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| 過去の伝統を軽視してこれを安易に放棄する人たちは、いわば根無し草のようなもので、勢いよく葉を茂らせても、たちまち枯れて消え果てるのであろう。そのように憂うべき傾向の目立つこの頃であるが、正月が来ると、新年をことほぐ古い習慣が多少とも蘇る。年賀状を・・干支の動物で飾って・・交換するのはその一つである。・・・毎年交替して十二年で一巡りする動物たちの組み合わせは、遡れば二千年以上も過去に中国で考え付かれたものである。 柳宗玄著「十二支のかたち」1995年刊・岩波同時代ライブラリー214より(03.12.03追記) | |||
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子(ね) (左)俵ねずみ (高さ9cm,横9cm) 菱平製 2003.3.9 稲荷高畠商店にて (右上)丹嘉のねずみ 店内展示(横9cm) (右下)唐辛子とねずみ 唐辛子には種が多いということから、子宝を願った.また、東北地方では疫病,邪気をはらうことを願って天井に下げる風習があった。この人形をふんで旅に出ると疲れないといという迷信もあった。(日本のおもちゃ:鈴木常雄著:1992年:村田書店より) 丹嘉製(横8.5cm) 村上敏明所蔵 |
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丑(うし) 撫牛(横36cm 高16cm) 丹嘉製 村上敏明所蔵 |
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寅(とら) 虎と竹(高さ25cm)(左) 虎(香合) 丹嘉製(右) |
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卯(う):うさぎ 左:裃兎 (高さ7.5cm) 菱平製 右:割松屋製・刻印が裏面にある(高さ14.5cm) 明治末期〜昭和初期の作品 村上敏明所蔵 |
| 割松屋の最後の作者大石チクさんは昭和4年(1929年)死去、その後窯元としては、製作はされていないので、これは1929年以前の作品といえる。割松屋は稲荷の参道前、伏見街道の西側、玉屋の筋向いが窯元だった。 (07.2...6追加) | |||
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辰(たつ) 左 香合 (高さ9cm) 菱平製 右 丹嘉製 1960年頃の作品 高さ5cm横8cm 2006.5.10追加 |
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巳(み):へび 2005年2月3日 丹嘉の展示コーナー所蔵品 高さ約12cm 大西重太郎作 2005.2.3追加 |
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| 午(うま) 平成14年(2002年)正月・丹嘉の店頭に 飾られていた 飾り馬 (高さ40cm) |
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未(ひつじ) 平成15年(2003年)のための「裃未」丹嘉製(左) 同じく菱平製の「未」(右) 郷土玩具のなかで「十二支もの」は大きな分野を占めているが、この「未」は特に作品の種類が少ない。 (平田嘉一・ひつじのおもちゃ:おもちゃ通信No242より) 「菱平」について::菱平上田昌子家は、伏見深草に住んでいたが、宇治五個荘に移った。ほとんど昌子さん一人で切りまわしている。先代安次郎と続き、四代目の父平次郎翁が昭和52年(1977年)他界。現在高齢の昌子さんが、昔からの手押しの型抜きの作業で続けている。(平田嘉一・ひつじのおもちゃ:おもちゃ通信No242より) |
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申(さる) 伏見区両替町の旧家菱本家所蔵 (高さ34cm) |
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酉(とり) 左側 丹嘉製(左14.5cm 右17.0cm) 村上敏明所蔵 約50年前の作品 右側 菱平(菱屋)製2004年作 8cm 2005.1.30追加 鶏と人類とのつきあいは古い。埴輪が語るように、2千数百年ものつきあいである。 鶏は、卵を産む家畜として大切にされ、古くはその鳴き声で時刻を確かめたともいわれ、中国では、時を知る動物ともいわれている。 そうしたところから、鶏も含めて、鳥という動物は、闇を払って太陽を呼び出す力があるとされ、豊かな実りの象徴ともされ、幸運の兆しともされている。また、鶏は夜鳴きをしないことから、子どもの夜泣き封じや咳止めにも霊験があるといわれ、子孫繁栄、家内安全などの祈りも込められている。 (「京の宝づくし 縁起物 岩上力著 光村推古書院・刊」より |
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戌(いぬ) 犬にのる童:丹嘉所蔵(右) 耳掻き犬 村上敏明所蔵(左) 鞠犬 (下右) 5.8cm 丹嘉二 20〜30年前の作品 村上敏明所蔵06.1.1追加 虫封じ犬(下左)丹嘉新作 村上敏明所蔵06.1.1追加 1体の大きさ 4.0×7.5cm 干支の犬・私達の暮らしに最も縁のある動物です。しかも、多産ということもあり、安産・子宝そして健康という願いが込められたのでしょう。この狆(真向犬)を三匹重ねて、「虫封じ犬」といわれています。06年年賀状(郵政公社の近畿版)に描かれています。 |
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亥(い):いのしし 左 いのしし(香合) 六代目丹嘉作 村上敏明所蔵 03.12.03追加 右 仁田四郎と猪 06年丹嘉製 村上敏明所蔵 07.1.1追加 仁田四郎が大猪に後ろ向きにまたがり、刀を振りかざした姿を表現しています。鎌倉時代(1190年)ごろ源頼朝が富士の裾野において大巻狩りを催した時、大猪が猛進してきました。仁田四郎、馬に乗って大猪に駈け寄り、後ろ向きに飛び移り、死物狂いに暴れるのを、頼朝の面前で刺し倒し、頼朝らは四郎の勇気を称えたという故事をテーマにした人形です。 |
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