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14/11/7 左 時枝

黒柳「左時枝さん今日のお客様です。よくいらしてくださいました


左時枝≪こんにちは


「(ネックレスを指して)すごいきれいだなと思ったらお姉様の形見なんですって


≪そうなんです。今日は姉の命日にあたります。


「そうですってね


≪あの一緒に来てという感じで。身につけてきました


「これは中国のものですかね?


≪これはヒスイですね。姉は身体にとても気をつけていたんですよ。健康で健康でヒスイを身につけているといいということでつけていたみたいです。


「そんなにたくさんあるんだけどもよくお似合いです


≪こんなにたくさんあると変だなと思って1つずつをはずしてみるとなんかないと寂しいんです。つけると姉ぽいという感じがして(笑)


「すごくすてきだと思います。それにしても左時枝さんですけども皆さん28のお嬢さんのお母さんに見えますか、この方自身が28といってもそうかなと思う感じで


≪また(笑)


「この前あなたはお嬢様のお話しをしてくださって本当に私忘れられないですけども暗やみで何とお嬢さんが男の人と話をしているのあなた見ちゃった。


≪あのちょうど高校3年生のときですね夜な夜な遊び歩いているように思いましてそれで公園で見つけたんですよ。結構2メートル位の高いところに男の子と女の子が足をブランブランさせながら座ってしゃべっているんですよ。私必死になって娘の名前がマユというんです。「マユ何してるの!」って叫んで娘がその台の上に仁王立ちに立って人生を語って何が悪いって(笑)っていうんですよ。人生語れるんだって、そういう時だからこそ語りたかったんでしょう。


「大人はも暗やみで男の子と女の子がなんかやっているとすぐ妄想でそう思っちゃう


≪悪いことお考えちゃうんですけどもね子供にしてみれば本当にこれからどうやって生きていこうと語りあってたのかもしれない(笑い)


「そうねえかわいいと思うのよ。人生かたって何が悪いって言われてそうだって。それ以来あまりおっしゃらなくなったんですって。


≪そうですねそれ以来この子はこの子の人生だと、私の手の内に入っているものではないんだと。やっと思いましたね。


「そのお嬢様もそのお話しでびっくりして人生かたって何が悪いと思っていたんですけども、もう28歳


≪そうですねぇもうレコード会社のフォーライフというレコード会社のプロモーターをやっていまして、それであのやっと仕事という仕事に入ったらも今では1番自分が仕事をしている忙しくて忙しくてっていっていますよ(笑)


「そうですかそこで語った人生がよかったんじゃないんですか(笑)きっとね。でも本当にそういうことであの1人暮らしかなと思ったらそうではなくてあなたは


≪はい、ちょうど前に私が出演したときに再婚をしましたと話をしたので何か新聞にまででちゃって恥ずかしい。


「でもいいじゃありませんか


≪かれこれ6年、7年それくらいなっちゃいまして


「人生を語る相手がおできになって


≪(笑)


「このご主人がねぇとってもね美術デザイナーというお仕事をしてらっしゃる方なんですけども。舞台とか映画とかコマーシャルなどの美術を手がけていらっしゃる方。今そこに出てかしまいますけども市田喜一さんとおっしゃる方でとてもこの方は、これは絵はあなたの絵なんですけども


≪そうですね


「この絵をかくことも彼が


≪この写真は2年前の2000年にあの私の故郷の富山県の旭町というところでふるさと美術館という美術館があるんです。そこで展覧会をやってみないといわれてそれで町長さんから言われまして私の絵と主人の彫刻と一緒に2人であのすごくいい美術館だったもので温かい雰囲気の中で2カ月もやったんですよ。


「そんなに長く。またご主人の作品というものがまあ私びっくりした、昔は東宝撮影所で映画のバックデザインとかそれから舞台用の彫刻などをなさった方とうかがっていますけどもこの鳥(写真)皆さん見ていただけます。それであのすごいのは材料なんですけども


≪そうなんです全部バイクのマフラーですね。昔マフラーとして使われていたものが


「言ってみれば廃品


≪廃品ですね。


「これはもとはバイクかもとかというんですって


≪それもありますね。これはドジョウを加えていますけども鉄屑ですね。それから目はナット


「ボルトとか。とてもかわいいので形態がねぇ


≪ほとんど手を加えないでそのカラスだとか鳥だとか


「この足なんかすごくかわいいのね


≪今にもガタガタ動き出しそうな感じが


「こんなものが廃品でできるなんて。廃品で作っている方も多いんですけどこんなかわいい形のものって。そのご主人がですねまあご主人は元々作品をお作りになったりする芸術家でいらっしゃるんですけどもあなたが何かをするに当たっても平凡なものお作りになると怒りになるんですって


≪いやあの怒ったりはしないんですけども。なんか花の絵を描くということになると小さなじゃなくてまず描き始めるのに20号ぐらいのを持ってきて、このキャンパスに書いたらとか。それからちょっと書くともっと大きく書けば、もっと大きく書けばとか


「これなんか随分大きいですものね。


≪これはバラで20号ですね。いやもっと大きくて50号


「随分大きいですよね。


≪バラは年中はあるんで1番書きやすいんです。


「前あなた絵を描いてらしたの?


