伏見人形
蔵・お神輿・柚(ゆう)でんぼ・柿・でんぼ
伏見人形は、信仰・稲荷の土産としてだけではなく、雛遊びから広まったのだろうが、子どもの玩具としても量産された。児童文化研究者の上笙一郎氏は京雛と伏見人形(関西児童文化史稿・6)で、おもちゃ文化の原点としての関西の玩具・人形、その中での伏見人形について論考している。06.2.5記
でんぼ「でんぼ」07.2.3追加  丁稚(でっち)でんぼ稲荷のみやげ おとしてわるな 」と唱われた「でんぼ」というのは、ろくろ成型したかわらけ様のものを大・中・小と三枚重ねにしたものである。緑を赤や群青で簡単に色つけしてある。「かわらけ」のままでは余りにも芸がなさすぎるとでも思ったのか、なかなか粋なもので、子供達が喜ぶようにとの心やりでもあろう。これも後には柚や菊の花などを形どつた色々面白いデザインの容器が出来るが、これに餅あられ等を入れ、旧暦二月十五日(現在は三月十五日)の涅槃(ねはん)会のときに供え、あとは子供達が「お釈迦さんの鼻くそ」とて結構ご利益があると言い含められて頂いたりしたものである。「伏見人形の原型・奥村寛純編」より
菱屋のでんぼ 1950年代作 (大10cm) 村上敏明所蔵         
柚でんぼ
・・・・柿は富有柿、上から宝珠、七宝、チョウジ、分銅など冨をあらわすもので飾ってある。明治時代 村上敏明所蔵 09.10.16追加 ゆうでんぼ(横7cm)は丹嘉(展示品)
最下段参照
でんぼ
お神輿(明治末から大正の作) 三巴と瓜の紋。
高さ11.5cm 屋根6.5cm四方
 村上敏明所蔵 2006.2.5追加
でんぼ(横10cm)は伏偶舎所蔵(上)
つぼつぼ(江戸時代初期の出土品)広田長三郎氏所蔵(下)
竈・三つ竈(くど) (竈本体横16cm高さ8cm)大正から昭和初期の柴幸製と思われる。戦前まで三つ竈専門の窯元だった。今は、西村電気村上敏明所蔵 2006.2.5追加  (明治20年代の作品)高さ13cm 巾8.5cm 奥行き8cm
村上敏明所蔵
宮尾登美子「序の舞」・ 明治19年(1886年)2月・大女流画家になる主人公の小学校5年生時の出来事
 柚子でんぼというのは柚子の形をした素焼の蓋物で、子供たちはこれに親の作るほっしん(注:醤油などで味付けした炒り米)や炒り豆などのお八つを入れ、しっかり手に持って遊ぶのである。
 十二の津也はまだしも、十六の志満が柚子でんぼとはいささかおかしいが、妹に買えば姉も欲しく、二人とも手に持って振りながら帰る途中、志満はうっかり落して、それを割ってしまった。「もう、しようもないなあ」 あーあ、とため息をつく勢以の後から、志満は泣きべそをかきながら戻つて来たが、午の頃は京で最も寒く、綿入れ羽織をぼってりと着、歯をしいしい鳴らせながらのお詣りだっただけに、手もかじかんでいたものであろう。津也は戻るなり柚子でんぼを卓袱台(ちやぶだい)の上に載せ、顔彩(絵具の一種、筆に水をふくませて使用する)を取り出してさっそくそれを写生しはじめた。
  写生とは中島先生から教わった方法で、「目の前のものをあるがままに紙に写す。細かく、正確に」といわれたのを守り、柚子でんぼをきっと睨みつけながら描いたその絵を翌日学校(注:開智小学校)へ持ってゆくと、先生から大そう褒められ、赤い五重丸をもらった上、玄関の壁に貼り出された。
 これが津也の、店の客と友だち以外の長上から最初に受けた評価というべく、息を弾ませながら勢以に報告し、「お教室の後やのうて、お玄関え。誰でもばっと目につくところえ」