100 STORIES<不幸中の幸い>

■放浪のころ
フレーニ・シルトのこと

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フレーニ・シルトという魅力的なスイス女性をめぐって起きたあの出来事は、あれから30年以上たった今も、ぼくたちの中で苦い思い出になっている…



きっかけ

ぼくがグリンデルワルトのYHに住みついて間もなく、一人の日本人が現れてそのまま強引に住み着いてしまったことは、別稿に書いた。その男、セイコーとぼくは、年も同じで、休憩時間や休日にはよく話し込んだり、いっしょに山道を歩いたりするようになっていた。

そのひと夏、アルプスの凄い眺めの下で、あの優しいバッハラーさんと、居心地のよい人間関係にも満ち足りて、ぼくたちは力いっぱい働いた。

あんなに充実した毎日はなかった。そして、それは生涯のよき思い出として、美しい残像を、美しい残像だけを、ぼくたちの記憶の中に刻んでくれるはずだった。あんなことさえなければ…


事の起こりはあの日だ。その日、ぼくはクライネシャイデックまで歩いて登った。そんなときいつもいっしょに行くセイコーが、あの日はなぜか、気が向かないからおれは行かない、と言うので、珍しくぼくは一人で出かけた。

帰りの山道から、グリンデルワルトの村が夕日に照らされているのがよく見えた。斜面の中腹の森陰にYHのスイスシャレーふうの建物も小さく見えた。

セイコーはなぜ来なかったのか。そういえば、昨日もいくらか口数が少なかった。

セイコーの部屋をノックすると、ひどく沈んだ声が「入れ」と言った。ベッドに腰掛けてワインをラッパ飲みしていた。「おい、バッハラーに見つかるとやばいぞ」、「いいんだ、ここはユースホステルなんかじゃない、おれサマの部屋だ」。ひどく突っ張っているのかと思ったが、5分もすると意外に平静な口調で話し始めた。

「実は、ここんとこ女房から手紙が来ないんだ」、「いつから?」、「ちょうど二週間になる」。なんと言ってよいかわからなかった。「でも、まあ、夫婦っていうのは、そんなもんじゃないのか」

まだ熱い、が不安定な恋人なんかと違って、夫婦という、社会的にも安定したカップルなら、手紙が来ないぐらいでそう簡単にどうかなるものでもないだろう、という、何も知らない独身者の思い込みが、ふとそんなずさんな言葉になった。

「3日ごとに必ず来てたんだ」
「3日ごと…」

悪いことを言ったと思った。ぼくが漠然と思っていた世間の夫婦というのは、地球の裏側にいる相手と3日ごとに手紙をやり取りするような、そんな熱いものではなかった。

「毎日郵便の束が届くだろ。このところそのたびに落ち込むんだ」
「何か原因は思い当たらないのか」
「わからん」
「それに奥さんから手紙が来ないと、金も入らないってことか」

彼の撮った写真は東京のフォトエージェントにある。その貸し出し料が入ると奥さんが自分の生活費を差し引いて送ってくる。

「あ、そっちはもういいんだ。無給でいいと言ったのに、バッハラーさんが給料をくれたんだ。ありがたいね」、そう言って少しだけ笑った。

「そうか、それはよかった。とりあえずその金で写真でも撮れば。気分転換になるぞ。第一、カメラマンが写真撮らないんじゃ精神衛生によくない」、「ああ、写真、なあ…」。そのとき彼は力なくそうつぶやいただけだったが、その日の夕食のあと、彼は唐突にこう言った。「明日、ベルンまでフィルム買いに行く。プロ相手に卸値で売る店があるんだ」

それがあの思いも寄らない騒動の始まりだった。

翌日、午前中の仕事を終えると彼はおんぼろフィアットを飛ばしてベルンに出かけ、夕食までには戻ってきた。食卓に着くとすぐ、勢い込んで切り出した。

「女の子を撮ろうと思うんだ。手伝ってくれないか」
「いいけど」
「おれのドイツ語まだ使いものにならない」
「通訳か」
「うん、それと助手だ」

そして彼はここに泊まっていく女の子に片っ端から声をかけた。交渉が難航すると「通訳」を呼んだ。「私はカメラマンです。あなたの写真を取らせてください」、一番無理のない誘いかただし、それにあのでっかい4×5インチの、いわゆるシノゴとかいうカメラを構えれば、他意はないだろうと安心もする。それに「美しいあなたをぜひ」とでもつけ加えればもう完璧。彼女のほうも悪い気はしない。

もっとも、セイコーのほうには「他意」はやっぱりあるのであって、ぼくにはそのあたりは読めていた。手紙をくれない奥さんに対していくらか報復めいた気持ちから、「非行」に走ろうとしているのだと思った。

モデルとの交渉がまとまると、ときにはYHの前の斜面で、ときには裏の木立の中で、そして天気のよいときは、モデルと通訳兼助手を車に押し込んで遠出し、通訳兼助手を通じてポーズをつけた。

それだけのことならまあいいや、とぼくは毎日のように通訳兼助手を務めた。それに、毎日のように若い魅力的な女の子を連れ出すというのは、ぼくとしてもとてもおいしい仕事だった。


第一号

「いや、弱ったね」
「何が?」
「アニータていう子、覚えてるか。氷河のところで撮った子」
「ああ、ベルギー人の。二人とも下手な英語で調子よくしゃべってたから、こっちは先に帰っちまったけど、あれから何かあったのか?」
「いや、面白半分にな…」