≪あまり書いてないです(笑)


「とてもお上手な私これで好きなんですけどもひまわりを後ろ側からお書きになったんですね。これとってもね


≪ゴッホのひまわりみたいに書きたいと思ってひまわりを手にしたんですね。正面から書くとつまらないんですねひまわり自身が。それでくるくると回していたら後ろが面白くていろんな小さなヒマワリもあれば大きいひまわりもある。大きいひまわりはもの凄いですね形が。痛くて。


「そうそうトゲトゲしているんですけどもね。ゴツゴツしている感じでその感じがとってもよく出ているんですけども、ですからそういうふうに叱咤激励してくださる方がそばにいらっしゃるので。そういうふうにしてあなたが熱心にやってらっしゃるときにご飯はどうなったとか何もおっしゃらないですって。


≪言わないですね(笑)


「いいわねえ


≪本当に珍しい人で。何かやっとちょっと3日間か4日間立つとなにか他にないかなぐらいにしか言わない(笑)。


「あらそういう感じなのおこるなんてことはなくてあなたがあの食べるものが遅くなると


≪私もちょっと口答えなんかをしてけんかをしたようなつもりになったことがあるんですね。でもほとんどけんかをしたということがわからないという人なんです。1度もけんかをしたことがないと言ったりして(笑)


「いいと思います無口でシャイでいらっしゃるんですけども、それでよくこの方のことを理解していらして、でもなるべく個性的なものがいいと。それであなたがこのところバックを作るの。すごい数なんですよ。みなさんこれバックねあんまりたくさん作っていらっしゃるのでもう商売にしたらという方もいらっしゃるんですけども。ちょっと商売するにしては手がかかりすぎているんですって


≪いや商売というのはよくわからないんですけどもただそれぞれが1つひとつの面白い思い出のある生地だったりとか、


「ちょっとこれいいですか


≪これですか


「お手元のやつを移していただいていいですか


≪これは母の夏の帯だったんですね。それであの1杯ツバメが飛んでいる帯だったんですね。で母が亡くなったときにそのツバメを1羽だったり2羽だったりしたんでそれをみんな兄弟に袋にして作って送ってあげたんですよ。何も言ってこないからあれどうだったって言ったら”うんよかった”って軽くいわれたんであれ私が作ったんだけどもウソって言われて。私が作るとは思わなかったみたい。


「そうかそうかあそこにもたくさん持ってきてくださった所の1番上にあります。こんなふうに2羽が入っているのもあるんですね。それで兄弟8人?


≪8人です。


「8人がお母様の帯を共有できる。これをキレだけもらってもいいですけどもやっぱりこういう形になってみればで何かに使えるということで。そしてこの方は時枝さんはいろんなことお考えになってお姉様の南米からの記念のお土産。


≪あのねぇ南米のちょうどアンデスの花嫁の撮影に行って子供のためのミヨちゃんのための洋服が何枚かあったんです。そして何故か私のところにその洋服ががあっさりこうビニール袋にあって何十年も引っ越しのたびにそれを持ち歩いていたんですよ。こんなの持っていたってしょうがないなと思ってそしてバーと袋にしちゃったんです


「あなた手際がいいわね。


≪手際は考えるんです。


「あらやっぱりでも上手


≪ほとんどポケットがあってで必ずここに名前を入れるネーミングを


「これは?


≪tokie hidari。


「ちゃんと入れてあるので。これも可愛いんですけどもこれは


≪これはですね主人があちこち海外に行ってあの海空をいつもおみやげに持って帰ってくるんです


「あらやさしいわね。


≪それで瓶詰というかビンに入っていてこれ何かにならないかなと思ってこう作り方がまず3枚のものに入っているんですけども1番上の薄いネットみたいなところにまずこう1つずつ


「これでネットについているの。


≪このネットにまず1校ずつ入れてをここの段を閉じるんです。そしてまた入れて。


「だから中で動くんだ


≪動くんです。だからちょっと落ちてきちゃって


「私ねぇこういうものはどうしてくっつけたのかなと思ったらくっつけたんじゃないのね。そしてこの手なんですけどもまたすてきなことでご主人が


≪これはですね貝殻なんでやっぱりとってがこういうふうな作りものじゃなくて流木がいいだろうということになったんですね。で流木をとうまくこういう形のものがないんでこの四角い木の中から流木の形になるようなものを作って色をつけて流木というものを持って帰ってきてくれて


「やさしいご主人。そういうふうな芸術家の方が近くにいらっしゃっていいですよね。でせっかく貝殻。しかもご主人のお土産の貝殻をこんなふうにバックにすることができる。それからそこの日本の生地をたくさん使ったものがあるんですけども


≪そうですねこれはですねあのちょうど大阪にロケの撮影に行っていて長い2カ月、3カ月いっていたんですよ。でわかると思うんですけどもこの面がひとつなんです、でこの面がひとつで4つになっているんです。裏は裏で別なんです


「これは小さなキレを手縫いでつけてらっしゃるの


≪手縫いで、パッチワークとはまた違うんです。


「上から縫いかされた


≪でここにうさぎさんがいたりして。


「かわいいわね


≪これは昔の羽の羽織に使っていたなとか、これは友達の着物の1部だとか。洋物が入っていたりとか和物が入っていたりとか。


「このひものつくり方なんかは考えるんですって。それにしてもあなたお上手だと思うあなた向いているのよ。


≪やっぱりねぇ舞台や映画をやっていてたくさんの共同の中に入るとたった1人でなんかをやりたいというふうに思いません?


