| トップページへ 14/7/18 ガッツ石松 黒柳「先ほども紹介したようにボクシングライト級のチャンピオンで本物のチャンピオンでございます。大変なお話とか減量のお話とか前に伺いましたが私が「次のチャンピオン大会は?」って言ったら黒柳さん”のど自慢”じゃないですから大会とは言わないって」 ガッツ≪選手権。タイトルマッチですか≫ 「そうですね。今はタレントになってご活躍なんですがこの間テレビを拝見しておりましたらばもう借金返すのに大変だとはっきりおっしゃってて選挙(※ガッツさんは数年前の衆議院選挙に出馬された。結果は落選)に出たもんだからとおっしゃっててその話を伺ってみようかなって。ただ徹子の部屋にでてもらっても出演料を一杯差し上げられないんで借金の返済にはねあまりたしにならないのが申し訳なくて」 ≪いやなります。積み重ねですから≫ 「そうかもしれませんがね。でもお元気なのはコマーシャルで。あのコマーシャルは(※パソコンスクール”アビバ”のコマーシャルのこと)しょっちゅう流れるのでね」 ≪そうですね。世の中は捨てる金あれば拾う金ありでいろんな方が助けてくれますね。≫ 「笑顔と何とかで昔はやってきたって(CMの)中でおしゃってるじゃないですか?」 ≪笑顔と体力≫ 「そう昔はそれでやってきたって。借金の話ですがまずボクシングの映画をお作りになった。これはどうしてもお作りになりたかった」 ≪そうですね。元ボクサーが後半は役者を目指して芸能界に入門したわけですから。まあいつの日か自分が歩いてきたボクシングの世界を映画で描いてみたいという事で芸能界に入ったわけです≫ 「それで”カムバック”という映画を。そういうわけだったんですか」 ≪その頃はバブルの時代ですから映画作るといったら1千万、2千万≫ 「映画作るといったらばバンバンバンバンお金が飛んできた」 ≪支援者がいた時代ですから≫ 「監督をなすって主演もなすったその映画で。で実はこの映画はどうしてもお母様に見せたった映画で」 ≪そうですね。やっぱり私の子供時代からこの映画は描いていますからそこにお袋が重要な役で出てくるんですよ。親父さんは出てこないんですけどね。だから現在あるのは母ちゃんがこういう育て方、がんばってくれたから現在があるんだよって見せたかった≫ 「でも残念だったですね。お母様はその時は生きてらしたんですが入退院を繰り返していて」 ≪ちょっと脳梗塞で入院してたんですけどね≫ 「当時は映画館にお連れになったりビデオではお見せできない時代で」 ≪まあビデオでみせたら見れたでしょうけども入院してましたからね≫ 「見れないうちにお亡くなりになって棺の中に映画”カンバック”のあれ(テープ)をお入れになったときいたんですけども。その映画で赤字になった」 ≪そうですね。五社協定というものがあって個人の会社が作った映画はなかなか採算は取れないですね。たくさんのプロデューサーや俳優さんが映画を作ってますけども世にでないものがだいぶあるんじゃないですか≫ 「そこでまず借金ができた。でもその借金を一生懸命返済していてだいぶめどがついたときに選挙に出ないかと」 ≪そうですね。その時は1年間に3人も4人も総理大臣が変わる時代がありましたですね。ですからそんなに簡単にやっていていいのかなっていう疑問もありましたし。まあそんな時に自民党さんから声をかけていただいて≫ 「お食事でもしましょうとおっしゃってくださった方が後に総理大臣におなりになった」 ≪当時の自由民主党幹事長の森善郎先生なんですけどね≫ 「後にね。お食事をしましょうとそこでおっしゃってくださったことが「あなたは学歴が・・・」」 ≪私が総理が頻繁に変わることに不満があった、また私のお袋や親父が入院してた時の看護婦さんが一生懸命やってくれた献身的な姿を見てたし≫ 「そうい人たちの待遇とかね」 ≪あと警察官とかをもっともっと大切にしなければいけないというのが私の持論だったんです。そういうものを雑誌とかに話とかをしてましてそれを読んだんでしょうね≫ 「あなたが政治に感心があると」 ≪で森先生が君は中学しか出てなくて学歴がないけどもいいことを考えてるんだなと。