面白半分に「愛」をささやいたのだと言う。

「そしたら毎日だよ、毎日」
「毎日、何だ?」
「ラブレターよ、ラブレター」
「何だそりゃ。でも結構もてるんだ」

それが第一号だった。東京からの手紙は相変わらず来なかった。

「気持ち、わからないでもないけど、でもこんなふうに女の子に声かけて、それでうっぷん晴らしたって後味悪いだけじゃないのか」
「いいんだ、べつに結婚詐欺やろうてわけじゃないし」

ベルギーのアニ−タからのラブレター騒ぎは何日かで収まったが、そのときはもう次が始まっていた。チューリッヒから来た愛くるしいマリアンヌ・ハイネマンちゃんに始まって、天使のようだねとぼくたちが言い合ったベルンの大学生リゼロッテ・マイヤー、そしてルツェルンから来たまだ15歳の美少女マリア・ルッツといった「モデルさん」たちと、彼は次々に愛をささやいた。

もちろんすべてのモデルさんたちが彼の「愛」を受け入れたわけではなく、受け入れたにしてもまあ他愛ない恋愛ごっこに過ぎなかったようだったが、ぼくは次第に、これはとてもこんなことでは終わらない、と確信するようになっていった。


森の妖精
 

そしてあのフレーニ・シルトとの事が起きた。

YHの隣りに一軒のホテルがある。隣りといっても、木立の中の坂道を左に折れ右に折れて、百メートルばかり下がったところだ。YHからそこまで、ほかに家はない。家族経営の小さなホテルで、山小屋風の外観の、ホテルというよりペンションに近い。

そのホテル・ベラ−リにいいコがいる、という情報をセイコーが持ってきた。まだ真夏に入る前で、毎日暇を持て余していた頃のことだ。

「おい、見つけたぞ」
「何だ?」
「美人だよ、美人」
「美人なら毎日いっぱい泊まってるじゃないか」
「いや、そうじゃなく」

彼の新しい「愛」がまた始まるのだと思った。ただ、今度のは何かもっと悪い予感がした。その日の午後、彼は車でぼくをそこへ連れ出した。

ぼろ車がフガフガとホテルの前に差しかかると、ホテルの玄関から物件がちょうど出てくるところだった。ぼくたちの車を見つけると、彼女は脇の木立の中に一歩入って車を避けた。金髪が木漏れ日にきらめき、細身の、しなやかな体にまとった赤と白の大胆な縞柄のセーターが、木々の間を流れ落ちる初夏の日に映えて妖精を見るようだった。

「な、いいだろ」
「うんうん、悪くない」

露骨にスピードを落とした車の中から、ぼくたちは妖精ちゃんを鑑賞した。

「ボディーがいいね」
「出るところは出てる」
「引っ込むところは引っ込んでる」
「ファサードもいいよ、かなり」
「あのちょっと上目遣いの視線な、あれがいい」
「いっちょう、ねらうか」
「誰が?」
「ははは、ついでにあれもいくか」

男同士のむき出しの会話を乗せて、その日はそのまま通り過ぎた。そして彼女にはその後も何度かそんなふうに出会ううちに親しく話をするようになった。


彼女は英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語に堪能で、セイコーとぼくの、どれをとってもかなりひどい英・独・伊を適当に駆使すれば、コミュニケーションは万全であった。万全、というのはまあちょっとナンだけれども。

そのうちぼくたちは彼女の家、つまりホテル・ベラ−リにのこのこ出入りするようになった。彼女の母親、シルト夫人も、何を思ったかわれわれを厚く歓迎してくれ、コーヒーだケーキだともてなしてくれた。それがあんな「困ったこと」に発展するとも知らずに。


ドイツ語の授業

そしてもちろん、森の妖精フレーニ・シルトもまた、当然のようにセイコーの「モデル」となり、そして「愛」の対象となった。

7月に入って、YHの宿泊者も急に増え、そう毎日遊び歩いているわけにはいかなくなった頃、セイコーはわずかな昼の休みをべったりフレーニと二人で過ごすようになっていた。 

「ドイツ語、教わってるんだ」
「そりゃいい口実だ。でも、今度はちょっとやばいぞ」
「わかってる」
「ここに泊まっていく女の子はすぐに帰ってしまうが、この村にいる限りフレーニからは逃げられない」
「大丈夫。遊びだよ、遊び」

その日、昼食もそこそこにセイコーが下のホテルへ駆け出して行った後、バッハラーさんがぼくに聞いた。「セイコーは毎日フレーニと会っているそうだね。どういうことになってるんだ? さっきシルト夫人から聞いたのだが、あの二人は…」、「あ、いや、ただドイツ語を習いに行ってるだけです」。とりあえずは逃げた。

夕方の仕事が始まる直前、ぎりぎりのタイミングでセイコーが戻ったとき、ぼくはとっつかまえて聞いた。

「おい、どうなんだ?」
「何が…」
「フレーニとはどこまでいってんだ?」
「あ、そりゃまだだ」
「当たり前だ。そうじゃなく、バッハラーさんのところにフレーニのおっ母さんから電話が入ったらしいぞ」
「え、そうか、やばいな」
「やばい。で、どうなんだ、本気なのか」
「まさか」
「いいのか」
「まあな、あんまりよかないわな」
「どうする気だ」
「なあに、遊びよ、遊び。彼女だっておれに女房いるの知ってるし」
「話したのか。話したよな、君のことだから」
「ああ、とっくに話したさ。それに女房だって東京で適当にやってるぜ」

