中学に入ると僕はすぐ柔道部に入部した。僕の記憶ではこの時に入部した友だちは多かったと思う。今でも同窓会で顔を合わす壇原くんや、亦野くんとも一緒だった。他には、阿久津くん、飯沼くん、先崎くん、広瀬くん、南くん、村上くん、トコちゃん、がいたと思う。
練習は週2回程度。授業が終わってから体育館の床に畳をひいて夕方くらいまで練習した。最初は柔道着もなかったので体操着で受身の練習からスタートした。肩口から上手く回り込めない友だちも多く、みんな肩を畳に当てて真っ赤に腫らしていたが、僕はどういうわけか苦労もせず上手くなった。そして受身がだんだん慣れてくると、今度は技の形をつくっていった。この頃になると僕らは、柔道部にあった道着の中から適当な大きさのものを選んで着ていた。サイズが合わずバラバラでおかしかったけれど、みんな目はキラキラ輝いていた。そしてだんだん形をつかみ始めてくると、いよいよ乱取りによる練習だ。技は出足払いに始まり、大外刈り、背負い投げなどをペアになって覚えていった。
この頃、僕らの間ではTBS系で放映(昭和44年6月)されたTV番組「柔道一直線」が人気だった。内容は、九州小倉の町道場で柔道を学ぶ中学生の一条直也(主人公)。直也は東京オリンピックの柔道無差別級決勝で日本がオランダのヘーシンクに敗れたことから、日本の柔道の建て直しを誓い、元講道館の鬼車と呼ばれた車周作に入門する。そして周作のもとで実力を付けた直也は、ライバルの赤月 旭を倒すために自ら編み出した「二段投げ」を引っさげて北九州での柔道大会に出場。とうとう個人戦優勝を果たすという内容だった。
柔道部の新入部員の多くは、みんな一条直也になり切ってテレビを見ていた。もちろん僕らが憧れたのは一条直也の繰り出す奇想天外とも言える得意技だ。相手を肩車から遠くに投げ、落下する地点に走り両手首をつかんでさらに投げる「二段投げ」、そして最後の必殺技は車先生直伝の「地獄車」だ。練習中の休憩などでは、各々そんな幻の技を掛け合ったりしてじゃれ合った。多くの友だちが町の柔道場などに通い、練習に打ち込みはじめたのもこの頃からだったと思う。
初めて出場した柔道大会(1年の秋ころ?)で僕は、個人戦で1回戦を突破することができた。2回戦目は寝技で敗れたと記憶しているが・・・。おそらく1年生部員の多くがこんな感じだったのではないかと思う。僕はこの試合を通じて、しっかりした得意技を持っていれば入賞ができるという実感を得た。次の夏季大会までには充分時間がある。それまでに自分の得意技を身につけるのだ。僕は背負い投げ、体落とし、巴投げ、そして切り札として巻き込みを習得するのに狙いを絞った。どれも実戦では決まり技になることを知ったからだ。寝技も、けさ固め、上四方固め、横四方固めをマスターすることにした。
そしてとうとう部活での練習だけでは物足りなくなった僕は、2年生になるとトコちゃんと荒川の土手で早朝練習をスタートした。これらの技を何としても夏季大会までに自分のものにしたかった。土手の砂場では真剣に乱取りをやるものだから、僕もトコちゃんも頭から柔道着の中まで砂だらけになった。寝技の掛け合いをした時などはパンツの中にまで砂が入った。もうパンツは濡れた砂で真っ黒になるし、柔道着の繊維の中にも砂が入り込むほどだった。夢中になってやっているものだから、学校へ行くのはいつも遅刻ぎりぎりだった。自宅に戻るとすぐに朝ごはんをかけ込んで学校にいかないと間に合わない。とてもパンツなんか取り替えている余裕はなかったので、そのまま学生服をきて家をでた。今のように朝シャンなんてないから、学校の机の上はいつも頭から砂が落ちてきてザラザラだったし、午後の授業は睡魔との闘いもしなければならなかった。早朝練習を開始して1カ月くらい経った頃から、柔道部で乱取りをしていても力がつき始めてきたことが分かった。そして少しずつではあるが、技もまとまりはじめてきていた。僕もトコちゃんも早朝練習の時間をさらに早めた。

いよいよ夏季大会が亀戸中学校(確かそうだと思うが・・・)で開催された。僕は1回戦は不戦勝だったと記憶している。2回戦目は立ち上がりから積極的に攻め、技ありを2本奪取して合わせ技で突破。続く3回戦は巻き込みで相手を崩して寝技に持ち込んだ。そしてすかさず上四方固めを決めて1本勝ち。この時点で3位入賞が決まった。いよいよ準決勝だ。相手は僕よりスピードが速く、ぜんぜん襟をつかませてもらえない。攻めどころが見い出せないまま足払いがくると思い腰を引いた瞬間、低い位置からの背負い投げをまともに受けてしまった。畳の上で僕は応援してくれた仲間の「あ〜っ」という声をはっきりと聞いた。でもどうしようもなかった。ちょっとの油断がものすごく悔しかった。立ち上がってどんな顔をすればいいか分からなかったし、涙を懸命にこらえるのが精一杯だった。双方礼をして戻ってきた僕のところには、柔道部の仲間が次から次に寄ってきて肩に腕をまわして「しゃーちゃん気にするなよ!がんばったじゃん」と声をかけてくれた。確か僕はこの時、頬を赤くして悔し紛れに「やられちゃったよ」とか漏らしたと思う。でも僕は、この時の皆の気持ちがとてもうれしかったのを今でもしっかりと覚えている。
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キングコミックス柔道一直線(原作/梶原一騎 画/永島慎二・斎藤ゆずる)
当時、表紙絵にある柔道着に帯を巻いて肩にかける直也のスタイルは、カッコよくて柔道少年の憧れだった。柔道部の練習のある日はみんなこんなスタイルで登校していた。
柔道一直線のTV放映は、昭和44年(1969年)6月22日〜昭和46年(1971年)4月4日まで。TBS系で全シリーズ92話が放映された。
主演は一条直也/桜木健一さん、車周作/高松英郎さん 高原ミキ/吉沢京子さん、ライバル赤月 旭/近藤正臣さん。