私にいわせれば校舎も教科書もない社会人の大学の東大を首席で卒業した≫ 「いい事をおっしゃるんですね」 ≪やっぱり総理大臣になるぐらいですからね。ですからそういう体験、経験を政治の世界で生かさないかと誘われましてわたしも色々熟慮したんですけどもね≫ 「奥様なんかはなんておっしゃいました?」 ≪もちろんあののんびり暮らしていきたい。山あり谷ありの人生ですからそろそろのんびり暮らしたらいいんじゃないかという形で言ってましたけども、私のイケイケドンドンの性格がガッツですからね≫ 「自分の力で国を良くしていきたいというのはみんなの心にあるんですからね。それでその時には大丈夫あなたは入ります(当選します)っていう話だったんですか?」 ≪いやああの参議院じゃないですから衆議院のこれは自分で戦わなければならないんですからね≫ 「でもまあ公認という形なんですか」 ≪そうですね≫ 「で(選挙区は)東京でしたよね」 ≪ええ、練馬の≫ 「練馬からたつということで練馬に引っ越さないといけなくて練馬に新しく家を買ったんですって?」 ≪そうですね≫ 「もともと住んでたのは何区だったんですか?」 ≪中野区で。でも自分で自分のやりたいことをやるのはどこでも同じだと思うんですよね。練馬区にも私の友人がたくさんいましたからね≫ 「また借金の話をして悪いんですけども映画の借金がほとんど減ってきたところに家を買ったりしてまた借金ができましたかね。でもそういうときに自民党は選挙のお金を下さらないんですかね?」 ≪最初はねえ自民党が面倒見るからという話だったんですが選挙が始まるまでの準備期間が長かったものですからまあお金が足りないんだと相談にも行ったんですが(自民党の方からは)みんな大変なんだと。最後まで自分でやったんですけどね≫ 「でもつくづくお思いになったのが地盤・看板・かばん。かばんというのはお金のことなんですかね?」 ≪そうですね≫ 「それをなくやるのは大変だと。」 ≪よく政治と金ということが報道されてますね。すごくお金がかかりますね。今政治家にはお金の無い人はなれないという仕組みですね≫ 「おかしいですよね。政治の世界で何かをしたいという人が出られる体制じゃないとおかしいですよね。」 ≪ですからみんなで渡れば恐くないじゃないですけどね。反対意見がね国体的な政治になっちゃてんじゃないですかね≫ 「自分の判断に間違いはないとお思いだと思うんですがやっぱり(落選したことによる)失望感というんですかね」 ≪失望感というかまあ後で思ったんですがなぜそこで俺は勇気ある撤退をできなかったのかという。そういう思いもしたし。しかし健康であればいつかそれも返せると。逆転の発想というんですかねそれまでは酒を飲んだり暴飲暴食してたんですけどもねそれ以来たくさんの借金もしましたしそれで体を壊してしまったら世間の笑いものですからね”よし!”健康だけは大事にしてガッツ石松ここにありということでがんばろうということで≫ 「まあそれはいい方になっていたんですけども。自民党の方は選挙ではお金はくれないということになるとなにか協力的なことはしてくれるんですか?」 ≪当時の橋本竜太郎総理府大臣が応援に来てくれましてそういう面ではあの待遇はよくしてもれあいましたけどね。でもまあ先立つものですよね≫ 「お金。そんなにお金がいるんですか?それが私何にいるんだろうと思うけども全部自分で出すんだとしたらね。」 ≪まず人件費ですかね≫ 「それほどお金を出してくれないとは思いませんでした。もっと出してくれるのかと」 ≪私も思いましたよ。≫ 「絶対自民党の公認になったら自民党が際限なく出してくれるのかと思いましたね。だからあなたがテレビであれは自民党ではなく自分党ですとはっきりおっしゃってたじゃないですかね」 ≪まあ自分党ですね。結局は政党政治といいますけども政治家は個人ですよね。やっぱりいろんな面で癒着とか叩けばみなさんほこりが出てくるんじゃないですかね≫ 「政治献金とかね。地盤でいうと2世の方が多いというのは地盤がいいということですよね。」 ≪お父さんがなくなったから代わりに息子さん娘さんが立候補したと、するとすぐに当選するじゃないですか。もっと選挙の有権者を考えてほしいと私は思いましたね≫ 「でもその戦ったのはどのくらいの期間だったんですか?