だが、遊びだと思っているのは当人たちだけだった。そしてそのことには、二人ともまだ気付いていなかった。

「君はどう思う?」

バッハラーさんに聞かれてぼくは答えに窮した。バッハラーさんよりもともと鼻息の荒い奥さんなんかは、セイコーのことをほとんど悪党のようにののしった。

「奥さんがありながら、なんてひどい人なの。不良外人として連邦警察に通告するって方法もあるのよ」、ちょっとオーバーかな、という気はしたが、「そんなに怒らなくても、あれはほんの遊びですから」、などと言えば、この真面目一方の夫婦を十倍ぐらい怒らせることになるのは間違いない。

翌日の昼休み、ぼくはシルト夫人に呼び出された。昼食を済ませて駆けつけると、シルト夫人は、大げさに両手を広げて、こんな悲しいことはない、という表情で待っていた。

「セイコーとフレーニは?」
「セイコーとフレーニは…おお神様!」
「どうしました?」
「愛し合っているのです」
「あ、いや、それじゃなく、どこにいるのかと」
「フレーニの部屋です。まあ、なんてことでしょう。奥さんがありながら」
「ドイツ語の授業ですよ、きっと」

あっちもこっちもオーバーな人たちだと、ぼくは少ししらけてはぐらかした。

「どうしてなんでしょう、どうして奥さんのいるセイコーなんかと…、どうして独身のあなたじゃなく、セイコーのほうと…」

こういうへんな理屈をぶつけられると返事に困る。「それじゃ明日からあたしが代わりましょう」てわけにもいかんだろうが。

「ああ、どうか、どうか、あなたからセイコーに言ってください。フレーニから手を引くように。ああ、お願いです」

彼女は悲しげに眉を下げて懇願し、そして焼きあがったばかりの野いちごのトルテをすすめてくれた。

世にも悲しい、という夫人の前でトルテに手をつけるムードではなかったが、それがあんまりおいしそうだったので、やっぱり手をつけた。

その日の夕食の席で、ぼくはセイコーに昼のことを報告した。するとバッハラー夫人が割り込んできた。

「セイコー! あなたという人は、奥さんがありながら、フレーニと愛し合ってるっていうじゃない。え、ほんとなの?」
「そーんな、愛し合ってる、なんてもんじゃねーよ」

しかしセイコーの返事は日本語だったので、夫人は食い下がった。

「え、どうなの? 答えなさい、セイコー」
「セイコー、君のやってることは人間として許されないことだよ」

バッハラーさんもいつもの静かな口調で加わった。

ちょっと話し合いの接点はないな、という感じで、ぼくは「部外者」を決め込み、セイコーはしらけて口を閉ざした。


迫害

その翌日から、セイコーはホテル・ベラーリに出入り禁止になった。二人は仕方なく、シルト夫妻とバッハラー夫妻の目を盗んで外での密会を繰り返した。そしてその連絡係を、当然のようにぼくが務めた。

それから何日かして、今度はバッハラーさんがセイコーを追い出した。セイコーはもうかなり意地になっていたから、

「ああ、言われなくても出て行ってやるぜ」

と大見得切って出て行ったが、これにはぼくのほうが割り切れなかった。なんでだ、彼はちゃんと働いてる。YHに迷惑はかけてない…


セイコーは村はずれのキャンプ場にテントを借りて潜んだ。しかしそれもつかの間だった。狭い村に、シルト家の親戚や知り合いはうようよいる。彼の潜伏場所はすぐにばれた。

シルト家はバッハラー夫妻と協力してセイコーに村から出て行くよう勧告した。セイコーは駅前のホテル・レギーナに住み込んでいる日本人コックのヒロの部屋に転がり込んだ。

もう意地だった。遊びの次元なんてとっくに超えていた。人目を忍ぶ密会が、グリンデルワルト「日本人連合」のバックアップで連日繰り広げられた。

しかし、迫害はまだまだ続いた。信じられないことには、シルト家の親族が結託して、本当に彼をスイス連邦警察に訴えた。どういう罪状で訴えることが出来たのか、ぼくにはいまだによくわからないけれど。

しかし、ついに警察まで動かすという信じられない策謀をひそかにたくらんだのは、「私こそは純朴なスイス農民です」と、すべてを夫人任せにして黙々と畑をいじくっていた、ように見えたシルト氏その人であった。

二人に対する迫害は、こうして果てしなく続いた。二人は本当に遊びのつもりだったのだと、ぼくは今も思っている。それを、のっぴきならない谷間に追い詰めて二人の退路を断ったのは、疑いもなく周囲の真面目くさったスイス人たちだったのだ。

ぼく自身は、遊びの次元で女性と付き合うということはまずできないタイプで、セイコーが次々と「愛」をささやいたりするのを、ある意味遠くの出来事のように見ていたのだけれども、そんなぼくにも、そのことだけは断言できる。