「私も思ってあの本番前にこういうのをやっていて沢村貞子さんにすごいしかられたの私たち。


≪(笑)


「そんなショボショボした目になってね画面に出てどうするって言われて。ひところ私たちは刺しゅうがはやっちゃってこういうふうになっているものにひっかけていくっ毛糸のやつを下に絵を描いて。あるでしょうあるでしょう。あれなんですけどもみんなはやちゃって若い季節の時に女の子はみんなやっていたの。そしたら沢村貞子さんにセリフも覚えた人だったらね目がショボショボしているのに女優がそんなことやってどうするとか言われて。家にかえってやりなさい家にかえってやりなさいと言われて。でもこういう趣味ねあんなにたくさんねずいぶんたくさんですものね。


≪はい。


「楽しいでしょうね


≪まだ家にも山のようにあるんです。


「これはそれぞれが旦那様がいいねとおっしゃってくださった。


≪そうですねちょっと普通のよく売っているような形のものを作って私は得意になってそれでつまらないと。きれいに出来上がったものはつまらない。


「まあそういうこともやってらっしゃるんですけどもちょっとお姉様のこともちょっとうかがいしたいと思いますちょっとコマーシャル


≪はい


黒柳「きょうはたまたま左幸子さんの命日。1年目そういうことでもあってそのお話しなんですけども私知らなかったんですけども胃がんの手術をなさってもすごい元気になったのっておっしゃってこちらにも出てくださったんですけどもその後何事もなく


左時枝≪そうですね。姉はとても体に気をつける人だったんですね。何かいい薬があるだとか食べ物があるというとあちこちから取り寄せてというぐらい身体に気をつけて。


「ですからおととし胃がんとは関係ないだろうと


≪突発的に出てきたのががんだったんですね。


「おととしに肺がんの手術をなさったんですけども、でもその後もテレビに出てらっしゃいましたね


≪出ていました。もう私は絶対になくなってしまうなんてことは考えていなかったぐらい元気でした。


「たくさん女の人が出てきてみんなでもってバンバン言い合うような番組、ああいうのも肺ガンの後も出ていらした


≪それでただやっぱりどんな仕事であろうと私はちゃんとした仕事をしているんだという気持ちをしていましたから、いろんな方の相談ごとでも本当に親身になってあの中にいてても親身になって話をして、そんなにならなくてもいいじゃないというぐらいでもそして自分が女優であるということどういうふうに映っているということもすごく気にしていました。


「まぁ17歳あなたよりも年上でいらっしゃるんですけどもずいぶん兄弟としては17歳というと離れている兄弟ではありますね。


≪その間に6人いるわけですから。あの確かに


「1番上と1番下だった。でも本当に同じ道をあなたもお歩きになっていらっしゃるし映画全盛の時の女優さんなんで左祥子さんは。何か映画全盛の時の女優さんという感じが。あなた最初はアレだったのねお姉様の幸子さんの小さいときの役を


≪少女時代をやるためにこの荷車の歌というので富山県から呼び出されたんです突然。


「そうですってね。その役でお出になった。17というとちょうど年もよくてね。で(写真)真ん中が幸子さんで右側が


≪3番目の姉セイコ


「あの羽仁さんと結婚なさった方とは違うかたで


≪違います。私もすぐ間違われるんです。


「この方は違うんですって申し上げた


≪私のすぐ上の姉が結婚したんです。


「そうなんですねですからきょうのお客様は羽仁進さんの奥さんではないしいまの写真の方もそうではないんですけどもとにかくそういうふうだったんだけどもお姉様は絶対自分でも元気でいくとおっしゃってらしたんですけども去年の8月に入院なさってその時あなたがお見舞いにいらっしゃってこれからロケ行くって言ったら


≪そうなんです。あの姉が私が仕事をバンバンするといったら姉は喜んでもいるんですけどもなぜか後例えば私が姉がバンバン仕事をしている時ってあの同じ女優ってうらやましいじゃないですか。でもしかしたらあでも私のことをうらやましかったりするんじゃないかという気持ちもあって、ちょっと心を抑えたりなんかして。でも2カ月の間というのはかなり微妙な時期だったのであのお姉さん私2カ月仕事にいかなくちゃいけないから


「ロケで2カ月も!


≪はい。2カ月といったときに姉はこれはいい仕事大きな仕事ねってピンときたんですよね。で誰監督は?っていうから黒石さんよって言ったらそれは素晴らしいじゃないあなた頑張ってきなさいよ。その時にひとこと言ったのがあなたね命がけでやっていきなさいよってこういったんですよ


「左さんらしいわねすごく(涙)。


≪命がけでやると言ったって何をこの人いうんだろうオーバーな人だなって。ウンわかったわってさりげなくいったんですよね、それで途中また東京に帰ってきたもんですからまた病院に行きましたらでお姉さんちょうど帰ってきたはよって言ったらあなた命がけでやってきた?というから”うんなんとかねって”ごまかしたんですよね。そしてちょうど2カ月が終わって9月になってあのまた終わったはって言ったら、元気だったんでね。でそしたらその時にまたもう一押しあなた命がけでやってきた?っていうの。何でお姉さんそんなオーバーじゃないって言ったら。あなたにはわからないわねと言ったんです。え!何でこんなことを言うんだろう。でそれからあまりにそのことを考えないでいたんですけどもそれから間11月7日という日がやってきてなくなってしまってそれでしばらくしてあの言葉何で私にいったんだろう。もしかしたら人生ってお姉さんにとっては映画1本1本というのはあの人にとってすべて、人生だったんだって。2時間某その2カ月の間に1人の役者を演じるその中にすべての人生を埋め込む仕事を彼女はやっていたんだなって。それを大作、何本も何本も何本もその人生のすべて投げ出してそして終わるときに自分の人生が終わるときに自分の人生が71年間というのはこれがすべて。それをなんかなんていうのかな映画に出るということは彼女にとって人生なんだ。だから私にもひとつの作品をやるときに人生全て打ち込んでいいんだって思う気持ちでやりなさい。何かすごい財産をねって、ものすごく大きな財産をもらったような(涙)