決心してから」 ≪2年くらいですか≫ 「うわあ〜じゃあほとんど芸能活動できない。」 ≪もう何もできないです≫ 「本当に大変でしたね」 ≪全国をあちこち回りましたね。お金を借りに≫ 「だから今お金のスキャンダルがどんどん出てますよね。みんな当選したいということでいいポジションにいきたいということでお金が必要なんでしょうね」 ≪でも私は思いますけども最初に立候補した時の自分の純真な思想は自分の気持ちで立候補してると思いますよ≫ 「みんなね。どうして日本は、他所の国はそんなにお金はかからないって言いますよね。選挙はねえ。アメリカなんかはよくわからないですけどねヨーロッパなんかはそんあにお金はかからないっていいますけども。あれですからくせんなすったものですからお慰みみたいなものはあるんですか?(自民党から)あなたの事を誘ったけど落選してごめんなさいみたいな」 ≪ありません≫ 「ええ!そういう時ってさびしくありません?」 ≪さびしいけどもそれが世の中ですよね。≫ 「せめて精神的な落ち込みみたいなものをね”残念でしたね”とかそういうこと無いんですか?」 ≪ありませんねえ≫ 黒柳「なんか人間としてですねお誘いになった森さんもなんであれ「せっかく誘ったけども残念だったね」って一言あるだけでもずいぶん違うと思いますよ」 ガッツ≪でも私は敗者復活戦で人生を立て直してきている男ですからですから自分不徳のいたすところとおもってますし叩かれて叩かれて上ってきた男ですから≫ 「そんな事ではめげない。慰めてなんかいらない」 ≪いりませんね。≫ 「その時気付いた事で気をつけなければならないことがあったと。今まで人に合わせて生きてきた人生みたいなところがあってそういうところを変えていかないといけないって」 ≪そうですね半年ぐらいはいつも屋上で空を見上げて雲を見ていろんなことを考えていたんですけどね。おれの人生今までなんだったんだろうなって。とにかく思い起こして考えてきて自分がこうされたらうれしかったから相手もそうされたらうれしいんだろうなって相手にいろんなことを与えて来た。ああ俺はそれだけで生きてきたからそれだけでいいのかなって思ったら1日は24時間だから有効に使うべきだ8時間は嫌な仕事でもどんどんやって、8時間は自分の時間を作ろうと。残りは明日のために自分の体を休めようと。そういう風に感じたんですよ。そしたらあんまりよそのいろんあことに執着しなくなったんですよ。そしたら楽になりました≫ 「ずいぶんそこでもって切り替えができたということでしょうか」 ≪何が体に悪いかというと神経だと思うんですよ≫ 「それはそうですね。ストレスっていうのはね。選挙のときは何億っていうぐらいの借金ができたんですか?」 ≪2億ですか≫ 「うわあー。初めは純真な気持ちで国を良くしたいと自分の力で国を良くしたいと思ったのになんだか知らないけども2億も借金ができちゃってなんなんだって」 ≪特に今の青少年問題も政治がしっかりしないとダメですね。賞罰っていうんですかね、賞罰をしっかりさせないとダメですね。しっかりしないと糸を離れた凧です。凧だって高く飛んでるようですけどもね糸でね操ってるからちゃんと飛ぶんですからね。若者がこれからの日本を担うんですからねまず罪をしっかりさせると≫ 「うんと小さい頃からやっちゃいけないこととねやっていいことを区別してね」 ≪学校教育をしかりして≫ 「まあそういう風に思ってらしたんですけども2億もできた借金をずーと返して」 ≪まだまだ返してますよ≫ 「そうですってね」 ≪体重もねえ太んなくなったし、腹もへっ込みましたし。現役時代を思いおこしてコンデションを作ってますからかえって選挙で5年寿命が縮まっただろうけども今いろいろ健康を管理してますから2年ぐらい延びたんじゃないですか≫ 黒柳「本当に今お元気だからなんの曇りもないお顔をされてますしね血色のいいお顔をされてるんですけども奥様としては大変だったと思うんですけどもとにかくできちゃった2億円の借金をずいぶんお返しになったんだけども返さなくてはいけないので車や持っていたものをどんどん売るなりしてずいぶんそういう生活を。だって2年間も選挙にかかってたらその間のタレントの収入はないですものね。