バウマンさんの山

ぼくたちがこのYHに住みついた頃、バウマンさんという小柄な中年のスイス人が住み込みで働いていた。

いつも小汚い身なりで、薪を割ったり、前の斜面の狭い畑を掘り起こしたりしていたが、バッハラー夫妻とも、ぼくたちともほとんど口をきかなかった。いつもウィスキーの小ビンを抱えていて、ヒステリックに当り散らすかと思えば、酔っ払ってバカに陽気だったり、情緒が安定しなかった。

バッハラー夫妻はいかにももうあきらめた、というように彼を無視したが、それでもこんなアル中の中年男を置いてやっていること自体、やっぱりこの人たちの温情なのだと思った。

一家にも親族にも酒飲みというものがいない環境に育ったぼくは、いつも酔っ払っている彼にどう対してよいかわからなかったし、それに実のところ少し気味悪かったりもした。

だが、セイコーはこの男に興味を持って、ときどき話しかけたりするようになった。もっとも、話しかけたところでどんな会話が成り立つわけでもない。セイコーも言葉が出来ないし、バウマンさんのほうは、スイスなまりのドイツ語で、わめくように一言叫ぶのが関の山だった。それでもセイコーは話しかけた。ぼくは彼の勇気と根気に感心しながら、遠巻きに見ていた。

するとそのうち、バウマンさんが笑顔を見せるようになった。それはとても感動的なことだった。そのとき初めてぼくはバウマンさんの置かれている状況を思った。そして、セイコーはきっとぼくよりずっと他人の痛みをわかる人なのだと思った。

ある夜、バウマンさんは足腰も立たないほどに酔っ払って、宿泊者の部屋に乱入した。そして彼はとうとうクビになった。

どんな事情があるにせよ、YHにアル中はいくらなんでも不向きだった。「まあしゃーないわな」、セイコーは一言そうつぶやいたきり、その日はだれとも口をきかなかった。

それからしばらくして、セイコーがフレーニとのことでYHを追い出されたとき、ぼくはふと、セイコーがバウマンさんにあんなに根気よく話しかけたわけがわかったような気がした。

バウマンさんもセイコーもいなくなって間もないある日曜日、一人で散策に出たぼくは、ベルナーオーバーラントの山々を一望のもとに見渡す草原の道でバウマンさんに会った。

誰もいない草原の一本道で、向こうから近づいてくるそれらしい人影を見つけたとき、ぼくは正直言って面倒だという気がした。酔っ払ってたらいやだな、とも思ったし、話しかけてまともに答えが帰ってくる当てもない相手と、どんな会話をするのだろうと思うとうっとうしかった。

もうどうにも避けられないぐらいお互いの距離が縮まったとき、ぼくはセイコーが根気よく話しかけて、ついにこの人の心を開いたときのことをふと思い出した。

話しかけてみよう、と初めて思った。

「バウマンさん」
「ああ…」
「お元気?」
「ああ、まあ悪かない」

何とかまともな返事が返ってきた。バウマンさんはそこに立ち止まり、今、自分が歩いてきたほうを指差した。

「あそこで、働いてるんだ」

ほくは彼が酔っていないことに何よりもほっとしていた。しらふのバウマンさんを見るのは初めてだった。草原の道はその先でかなりの登り勾配になっていて、その上のほうの広い緑の斜面に、放牧された牛の姿が見えた。「あそこに、小屋がある」。その斜面の奥に、ここからはかろうじて屋根だけが見える牧畜小屋を指して言った。「あそこに、住んでるんだ」、そしてほんとに珍しいことに、バウマンさんはほんの一瞬笑顔を見せた。

それから彼はくるりと向きを変えると、山の説明を始めた。

「アイガーとメッテンベルクの間の谷から、奥のほうにシュレックホルンが見える」
「…」
「あれだ、あの白いの。それからこっちがフィンスタラールホルン…」

ぼくはバウマンさんの差すほうではなく、彼の横顔をじっと見ていた。やせこけた、日焼けした頬に無精ひげが伸び、落ち窪んだ目にキャッチライトが鈍く光っていた。

「シェーン…」

美しい…、と彼はつぶやいてじっと山を見ていた。スイスアルプスの中心部に連なる山々が白く輝き、その輝きを薄紫のベールが包んでいた。

バウマンさんがいなくなってからぼくたちは彼の過去についての断片を耳にした。若い頃に、事故で妻子を一度に失ったのだという。深い悲しみを背負って、この年まで生きてきたのだと思った。そして、そんなバウマンさんをアルコールに溺れさせてあんな「変人」に仕立て上げ、あげくは人里離れた牧畜小屋に追いやってしまった過程が、今はよく見えるような気がした。

あのYHで彼と生活をともにしながら、やはり彼を遠ざけていた自分のことを、そして根気よく彼に話しかけていたセイコーのことをまた思った。

アイガーの東稜にちょっとした雪崩が起こって、地を這うような轟音が谷を渡った。ぼくはバウマンさんの脇に突っ立ったまま、谷を隔てた向こうの、白い雪崩の滝をじっと見ていた。