黒柳「左幸子さんは映画全盛の時代と言いながらその中でも特に光り輝く素晴らしい足跡を残しになった方なんですけども。ちょっと幸子さんが最後に徹子の部屋に出演になったときのちょうど胃がんの手術から7年たってその間中本格的な仕事できなくてこれから本当に本格的な仕事に戻るのよっていう時の非常に前向きなとき出ていただいたそのVTRをちょっとご覧いただいてちょっとつらいかもしれないですけども


左時枝≪はい


「ちょっと見ていただいて左幸子さんです。




***************************

黒柳


左幸子≪昔こういうセリフを言っているんですよ。仏壇に向かってねお父さんあなた死んでしまって安定したけどもほらまだこれから一生懸命がんばんないといけないから。というセリフがあったの突然思い出したのね。安定というセリフの中にあるその内容がその時はそれなりに理解したつもりなんですけども本当にわかっていなかったと思うのね。安定というのはそれは確かに安定ですよね。


「死んだ


≪ことでしょうか。もう無ですよね動かないことですよね。私はある意味では安定したい安定したいという気持ちがある幸せになりたいということでしょうが。その安定の意味がねぇ私とても思い出してで安定してはいけないやっぱり動いて何かをやらなくてはいけない。そういう仕事を自分で選んで今日まできた以上は私は俳優ですから俳優としての立場でで何かをやっていきたいなと思います。ただある年代になってからおばあちゃん役というようなおざなりな役ではなくって引きずってきた人間の魂というものをどこまでやれるかお互いにで責任があると思うのね。あんまりそういうのを要求しないといってふてくさったらこれは負けですよね何かの形ででやっていかないと。どんな小さな小さな小さな役でもそれが私が生きているのようと存在をねぇしっかりやれるには健康であることよねぇ(笑)

***************************

「懐かしいでしょう。いつもあんなふうでしたよね。


≪姉はねぇとてもで厳しいんです。本当に厳しい。元気な時はねぇあまりにも厳しすぎてで近寄るのも嫌なぐらい(笑)厳しかった。でもねぇあんなにねぇ優しいね兄弟思いというのかね本当にそこまでしなくてもいいわよと思うぐらい兄弟のことをねぇ思ってくれる人でした。


「でもそうなるとあまり詳しくはうかがわないけどもご自分の妹さんとご主人であった羽仁進さんが結局結婚することになって離婚することになったじゃないあのときはつらかったでしょうねえきっと

≪そうですねもつらいといっても結局自分で決断せざるをえないというだからそのとき姉は若かったんだなっていう気がしますね。要するに相手の気持ちも分かる、分かってあげなかったらそういう立場をとらなかったんじゃないかなって


「うんまた話が違うんですけども去年はあなたお母様もおなくしになったの。


≪はい。1月に母が亡くなってそれで姉が一生懸命になってお葬式も一緒になって


「その時はとてもお元気で何か取り仕切ってやってらした


≪ええでも手術の後ですからねすごい痛いんですね。肺の手術のあとってだから


「手術してすぐですものね。


≪みんなを本当にこれからちゃんとやっていかなくちゃいけないのよって。うん


黒柳「何か変わったと思ったらあなた4キロやせになった。


左時枝≪そうなんです。実はワラビの子ってオンチさんの映画で20年間山の中に入っているという女をやっている。そのためにやせたのと今バファローの月という芝居をやっておりましてちょうど終わったところなんですけども。


「これから大阪でおやりになる。明日から。


≪大阪京都全国回ります。


「加藤健一さんとかご一緒になって


≪そのためにすごい汗。


「本当にこれで喜劇ですよね私ブロードウェーで見ましたけども


≪はい笑いぱなしですねお客様は。


「あらそうよかったわねそれは。いろんな所がセットがどんどん変わっていくようなであの。バファローの月という加藤健一さん。あの方も次々なさいますねいろいろと。でもお姉様はいつもあなたと一緒にいてくださると思えばいいんじゃない。後押ししていただいて。ありがとうございました


≪ありがとうございました



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14/11/8 阿部 寛

黒柳「よくいらしてくださいましたよし


阿部≪よろしくお願いします


「本当にお忙しくドラマにもたくさんででいらっしゃいましてまた時代劇が多い方で、阿部寛さん今日のお客様なんですけども。あのずいぶんNHKの大河とか多いですよね?


≪そうですねあの時代劇が結構僕好きなんですよ。あで立ち回りとかも練習しているんで


「古武道とかやってらっしゃるの?


≪ええやっていますね


「古武道ってどういうのですか?


≪あの琉球古武術みたいなものとかそれをベースにしていろんな


「じゃあまり時は使わない?


