三国志中心の中国関連<その1>
三国志を読むと(小説でもマンガでも)、孫子の名前がよくでてきます。中国の有名な、兵法家であり、彼のしめした兵法書も指します。
三国志の、主人公の一人、曹操が孫子の兵法書に注釈をつけた人物として有名ですね。
興味あったので、何か知りたいと思い、さすがに最初から原文の訳本じゃ重い(値段も高い!)ので、入門書を買ってみました。
ビジネス書なので、読みやすくかいてあるし、自分の会社と照らし合わせたりして、愕然とすることもあり・・(笑)
面白いと思ったのは、「勝てる場合にしか戦争をしない・そうすれば必ず勝てる。」とか「勝てる見込みがないときは逃げるのが最上の策である。」というような内容があることです。
こういう考えって、日本の土壌にはないでしょう・・日本だったら、「戦わなければわからない」とか「逃げるくらいなら、玉砕しろ。」って考えのほうが主流だったでしょう。
孫子にしろ、三国志に展開される論理も、かなり合理的な思考だなぁと思う。
そういえば、三国志の主人公のもう一人、劉備は、よく逃げるなぁ・・・(笑)
近くに住んでいながら、いままで1回しかいったことのない、横浜中華街にある関帝廟・・三国志ファンなら一度はいかなくちゃと思い立ち、本日(2003/4/28)横浜へ・

中華街で中華料理を堪能して、関帝廟へ。派手なつくりの門をくぐります。でっかく関帝廟とかいてある門を階段を上って行きます。
門をくぐると、線香(といっても、長さ30cmくらいもある大きなやつ)を5本セットで売ってます。5本で500円、これを買って香炉に供えると、本堂に入って参拝ができます。見るだけなら中へ入らなくても中まで見えるのですが、そこは三国志ファン!関羽さまとご対面したく500円の線香を買い求めます。

写真にある香炉が5基が本殿前にあります。1から5まで数字が書いてあって、順番にお供えします。
その後、本殿内にはいります。中では失礼のないよう、帽子などは取りましょう・(注意されました・・笑)中央には関羽さまがおられます。脇侍は向って右が関平、左が周蒼ということです。妙に納得したりします。

関羽たちの像の左側は「地母娘娘」、右側は「観音菩薩」そして、出口近くに横向きに「福徳正神」が祀られています。「観音菩薩」ってのはちょっとビックリしました。なんで??って感じで・・
そして、もっと驚いたのは、地元の中華街の方々にです・・・関羽さまの前には、参拝用のマットがあるのですが、何人かがひざまづいて頭を床にくっつけて拝しているのです。別に、おじいちゃんおばあちゃたちではありません。30代くらいの若い男女です。
外へでると、先ほどの香炉のところで、一人の少年(高校生くらいで、茶髪で現代的な子)が、線香を手にもって一生懸命、お祈りをしています。関帝廟は、現在進行形で、たしかにここ横浜中華街では、頼られるべき対象なのです。
彼らは何を願っているのかはわかりませんが、みな、真剣に祈っている雰囲気が伝わってきました。祀られているのは、神格化されているとはいえ、エホバでもアッラーでもなく、過去に実在した一武将なのです。
いかに、三国志が関羽が、中華の人々の心の拠り所かってことが、とても伝わってきました。普通の観光客が圧倒的に多いのですが、そんな地元の方々の参拝する姿をみれて、よかったです。