「行くか」、雪崩が収まったとき、バウマンさんはつぶやいて歩き出した。ぼくは、広い草原の道を去っていくバウマンさんの小さな肩のあたりを見詰めながら声をかけた。

「バウマンさん、じゃ、お元気で…」

バウマンさんはそれには答えず、ちょっと立ち止まって言った。

「セイコーは、どうしてる?」
「あ、彼は…」

ぼくはちょっとつまったが、今ここでこの人にこっちで起こっている「事件」のことを話すこともない、と思った。

「彼は、元気ですよ」

首だけちょっとこっちを向けて、バウマンさんはまた少し笑った。それから彼はひょいと右手を上げて見せ、また黙々と歩き始めた。

「またね、バウマンさん!」、だが彼はもう振り返らなかった。


冷たい風


そのことがあってから、ぼくはバッハラーさん夫妻の真面目さや優しさを、以前とはかなり違った目で見るようになっていた。それはセイコーのこととバウマンさんのことを、同じ座標軸の上に見るようになったということでもあった。

一方ではあんなによくしてくれた夫妻に対して何かとても申しわけないという、いくらかうしろめたい気持ちもあった。

夫妻とぼくとの間に、何か一つしっくりしない空気が漂っていた。会話も、どんどん少なくなっていった。村から出て行けと迫られたセイコーがホテル・レギーナのヒロの部屋に潜んでいた頃だった。

村から出て行けといっても、村に関所があるわけじゃなし、第一そんな権限は誰にもないわけだけれども、ともかくあまりにも敵は多く、セイコーの立場は断然不利だった。

連邦警察に訴えられている件では、それで連邦警察が彼を強制送還するとか、そういうことになるにはいくらなんでも「罪状」が希薄だと思えて、本人もぼくもたかをくくっていた。それにスイスでもやっぱり役所の仕事は時間がかかる。

「彼は本当にこの村を出たのか?」バッハラーさんに聞かれたとき、ぼくは今自分が立たされているむずかしい立場を思った。

ぼくの気持ちが複雑なのは、バッハラーさんとのことだけではなかった。実は今度のことでは、ぼくはセイコーに言いたいことがあった。こんなことになる前、毎日のように乗せてもらったセイコーのぼろフィアットの運転席に飾ってあった、美しく聡明そうな奥さんのことを、ぼくはあれからずっと考えていた。

「奥さん、かわいそうだよ」、「そんなに言うなら、おれの使い古しでよけりゃやるよ」。ほんとにもらってもいいと思うぐらい可愛い奥さんだった。「何かの気まぐれで、ちょっと手紙を書かなかっただけじゃないのか」、「確かにちょっと気まぐれなところがあるから」なんて、自分で言ってたじゃないか…。「ぼくは奥さんの味方だからな」、と、事が始まった頃、ぼくは冗談めかしてよく言った。
 
でも、対「スイス連合」となると話は別だ。ここでセイコーを売るようなことは出来ない。グリンデルワルトの「日本連合」も結束は固い。

「セイコーはこの村にはいません」
「行く先は?」
「知りません」
「知らん?」
「知りません、ほんとです」

バッハラーさんはそんなとき徹底的に相手を追及するようなことはしない人だから問答はそれで終わったが、ぼくとの間の信頼関係はすでに壊れていることはよくわかった。


送別会

セイコーがヒロの部屋に潜んでからまた何週間かがたった。職を失い、有り金を使い果たして、彼はもう後がなかった。

「一つだけある」
「何だ」
「フランクフルトの近くの自動車部品の工場だ。去年ヒッチハイクで乗せてもらった人だが、いつでも雇うから困ったら来いと言って名刺をくれた。今も雇ってくれるかどうかは知らんぞ」
「うん、それ、行ってみる。その名刺くれるか」

セイコーのことだから、その日のうちにぼろ車を飛ばし、強引な日帰りで真夜中に戻ってきた。「OKだぞ、来週から雇ってくれる」

こうしてセイコーはフランクフルトへ行くことになった。半年の期限付き臨時工ということだった。

「送別会をしようや」、狭い自室にセイコーをかくまっていたヒロが言った。9月に入って、アイガーの谷間を吹く風もすっかり秋らしくなった日曜日だった。ぼくたちは村はずれの谷川のほとりで、ヒロが調理場のスライサーでスライスしてきた豚肉が主役のしゃぶしゃぶまがいの鍋を囲んだ。フレーニが大胆にも親の目を盗んで家の食品庫から持ち出した野菜も加わった。

午後の陽が傾いて、風が夕方の気配を運んでくる頃、少し散歩して帰るというセイコーとフレーニを残して、ヒロとぼくはそれぞれの部屋に戻った。

YHに戻るとちょうどお茶の時間だった。アイガーのよく見えるテラスにいつものように用意されたお茶とケーキを前に、ぼくは何かしら異様な気配を感じた。

「セイコーはどこにいるんだ?」、まずバッハラーさんがいつもの静かな口調で口火を切った。「さあ、知りません。最近ずっと連絡もありません」、とりあえず逃げるほかなかった。

だが、夫人の強い語気がぼくの言葉に覆い被さってきた。「知らないですって! 連絡がないですって! それじゃ今日あなたはどこで、誰と、何をしてきたの、え?」、ばれている、と思った。言葉がなかった。

「今日、村はずれの谷川で、あんたたちがあの二人といっしょにいるのを見た人がいるんだよ」
「そうよ。どう、何か言うことある?」

この人たちともこれでおしまいだと思った。これからどうするか、ぼく自身、なんのあてもない放浪者だということが、ひさしぶりに頭をもたげた。

二人は黙ってしまったぼくを前に、もうそれ以上何も言わなかった。そしてそれが、夫妻とぼくとのほとんど最後の会話になった。温かく快適だったぼくの住処は冷えびえとしてきた秋風とともに、針のムシロになっていった。