≪いや武器も結構使いますね。


「使うんですか


≪ヌンチャクもあるし。いろいろあります、役者のひとつのけいことしてやっていますけども


「ずいぶん長くやっていらっしゃるんですってね。


≪そうですねもう10年ですね。


「そう。その他時代劇も立ち居振る舞いがいろいろ大変なんで。でもあなたがさっきご紹介したようにあの189センチ


≪はい


「まあ刻んで190センチとおっしゃらないところが面白いところなんですけども(笑)面倒臭いから189センチじゃなくて190センチでもいいんだけども一応189センチだけどそうなると時代物の時に頭のところに殿様なんかで上に立っているちょんまげとかいったら本当に大きくなっちゃいますね


≪そうですね。結構カツラをかぶってからぶつけるんですよ(頭)。1回ぶつけるときっちり揃うように作ってあるじゃないですか。そうすると迷惑かけるんですよね。直すのに5分とか10分とかかちゃったりして


「シワがよちゃったりしてね。


≪それはよくやりますね


「あそう。でもまあ刀なんかはねぇ体に、長い刀でも結構きっちりとカッコよくはなると思うんですけども。多分そこにぶつかったり座ったり立ったりとか大変だろうなっていうふうに思うんだけども。


≪だから僕がやるときはセットを少し大きめに作らないといけないので(笑)


「そう。やはりそうしてらっしゃるの皆さん


≪だから結構大道具さんに迷惑かけていると思います


「あらそうですか、でもまあねあのすてきなんだからそれがいいとお思いの方が多いんですから。でもまあ時代劇をおやりになれるということはとてもうれしいことなんだそうですけども。でモデルのご出身とさっきご紹介したんですけども何かモデルだモデルだって言われるのはとってもアレなんですって、元モデルというのが。


≪最近はそうでもなくなったんですけども、最初のうちはやはりモデル出身という俳優が珍しかったですよ。そんなにいなかったですから。だから俳優になったわけですけども役柄というものがそのイメージからあまり抜けられないそういう例えば外国帰りのまあ少女マンガから出てきたみたいなそういう役。


「すごいブワーっと来たスポーツカーから


≪そうですねぇ


「ヒョンと降りるとか。


≪ええ。フェラーリから降りてくるみたいなぁ。結構それが多くてなんか1年2年やってもずっとそれだったんですよね。だからもうちょっと普通の役をやりたいなとか、そういう願望がすごいありましたね。


「なるほど


≪そのころがちょっとコンプレックスに思っていたところはありますけども


「私たちが想像できない1種のコンプレックスみたいな今おっしゃったようなその背が高くてすてきじゃないとみんなが思うんだけどもその方なりのコンプレックスがあって元モデルといわれたり、モデルあがりなんていう人が世の中にはいるかもしれない。だからそういうこともあってそれでアレなんですってねお宅は大きい方家にいらっしゃらないんですってねほかに


≪僕だけですね。おやじが150いくつなんですよ。


「お父様!えー!。


≪オフクロが161とかそれぐらいですよね。後は兄貴も姉も普通で僕だけ。


「そうなんですってね。ただ牛乳をたくさんお飲みになったんですってね。


≪飲みましたね。高校のときはほとんど水を飲んだ記憶がないです。ほとんど牛乳で水分を取っていたという。


「本当。ご飯もたくさん召し上がって何かハイエナというあだ名がお家で


≪(笑)。兄貴に嫌われていました(笑)。


「だいたいあなたねぇその椅子によかっかれる人は初めて見た。今までドーンと行ったら大概頭をぶつけちゃうんですけども、


≪ちょっと遠いなと思いましたけども(笑)


「一応そこによっかかれるのはやはりずいぶん足が長いということを意味して、後ろによっかかれるものはないのかって時たま見ている方たちがね背中でこうやって座って背中をまっすぐにさせて座っているんだと思うと疲れるからを私は腰が悪い人間ですけども何かよっかかれるものを出したらどうだって(笑)おっしゃる方もいらっしゃるんで。私たちはこうやってね後ろによっかかれる人って今までいらっしゃいませんから。今初めて気がついて驚きましたけども。大概の方は頭を頑とぶつけてみてててってなる。でもそれはともかくそれだけ召し上がって、小学校の時から大きかったんですか?


≪いや僕はねぇ高校ですね。小学校の時はそんなに、まあ後ろの方でしたけどもそんなに大きくはなかったんですよ。高校のときに中学の時と同じぐらいずつ1年に5センチずつ伸びていたんですよ。


「じゃもメリメリ音がするという感じ。


≪そうですねぇ。でもどっかひざをおかしくするということはなかったんですけども


「よかったですね背が急に伸びると骨の具合いがね


≪友達にもいましたね。


「やっぱり。


≪1年というか1夏のうちに10センチとか伸びる人とかは結構やっちゃうそうですけども


「そうですね骨を悪くしちゃうんですってね。それだけは一緒に伸びないですからねそんなにはねぇ。


≪そうですね


「でも皮だって伸びるの大変ですよね。皮突っ張ってちゃってさあ。そんなに皮の伸びの悪い人はね、そんな人もいるかもしれませんよね。でもそんな風で。まあモデルからでもモデルはアレなんでしょうあの実は商品が欲しかったんでモデルになろうと


≪そうですねある雑誌で車が1等賞になるともらえるという企画があったんですよね。それに姉がそれを見てきましてちょっとせっかく20歳になったんだ私なんかやってみたらっということで出して見たんですよ。そしたらちょうど締め切り日に出したんですけどもすぐに50人に入ったとご返事をいただきましてそこからまあ30人に絞られるんですけども、それで何か一等賞になったんですよ。なんかやってみるもんだなと思いましたね(笑)


「ただやってみるもんで自動車は手に入ったんだけどもなんだかいろんな装備のない自動車なんだってそれが中に


≪そうなんですねクーラーも何も付いていなくて


「そうなんですって


≪それで当時はクーラーをつけるお金というのがなかったものですから。クーラーはいらないやと思ってつけなかったんですよ。


「でも他にも何か付いてないものがあったんですって?何か忘れちゃったけども


≪いろいろ何か不足するものがあって諸経費がかかるじゃないですか、諸経費だけでめいっぱいでねぇ。


「そうなんですってね。


≪3年間クーラーなしで夏場も汗びしょびしょになって。乗っていましたけども。


「でもわざと窓を閉めたりして。


≪窓を閉めていましたね(観客笑)