下に、関帝廟の屋根を飾っている龍(中国では皇帝の象徴でしょう)を載せます。関帝廟の雰囲気が少しでも伝われば、いいなぁ・・
もともと、「三国志」は1800年くらい前、中国での歴史的事実を元に描かれたものです。しかし、様々な読み物や漫画、ゲームなどで、独特の魅力的な世界観を構成し、そこに惚れるファンがたくさんいるようです。
最近、別冊「宝島」より三国志関係の本がでました。「僕たちの好きな三国志」と「曹操伝」です。
さいしょのは、PS2のゲームソフト「三国無双3」に関連した話。次のは、漫画「蒼天航路」に関連した話。
最近の若い人たちが「三国志」ファンになる入り口として、この二つはおおきな役目を果たしているようです。
ゲーム「三国無双3」は、シミュレーションゲームで有名なKOEIがプロデュースしたのですが、内容はシミュレーションではなく集団格闘ゲームのような内容です。
しかしながら、三国志の有名な各戦争の場面をモチーフに、プレイヤーが操るキャラクターも、なかなかの拘りがあり、三国志の世界を、よく再現しています。
三国志ファンなら、必ず考えること・・それは、自分の好きな勢力(もしくは武将)が、あの時に勝っていたら、三国志はこう変わったに違いないってこと・・・それが、ゲーム上で再現できるのです。しかも、自分が、まさに戦って歴史を変える魅力があります。
また、格闘ゲームとはいうものの、時折発生するイベントやストーリは「三国志」の話を、うまく再現して、そのゲームの空間はまさに三国志になっています。
そして、そこに用意された、ストーリーもプレイヤーが納得できるストーリーに仕上がっています。
実際にプレイしたほうが、よくわかるので詳しくはかきませんが、三国志を知らないゲーマーが、プレイしてもおもしろい出来です。
なので、三国志を知ったらもっとおもしろいだろうなぁと感じて、三国志を読むようになり、三国志ファンになるってパターンが、あるようです。そして、
たしかに三国志を読んでからのほうが、ゲームがおもしろいっ!!!
さて、そこで三国志を読むといっても、書店にいって三国志をみるといろいろな作家の三国志があります。さらに、ほとんどすべての三国志が、「長い」・・・・短くても3巻から5巻・・・10巻以上だって珍しくない・・・
ちょっと、本買ってよむには引いてしまいそう・・・
そこで、登場するのが漫画です。
「蒼天航路」・・それは今連載中の三国志の人気漫画です。自分も初めてこれに触れたのは、どっかの食堂でラーメン待っているときに読んだ漫画雑誌が初めての出会いです。
はっきりいって、驚きました。な、なんだ、この登場人物は・って感じです。
三国志で、悪党になっている奴(董卓ですが)が、物凄い存在感なのです。物凄い主張が感じられるのです。
衝撃を受けた自分は、「蒼天航路」の単行本を1巻から買い求めに書店に行きました。
この漫画は、いままで通常の概念にある三国志では悪役とされている「曹操」を主人公として描かれています。ただし、曹操を正義として描いているわけではありません。時には冷酷、時には熱い・・・・そんな曹操を魅力的に描いています。
はっきりいって、今までの三国志の概念をぶち壊しています。
でもおもしろい!!
