100 STORIES<不幸中の幸い>


■旅が好き札幌に住みたい



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札幌にも、北海道にも、とくに縁はない。親戚も知り合いも友達もいない。神戸で生まれ、30まで関西で育った。もともと北方志向の傾向は強いが、住んでみるか、なんていうことを考え始めたのはほんのここ数年のことである。

偶然、札幌の家賃の相場を知ったのが始まりだった。安い! そこまで来て初めて、自分の中に何十年も眠っていた、というか、眠らせておくしかなかった強い願望が目を覚ました。


ずっと文章を書くことで生計を立ててきた。本も何冊か出した。本を出すたびにぼくは浅はかな期待にときめいた。これが売れたら、もし売れたら、どこか「涼しいところ」に別荘を買うぞぉ…

そう、ぼくはハンパじゃない暑がりなのである。毎年六月頃から九月いっぱいぐらいまではTシャツ、短パン、裸足にサンダルというスタイル。まあ自由業だからできる格好だけど。

それに、冷房嫌いの人にはどやされそうだが、ほら、東京なんかには弱冷房車てあるじゃない。ああいうの、冬でも思わず避けてしまう (まさか?)。「あ、これ弱冷やん!」弱冷房車作るんやったら強冷房車も作らんかい! 

だから、夏、涼しいところに住むのが二十代からの夢だった。でも、本は売れないし、バブルに乗って儲ける才覚もなくて、当分は東京に張り付いて仕事あさるしかない、と、自分の願望を押し殺してずっと生きてきた。


札幌の家賃の断片的な情報を手にしたとき、そんな自分の長年の願望が、まんざら夢でもないのかもしれないと色めき立った。インターネットで、あるサイトに書き込んでみた。「札幌に住みたいと思っています。どなたか情報を…」。

すぐに反応があった。東京や名古屋から移住した人の感想やアドバイスとか、何人かの札幌市民からも励ましや情報が寄せられた。そんな中に、札幌の中古マンションの価格表を送ってくれた人がいた。「賃貸も安いけど、買っちゃっても安いのですよ」ほんと、安いなあ。

賃貸の場合、道内に保証人がいない、という問題がある。でも買うのなら、ローンを組まないのなら、保証人は不要。ローンは、年齢的にもう組めない。でも、小さくて、古いのなら、なんとか買えそう。

札幌が呼んでいる…


ちょうど年金もわずかながら入るようになり、扶養家族もいないし、もうそんなにセッセと稼ぐ必要もない、ということもあった。最悪、もし移住先で仕事がまったくなくても、自分ひとり食っていくぐらいならまあ何とかなるかな…


2001年9月、ぼくは札幌のウィークリーマンションに一週間滞在して、情報を収集した。部屋も見た。スーパーで買い物をして自炊もしてみた。市役所に行って市民手帳ももらってきた。市立図書館にも入ってみた。地下鉄は一日券を買って全路線乗ってみた。

観光客も市民もよく行く札幌ファクトリーは、ビール工場の跡を利用したという大ショッピングセンター。レストラン街や温泉プールなんかもある、結構楽しいところ。


札幌ファクトリーて、たのしいところですね。とくにアトリウムの、明るいガラス張りの吹き抜け…。冬の間も、ここなら明るい春の雰囲気で食事やショッピングが楽しめそう。雪国ならでは智恵だと思った。そこのカフェテラスで、きょろきょろあたりを見回しながら、サンドイッチとソフトクリームを食べたりして、一時間あまり座っていた。

大通り公園の屋台のジャガバターも毎日食べた。ガイドブックに必ず書いてある焼きトウキビよりジャガバターのほうがぼくは好き。



大通りでは、ちょうどその日コンクールがあるとかで、花壇の前でリハーサル中の女子高生の一団に会った。よく訓練された合唱が札幌の乾いた空気を震わせてとても爽やかな一角を作っていた。

札幌には、この前ニセコに行くときに一泊だけしたが、でもあれはほんの通りがかりの一泊だった。その前、というともう何十年も昔のことになる。久しぶりの札幌だった。

冬の寒さは、多分平気。ヨーロッパ放浪の頃に、北欧の奥地のスキー場で働いていた。野外作業も結構やった。確かにつらかったけれども、でもそんな環境にわりと簡単に慣れてしまったりする意外な自分を見つけていた。

そんなのはまあ若いときのことだけれども、吹雪の紋別で、マイナス十七度の外気の中を、結構元気に歩き回っていたのは、もう六十を過ぎたぼくでした。

寒いのは、まあつらくてもがまんできる。というか、暑さを恐れるほど、寒さをぼくは恐れないつもり。


そして、雪の町は好きだ。ぼくが初めて北海道を訪れたのは二十八のとき。まだサラリーマンだったから、年末年始の休みを利用して札幌へ。

その頃は、飛行機はあまり一般の人にはなじみがなく、青函連絡船で津軽海峡を渡るのが普通だった。冬の津軽海峡は荒海だった。ぎしぎしと揺れる連絡船の食堂でカレーを食べながら、自分が揺れには強いらしいことを確認したりしたのを覚えている。

そんなだから当時北海道までスキーに行くなんていう人はまずいない。もちろんぼくもスキーが目的ではなかったわけだが。職場の仲間や友達には、お前、この寒いのに北海道遊びに行くんか、アホちゃうか、何考えとんねん、とか、いろいろ言われた。当時、冬、北海道に行く、というのは観光ではほとんど考えられなかった。でもぼくは、北海道に行くならどうしても冬に行きたかった。