ツェルマットへ

10月に入った。バッハラー夫妻はマジョルカ島に3週間の休暇に出かけ、近所のばあさんが留守番に来た。どっちみちもう宿泊者は少ないし、それにこの時期は食事は出さないからぼくの仕事はない。

何年か前に軽井沢のYHで会って以来、なんとなく付き合いのあったアキという、ぼくより五つか六つ年下の青年が、ぼくを頼ってヨーロッパ放浪に出てくることになっていた。

あれから2年足らずの間に、日本人の海外旅行者も凄い勢いで増えた。こんな形でヨーロッパに出てくる若い人ももうそんなに珍しくはなくなっていた。

あと一週間ほど、ぼくはここで時間をつぶしてチューリッヒ空港にアキを出迎え、それからひと月あまりの予定でフランスの田舎を旅行することになっている。そしてそのあと、この冬は、またスイスに戻ってツェルマットのYHでアキと二人で働くことも決まっている。

フランス旅行は、セイコーが置いていったぼろ車をアキが運転してくれて、結局40日ほどフランスをさまよった。そのときのことは、またいつか別稿にまとめようと思っている。

そしてぼくたちがツェルマットにいる間、セイコーはフランクフルトの自動車部品工場の臨時工として働いていた。

ツェルマットYHの主人はウェリックさんといって、バッハラーさんなんかとは全然違う、ものすごく横柄な、不良中年風の男なのだが、そのへんの話はちょっと面白すぎるから、これは別稿にまとめておいた。

それはともかく、ぼくがツェルマットに住み着いて2週間ばかりした頃、セイコーが突然現れた。工場でクリスマス休暇をくれたのだと言った。

「ウェリックさん、こいつはこの夏グリンデルワルトでいっしょに働いてたセイコー…」
「ああ、お前か。隣りのホテルの娘と出来ちまった、ていうのは」

ウェリックに紹介すると、彼は即座にそう言ってへらへらと笑った。

「なんだ、みんな知ってんだ」

それからウェリックはバッハラーさんのことをクソミソにこき下ろした。「旦那は外回りの雑用ばっかりしてて、YHのほうは奥さんがすべて仕切ってるっていうじゃないか」、「まあそうですけど」、「おお、おお、そりゃカタストローフェだぜ」(注:Katastrophe=大惨事、破滅…)

「あんたもバッハラーにはだいぶ迫害されたようだな」ほとんど何でも知ってるらしい。「だいたいだな、あんたが隣りの女の子とどうとかいう話が、バッハラーとどういう関係があるんだ」

バッハラー夫妻のことがかなり嫌いらしい。でもこれはセイコーにとっていい出会いかもしれないと思った。それからぼくは、セイコーが半年の期限付き臨時雇いだということを思い出した。

「5月になったら今の仕事終わるんだろ。そのあとここで雇ってもらえないかな」
「ああ、それならありがたいね」

言ってみた。ウェリックは二つ返事でOKした。「そのときはここに来ればよい。いや、そのときじゃなくても、今すぐでもいいぞ」

この人はセイコーの力になってくれる、という気がした。それから、ウェリックはにやりと口の端を曲げて言った。「ここでは、仕事さえちゃんとやってくれればそれでいい。あとは毎晩女のところに行こうと、そんなことは一向にかまわん」そして、セイコーの鼻先に人差し指をヌッと差し出してつけ加えた。「ただし、だ。オレの女房のところにだけは来ちゃいかん」


セイコーが国外追放になった、というニュースが入ったのは、その直後のことだった。追放といってもセイコーは今ドイツにいるわけだが、これでもうスイスには入れなくなる。「スイス連合」がセイコーを連邦警察に訴えるという、どう考えてもヒステリックな蛮行の結果が、なぜ国外追放だったのか、そのことについてはぼくはいまだに何も知らない。

知らないけれども、そのことでぼくの中のスイスのイメージはどんと地に落ちた。今もスイスというと何となくうさんくさいイメージは消えない。


フレーニとの再会

冬の間、ぼくはウェリックの横柄な命令に従って、でもある意味楽しく働きながら過ごし、いっしょに働いたアキと別れてドイツに行く途中、グリンデルワルトに寄った。YHではバッハラーさんが一応笑顔で迎えてくれたが、もう去年のようなぬくもりは感じられなかった。そこにとりあえず宿を確保して、ぼくは坂を下ってホテル・ベラ−リを訪ねた。

玄関の扉は開いているが人の気配はない。まだ客のいない季節で、受付のカウンターにパンフレットや手紙の束が乱雑に置かれていた。

奥からピアノが聞えた。これはモーツァルトのあれだ、トルコ行進曲のついたやつ。たいして詳しくはないが、この曲は知っている。3楽章のトルコ行進曲よりも、今聞えている冒頭のメロディーが好きだ。

ぼくは足音を忍ばせてロビーに入った。やっぱりピアノはフレーニだった。彼女はぼくに気付くとちょっと笑って、目顔で「いらっしゃい」をしたが、すぐにまたモーツァルトに没頭した。