なぜなら、そこに登場する人物たちは、すべて異なった価値観を与えられ、魅力的に振舞っているからでしょう。
例えば劉備。いままでは、「人徳の人」であった劉備(通常の三国志では主人公)には、彼の言動が自分にはかなり「じれったい奴」と感じていたのですが、「蒼天航路」の劉備のはちと違います。
徳はあるのですが、もっと俗物的に描かれています。そして、こっちの劉備の方が、本当に近いのではと感じさせてしまうくらいの魅力や説得力がある描き方をしています。
どの登場人物も、ものすごい存在感が与えられて、話が展開します。いままで、これほど見事に、生命を与えられた登場人物たちがあったのかって感じです。
是非とも、一般的な三国志(漫画なら横山光輝の「三国志」、本なら吉川英次の「三国志」でしょうか)と読み比べてみてください。損はさせません・・・(笑)
そして、「蒼天航路」の人気にともない、曹操の「魏国」のファンが増加しているようです。昔はほとんどが劉備「蜀」のファンばかりだったと思われます。
いまや、主流は曹操(魏)ファン。次はなぜか孫権・周瑜(呉)ファンが多いような気がする今日この頃です。
ともあれ、「三国無双3」「蒼天航路」ともに、三国志の世界を、それぞれに見事に再現しております。
ちょっと、書き足りませんでしたがそのうち続編を・・・
三国志というと、三国志演義が基本なのか、劉備(蜀)が主人公の読み物が多く最近になり、曹操人気で曹操中心の三国志も描かれてきています。
実は、呉もなかなかの人気で、演義では孔明の引き立て役の周瑜なども、その評価は高まり、根強い人気があるようです。この本は伴野朗さんが書かれた「呉」という国、中国最大の河、揚子江を中心とした三国志です。
題名をみて気になり、冒頭の部分をチラッと読んで、またまた気になり読むことにしました。
冒頭の部分は呉の孫堅が、少年のころからです。孫堅といえば、普通の三国志では黄巾の乱のときに、いきなり「海賊退治で有名な孫堅」と、すでに実績をもった状態で登場することが多く、あまりその「海賊退治」の話とか知りませんでした。
そこから書かれているということで、かなりの興味をもって読み始めました。最初は海賊退治のエピソードから始まり、この辺の話はうとい部分でしたので興味深く読めました。
ここで、一人の人物が登場します。ほぼ主人公の役割です。孫堅が退治した海賊の女頭領との間にできちゃった子供・・・孫朗といいます。出自は創作でしょうが、孫朗という人物は実在したようです。
彼は、「斥江耳」と呼ばれる、いわゆる呉の諜報部員のボスとして描かれます。この小説自体、表の戦争や軍略の部分もありますが、裏の情報戦争、隠密戦争の部分がかなり描かれています。
曹操陣営の「青洲眼」、孔明の「臥龍耳」といった、各諜報部員たちの暗躍の模様が描かれているのは、おもしろいところです。
実際に、無線などがない時代ですので、早く情報を得るということが、どれくらい当時の戦いに影響があったか・・・
例えば、敵対する地域で、敵が急襲する計画を練っていたという情報を、普通の情報が伝わるスピードの倍で得れば、相手より早く戦いを仕掛けられます・・
ましてや、日本の国土からは考えられないような、広大な大陸・・1回の遠征が、1年や2年かかるのですから・・・情報の正確さ、速さがどれくらい重要であったか・・・
魏、呉、蜀が残ったのも、これらに長けていたからでしょう・・小説では、呉贔屓なのか、魏の「青洲眼」は少し悪者に描かれていますが、魏があれだけになったのですから、実際の曹操の諜報部員たちは極めて優秀だったのでしょう・・
この小説は、わりと活劇っぽく描かれていて、荒唐無稽ともいえる場面が数多く出てきます。
例えば、仙人「佐慈」と「干吉」の方術での戦い・・・・例えば、神農異人と称する超能力者の登場(そのうち一人なんか、目から怪光線を出して、人を焼き殺しちゃいます!!)
こんな、場面があるにもかかわらず、「三顧の礼は歴史上、なかったという論が有力でそれを採用する」みたいなこと書いて、”孔明が自分を劉備に売り込みにいった”としていたり・・・呉以外の勢力には、冷ややかに描いている感じがしました。
基本的に魏は、悪役になってます。蜀も孔明は、”かなり、したたかな政治家”に描かれているようです。
例えば、「泣いて馬謖を切る」ときに、孔明は演技で泣いてみせ、回りの人間を感動させて国のモチベーションを上げ、実際には馬謖は処刑せずに、自分の諜報部員として活動させていることにしています。
これって、随分したたかな孔明だと思いませんか??