「そうですか。でもそういうことがあったんですけども俳優におなりになったんですけども、あなたに本当にすごくいい転機が訪れたのは熱海殺人事件。つかこうへいさんの


≪ええ。郷土俳優になってからまだ6年目ぐらいだったと思うんですけども。まあなんかどういうふうに今後役者の仕事をやっていこうかとか迷っている時期だったんですよ。それでつか先生と一緒にご一緒する機会がありまして、熱海殺人事件という舞台のオーディションがあるから受けてみないかと言われたんですよ。最初は熱海殺人事件というその1年ぐらい前に見てたんですよね。


「その時はだれがやっていましたあなたの役。


≪その時はねぇ池田ナルシさんという方とサカイトシヤさんという方


「いろんな方がやっていらっしゃいますよねキムラデンベエと言う役ですよね。


≪でそれを見ていて世の中にはすごい舞台があるなと思って。ものすごいテンションが高いんですよ。ああいうふうな切れた演技というのがいったいどうやってやるんだろうなってちょっと興味はあったんですよ。自分がまさかそこに踏み込むとは思わなくて、お話しをいただいたときはもしかして自分も変われるかもしれないという少しそういう期待があって。でも恐いですけどもぜひいらしてくださいと


「ああそう。その時はずいぶん長くやりましたよね。


≪そうですね。今年もやったんですけども9年ですね


「え?


≪9年


「9年。あのキムラデンベエの役を9年。じゃあなたでほとんどずっとやっているという感じかしら。


≪いや間になんかあるんですけども。まあ6回公演したということですね9年間のうちに。


「そうなんですか。で他の役の方は少しは変わるの?全然変わらない方もいらっしゃるの?


≪今回は変わりましたね。僕以外の方は全員今回変わって。話も大分変わって。


「話も変わったりして。じゃつかさんすごいですね。おんなじことの繰り返しじゃなくてやっぱりちょっとかえたりもなさったりして。


≪そうですねやはり役者さんにあわせて、セリフも口だてというんですけどもその役者の目を見ながら今この人はどういう気持ちでいるかというのがそのまませりふで言ってくれるんですよ。それをまた役者は覚えないといけないんですけども


「そのまま昔の芝居みたいにね。


≪だからそれを今回やっているんですけどもね。今年はなんか今まで9年やったからちょっと頑張ろうと思って結構がんばったんですけども(笑)


「あそう。じゃそれが本当にいい転機になった


≪そうですね。


「そうすると映画とかテレビとかにお帰りになったときにやはりどこか自信がつくというとおかしいけど、やはり役柄を演じるときに


≪初めてなんかその熱海殺人事件で俳優としてですけども褒められまして(笑)


「ああそうだったの。よかったですね


≪評価を雑誌とかで受けたんですよ。


「ええ


≪それが本当にうれしかったですね。それまでは人気があってこの世界にきてみたいなそういう感じだったんですけども、役者として褒められるということはなかったんですよ。それは嬉しかったですね。


「よかったですよね。本当にそうですよね。やはりあの劇評をお書きになる方たちは全部はそうじゃないんですけどもテレビもうまくいって、それで舞台もうまくいくはずねってちょっとそんな感じのものがねぇどっかでね、そんなに簡単なものではないようというのがどこかにあるのでなかなかそういう風には褒めてはくださらないものでございます。私も体験しましたのでよくわかるんですけども。ですからそれで嬉しかったというのがとてもよくわかりますよね。


≪そこから仕事がなんか役者の仕事が面白くなって


「あらそう


≪止まらなくなりましたね。


「それまではちょっと迷いというかさっきもおっしゃったようにどうしたらいいのかなっていうものが


≪そうですねぇどうやって俳優やっていけばいいのかというがずっとありましたね。6年間ぐらいは。


「でもあなたは人間観察がお好きでお一人でいらっしゃる時はこう人を見ているのが好きなんですって?


≪好きですね。あまり普段そうしゃべる方ではないんですよ。だから例えばどっかお店とかに入っていてもなんかずうっと人を見ていたりとか、なんか変わった人がいるとその人をずっとなんか見ちゃうんですよ。失礼だと思うんですけども。なんか見ていつの間にか自分の中に入れているというかそういうのがあるみたいですね。


「そうですよね。それが何かの時にあの人ああいうときにああやってたというのが突然思いだしたりするものですからね。記憶というものは俳優の中にとても必要なことですので。


≪はい。


「記憶力がいいというのはそういうこと。またまだ面白いお話しがいっぱいあるんですけどもなんかすごい暑いところとすごい寒い所といいなと思ったけどもひどいめにあったという話なんかもございますのでちょっとコマーシャル


≪はい


黒柳「さっきのモデルになって車をもらえるというのでいろんなものがついてなくってクーラーもついていないというのもそうなんですけども保険が付いてなかったんですって。だから保険料というのがすごく高くて学生としては全然ね。


阿部≪そう。貯金もほとんどなかったので親から借りて


「であのこのテレビ朝日で放送していた2年前と今年と


≪放送していたトリックという


「それが今度映画になるというので


≪はいそれ


「であなたロケにいらっしゃいましたら、またとにかく暑いところにいらしたんですか?