(借金を返すために)いろんなものを売ったりして結局練馬に買った家もうったりして。でも奥様が持ってらした指輪だけは売らないようにしてらしたんですって?」 ガッツ≪なんかダイヤの指輪をあるとき買ってやったんですけどね他のものは売ってお金にしてきたんですけどねまだあったんですねそれが。女性の心境はわかりませんけども娘にやろうとかそういうのがあったんじゃないですか≫ 「そうだと思います。せっかくガッツさんから買ってもらったものだからこれだけは売りたくないっていうのもあると思いますよね。でそれは今でも持ってらっしゃるの?」 ≪そうですね≫ 「それは良かったと思いますけども。すごい額の借金も返さないといけないしでもそこにコマーシャルも入ってきたし、それから「北の国から」の今度さいごになっちゃそうですけども「北の国から」にもおでになってまだ放送にはなってないんですけどもタレントとしての仕事が増えてきたのはさっきもおっしゃったように捨てる人もいれば拾う人もいる」 ≪本当にありがたいですね芸能界は。ギャラもね一杯くれるんです(会場笑)。≫ 「大変でしょうという事で」 ≪捨てたもんじゃないですよね。芸能界も≫ 「徹子の部屋も普通の方よりも大目にお払いしたい気持ちですけども(笑)」 ≪一生懸命がんばっているとですね見ている人は見ているんだなと思いましたし。ただ私はいろいろな面で本とかをよく読むようになったんですけどもねある時いい言葉に出会いましてね。5代目国鉄総裁の石田礼介さんという人が初めて民間から国鉄総裁に就任した時に言った言葉「祖(そ)にして 野(や)だが 卑(ひ)ではない」。粗暴のようで荒削りのようにして見えるかもしれない。野蛮のように見えるかもわかんないけども人間卑しくあっちゃいけない。心が卑しくあっちゃいけないという言葉なんですけどね。≫ 黒柳「私も昔人から聞いた言葉なんですけども「人間誇りさえ持っていればどんなことも乗り越えられる」と。つまりそこに虚栄心だとか物がほしいだとか欲望だとかなくて自分が誇りさえ持っていればどんなに貧しくてもなにしても乗り越えられるっていうのをね昔聞いたことがあっていいなと思ったんですけどもね。やはりそういうものが段々心の中に入ってくるんでしょうね。だからいいことになって行ってるんでしょうねガッツさんの場合」 ガッツ≪いい方に解釈していかないとダメでしょうね。≫ 「でも今も国をよくしたいという気持ちは変わらないんでしょう?」 ≪そうですね≫ 「だからよくなってもらわないと困りますものね」 ≪これからは時代を担う子供たちですね≫ 「そうですね。でもお元気そうで良かったです。ありがとうございました」 トップページへ 14/7/19 永井一郎(サザエさんの波平さんの声優) 黒柳「今サザエさんの磯野波平さんの声をやってらっしゃる。サザエさんが始まって32年半。でも一番面白いのは永井さんがお父さんの声をやっているというと毛があるっていうのがすごいんですってね。」 永井≪え!!何ていわれますね。私が絵と同じわけはないのにね。≫ 「でもサザエさんのお父さんは毛がない、ツルツルというのは浸透してるんでしょうね。32年半毎週日曜日に放送、とにかく声を入れるのにずーと東京に行かないといけない。その日は行かないといけない」 ≪録音の日が木曜日なんです。木曜の11時に始まる。毎週木曜の11時には東京にいなければいけない。≫ 「」その週の分を」 ≪その(収録は)週の分だけですね。年に2回ぐらいはどうしても休みをプロデューサーの方ディレクターの方は家庭サービスをしなければいけないしゴールデンウィークとかお正月には1回休む事もあるんですね。≫ 「なんたってお父さんがいて、お母さんの舟がいてサザエさん、マスオさん、カツオさん、ワカメさん。そしてタラちゃん。フグタさんという方が時々出てらっしゃる。みなさんあつまってやってらっしゃる。これはすごい面白いんですけども長谷川町子さんがお書きになったのは昭和21年、戦争が終った次の年にはもう始まっていたということでして。でもその時には波平さんはかなりの歳だったんですね」 ≪そうですねあの頃の定年は55歳ですから52,3歳だと思うんですね。