その他で、面白いのは、当時の日本は「邪馬台国」の時代であり、日本とのからみも少し出てきます。
また、五丈原の戦い以降の、蜀が滅び、魏が晋に乗っ取られ、呉が滅ぶまでの話も、わりと詳しく記されていて、自分としては始めて読む部分でした
・・作者も「日本では三国志は五丈原までで終わるのが多いが、呉の滅亡まで書いて本当の三国志である。」と書かれています。
しかし、自分的には、やはり五丈原以降の話は、あまり魅力的な話とは思えず、知ることは重要ではありますが、ほとんどの小説家が五丈原までで、話を終了させる理由がわかったような気がしました。
何はともあれ、呉ファンは読んだ方がいいかもしれません・・・・・
「僕たちの好きな水滸伝」なんて雑誌買ったら、ちょっと書きたくなって、いざ書き始めたら、まとまらないのなんのって・・・
まぁ、おもいつくまま、いろいろなことを書いてみましょう・・たいしたことは書きませんが・・
先ず、初めての水滸伝との出会い・・・これは、たぶん小学生のときのこと・母親が家の書棚にあった、文庫本を「おもしろいから」と言って読んでくれたのが、岩波文庫「水滸伝」(芳川幸次郎 訳)でありました。
といっても、冒頭の部分だけで、あとになって「水滸伝」だとわかったので、当時はわかっていなかったのです。冒頭の洪信が、竜虎山へ登り、不平をいうたびに怪異にある場面でありました。
その後、なんとなく気になり、「水滸伝」と知って家にある岩波文庫を読み始めました。ところが、家にある分を全部読んでも完結していないのです・・・
時折、書店にいくと続きがあって買いましたが、やはり完結しないまま、かなり長い時間が過ぎちゃいました・
どうも、話の結末を知りたくて、1冊モノの「水滸伝」があったので買って読みましたが、やはりかなりの端折りすぎ・・
後にマンガ(さいとうたかを 作)でも読みましたが、これも端折りすぎ・・・
そして、つい最近、近所の図書館で岩波の「水滸伝」を全巻みつけたのでした!!!
その前書きを見ると、訳者の吉川幸次郎さんは、全巻翻訳するまえに亡くなられたようで、清水さんという方が続きを訳されたとのことでした。
しかし、ン十年ぶりに「水滸伝」と再会し、それも完全な形でしたので、いっきに(と言ってもかなり時間がかかりました)読みました。
そのとき、「水滸伝」ってこんな話だったんだって始めて知りました。以前読んだ、1冊ものやマンガは、いわゆる「七十回本」とよばれるものがベースで、梁山泊に百八人の豪傑が集結した時点で終了だったのです。
しかし、訳本は百二十回本とよばれるもので、豪傑集結以降の話が、延々と物語られるのです。
そして、それが、集結した豪傑たちが、つぎつぎと死んでいき、何となく悲劇っぽい話で、思ってったのと違うのです。
ほかにも、意外だったことなどありましたので、あらすじを、書きながらそのあたりのことを、次回で・・
少し時間がたってしまいましたが、なんとなく書く気になったので、この気を逃すと、もう書けないかなぁと思い・・・
さて、水滸伝・・・舞台は中国、宋王朝の時代ですが、定番の設定で、国は悪政で、悪い官僚、官吏が民衆をくるしめているという世相です。
そんな中、悪い官僚などを懲らしめたり、または逆に姦計にはめられたりで、法律上は罪を犯してしまって人たちが、梁山泊にだんだん集結していく様子が、彼らの武勇伝とともに、語られます。
集まる、豪傑たちは、じつはその数年まえに、竜虎山に封印されていた108の魔星たちが解き放たれたものなんで、しかるべき運命をもって、集結します。
そして、そのような世情のなか「替天行道」の旗のもとに、国家に反抗するのです。
