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シャローム





『シャローム』

   「シャローム」とはヘブル語で、「平和」とか「平安」という意味があります。
  またユダヤ社会では、「平安があなたにあるように」という意味で、「こんにちは」
  「さようなら」というあいさつの言葉としても使われるそうです。

   いつの時代でも、どの国でも、人は平安に暮らしたいと願うものです。
  若い学生の方は、将来安心して暮らすことができるようにと、一生懸命に
  勉強やスポーツをします。働いている方は、老後に備えて貯蓄されるのでは
  ないでしょうか。

   しかし、よい学校に入学しても、今の日本のように希望どおり就職できな
  かったり、老後のお金を蓄えても、病気になってしまうことがあります。

   私たちの暮らしは、自分の努力や願いとは裏腹に、周りの状況や予期しない
  出来事によって、一瞬にして不安に変わってしまいます。

イエス・キリストが残した平安

   「わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたに
  わたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が
  与えるのとは違います。」(聖書)

   これは、神の御子イエス・キリストが十字架にかかられる前日、最後の晩餐と
  いわれる席で弟子たちに話されたことばです。 

   この夕食のあと、イエス・キリストは自ら捕らえられ、翌朝の9時には十字架に
  つけられて殺されてしまいます。

   聖書は、このイエス・キリストの十字架の死が、私たちに平安をもたらした
  ことを教えています。

神との平和

   私たちに確かな平安がない根本的な理由は、天地万物を創造された神との
  平和を持っていないからです。


   どんなに正しく、親切でやさしい人であっても、生まれながら罪を持って
  います。

   そのため、「人間には、一度死ぬことと死後に(神からの)さばきを受ける
  ことが定まっている」と聖書は告げています。

   イエス・キリストは私たちを愛して、この死の問題を解決するために、
  私たちの罪の身代わりとなり、十字架にかかってくださいました。

永遠のいのち

   「罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主
  キリスト・イエスにある永遠のいのちです。」(聖書)

   イエス・キリストは、十字架で死なれましたが、3日目によみがえられ、
  弟子たちに「平安があなたがたにあるように」と言われました。

   私たちの罪を赦し、永遠のいのちを与え、神の愛の中に迎え入れてくださる
  こと、それが、イエス・キリストの平安、世が与える平安とは違う、いつまでも
  続く、決して変わることにない平安です。