集荷人の仕事・・・

京野菜集荷人・・・簡単にいえば、地元で作られた野菜を集めて市場へ運ぶ仕事です。

京都中央市場(京都市下京区朱雀分木町)は昭和2年に開設された日本で最初の中央市場で、他の中央市場にはない「近郷」という市場があります。
近郷市場とは、京都近辺の青果物を取り扱う売り場で他県からくる青果物とは別に取引されるです。そこには京野菜を専門に買い付けを行う仲卸会社がたくさんあります。
京野菜の発展と継承には、生産者の努力はいうまでもないのですが、京野菜を専門に扱う市場あるということも大きく、京野菜にとって近郷市場は欠くことができない売場なのです。

私の祖父と父は、今ほど交通網が発達していなかった戦後まもなくから、上鳥羽で作られた野菜を京都中央近郷市場に運ぶ仕事をしておりました。市場に持ち込んだ青果物は、現在でも京都中央市場の卸売会社に委託して販売してもらうという形で出荷しております。


私は上鳥羽地域の集荷人なのですが、実は他にも京都市内で集荷人と呼ばれる方々が数名おられます。

畑菜やからし菜で有名な久我地域

茄子や筍が有名な牛ヶ瀬地域

京芹で有名な築山地域

など・・・他地域・・・数名。

ただ、高齢化・後継者不足や京野菜ブランド化の影響からか、出荷量は以前に比べて格段に減っているのが現実で、集荷人として機能しなくなりつつあります。
これは、京野菜の産地の集合化・・巨大化・・を意味するのですが、どうしてそうなるのかは後ほど・・・。

下の図をご覧ください。


農産物が市場を経由して消費者にわたるまでの経路です。生産者から農協(JA)の集荷場を経由して農協単位で出荷されるというのが通常の形態なのですが、私が扱うものに関しては生産者から直接卸売会社へ委託します・・その間を取り持っているのが私・集荷人ということになります。




変わりいく市場評価と消費者ニーズ

父が集荷業を行っていた時代から私の世代となり、京野菜の現状は劇的に変化したように思えます。当初はこれほどまでに京野菜が認知されてブームになっていなかった。京野菜の定義づけにはじまり、京のブランド産品化・・・によって今のブームが生まれました。生産者のそばにいる私にとって、ブームになることは大歓迎で、地元の野菜を全国に知ってもらうチャンスであることは間違いありません。
ただ、昔から作られていた形態を変える必要に迫られてきたのです。というのも、京野菜の需要が高まるにつれて市場が要求するのは均整のとれた見た目の美しい品物でした。ブランドとして全国区になるためには均整のとれた見た目は必要不可欠だったことは重々理解しているつもりです。ですが、父の代より数十年間上鳥羽地域で集荷人として市場を見ている私としては少し疑問です。


というのも、京都の野菜は上で触れたように、個人の生産者が作られるものを個人の名前で出荷し、個人毎に委託販売しています。種子の保存(・・・昔から自分の圃場で種をとる)も栽培方法も個人的な感性で生産・栽培される京野菜はそのほうが理にかなっているために、そのように今日までは発展してきました。
ですが、市場の価格をみれば、そういうことよりも品物がある程度まとまって取引しやすく、かつ、見た目が美しいものを求めています。

時代が代わり、消費者のニーズが変化したことはわかっています。戦後のように大家族ではなく核家族化が進み、キャベツ1玉を数日で食すということが当たり前になり、食事の用意も準備に手間のかからないもの・・・というふうに変化してきました。
それに伴い、全てが一箇所で揃って買い物しやすい量販店での買い物が増えたようですし、それに答えるべく量販店では、不ぞろいで扱いにくい農産物よりも均一的・・・また形の整ったもののほうが店頭に並べやすく、そういうものをを好んで仕入れます。結果、市場にもそのような農産物のほうが高値で売買・・・ということになるのです。



現在でも個人モノの出荷が多い京都中央近郷市場ですが、上のような背景からか共同出荷形態のもののほうが扱いやすく、高値で取引されているのが現状です。




集荷人としての今後

日本の農業が抱える様々な問題から京野菜の産地としての出荷量が減っていくことは、ある程度は仕方がないことかと思いつつ京野菜がブランド化され全国的に認知されるにつれ上のような事情が顕著に市場評価に現れていることに疑問をもっています。なぜなら、京野菜が伝統をもつ野菜として消費者の方々に指示されるのは、その歴史的な背景によるものが多いと思うからです。そういう意味で、市場で高評価を受けているものが果たして昔から守られてきた京野菜かどうか・・・・。


均一性のとれた、見た目のよい京野菜が本当の昔からの京野菜・・・・なのでしょうか・・・・と。


種を保存する・・・ということも大事ですが、歴史的な背景を大切にするということも大事なのではないかと思います。そのために、私ができること・・・・・。



上鳥羽は京都市内でも有数の京野菜産地です。
九条ねぎ・・・の名のとおり、昔の九条地域一帯は九条ねぎの大産地だと聞いています。それが道路整備が進み南下し、上鳥羽村に移ってきた・・・。いうなれば、今本物の九条ねぎといえるのは上鳥羽地域・・・上鳥羽の生産者だけです。(ごめんなさい、上鳥羽以外にも下鳥羽や竹田・・・久世・・・久我等九条周辺に九条ねぎを作り続けておられる生産者はたくさんおられますが、私は上鳥羽の集荷人なもので・・・)

そのことを全国の皆さんに訴えていくことが使命だと感じていますし、市場の評価だけにとらわれずにネットショップやブログ等を通して直接訴え続けていきたいと考えています。


そして、将来的には上鳥羽だけにかかわらない、本当の京野菜を全般的に扱うことができれば・・・・と。