「替天行道」とは、「天に替わって、道を行う」ということですね。
まぁ、七十回本では、梁山泊に集結して、それからの活躍を思わせぶりに終わってしまうので、そこまでの武勇伝がメインとなっています。
といっても、実はそこの武勇伝の部分が、とても面白いので、今でも、ひろく読まれている物語なのでしょう・・
「水滸、巻を開けば、第二十三」と言われるように、もっとも面白いとされるのが二十三巻の「武松の虎退治」です。
面白くて、何回も読むので、本に開き癖がついちゃって、開くとそこのページだってことです。 二十三回といえば、だいぶ最初の方ですねぇ・・
さて、全巻読んでみると、梁山泊に集結してから、頭領の宋江は、国の「招安」を希望するようになります。招安とは、特赦のようなもので、自らの罪を許してもらい、梁山泊軍を国のために役立てようというのです。
「替天行道」と言っておきながら、何か腑に落ちないストーリー展開だったと、読んでいたときも感じたものでした。
今回、買った雑誌のコラムにも、そのことが触れられています。
その理由は、次のようなものであったろうということです。
中国の基本的倫理観となっているものは「儒教」です。儒教では、とくに「孝」(親にたいするもの・・孝行心)と「忠」(国にたいするもの・・・忠誠心)を大切にします。
宋江は、梁山泊にはいるとき(国に逆らって山賊になる)、父親が、「お前は不孝にして不忠である」ということを言います。もともと、親孝行の宋江、そのことを気にしていたというのです。
そして、梁山泊の頭領となったときに、「招安」を受けて、国のためにはたらき、「忠」であることを示し、「不孝」を返上しようとするというのです。
そして、その結果として、「招安」をうけ、国にいわれるがまま辺境の反乱を鎮めにいき、そのたびに梁山泊の仲間が戦死してしまい、結局は自らも毒殺されるという、出始めの勇ましい武勇伝からすると後半は、なにか悲しげな物語になってしまっている・・
宋江は忠を欲するあまり、「義」(友人たちにたいするもの・・義侠心」を無くしているかのようです。
「忠たらんとして、義を殺す物語」である・・とそのコラムにも書かれておりました。
自分的にも、水滸伝は七十回までのほうが、面白いと思ってしまうのでした。
「水滸、巻を開けば第二十三」・・・・・・・
いつものように、自宅から出かけようと、大通りへ出るのですが、「○○堂」という骨董品屋のよこを通り抜けます。
ふと、その店の横の壁をみると、ガラスケースの中に、「今月の言葉」というのが貼ってあります。
その言葉とは・・・・・
「替天行道」!!!!
”天に替わって道を行う”です・・

おぉーーー水滸伝、梁山泊の旗印じゃないですか・・と喜んで写真を1枚・
し、しかしなんで骨董品屋の今月の言葉が「替天行道」なんだろう・・????
いたって、小奇麗な骨董屋で、骨董屋というよりは古物商といった風情のお店です。まぁ、お客さんが入っている所をみたことがないのですが・・・
いくら日本の政治がひどいからって、そこで「替天行道」のための勇士や豪傑を募っているとは思えないし・・・・
単に水滸伝ファンだったとしても、今月の言葉にはふさわしくないような気がします・・・もし、そうだとして来月の言葉はなんだろうなんて、どうでもいいことを考えます。
ひょっとして、三国志ファンでもあって、来月は「泣いて馬謖を切る」だったらどうしようとか・・・
ま、まさか、古物商とは偽りの姿で、日本を滅ぼすべく秘密結社の集まりでしょうか・・・・「替天行道」が何かの暗号で、そのうち、でっかい事件が自宅の近所で起こるのでしょうか・・?
何となく謎にみちた今月の言葉でした・・・替天行道??