一昼夜かけてたどり着いた札幌は期待通りの大雪で、予約していた宮ヶ丘
YHは、窓の下まで雪に埋まり、灰色の冬空から雪が降り続いていた。夢のように美しい眺めだった。

ちなみにこのユースは97年頃にはまだあったが、今は閉鎖されたようだ。

ぼくはそこに一週間居座って、毎日市場やデパ地下で買い物をし、自炊室で「生活」を楽しんだ。ジンギスカンや石狩鍋など、札幌市民に馴染みの深い物はひと通り作った。一人だったから、ジンギスカンのときは同宿者にも振舞った。「一週間だけ札幌市民になる」というのが、この旅のメインテーマだった。


今思い出しても、あれは素晴らしい一週間だった。そして、雪の札幌、というのはそのときからずっとぼくの中に美しいイメージで居座り続けていた。だから、今も、あの町のほんとの美しさは、どちらかというと冬だ、と思っている。


で、その札幌移住の話に戻るけど、ぼくの周りの人間関係、といってもそんなに多くはないんだけど、少ないだけに考えてしまう、ということもあり…。だからまだいくらかためらいが。

今の家、古い賃貸マンション、築四十年近い。家賃60,000円。古いだけじゃなく、造りも悪くて、もうぼろぼろ。もうちょっとマシな部屋に住みたい、というか、マシな部屋で残りの人生過ごしたい…と思うじゃない。

郷里の神戸にはもう親戚一軒ないし、とくに未練はない。都会人というのは、そういうところ味気ない。だからどこに住んでも同じ。なら、好きなところに住みたいじゃない。

でもなんで北海道なの? もっと近くにだって涼しいところあるじゃん、信州とか、東北とか…、それにどうせ移住するならなんでそんなまた大都会なの? …予想通りの疑問が周囲から出てきた。

信州は好きだし、都会の生活にはとくに未練はないから、若い頃は信州に住む夢をずっと持っていた。でも今は、ぼくはもう若くない。ある程度刺激のある都会じゃないと、自分が退化してしまうと思う。でも東京は大き過ぎるし忙し過ぎる。たとえば神戸なんかはそういう意味では理想的な規模だとは思うけど、でも関西の夏の暑さはねえ…

そこで、神戸と同じレベルの「都会度」で、そして夏涼しい町、といえばもう札幌しかないだろう。

金額的には、あと二十年生きるとしてざっと計算してみたら、借りるも買うもほぼ同じ。どっちにせよ、そろそろ決断のときかなと思っている。

2002年8月5日


また札幌に行ってきた。今年の夏はちょっと体調を崩して出かけられなかったので、9月になってしまった。時期が中途半端だから、雪が降ったらまたゆっくり行こう、てことで、今回は3泊だけ。

泊まったホテルの宿泊者サービスで自転車を貸してくれたので、豊平川沿いの市営サイクリングロードを二時間ほど走ってみた。幌平橋のたもとに貸し自転車の管理所があったので、サイクリングマップでもあれば、と思ってのぞいてみると、係の人がいろいろ教えてくれた。

そして今度はここで自転車借りなさいと言った。ここならいつでもタダで借りられる。なんと旅行者でも無料なんですと。

「なしても北海道だべや」という本を見つけて買ってきた。何が何でも北海道でしょう、みたいな意味かなあ。札幌ファクトリーの書店でちょっと立ち読みした。文章もいいし、読みやすい。北海道を知るにはいいかも…、で、「読んでみるべや」となったわけ。

新千歳空港の店で見つけた「ねこのたまご」。
ねこが卵産んだら、毎朝新鮮な目玉焼き食べられるね。
もっと少量売ってくれなきゃ一人じゃ食べきれないし、そのうち卵がみんな孵って子猫になっても困るから買わなかったけど、こういうノリは結構好き。



行くたびに北海道に惹かれていくぼくだが、実はまだこわい。今さらそんなに友達作る自信ない。酒も飲めないし、カラオケも嫌い、ゴルフはしない。人の集まりは苦手、となれば、知り合い一人いない町で、孤立するのは目に見えてる。やっぱり北海道には、夏逃げ込むだけにしとけば、という内なる声も強くて、まだ迷っている。

2002年9月21日


その上、今年後半になってがっくり仕事がなくなった。あと二、三年はぼつぼつでも仕事がある、という甘めの仮定に立って考えていたぼくとしては、今、そんなこともあってちょっと引いている。どうしても無理、となれば、夏の間だけマンスリーマンションでも借りて東京の暑さから逃げる、という姑息な手段もやむをえないかも…、なんて少し弱気になっている。

でもとりあえず来月は
ミュンヘン・クリスマス市Sapporo
に行きたいと思っている。その頃には札幌の町も雪化粧しているはずだから。

2002年10月25日


あれからまた数年がたち、札幌移住の話はぼく自身の中でもうほとんど消えかかっている。一つは、あのひどい家から出て、少しはマシな、狭いけれどもまあ人間らしい環境に移ることが出来たという事情もある。これで、何が何でも今の家を出たい、という積年の願いがかなって、札幌に住みたい理由の一つが消えた。

同時に、ふらふらと札幌を訪ねるぼくの旅も、ここ数年途絶えている。理由は猫。娘が嫁に行くときに置いていった猫が、ぼくの足を引きとめ、ぼくの動きを制限した。猫め! というべきか、娘め! というべきか。

でも、2004年12月、ミュンヘン・クリスマス市だけは行ってきた。当の娘に留守番、というか猫番に来させて、三泊の旅をした。12月の札幌はよく冷えてきりりと寒かった。まだ積雪はなく、白い北の町を見るもくろみははずれたが、ドイツ人が売っているソーセージの屋台も楽しかった。

ソーセージをかじりながら、貧しい異国の放浪者だったあのころ、屋台のソーセージで空腹を満たしたドイツでの日々を思い出した。冬のハンブルクは、そういえばもっと寒かった…


2009年1月6日一部改定、ついでに少し追記。






北大キャンパス 2001年9月11日