広いロビーの隅のソファーに座って、ぼくはフレーニの演奏に集中していた。わずかな音の乱れをぼくの耳がとらえ、フレーニのほうを見た。彼女の肩がかすかに震えていた。その小さな肩に、今彼女が置かれているつらい立場が見えた。ぼくに会ったことで、そんなあれこれが突然こみ上げてきたのだろうと思った。

シルト夫人が入ってきて、いつものように大げさにぼくを迎えた。「おやまあ、よくいらっしゃいました。さあさ、今コーヒーをいれますからね。どうぞ今日はゆっくりしていってください」、それからあのコロコロした体を忙しく動かして、少し散らかったテーブルの上を片付け、台所からコーヒーを運んできた。

「まあねえ、セイコーのことは絶対あきらめない、なんて言うんですよ。本当にどうしたらいいんでしょう」、うるさいな、とぼくは思いながら、話よりピアノを、どっちかというと聞いていた。

「あなたからもフレーニに言ってやってください。セイコーは国外追放になったのですよ。手紙のやり取りだって禁止してます。仮に奥さんと離婚が成立しても、結婚なんてできっこないんです」

そんなことはない、と思った。こいつら「スイス連合」がどんなに迫害しようと、セイコーはいつか必ず勝利することを、ぼくはもう疑わなくなっていた。

ぼくはシルト夫人のグチを左の耳で聞きながら、右の耳でフレーニのピアノに聞きほれていた。フレーニはモーツァルトの愛らしい旋律に乗せて、自分のつらい心境を訴えているようにも思えた。

それにしても、シルト夫人がぼくのことを「味方」だという認識で話していることに困惑していた。「フラウ・シルト。ぼくはあなたの味方なんかじゃありません!」、この人と話しているとときどきそう叫びたくなってくる。

考えられることは、善良な私たち市民が一丸となって犯罪者を憎むのが当然、みたいな思考にかなり近いのではないか、ということだった。そう、少なくとも、この人やバッハラー夫妻にとっては、セイコーのしたことは「犯罪」なのだと思った。

フレーニのピアノが終わり、静かなロビーにシルト夫人が深い溜め息を吐き出した。いかにも悲しい、という表情を作って、おおげさに肩を落とすことで、自分の気持ちを訴えようとしていた。

「元気?」、精一杯作った笑顔をフレーニがぶつけてきた。「うん、そっちはどう?」、「元気! この通り」、彼女の作りものの明るさが痛ましかった。

「今夜はここに泊まればいいわ」、「あ、そうですよ、そうしてください。今はお客はありませんから、お部屋はいくらでもあります。食事は台所でみんなといっしょになりますけど」

いくらか抵抗はあったが、ぼくは結局すすめられるままこっちに泊まることにした。YHよりホテルのほうが快適だ、なんていう打算よりも、心が通わなくなってしまったバッハラー夫妻と、できればもう同じ屋根の下にはいたくないという気持ちがより強く働いた。


みんな味方

夕食の後、フレーニと外に出た。

「セイコーから手紙は?」、「しょっちゅう来るわ」。まだ薄明かりが残っていて、アイガーの稜線が黒々と夕空を区切っていた。

「手紙はやっぱりヒロのところに?」
「そう、郵便局止めのほうがヒロに迷惑がかからないんだけど」
「あ、叔父さんがいるから…」
「そう、彼が郵便局に勤めてるから、あそこは危険」

二人の強敵「スイス連合」は数が強みだ。

「ルツェルンの親戚も、バーゼルの親戚も、みんなふだんは何があっても知らん顔なのに…」

少しだけグチっぽくなった自分の口調を拭うように、フレーニは明るい調子に戻って続けた。

「でも、何とかなるよ。どうにもならなかったら、そのときはカナダにでも逃げるつもり」

そこまで考えているのなら強いものだと、ぼくは夕空の色を映したフレーニの目を見た。

「あたしは日本でもいいのだけど、セイコーはね…」

奥さんのこともある。セイコーの親族もいい顔はしないかもしれない。

去年の夏、セイコーとよく入ったティールームの前に来たとき、ぼくたちは吸い込まれるように扉を押した。

「誰か味方はいないの?」
「いるわ。あなたや、ヒロや」
「そんな、ぼくたち日本連合は弱体だ。何も出来ない」 
「そんなことない。それに、実はね…」

フレーニはちょっと声をひそめて続けた。

「弟のウェルナーは知ってるわ、何もかも。それにうちの使用人たち、メイドのアメリアや牧童のクルトなんかもね」
「何もかもって?」
「何もかもよ。ヒロのところで手紙を受け取ってることも、セイコーが窓からあたしの部屋に忍び込んでたことも、みんなよ」
「そりゃやばいな」
「大丈夫。実はね、一度ばれそうになったことがあるの」
「…」

「夜中に彼、窓から入ってきて話し込んでるうちに眠ってしまったの。あたしもよ。気がついたら明るくなってて、ほら、うちはみんな朝が早いでしょ。彼、出られなくなったの」

いつもは暗いうちにまたヒロのところに戻るからばれたことはない。寝過ごして帰れなくなったという話は今初めて聞く。

「ここで夜まで待つしかない、ということになって、あたしはセイコーに食べ物をこっそり運んでから、いつものように客室の掃除をしに二階へ行ったの」

コーヒーをときどき口に運びながら、フレーニはむしろどこか楽しそうに見える表情で続けた。

「そこからはセイコーの話なんだけど、昼間はあたしの部屋の前もときどき誰か通るのよね。それでセイコーはちょっと不安になって、ドアのロックを確かめたんだって。一度ちょっと押してみたわけ。そのときにどうもロックがはずれて、その上、ドアのノブの爪も穴に入ってなかったらしいの。そこへセイコーが窓を開けたものだから、風が吹き込んでドアがバッと開いちゃったわけ」