まず、この絵を見てください。綺麗でしょう・・・・ネットで知り合った葉月さんのサイトでキリ番をゲットしたときに、ご褒美で描いていただいたイラストです。
「三国志の孫夫人を描いてください。」とお願いしたものです。
そう、この絵の女性は、三国志で劉備に嫁いだ、呉の孫権の妹を描いてもらったのです。
ゲーム「三国無双」では孫尚香と呼ばれ、漫画「蒼天航路」では孫Y夏と呼ばれています。
正しい名前がわからないらしいです。
三国志をご存知のかたは、この結婚の様子はよくご存知の出来事でしょう。結婚当時、劉備は50才、孫尚香17才・・あきらかな政略結婚でした・・
時代的に言えば3世紀初め・・日本は邪馬台国の時代。人の寿命は50年程度・・その時代の50才といえば、老人です。
少し前に、中国の女性のかたとメールする機会があり(もちろん日本語で・)、三国志が話題になりました。彼女が言うには、三国志の女性は可哀相だというのです。
まるで、男の道具のように扱われていると・・・
絵の孫夫人はどうでしょう・・描かれた葉月さんの印象なのですが、女性でありながら武道にもたけたと言われる彼女が、剣を持ち舞っているかの様子はとても生き生きと描かれています。
そういえば、「蒼天航路」の孫Y夏もとても生き生きと描かれていますね・・
どうなのでしょう、中国で読まれるおそらく原典に近い「三国志」では、女性のことは、人間としての描写が希薄なのでしょうか・・
意外に日本の作家たちが描いた、「三国志の女性像」というのは、中国の原典とは違うようで、彼女たちは、希薄な道具としてではなく、もっと志の高い、自由人に変身しているようです。
孫夫人も、貂蝉しかり、大橋、小橋しかり・・・たしかに、登場する人数は少ないのですが、彼女らがはなつ光は三国志の話のなかで、なくてはならないものになってきていると思います。
ある日本の作家が対談で、実在しないといわれている貂蝉を、あらためて登場させる意味がある、とおっしゃっていた記憶があります。
この絵には、男の話である三国志に、そんな光をはなっている女性たちに対する、賛美が感じられます。
実際の彼女たちは、生きること自体が苛酷な、三国志の時代を如何にして生きたのでしょう・・・
人気三国志マンガ「蒼天航路」も、終焉に近づいてきているようです。
さて、上の科白・・「とんでもない奴と同じ時代にうまれちまった。」・・蒼天航路ファンなら誰が言った科白かわかるでしょう・・・
そう、三国志の英雄の一人劉備玄徳が、曹操孟徳を「とんでもない奴」と言っているのです。その八十七話の最後の場面です。
それに対して、その三百三十二話の冒頭において今度は曹操孟徳が「とんでもない奴が同じ時代に生まれておったものだ。」と劉備玄徳のことを言っています。
曹操と劉備、三国志の対極の英雄同士です。お互いに相手を認めあった科白のようにも聞こえます。
劉備が曹操を「とんでもない奴」と言ったのは三国志の物語の序盤、曹操の徐州大虐殺の時。
反対に、曹操が劉備を「とんでもない奴」と言ったのは、三国志も終盤(あえて終盤と書きます・・五丈原までで最後と考えます。)劉備が入蜀したときです。
もともと蒼天航路は普通の三国志では悪役として描かれることの多い曹操を主人公として描かれたマンガです。
曹操は「破格の英雄」と言われるように、若いころから凄まじい才能でどんどん勢力を拡大していった英雄・・・・
対する劉備は、器の大きさだけが取り柄のように描かれ、戦績もたいしたことはなく中国全土をあちこち逃げ回るのですが、不思議と人民から支持されます。
天才と言っても良い曹操・・・かつて、劉備は曹操の下にいたこともあり、そのときは曹操ははっきりって劉備の才能を認めてはいたが、自分より下と思っていたのか・・また、その異なる才能に違和感をいだいていたのか・・・
なぜか、曹操が劉備に「とんでもない奴が同じ時代におったものだ。」と言った時点で、この物語の主人公は曹操から劉備に移行したかのように感じられます・・
