100 STORIES<不幸中の幸い>

歌が好き大きな古時計
GRANDFATHER'S OLD CLOCK

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この歌を知ったのは確か高校生のこだったから、昭和25(1950)年ごろ。歌詞は今みんなが歌っているのとは違ったし、タイトルも「大きな古時計」ではなく、「おじいさんの古時計」といった。まだ何も情報がなくて、作曲者が誰なのかも、日本の歌なのか外国の歌なのかさえ知らなかった。

戦後の混乱からようやく立ち直ろうとしていたころで、人々のエンターテインメントの部分にまではまだ手が回らない、という時代だから、もちろんレコードなんかない。

そんな中でどうやってこの曲の楽譜が手に入ったのか、ということは聞きそびれたが、ともかくこの歌の謄写版刷りの楽譜が合唱部員に配られた。そしてその歌、…「おじい」とぼくたちは呼んでいたが…は、みんなの評判になった。

今の「大きな古時計」とはまったく違う歌詞だったが、雰囲気はメロディーによくマッチしているし、日本語の詩としても、言葉に無駄がなくて、メロディーの起伏にもよくついている。と思う。だから、今は「大きなノッポの…」の歌詞で歌いながらも、昔覚えたその歌詞のことをときどき思い出す。

おとぎの国の山よ、川よ、小人たちよ
シンデレラのお姫様よ 消えて今はいずこ
楽しい夜が訪れたのに 振り子の動かない
時計 時計 おじいさんの古時計



この歌詞の作者は門田ゆたかという、いわゆる流行歌の歌詞とか、いろいろな詩を書いていた昭和初期の詩人で、フランスの童話作家ペローの「シンデレラ」を下敷きにこの歌詞を書いたといわれる。そしてこの歌詞で歌ったレコードが昭和15(1940)年に発売され、5000枚余りという、当時としてはかなりの枚数を売ったらしい。そんな情報を知ったのはごく最近のことだけれども。


それから戦争になり、また平和がきて、ぼくが高校生になったころに、この歌に、この歌詞でぼくは出会ったのだった。


それからまた十年以上たって、この歌は「大きな古時計」として教科書にも載るようになった。そしてその教科書によって、この歌がヘンリー・ワークという、スティーブン・フォスターと同じ時代の、アメリカ人の作曲だということも知った。

それからまたさらに二十年以上たって、2002年、平井堅が歌って大ヒットした。彼がこの歌のルーツを訪ねたNHKの番組はぼくも見た。この時計にそういうエピソードがあったことはそのときに初めて知った。

そして、今みんなが歌っている歌詞は、かなり忠実にそのエピソードをなぞっているんだなと、改めて見直したりした。実はあの歌詞、詩としても歌詞としても何かしっくりこないところがある…と思っていたのだが、そうしてみると、あの物語を伝えるために、翻訳者はかなり苦心したのだろうなと思った。

そしてぼくが昔歌っていた歌詞は、歌詞として、詩としてはよく出来ているけれども、この物語を全然伝えていないということがわかった。最近、インターネットで原詩を手に入れたこともあって、ぼくはようやく「大きな古時計」の歌詞を受け入れる気になった。


昔親しんだこの歌が、今になってこんなブームになっているので、ちょっとそんなことを書いてみたくなった。

ただ、ぼくはこの歌自体はそんなに、「愛唱歌」といえるほど身近には置いていなかった。そしてそのことが、この歌の周辺のもろもろを、謎のままこんなに長い間放置してしまった理由だと思う。

もしかしたら、ぼくが愛したのは「大きな古時計」ではなく、「おじいさんの古時計」のほうだったのかもしれない。


この歌のような、誰でも知っているけれども、みんなの記憶の中に眠っている歌もたくさんあると思う。それを今回、平井堅が掘り起こしてくれたことで、また人々の中によみがえる、というのは素晴らしいことだと思う。平井堅は、この歌がずっと好きで、コンサートではよく歌っていたのだと聞いた。


歌手は有名になると、あの人はこういう歌、という一つのスタイルやジャンルが確立されてしまうので、あまりそこから離れた歌はうたいにくい、ということもあるのだろうが、でも一方、歌が好きだから歌手になったのだろうから、世間に認知された自分のジャンルとは別のところにも、自分が本当に好きな歌というのがあるのではないか。

J-ポップの人なんかも、たまには、平井堅のような試みをもっとしてみてほしいと、ぼくは思う。


そのNHKの番組で、「古時計」の作曲者のヘンリー・ワークが、あの「ジョージア・マーチ」の作曲者だということを知った。その曲は子供のころから何となく好きで、ときどき口笛なんか吹いたりしていた。もっとも、いつ、どこでそれを憶えたのかはわからないのだが。アトランタ・オリンピックのときには、入場行進のときに繰り返し演奏されていた。アトランタはジョージア州なんだ、ということも、そのとき知った。

歌の周辺を探るのは、とても楽しいことだと思う。

2003年3月