伏見人形
狐・千両箱持ち狐、白蔵主(はくぞうす)
    
    塩見青嵐「伏見人形」より


 稲荷信仰では、狐のことを「眷属(けんぞく)さん」と呼び、狐を稲荷神だと信じている人が多い.この狐の土偶は、布袋さんとともに、伏見人形を代表するもので、その種類は大小実に多数ある。・・・・・・
 この伏見焼の狐は、たいてい四角の台座に乗っているが、中には金色の小判の上に乗ったのもある。・・・雌雄一対のもので、頭上に金色の宝珠を戴いている。胴体と顔が共に真正面のものと、胴体が横向きで頗が正面向きの二種類ある。いずれも白と丹に彩色され、雲母を塗って腹部に金沢で玉を描いている。・・・
 稲荷の参道に売っているものに、胴体全部を胡粉で塗ったいわゆる「白狐」の土偶を見かける。これらの伏見焼の狐は、耳の部分の赤いのが特色になっている。いずれも口に玉と巻物をくわえているのが普通で、中には稲束をくわえたものもある。玉は稲荷大社の主神の宇迦之魂大神(うかのみたまのおおかみ)の魂だといい、この玉は限りなく財宝を生み出すものという。巻物は福徳が授かる、その秘伝を書いた虎の巻だと伝えている。
 この他変わったものに、水干を着て手に御幣(ごへい)を持ち、米俵の上に立ったもの。白狐が化粧廻しをして、米俵に宝物を詰める姿のものや、これをまねた相撲力士が、大きな宝珠を抱いているデザインもある。また、米俵をビラミッド型に績み、その真中に水干姿で鎮座(ちんざ)するもの。裸狐が擬人風にフンドシをしめ、千両箱を片手にかついで俵の上に立つ滑稽なものもある。亥年に売出す猪の背中にまたがった狐もおもしろいが、馬に乗った狐もなかなかユーモアがある。これは古い諺の「狐を馬に乗せた」という意味から出たものだという。・・・「口入人形」は、袴を着た男狐が口入と書いた駒札をかかえ、その横に女狐が座り、羽織姿の男狐が立ったものだが、その意味はわからないが、すこぶる庶民的で愉快なもの。・・・・
 以上各種狐の土偶をあげてみたが、いずれも狐は稲荷の神使という信仰から出たことがわかろう。信者達はこの狐を「眷属さん」とさんづけして親しんでいる。元来、稲荷の神は農耕神で、五穀豊穣の神として、昔から農民の信仰を集めて来たが、近年は商売繁盛の神として、都会人の崇敬をうけるようになった。殊に水商売や土建業の信仰があつい。これらの信者の好みに応じて、人形師が、次から次と型を考案し、どしどし売出されたものである。


参考「伏見稲荷大社・対談お稲荷さん」より
上田正昭(歴史学者)  私は、稲荷と狐の関係は、やはり、柳田国男先生がはやくからおっしゃっているように、春に山からおりてきて、秋に里から山へ帰って行くという狐のあり方と、春になると来臨して、秋の収穫とともに去っていく田の神の信仰とが結びついたもの、と考えています。田の神の使わしめとしての信仰が、もともとあって、やがてお稲荷さんといえば狐、というふうになっていくのではないかと思います。本来は、田の神の信仰と結合したものでしょうね。
千両箱持ち狐 昭和初期 高さ11cm
「伏見人形の原型」丹嘉発行にはこの人形と同じものが未彩色で掲載されている。村上敏明所蔵 2008.5.12追加
さまざまな狐
さまざまな「狐」 塩見家所蔵の狐
2002年2月7日初午
稲荷神社前の尾崎商店の店頭にて
白蔵主(はくぞうす)

1380年ごろ、泉州(いまの大阪)堺の小林寺耕雲庵の住僧。稲荷を信仰し、三匹の狐を飼ったが、この狐に霊性があり、賊を追ったり吉凶を告げたりしたと伝え、このことが、狂言「釣狐」になった。(広辞苑による。)

「伏見人形の原型」ではこの白蔵主は、歌舞伎人形に分類されてもいる。

「丹嘉」六代目大西重太郎の作



注:香合(香盒) 香料を入れる容器、漆塗り、蒔絵、陶器などがある。 伏見人形でも、犬や、馬などいろいろな香合が作られている。
2002.5.25追記
白蔵主・香合 白蔵主・香合
白蔵主(はくぞうす):香合(香盒) 高さ 8.5cm
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