伏見人形
西行「富士見西行」
 


塩見青嵐「伏見人形」より
 

 伏見人形の西行は昔からある有名なものの一つである。元禄時代の文献「世間手代気質」 にも、すでにその名称が見られる。これは歌僧西行法師が、風呂敷を背負い笠をアミダにかぶり、岩に腰をかけたものと、もう一つは笠を携えて 杖によりかかる姿で、二種類ある。
 

  西行法師は平安末期の北面の武士だったが、二十三歳の時出家して、全国を歌行脚した歌 僧であった。この笠をアミダにかぶったものは、富士山を眺める姿だといい、「富士見西 行」と呼ばれている。この人形は大小あって、大は一尺五寸のものもあり、これを庭園の 燈籠か樹木の下に置くと、盗難除になるという。また、小型を神棚に祀ると、疝気の呪に なると伝えられている。
左の画像

「富士見西行」---彩色が剥離したことも考えられる 
下は其の側面  14cm
明治
から昭和初期? 村上敏明所蔵 08.5.25.追加

右上の画像

同じく「富士見西行」 丹嘉の刻印が裏面にある。
昭和初期? 13cm 09年4月27日追加

原型は同じように見える。

注 この左側の「西行」の土は粒が粗く、伏見産の人形を型に稲荷付近でないところで、複製した作品かもしれない。しかし、面相などは細やかにかたどられてもおり、彩色された「富士見西行」は丹嘉発行の「伏見人形の原型」や塩見晴嵐の「伏見人形」に掲載されている。

注2 上の図は「ひな人形の古実」より
 寛文6年(1666年)刊行   富士見西行・布袋・狐・でんぼう・土鈴が描かれている。