伏見人形
おぼこ・立お福・お多福


お多福  15cm 明治時代
稲荷神社参道の松浦商店所蔵

2009.10.15表紙より移動
 

「立お福」 15.5cm 江戸末期?
(調査中) 村上敏明所蔵

髪形の一部(横から見る
おぼこ 
(大正末期〜昭和初期) 27cm 村上敏明所蔵
07.07.19表紙へ追加 07.11.23移行
(上右端)人形屋幸右衛門造と銘が(上横の画像参照)ある。 この人形には帯は金、そして朱などの絵の具の跡が残ってます。また、一部に鮮やかな紫と黄色の塗料部が残っていることです。時代など明らかにしたいものです。髪形は普通に見られる「立お福」のそれと異なり、髷は平たくてひねった土で髪を付け加えるという工夫を凝らしています。上の下段の画像参照 幸右衛門造という銘は後ろの裾に浮き出た文字で入ってます。 2005.10.15追加
     立お福
立お福 昭和初期 16cm
村上敏明所蔵

この図は「伏見人形」昭和5年「丹嘉刊」の冊子より (大西新太郎・絵)右の人形も、大西新太郎の作品と思われる。
  江戸時代 人々の憧れのまと、「花魁」または「太夫」にお多福の面をつけ、美しさそして、幸い(開運)来たれとの縁起を、こうした「立お福」に仕上げた当時の職人の技・思いを知ることができる。
2004.6.17追加    
おぼこ
明治末 24cm 02.08.03追加
弘法さんで入手
 村上敏明所蔵
  旧 伏偶舎所蔵   24cm
おぼこ

丹嘉(展示品) 27cm


舞姿 (伏見でないかもしれない)
明治時代 高さ20Cm 村上敏明所蔵 (2003.10.17追加)
おぼこ

松田高治氏所蔵 24cm
「幸右衛門」について
 幸右衛門は伝説の人といわれ、江戸j時代から多種の銘入りの伏見人形が残されています。
「おぼこ」について  
 京都では童女のことを「おぼこ娘」といい、おぼことはまだ成人しない女子を指す。………子供っぽいことを「おぼこい」と動詞(原文のママ)に使うこともある。伏見人形のおぼこは頭に麻苧(まお)を黒く染めて頭髪を垂らし、唇には紅を緑色にさし、美しい着物の褄を持ち上げ、婉麗な人形で、原型も大・小十二個もあり、かつてはかなり作られ、そのあでやかさを喜ばれたものである。注:節句用に丹波、丹後地方に送られていたといわれている。(塩見青嵐「伏見人形」)
麻苧(まお) 麻・苧麻(ちょま)の繊維をつむいで糸にしたもの。右端のおぼこは麻苧が剥離している。  奥村寛純「伏見人形の原型」より 
 おぼこ(まだ世事になれぬこと。また、そのひと。ういういしい娘):広辞苑
おたやん・お多福 以下(京の宝づくし・縁起物 岩上力著:光村推古書院刊)より
 
「おたやん」とは「お多福」のこと。町家の屋根裏では、このお多福が家を守ってくれています。「お多福の福面を取りつけた、棟上げの時の幣串が掲げられているのです。お多福といえば、福笑いでも有名な、人気のある縁起物のひとつですが、京都では、この屋根裏のお多福がよく知られていて、「おたやん」と呼び親しんでいます。棟上げの時には、必ずお多福の面を棟に上げる儀式が行われ、・・・御幣をはさみ込み、日の丸と松の絵柄からなる扇を.三本広げて、その中央にお多福の面を取りつけ、それを棟に上げます。
 この福面は、もともとは阿亀(おかめ)さんという女性の面で、阿亀さんが福を呼び込むところから「お多福」、そして「おたやん」に変化してきたのです。

 
阿亀さん ー 家を守ってくれる縁起物 −
 むかし、千本釈迦堂 (大報恩寺) の本堂を建立する際に、長井飛騨守高次という大工の棟梁が、四本の柱のうちの一本を短く切りすぎてしまつたため棟が上がらなくなってしまいました。その時、棟梁の女房の阿亀さんが、残り三本も同じ長さに切って、その上に桝形を組んで棟を上げたらどうかと進言をして、そのおかげで無事に本堂ができあがったのです。しかし、その当時、女房が夫に対してそのようなことを教えたということが世間に漏れると棟梁の名誉にかかわるということで、阿亀さんは自害してしまいます。そのため、夫の高次はお堂の棟に阿亀さんの面を取りつけ、一生涯その美徳を忍び、それ以来、阿亀さんは広く崇められてきました。このことが、今でも棟上げの時に「おたやん」の面を上げる由縁です。
  また、「おたやん」は、民俗学的に「おかめ」ともいわれ、女性そのものとも考えられてきました。棟上げの際だけではなく、広く縁起物としても用いられ、「おたやん」を持っているとお金がたまると、いい伝えられてもいます。