≫ 「ですから本来でしたら」 ≪100を超えておる。サザエさんが始めて出た時の波平は明治27,8年日清戦争の頃に生まれた男なんではないかと思いますねえ。≫ 「サザエさんの不思議っていう面白い本を読んだんですがいつまでも歳をとらないということではねえ寅さんもそうだったんだけどもそんな日清戦争の頃のの人だったんですか。」 ≪でも今週放送の波平は戦後の生まれですよね。≫ 「今日は舟のつもりできたんですけどもあの舟さんも変わんない人ですね。すごく面白いのはこの永井一郎さんに対して怒ってくださいって、「バカモン」と言って下さいってみなさんがおっしゃるんで」 ≪そうなんですよね。私がいつも怒ってるようなイメージがあるんですね。スキー場なんかに行ってばれたりすると叱ってくださいって言われたりします。僕は叱ってるつもりはないんだけどっていうけども叱ってくださいと。そんなに僕はしかってますかって言うと「いつも怒鳴ってるじゃないですか」って。私は叱ってるっていう思いはずっとなかったんですね。そういうイメージがあるみたいですね≫ 「なにかいつも「バカモン」って言ってるみたいで。」 ≪しょっちゅねえ≫ 「それは永井さんの分析によりますとそれは息子のカツオをよーく見ている」 ≪そうです。波平がいつもカツオの目を見ている。向かい合っているというところから叱るということがでてくるんじゃないですかね。≫ 「だからそれがわかっているのでお父さんに叱ってもらいたいと。」 ≪ということはどっか叱ってもらいたがってるんじゃないかなっていう気がしますね。叱ってやらないのがいけないんじゃないかなって思いますけどねえ≫ 「でもそこには愛情があってわかってもらって叱ってもらいたいというのがあるんでしょうね。やみくもに叱るんじゃなくてね」 ≪やみくもにというと”怒る”ということになりますよね。”怒る”と”叱る”は違うと思うんですよね。怒るというのは感情的に怒るとか理不尽に怒るとかあるんですが、叱るというのは明確な基準がないと叱れないんですね。波平が最初に出てきたのは明治27,8年の男ですから、明治の男ですから叱る基準というのをしっかり持ってるんでしょうね。今の親というのは戦後の生まれの方がほとんどでしょうから、そうすると叱る基準というのがほとんどなくなっている時代ですから終戦で全部捨てちまいましたから基準をね。諺(ことわざ)も捨ててしまった諺という漢字もないほど捨ててしまった。やっぱり叱る基準をみんなが求めているんじゃないかなって思うんですけどね。≫ 「時々講演にいらっしゃるとガヤガヤしてるんで静かにしなさいということをおっしゃると子供たちが叱ってる叱ってるって」 ≪喜んじゃうんですよ。おかしいですね≫ 「そういう時は大きな声で「静かにしなさい」とおっしゃるんですか?」 ≪だれだーって≫ 「あのお父さんみたいに。そうなんですかそういうのが子供たちはうれしいいんですかね。それから逆ギレをしない(子供の)叱り方を教えてくださいという大人の人もいるんですってね」 ≪そうなんですよ。最近そういうのが多くて。逆切れしない叱り方なんかありませんよっていうんです。逆切れしないような子供に育てる事の方が重要であって、そういう叱り方はないと思うんですね。なんで子供たちが逆切れするかというと小さい頃から道理を教えてこないから人間の道の上に乗ってこないというのがあるでしょう。きちんと道理を教えていく。その道理というのはどこにあるのかというとどこにもないんですよね。文部省も言ってくれませんしね。文部省じゃなくて文部科学省ですかややこしいことになって。≫ 「フフフ(笑)。波平さんはいろいろご研究でして。「バカモン」という本をお出しになったんですがバカモンというのはもちろん磯野波平さんの事を書いてらっしゃるんですけども、今のこととか今の大人の人のこととかそういうことをいつもお考えになってると思うんですが」 ≪元々は「バカモン」という本を書くつもりはなかったんですが雑誌に連載してたものですから酒を飲みながらじじいが世の中を嘆いておるというものの中から日本人が忘れてきたものを探していこうかなというコンセプトで書いてきたんですけども。