伏見人形
節句物司馬温公の甕(かめ)割、立雛、和藤内、虎と竹、熊と金時
立雛    
 立雛 丹嘉所蔵

右は大正〜昭和初期の作
 16cm 村上敏明所蔵
09.10.18追加
 立雛について 塩見青嵐「伏見人形」より

 雛(伏見雛ともいう) 雛は御所人形に立派なものがたくさんあるが、土で造った伏見雛にはまた格別の野趣がある。男雛は天神さんとよく似たもので、その種類はすこぶる多い。座雛から立雛、それに随臣、官女、仕丁など雛飾りに付随する人形は、一応そろっている。この雛人形も布袋さんのように、節句用に地方に進出したもので、特に播州一帯にはたくさん輸送されたものと聞く。三月の節句にはこの雛人形のほか、紀州地方では天神さんや金太郎、犬などがお祝いに贈られた。また丹波、丹後地方では「オポコ人形」が、なくてはならぬものであったという。
虎と竹

虎と竹 25cm
和藤内 吉田義和氏に贈られ村上敏明所蔵
(高さ13cm 横14cm) 2006.3.3追加
司馬温公の甕(かめ)割

伏見人形は、江戸時代の芝居情報の発信もしました。この伏見人形は「和藤内」です。江戸中期、文化の爛熟期・1715年の芝居「国姓爺合戦(こくせんやかっせん)」(近松門左衛門の傑作の一つで、当初は、人形浄瑠璃)の主人公が「和藤内」です。この「国姓爺合戦」は当時3年間も上演されるほどの人気を呼びました。
  主人公「和藤内」が明国の広大な竹やぶの中で虎と戦い、最後には猛虎を自分に手なずける場面があります。「和藤内」に従順になった様子を、この伏見人形にあらわしています。昔から虎は百獣の王といわれていましたが、その虎に打ち勝った「和藤内」はとても勇気があり強かったということ、そして芝居で人気もあったので伏見人形の題材になったのでしょう。
 丹嘉先代の大西重太郎さんの丹精を込めた作品。和藤内の顔の「くまどり」などが鮮やかで魅力的です。約1970年代の作品です。(質問と回答もご参考にしてください。)

熊と金時

熊と金時 25cm
司馬温公の甕(かめ)割 9.5cm 丹嘉 大西重太郎作 
 
(04.10.8追加)
この伏見人形「司馬温公の甕(かめ)割」は、さる04年8月、天命を全うされた6代目丹嘉大西重太郎氏の1974年(昭和49年)ごろの作品で、これまでいろいろな文献では紹介されていなかったもので、私には珍しいものでした。
 伏見人形には、故事を主題にしたものも多く、これは「司馬温公の甕(かめ)割」をテーマにしています。東海地方の祭りの山車のからくり人形や絵画、彫刻、陶器の図柄、蒔絵などにこの故事を主題にした作品を見ることが出来ます。こうしたことから昔はこの中国の故事が、広く人々の間で語られていたことが伺えます。中国北宋時代の政治家そして学者であった司馬温公(司馬光ともいわれています)(1019〜1086年)は、幼児のころから聡明であったといわれ、幼い時、友達と水甕のまわりで遊んでいたとき、一人が誤って甕の中に落ちました。そのとき温公は「器は人命より軽い」といって甕を割って友を助けたということです。人命の尊さを描いています。
質問(京都市立稲荷小学校5年生より 2002.1月)  虎と竹の人形がありますが、なぜ虎と竹の組み合わせなのですか。
「竹に虎」ということわざがあります。取り合わせのよいものという意味です。昔から絵などによくつかわれました。めでたくて聖なる竹と百獣の王というとりあわせは昔からあったのですね。

いつごろからというと、奈良の法隆寺(ほうりゅうじ)というとても古いお寺(およそ1400年前に建てられた)にある「玉虫厨子」(たまむしのずし)に「竹と虎」の絵が描いてあります。その後、いろんな有名な画家が「竹と虎」を描いています。およそ200年前、深草の石峰寺に住んでいた伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)も「竹と虎」を描いています。この画家は伏見人形の絵も残しました。伏見中央図書館の本だけでも、20以上の「竹と虎」の古い日本画があることをで調べることができました。みんな世界に誇ることのできる画家の作品です。絵画のほか、鎧や食器,建物の彫刻などにも「竹と虎」は図像として使われてます。参照(図説 日本のことわざ・絵と図像の文化ー時田昌瑞著ー河出書房新社 1999)

なぜ、伏見人形になったのでしょうか。「竹と虎」が縁起(えんぎ)がよく人々がその図柄をもとめたこと、伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)等のいろんな芸術作品の影響があるかもしれません。また、伏見人形が盛んになりつつあったころ「竹と虎」が出てくるお芝居がとても人気になりました。1715年です。そのお芝居(正しくは、人形浄瑠璃(にんぎょうじょうるり))「国姓爺合戦(こくせんやかっせん)」(近松門左衛門(ちかまつ・もんざえもん)の作)は3年間も続けられるほどものすごい人気でした。

主人公「和藤内または和唐内(わとうない)」が明国(昔の中国)の広大な竹やぶの中で虎と戦い最後には自分に手なずける場面があります。昔から虎は百獣の王といわれていましたがその虎に勝った「わとうない」はとても勇気があり強かったのです。虎にまたがる「わとうない」の人形もありますが、「わとうない」が戦ったところが竹やぶの中だったのです。お芝居の人気もあったのかもしれません。