≪そうですねあの明日公開になるんですけども。皆さん来てくださいね(笑)そのこ2年のトリックというのは2年前もそうだったんですけども真夏に全部ロケなんですよ。2年前の夏というのはほとんど40度近い日ばっかりだったんですよ。


「暑い夏ありましたよねしかも


≪そのクーラーが効いているようなところはいかないものですから、もう1日中暑い中を


「山の中とか


≪山の中ですね。ほとんど山の中なんですけども。朝6時〜夜の3時ぐらいまでやって睡眠時間もほとんどないまま


「2時間とかそういうぐらいなんですって


≪そうです。3カ月間。


「暑かったときは廃屋。山の中の廃屋の中のなんとかの中みたいな


≪でホコリぽいし、そういう中でほとんどいじめかと思うような(笑)撮影でやっていましたね。なんて言うんですかねそんなハードな撮影はできないだろうなと思ったけども何とか持ちましたね。去年は去年で真冬にやりまして


「どこにいらしたんですか真冬に?


≪それもやはり山の中とか


「山梨県の山の中ってそこ。


≪そういうのもやりました


「何か記憶力もなくなっちゃうぐらい寒いんですって。体中にこうあったかいやつをべたべたと貼るやつ


≪カイロを25個はって(笑)


「1回やるのに


≪1回やるのに(笑)


「全部計算してカイロを500個ぐらい


≪500ぐらい撮影で使いましたね。僕ひとりで


「すごい。アフガニスタンに行ってもそんなには使いませんよ(笑)そんなに寒かったんですか。


≪風邪ひいちゃまずいなと思って


「そうですよね


≪僕風邪ひきやすいんですよ。


「そうなんですか監督のツツミヤスヒコさんというとても才能のあふれる方なんだけどもおもしろ


≪いですねぇ発想が発想が面白くて。ギャグで俺にけんかを売るのかってよく監督は言うんですけども、もうちゃんとしたそう芝居よりもギャグ重視の方なんですよ。


「そうなの

≪そうなのちゃんと芝居はカットしてもギャグを生かすという主義の人で


「野際さんとかもでて


≪野際さんも出ています。


「野際さん順応してちゃんとやっている?でもまあいつかいい芝居をやっているなと思ってもカットがかからないので、カットとかからないと映画の場合ずっと続けるわけじゃない。


≪ええ


「みたら監督さんは寝てらしたんですって(笑)本当それ?


≪よく寝ていますねぇ(笑)


「本当。気分がよかったのかもしれない。で春、今度春に撮影があってまあいいと思ったら


≪今回の映画の撮影なんですけどもようやく春が来て少し暖かい時期かなと思ったんですけどもなんか今年は花粉がすごかったらしくて。それで僕は花粉症じゃなかったんですけどもスタッフの90何%の人が花粉症だったんですよ。それである日撮影現場に行ったらみんなも花粉でやられていて


「も花粉ってひどくなると見えるそうですね。花粉が飛んでいるのが


≪昼間とか


「粉が


≪黄色い粉が。今年は見えるぐらいでさすがに僕もなってしまいまして


「本当に!


≪こんなに辛いもんだなと初めて。


「じゃあこのトリックという映画は皆さんにぜひ見ていただきたいという気持ちがそれだけのいろんなことがたくさんあったので


≪過酷な中でやっていますから


「過酷の中ねぇ。これはテレビ朝日で2年前と今年と放送したものがこんな風に映画になって


≪そうですねまたこのトリックの中の上田次郎という役の人が本を出したんですよ。僕が書いたわけじゃないですけども(笑)


「どんとこい超常現象。


≪科学者の人が出した本という。これは僕の本よりも売れているんです。


「(笑)そうなの。でその上田次郎という人が書いたということになっているんですよねぇ。


≪なかなか面白いです(笑)


「物理学者でしたっけ?


≪物理学者です


「そうですよね。僕の本よりってあなたの方もあるんですけどもあれはあなたのことをお書きになった本なの?


≪そうですねぇあれはモデルから俳優になった今までの10何年間、ちょっとまあ書いてみたんですけども。


「あらそうなんですか


≪こちらもよろしくお願いいたします


「いい男進化論。あらそうなんですか。でもアレなんですよね監督はテレビで、テレビの監督も映画の監督も同じなんだけどもテレビでやるときにこんなの何10%か視聴率そんなものすぐだからという感じだったんですって


≪いやそうですね。まあもっと視聴率いくと思ったんですけども意外と最初のうちは苦戦しまして。

「ええ。遅い時間から始まるドラマでしょう


≪11時からでしたね

「そうでしたよね。


≪苦戦してまあ、まあそういうものじゃないか世の中はと思ったんですけども。だけどこのトリックというのはその放送が終わって1カ月2カ月ぐらいしてまあDVDが出るじゃないですか


「ええ


≪その反響がすごくてDVDの年間売り上げがトップだったりとか


「そのテレビでおやりになったものが


≪やった後にですね。


「そうなんですか。


≪でこういう本を出しても結構人気があったりとか。そのやって徐々に徐々に火がついていってそれでパートツーをやって映画化になったんです。


「あらそれで映画化になったのなるほどね。





黒柳「阿部さんが鼻持ちならない物理学賞をやっていらっしゃって、野際さんは本当は書家の人なのねあの人は。


阿倍≪そうですね


「なのにお書きになったものからなんかこうすごくなっていく。とにかく今度映画になった方のトリックをちょっと一部分皆さんにご覧いただきましょうか〜VTR〜(笑)


≪のような


「ほとんどよくわからなかったけどもこれが面白いところって何だと思うんですけども。竹中直人さんとかも出てらっしゃる。いろんな方が出ていらっしゃいますよね。


≪今回ゲストが多いですね竹中さんとかイヴマサトさんとか。


「ああそういう芸達者の人がたくさん。


≪そうですね


「明日から封切だそうですね。


≪はい


「トリックは


≪明日からです。


「そうですかかまたぜひぜひとおっしゃっていますので(笑)。それであのまあいろいろあるんですけどもね好きな俳優もたくさんいらっしゃるんですけどあこがれというか高倉健さんがお好きなの?


