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だるま恵比寿とふぐのり大黒
松本市立博物館の「中野土人形展図録」より |
饅頭食い
松本市立博物館の「中野土人形展図録」より |
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| 神功皇后と武内宿禰 松本市立博物館の「中野土人形展図録」より |
福禄寿 松本市立博物館の「中野土人形展図録」より |
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「奈良家の土人形」 文化―文政年間(一八〇四〜一八三〇)、初代奈良栄吉は、竹やワラの製品、縁起の良い花として人気があった福寿草を持って京へ行商していた。そこで出会った伏見の土人形に心ひかれ、人形師に頼み込んで型を譲り受け、さらに夫婦者の職人を中野に呼んで作り方を習ったのが奈良家の土人形の始まりであるといわれている。 このことは中野の画家、関長年が栄吉像を描いた掛け軸に記されている。栄吉は身の丈が六尺、背中に入れ墨という姿で、農閑期には毎年京都へ行商し四〇数回にわたり一〇〇個の人形型を持ち帰ったと言い伝えられている。当時京への行商は命がけのことだったが、天秤棒に商品を担いで道中を歩く姿は「信州の鬼が来た」と恐れられるほどであったという。
現在まで作り継がれている人形のほとんどは縁起物で、「赤物」と呼ばれる赤い着物の子供の人形を始めとした、一〇センチ前後の小さな人形が特徴的である。伏見系の人形のほかに、「だるま恵比寿」のように九州の博多人形から型抜きしたものや「ふぐのり大黒」などの中野土人形独自の人形もある。(松本市立博物館平成17年2月26日から4月10日開催「中野土人形展図録」より転載・平成17年5月16日許可NO6) 追記2005.5.19 −注 関長年 1813(文化10年)〜1877(明治10年) 中野で生まれ江戸・京都で絵画を学び中野へ帰郷ー
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| 郷土人形館 ひなの家(長野市) 長野市景観賞を受賞した郷土人形館:ひなの家 (松本から移築した土蔵が展示場になっている)中野人形のほか、伏見人形、栃尾人形をはじめ新潟各地の人形、東北地方の人形など(「練り人形」「張子」)特色あるコレクションの展示がされている。 中野人形独特の●「ふぐのり大黒」など珍しい人形を拝見することも出来た。(03年11月15日訪問)長野市大字南長池 TEL026-241-9823 |
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奈良家の「童子」(高さ20cm)
ひなの家協力・提供 |
お福さん(奈良家)
(ひなの家のしおりより)
ひなの家協力・提供 |
天神 (高さ15cm)
西原家(愛知三河系)
ひなの家協力・提供 |
●「ふぐのり大黒」について宮沢館主の語るエピソード・・・当初「中野では”ふぐ”では売れなかったので、赤く塗って”鯛”にしたこともあった。いまでもお願いすると赤く塗った作品をつくっていただける。」とのこと。また、古い中野人形には、初代の作品なのか、あるいは伏見から招いた人形師の作品なのか明らかでない人形もある、とも語っておられた。
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