≫ 「波平日本を叱るっていう副題がついているんですけどもこれを読みたいということはお父さんてどういう人かっていうのを知りたいというのがあるんでしょうね。」 ≪そうだと思いますね≫ 「永井一郎さんに叱ってくださいというのはきっと自分の代わりに叱ってくださいという事なんでしょうけどもねえ」 ≪でも自分の子供にはきちっと面と向かってあげてほしいですよね。叱る理由というのはいくらでもでてくると思うんですよね≫ 「昔のお父さんって恐かったですよね。父親というものはね」 ≪私も恐かったです。だけれでも恐いまんまじゃないところがあって。親子ですからね。しっかりしつけていくというのがね。しつけていくのが次の時代になんないと良くはなんないんですね。≫ 「昔父親なり母親なりからいわれたことを次にするということ(※注意を受けたことを再び繰り返す)はものすごく恐い事で2度とできないという感じがありましたよね」 ≪刃物をこっち向けて渡すんじゃありませんと手を叩かれるとその手の痛さをちゃんと覚えてますものね。パシッとやられることのほうがいいと思いますけどね≫ 「私もね父にねお友達が近くにいて遊んでたりすると「表で遊ぶんじゃない」と父は言うんですよね。それに表で物を食べちゃいけないと言われてたんですけども何が楽しいって近所の事外でおままごとをしてお煎餅を食べるのがすごくうれしい事で私はござの上に座ってお煎餅を食べてたんですよ。そしたら向うから父が来たんですよ。そしたら「ふえ!!(※ビックリして息が止まる)」ってなって、どうしようと思ってとにかくここに座っていることはしょうがないとしてお煎餅をござの下に入れて座ってお煎餅が割れちゃって「ああ〜割れちゃたなあ」と思ったんだけども内の父はすごい近眼なんで気が付かないと思って(父が)「どうしてんのここで」って言われた時には魂が凍るほど恐かったですね。」 ≪そういうことがあると電車の中でジュースを飲んだりということもしなくなりますから≫ 「お化粧もしなくなりますよね。お化粧といってもみなさんご存知だと思いますけどもちょっと口紅つけたりとかじゃなくてはじめっから基礎化粧からやるわけですから。」 ≪そういうのをみると注意しようかしまいか毎回ドキドキしてショックを与えているから私は誰にも迷惑をかけてないと思ってるだろうけれども僕にドキドキさせてるということは僕にものすごい迷惑をかけてることじゃないですか≫ 「そうですよね。なんでも永井一郎さんは京都大学をご卒業仏文科をおでになって突然俳優になりたいと思った方でいろんなことを考えてらっしゃると思うんですがこの他ではあのハリーポッターでは魔術学校の校長先生の声とかスターウォーズのヨーダの声、ずいぶん前になりますが風の谷のナウシカのミトの声をやってらっしゃる方なんですがコマーシャルはいります」 ≪≫ 黒柳「永井さんは憧れの声優さんなんですがマスオさんの声をやってらっしゃる増岡さんもこちらにおいでいただいてお味噌の作り方とか中々面白い方で(笑)」 永井≪そうですね。お家も自分で建てましたしね。≫ 「それで永井さんは京都大学の仏文科にお入りになったんですが突然俳優になりたくて」 ≪大学時代に演劇をやってまして、そして世の中の事を全然知らなかったものですから役者になろうと思ってそのまま役者になってしまったわけでもないんですけどね。働いたりもしましたけども≫ 「でも文学座とか俳優座とか民芸座とか」 ≪全部落っこちましたけどね。≫ 「そしたら有名な電通でそこでアルバイトをやんないかって言われてアルバイトをしてたんですってね」 ≪高校卒ということでメッセンジャーボーイというアルバイトをやってたんですけどもねばれてしまいましてね≫ 「京都大学卒業がね。」 ≪私の先輩からばれたもんで「入れ」ということで無理やり入れられて(電通に入社)≫ 「でもいいですよね、今電通に入りたいといっても入れないのに」 ≪今考えるとなんて傲慢だったかと思うんですが役者になりたいという一心だったものですから。≫ 「民放の初期のドラマで”ひまなしとびだす”というドラマのアシスタントプロデューサーというのをやられていて。ずいぶん初期のテレビの現場もご覧になって」 ≪そうですね。