いや、曹操を主人公にしながらも対極にいる劉備をつねに見据えて、真の主人公だったような気さえする、この科白でした。
曹操が主人公と銘打ったこの蒼天航路・・そろそろ歴史の上では曹操が亡くなる頃です。おそらく蒼天航路も「完」となるでしょうから、そのときには、各場面での感想など書く予定です。
東京美術館で開催されている「よみがえる四川文明展」へ行って来ました。
四川といえば「蜀」。「蜀」といえば劉備、孔明!・・
なのですが。今回展示のものは、さらに時代を遡って、起源前1700年〜300年くらいまでの話です。
普通、中国の文明は黄河文明が発祥であり、その場所はいわゆる「中原」にあたるところというのが常識でした。
しかし、黄河と同規模の揚子江にも、同様に古代文明はあった可能性は高いはずなのです。
1986年に「三星堆遺跡」、2000年にはいってから「金沙遺跡」「船棺遺跡」が発見されたのです。
失われた古代文明が中国にもあった・・・・・「中原」以外にも、文明があったという大きな発見であったわけです。
その揚子江流域の三星堆遺跡を中心とした出土品が今回の展示です。
「蜀」いまの四川省は、険しい山中であり周囲からの侵攻もされにくく独自の文明が起こっていたのでしょう・
さて、東京都美術館では「女子十二楽坊」のみなさまが、各コーナーで説明してくれます。
といっても実物がいるわけではありません。(当たり前!)
ビデオで、それぞれのコーナーの説明をしていて、最初にそれを聞いた方が、いろいろとわかりやすいです。

写真は販売していた絵葉書のもので、祭祀用の仮面らしいです。
「三星堆遺跡」での出土品はほとんどが祭祀用の道具みたいですね。
写真の仮面は「金面人頭像」と名前がつけられています。人なのですが、切れ長の釣りあがった目、大きな耳が特徴で、あきらかに黄河文明とは異なるものを感じます。直感的には、何か南方のもの、なんとなくインカ文明の仮面などを連想していしまいました。
実際にも、このように青銅の仮面に金箔が張られていて「黄金の仮面」だったようです。

これは、獣面の仮面だそうで、「飛び出ている目玉」が特徴です。
京極夏彦さんの小説「塗仏の宴」の題名にある妖怪「塗仏」は目玉が飛び出ていて、そのルーツはこの蜀文明ではないかという話が小説中で展開されています。
これがその、面かとかなりマジマジと実物をみてきました。
かなり妙な像ですね。やはり異質な文化を感じます。
以上は「三星堆遺跡」の出土品なのですが、この遺跡は殷時代に相当するころの四川文明ということで、黄河文明に負けない高度な文明を感じさせます。
次のコーナーが「金沙遺跡」です。これも「三星堆遺跡」同様、四川省の成都近郊の遺跡なのですが時代が下がってきます。
しかし、時代が新しい割には、出土品の細工などの技術が劣ってきているとのこと。実際の出土品を見ても、そう感じます。
滅びの前兆なのかと感じるのはうがった見方でしょうか・・・
さらに「船棺遺跡」になってくるとあきらかに、黄河文明の影響下にあるような様子が出ています。
「三星堆遺跡」の出土品である「神樹」も、自然の樹のごとき形から、あきらかにこの時代の様式化とおもわれるような変貌が見られ、あたかも仏塔の上の「水煙」の如しにみえました。
様式に影響があるのも、支配力の問題なのでしょうか・・
この遺跡は、「戦国時代」から秦が中国を統一をはかるまでの時代の遺跡です。
そして、中国が秦によって統一され、漢になって漢民族の統治下となるにしたがって、この四川文明は急速に消滅してしまったようです。
あきらかに漢民族以外の民族によって起きたと思われるこの四川文明・・・・
彼らはどんな民族で、どこへいってしまったのでしょう・・・ 大陸には深い謎がたくさん隠されているようです。

帰りにこんなピンバッジを買ってきました。本当は獣面のが欲しかったのですがそれはありませんでした。
帰りの電車のなかでは、遺跡の説明をしてくれた「女子十二楽坊」を聴きながら・・・・
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