フレーニはそこでまたコーヒーをおいしそうに飲んで、さあここからが面白いよ、というようにちょっと身を乗り出した。

「セイコーがあわててドアを閉めに立ったところへ、ちょうど牧童のクルトが通りかかったのね。ばったり目が合ってしまったんだ、もうだめだ、ってセイコーは青くなるし、あたしもそれ聞いたときはもう家を出るしかないと思ったわ」

「それでクルトは?」
「しゃべらなかったらしいのよ。何日たっても何も起こらなかった。もちろん今も」
「どういうこと?」
「ね、だから、つまりこの家では両親以外はみんな味方、ってこと」
「そういうことなんだ。でも、なんで…」

そこまで言って、ぼくはふと何かがわかったような気がした。フレーニはそんなぼくをじっと見てうなずいて見せた。「そう、そうなのよ」というふうに。

すっかり暗くなった道を戻りながら、ぼくはさっきの夕食の席を思い出していた。


偽善の家

シルト夫妻と、フレーニと、弟のウェルナーと、スペイン人メイドのアメリアとグロリア、牧童のクルト、そしてぼく。にぎやかなはずの食卓の、へんにしらけた雰囲気が気になった。

「ツェルマットの生活はいかがでしたか?」、シルト夫人はぼくに何かと話しかけてきた。ぼくは失礼にならない程度には答えたが、話は必ずそれで途切れた。

普通なら、ぼくの答えにまた誰かが質問し、ぼくが答え、そうしながら食卓の会話は転がっていくものではないか。

シルト夫人が質問し、ぼくが答える。8人の食卓を行き来する会話はそれだけだった。そしてそんな中では、ぼくもまた必要以上にしゃべる気にはなれなかった。

十代の反抗期真っ只中のウェルナーが、食卓に肘をついたと、シルト夫人が咎めると、それをきっかけにウェルナーはわざと姿勢を崩し、ゲップの音を立て、ずるずるとスープを吸い込み、ナイフ、フォークをちゃらちゃら鳴らし、ありとあらゆる無作法を犯して母親に逆らった。

そんなウェルナーに、シルト夫人は真顔でお説教を垂れた。眉をひそめ、悲しげな表情を作って、食卓のマナーについてこの少年に説いた。「あはは」、そのお説教の最中にせせら笑うことで、フレーニも母親に逆らった。

食事が終わると、フレーニはタバコに火をつけた。この家ではほかにタバコを喫む者はいない。少なくとも表向きは。「おお、そんな、若い娘がタバコなんか吸うものではありません…」、シルト夫人が悲しそうにまたお説教を始めると、フレーニは母親の鼻先へ煙を吹き付けてせせら笑った。

そして、そんなシルト夫人の脇で、シルト氏は一人、かかわり合いを避けるように食事に集中していた。三人の使用人はそんな親子の様子をニヤニヤと眺めて楽しんでいるように見えた。

セイコーに妻がいることを承知で、フレーニはわざわざ事を起したのではないかと思った。そしてそんな彼女の気持ちの底にあるものを、あのしらけた夕食の席に重ねてみると、いろいろなことがわかるような気がした。


フレーニとぼくが外から戻ると、シルト夫人が聞いた。「セイコーからは手紙が来ますか?」、「ええ、まあ、何度か来ました。フランクフルトにいるようです」。ぼくはちょっと身構えながら、どうせそこまでは知っているだろうという範囲内で答えた。そして、それ以上は食い下がってこないと思った。この人もやはりそんな無作法を犯すような人ではない…

話は、やはりそれで途切れた。悪い、という気がしないわけではない。バッハラーさんと同じだ。この人はぼくにいつも親切だった。いつもぼくを歓迎してくれたし、ホテルのロビーはとても快適な憩いの場所だった。そのことにうそはない。

ぼくにばかりではない。夏、YHが満員であぶれた若い旅行者を、YH並みの料金で泊めてやったりしていたのも知っている。確かにこの優しい慈善家によって、何人の貧しい旅行者が助けられたことか。だが今となっては、同じ人によって傷つけられた何人もの人たちのことを考えないわけにはいかなかった。慈善と偽善は、どうかすると背中合わせなのだと思った。



翌日、ぼくはずっと付き合っていた女性に会うために予定通りドイツに向けて発った。そして、それからの3ヶ月、ぼくもまた混乱の中にいた。


8月、ぼくは突然帰国することになった。だから、そのあとのことはセイコーからの手紙だけだ。


結果だけ書くと、セイコーの離婚が成立したあと、ともかくも彼の国外追放は解かれ、何年かのち二人は結婚した。思った通り、二人は強かった、というわけだ。そして二人は今もあのホテルに住んでいる。




セイコーは毎年のように日本に来る。そのたびにぼくたちは短いバカ話の時を持つ。でも、あのときの話はもうあまりしない。あれは愉快な思い出ではない。ぼくにとっても、そしてそれ以上に彼にとっては…


2003年8月