TBS開局番組のミツゴロウさんが踊られたサンバソウなんかの担当もしてましたから本当に開局の頃ですよね。≫ 「そのままおやりになっていたらずいぶんお偉くなってたんだろうと思いますけども」 ≪もう退職しております≫ 「その点は俳優はいいですね定年がないですから。そうこうしてるうちにサンキカイ」 ≪そうですサンキカイで人がいるから出ないかって言われて「はい出してもらいます。ついては電通はやめさしていただく」ということで≫ 「サンキカイでも通行人の役なんですけどもそれでもって。それから声優になるつもりはなかったんですがローハイドの御車のおじさんでその人が老け役だったんですって?」 ≪向うは42くらいで若かったんですが60に見えまして私も若かったんですが27ぐらいでの時で、劇団では若くて老けをやってたものですからそのまんま老けの仕事がたくさんくるようになった≫ 「そのローハイドで老け(役)をやるようになって段々老け役をやるようになったものですから結局磯野波平さんの役を32年やってらっしゃるということはずいぶんお若いときから磯野波平さんの声をやってらしたということになりますね。」 ≪若いというほどでもないですけども若いですねえ。≫ 「それが定着しちゃってそういうつもりでもなかったかもしれないんですけども俳優になりたいということからいきなりサザエさんになっちゃって32年いらしたというのはその人生も面白い?」 ≪変な人生だったと思いますねえ。でも後悔はありませんし面白かったですねえ。≫ 「まだ続いてますから過去形ではありませんけども。でもここまでは面白い人生だったと。」 ≪≫ 黒柳「実は大阪付属池田小学校のご出身でいらっしゃるんですってねえ」 永井≪はい。これは今度の本に書いたんですけどもね事件が起こる前のずっと前に書いた文章を再録したんですけどもね。私は役者というのは音楽家でもなんでも表現する人はそうでしょうけども体を開かないと、筋肉を開かないと心は開かない。心を開かないとちゃんとした人間にはならない。またはちゃんとした芸術はつくれない。そういうところから話し始めてみんな心を開こう校門を開こうという話をしたんですね≫ 「それは池田小学校にいらっしゃって」 ≪そういう話をしたことを書いたんですね。それから6,7年経って去年のあの事件が起こったんですね。ものすぎショックであたしが自分で犯人になったような気になって今度の本にそれを出そうか出すまいかすごく迷ったんですけどもね、やぱり校門を閉めるからああいう犯人が生まれるんだと。あそこでまた校門をしめたらあの犯人が勝ちということになる。あの犯人に勝つには校門を開いて地域が学校を守るという子供を守るという形を。守るというだけじゃなくてワーと暮らせるような世の中を作る事の方が大事だから非難されるかもしれないけどもこれは乗っけようと思ったんですね。ちょっとつらいもんだったですね≫ 「子供ほど周りの大人を信頼している生き物はないって。そういうことが起こるなんて考えてもいないことなんでおつらいと思いますけどもね。ただ私のトットちゃんの学校もまったく門がありませんで生きた木でできた門で昔は大丈夫だったんですがねえ。」 ≪子供にきちっと向き合わなければいけない親も先生も向き合わなければいけない。子供を叱るとか監視するとかではなくて目をきちっと見て物を言ってやらなければいけないって思うんですがね≫ 黒柳「サザエさんはアニメーションで映画の吹き替えといっても映画の吹き替えとアニメの吹き替えでは全然違うんですってねえ俳優さんが」 永井≪少しは重なってますけども違う人が多いですねえ。≫ 「まず映画の吹き替えというのは人間、たまに犬なんかやる時もありますけどもほとんどが人間。ところがアニメーションの方はあらゆる」 ≪犬もしゃべります石もしゃべります≫ 「タンスなんかもねえ。それはおもしろいですかねえ」 ≪面白いです。何か表現したい、他のものになりたくて役者になったんですから毎日毎日別のことをやれるのはおもしろいですね≫ 「それじゃあ思いがけない道にいらっしゃたんだけども後悔はない?」 ≪はい≫ 「でもこういう”バカモン”という本。これは新潮社からでてるそうですけれどもこういうのも読んでくださると。どうも」 |