 13日
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ペルセウス座流星群の撮影に田貫湖へ。一晩中雨が降ったり止んだりで流星はおろか富士山も確認できず。 翌朝は富士山は見えているものの朝焼けは無し逆さも無し。西臼塚・水ケ塚へ移動しレーダードームの撮影。 |
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2001年 8月 3日 4日
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富士山遠望を狙い車山高原へ。天気は良いのだが富士山は見えず。 翌日、ピラタス横岳ロープウェイで「坪庭」の高山植物を撮影。帰路、精進湖により花火大会を楽しむものの、やはり富士山は見えない。
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2001年 7月20日 21日
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赤富士を狙い早朝山中湖パノラマ台へ行くが富士山は一瞬顔を出しただけで雲の中。忍野のタバコ畑は花が切り取られた後で残念。二十曲峠で再度夜景を狙うことにする。日没前からたくさんの三脚が並んでいた。20人位のカメラマンのグループのバーベキューに参加させていただき、楽しい時をすごしながらNikonFM3Aのデビューを果たす。
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2001年 7月14日 15日
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NikonFM3Aのデビュー。二十曲峠で待機するものの富士山は一瞬顔を見せただけ。夜になっても変わらず、夜景は撮れない。 翌日、山中湖の東電で夜明けを迎えたがやはり雲の中。
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2001年 7月 1日
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NikonFM3Aを購入。夜景の撮影を始めることにする。
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2001年 6月18日
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再度甘利山へ。空の抜けは悪いが富士山は見えている。花は満開。 すっきりしない空に見切りをつけて河口湖へ。早咲きのラベンダーが咲いているがやはり空はすっきりしない。忍野のルピナスは大きく成長していたが、富士山は雲に隠れて見えなかった。
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2001年 6月13日
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レンゲツツジを撮りに甘利山へ行く。あいにくの天気で富士山は見えない。
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2001年 6月 1日 2日
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夕焼けを狙って大観山へ行く。いい色に焼け満足。 翌日三つ峠に登りミツバツツジを狙う。空の抜けは悪いが、崖に這いつくばるようにして撮影。夕方もう一度大観山へ。空は焼けたがかんじんの富士が霞んでしまう。
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2001年 5月11日 12日
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久しぶりの平日の撮影。GWの悪天候に泣かされた分を取り戻す意気込みで出かけものの春霞と雲に邪魔されて初日は空振り。 二日間、富士市のお茶畑と田貫湖の間を行ったり来たり。富士宮の小泉在住の親切な方に、お茶畑の撮影ポイントを教わる。感謝。
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2001年 5月 4日
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楽しみにしていたGWも悪天候のおかげでやっと撮影に出かけられたもののなかなか富士が顔を見せてくれない。顔を見せると花に光が当たっていない。イライラしながら待つこと4時間。結局、あきらめ渡辺うどんで肉玉うどん(500円)を食べて帰宅。
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2001年 4月 1日
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前日から家族旅行で中伊豆の国民宿舎へ。箱根・御殿場・山中湖・忍野と富士山三昧のドライブ予定が、25年ぶりとかの雪の影響で伊豆スカイラインが閉鎖され断念する。宿の庭から数枚撮っただけで終わり。
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2001年 3月24日
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矢倉岳へ登る。天気は良く暖かいものの春霞がかかりすっきりしないがなんとか撮影。地蔵堂で万葉うどんを食べて、夕方松田山から撮影。
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2001年 2月25日
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山中湖で寒さに震えながら夜明けを待つものの富士が染まらず岩本山へ移動。予想はしていたがあまりの人出にたじろぎながらもなんとか撮影。白糸の滝経由で精進湖へ。途中春の訪れを感じるが、湖はまだ全面凍結。
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2001年 2月23日
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HP「富士山はいかが」公開
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2001年 1月 8日
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HP制作にとりかかる。撮影に出かけられずちょっと不機嫌。
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2001年 1月 1日
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元旦恒例となった西伊豆海岸。アロエの花を発見しました。
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2000年 9月 2日
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この夏から秋にかけて何回か徒歩での山登りに挑戦しましたが、撮影ができたのは三つ峠だけでした。
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2000年 7月22日
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向日葵の様子を見に忍野まで行ったら、タバコの花が咲いていました。
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2000年 1月20日
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稲村ヶ崎で強風にあおられながらの撮影。人が多く好位置を確保できず無理無理割り込んだらしかられてしまった。
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1999年 12月22日
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山中湖で紅富士の逆さ富士に挑戦。
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1999年 10月18日
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朝霧高原で日の出を待っていると、雲が彩雲ぽくなった。
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1999年 8月 9日
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遠くからの富士が撮りたくて車山高原で撮影。
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1998年 1月13日
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大雪の翌日、忍野周辺で撮影。夜明けの写真は翌年の社内報の表紙を飾った。鱒の家には大勢の人が来ていたがまだ足跡がついていなくてホッとした。
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1998年 1月 1日
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御殿場 駿河台からから撮影。この年から元旦撮影旅行を始める。
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1997年 12月 4日
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本栖湖で夜明けの撮影を終えると、周りの人たちが突然移動を開始する。何事かと思い追いかけると本栖ハイランドでダイアモンドだったんです。
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1996年 12月?日
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カレンダーの制作を思いつく。まだパソコンがなかったのでラボにお願いしたら大幅にトリミングされてしまいガッカリ。
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1996年 10月27日
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河口湖の紅葉。狭い場所に大勢の人がいて5分ぐらいで撮影を完了。
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1996年 7月?日
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河口湖のラベンダーの撮影。台風一過の好天気に恵まれる。
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1996年 2月11日
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雲見海岸から撮影。塩気を含んだ砂混じりの風にあおられカメラがとても心配。
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1996年 2月10日
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西伊豆井田で菜の花の撮影。カメラの位置をもっと高くしたかったがキャンピングカーが邪魔で断念。
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1996年 1月11日
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山中湖に氷がはる。今年(2001)のように寒い冬でした。
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1995年 2月 1日
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狭山湖での夕景を撮影。金網を引きちぎりたい衝動に駆られるがグットこらえる。
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1995年 1月 ?日
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自宅付近での撮影ポイントを発見。山頂に沈む夕日にいたく感動。
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1995年 1月 2日
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六地蔵の撮影。先客の団体さんに遠慮しながら撮影を続ける。
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1994年 11月 ?日
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滝沢林道に車で入れることを知る。
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1994年 8月14日
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忍野村で向日葵を撮影。初めてリバーサルフィルムを使用しあまりの発色のよさに大感激。今後はリバーサル中心で行くことを決意。
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1994年
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それまで愛用していたニコンF2フォトミック及びFEを手放しMamiya645proを購入。同時に富士山を中心に撮影することを決意する。 レンズは55ミリと300ミリ。一年後に80ミリを購入するが現在までこの三本だけで撮影を続けている。
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