≪高倉健さんそうですねぇやっぱりあこがれて。なかなか共演というか一緒に仕事をさせてもらうことがないじゃないですか。だから1回ワンシーンなんですけどもあのちょっとだけお付き合いさせていただいたことあったんですけども。北海道までわざわざ行きまして。本当にセリフをなんか呼んで”はい”と返事をもらうだけなんですけども、そのためにちょっと行ってきたんですけども


「嬉しかった?


≪やっぱりあのその素晴らしい思い出になりましたね。


「ああそう


≪健さんの人柄というか。素晴らしかったです。


「男の方が男に惚れるとよく皆さんおっしゃるんですけども、でも俳優の目標としては大瀧秀次さんなんですってね。


≪好きなんですよ


「大滝さんねえ


≪失礼ですけどもかわいいというか芝居をなんか考えているときの大滝さんの表情と、なんというかあってそのなんかたまらなく好きで。


「ものすごく真面目なところと本当にまじめにやっていらっしゃるんで本当にすごくおかしいところとそれで素晴らしい演技とあいまって本当に面白い方ですよね。


≪そうですね。だからああいう俳優さんになれたら本当にいいだろうなと思って本当に将来の目標です。

「でも阿部寛さんが大滝秀治さんのようになりたいと思ってらっしゃるというのが大滝さんも(笑)大滝さんがあなたの芝居を見にいらしたの?


≪1回舞台をご招待したんですけども。あの来てくださったんですよ。あ!大滝さんあって来てくれたなと思って、で舞台を見る前に帰っていらっしゃって(笑)


「そうなんだって。女の子がいっぱい見に来ていたんですって


≪女の人が多かったんで恥ずかしかったらしくて見る前にお帰りになって


「珍しい方ですよね。見てつまらないとか何とかじゃなくてもこの場所が合わないという感じがあったのかしら?


≪もうでも来てくれただけでも本当にうれしかったですね。


「でも嬉しいですよね。大滝さんがねそうやってねでも面白いはねぇ大滝さんのような方を目標にしてらっしゃるという大滝さんずいぶんとお喜びになると思います。なんていうかしら本当に俳優をやっていくぞとお決めになってそのまた熱海殺人事件から今こうやってずっとやっていらっしゃって本当に今は充実して俳優として


≪そうですねぇやっぱりそのあたりも先輩の俳優さんとかを見ましてやはり俳優っていろいろ楽しいなと思いましたね。作っていくものがあって。


黒柳「それでも阿部さんはモデルをやっていらっしゃってスっとこの世界にお入りになったみたいだけど、いうずいぶんアルバイトなんかもやっていらっしゃるのね。


阿倍≪そうですねやりましたねマネキン運びとか


「マネキン運びってすごい恥ずかしいんですってね。裸のマネキンを運ぶとき


≪最初は抵抗あるんですよ。マネキンの足の間に手を入れて運ばなければいけないので。


「裸なの?何もきてないの


≪裸ですね。10代だったものですから


「それはそうですね。女のマネキンでしょうだいたい。今は男の人もあるけども昔はねぇ


≪そうですねぇ。でも1日で何百体も運ぶので2日目には慣れました。


「でもアレでしょう運ぶのに足の間に手を入れるのが1番運びやすいですかね


≪こうやって肩にかけて運んでいくんですよ。なんか見られているような気がして


「見るでしょうね。なんだろうなと思ってね。あと他にはアルバイトはなさいました?


≪あとはも新聞配達とか印刷工場でちょっとやったりとかしていろいろやりましたね。バイトは


「だいたいどこらへん行くところまでアルバイトは続いたんですか?


≪モデルをやる前でしたけどね。だから大学2年生ぐらいまで高校生の時から


「そう。じゃも外国の人達は仕事をしながら自分でお金を稼いで大学に行っている人が圧倒的に多いですからねいい家のお坊ちゃんでも。あとでちゃんと返すからという人以外は自分で働いていますからね。日本は結構親が出してくれたりするじゃない大学ってね


≪やっていましたね随分。


「じゃそのいろんな仕事をやるということに関してはもうわりと慣れて人慣れというか人に会ったときも恥ずかしくて口がきけないとかそんなことは全然なく?


≪いや意外とあるんですよ(笑)


「そんな感じがするんですよあなたを拝見していると(笑)


≪照れやなんですよ。


「なんかね


≪この世界にながらもなかなかそれがクリアできなくて


「そうでしょうきょうはいいお洋服を着てらっしゃるんですけども普段はひどい格好をしていらっしゃるんですってね(笑)


≪(笑)


「あれモデルをおやりになった方ってどうしてアレなんですかね?例えばオーデコロンをつけるとか。何かいい洋服を着るとか。いやなんですかね?


≪何かイメージが固まりやすすぎるんですよ。だからそのイメージが固まるのが俳優としてちょっとイヤなんで崩したい気分になっちゃうんですね。でも本当はしっかりしなければいけないんですけどもね服もね


「だから今日なんかもすごくいつもよりはいいのきてくださっているそうなんですけども。あなた結婚してらっしゃるんでしたっけ?


≪いやしてないですまだ


「あらまだ!(観客笑)探しているの?


≪そうですねぇ。


「ははは(笑)このまま(番組の収録が)終わる(*結婚しないで人生が終るという意味ではない)