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15(2003)/2/5 林 英哲

黒柳「まあ本当にしばらくでございましたご活躍でなによりでございます。この間おいでいただいたときは


≪14年前


「そうです。ちょうどカーネギーホールにお出になってわあすごい和太鼓がカーネギーホールに出たんだ。その後ずいぶんいろんな国々。アフリカ各国


≪ちょうど番組に出させていただいた年がその翌年の正月だったんですけどもアフリカに行くということで番組収録後に黒柳さんがも番組の収録よりも長くあなたアフリカに行ったらこれだけは気をつけなければダメよという話をずっーと。あれがすごくスタッフわれわれのスタッフがね黒柳さんがあれだけ言ってくれているんだからといってすごかったんですよ。食べ物から水からつづらのように持っていきました。


「ごめんなさいね。ね多分ね大変な肉体をお使いになるのでやっぱりと思って心配したんですけども。その後ベルリン・フィルのメンバーとベルリン芸術祭なんかにもご出演になるという千秋楽にお出になると。それからモスクワでチャイコフスキーホール。あそこでまた和太鼓


≪それがまたソロでねしたんですけども。とっても喜んでもらって。


「そう。それから国立三重大学の客員教授


≪はい。


「それは何を教えてらっしゃるんですか?


≪客員なので特定の授業をやるというわけではないんですけどもあの三重県はいろいろ古い伝統があるというところでそういうところに学生と一緒に行ってお祭りを見たり芸能をみたりそれを僕がレクチャーして


「いいですねそういうの。1番生きた勉強ですよね。それから韓国のあなた夢でいらしたかたとご一緒の共演が。


≪キムドクスさんという、韓国でも今は大変打楽器が盛んなんですけどもそういうことの先駆けをやった人ですね。伝統のものではあったんだけどもそれを現代の音楽として通用するような形にして広めた大功労者。同世代なので仲がいいんです。


「そうなんですね。それと何といってもピアノの山下洋輔さんとのコンサート。これは随分やってらっしゃるんですね。


≪これがね18年(笑)


「ねえあの方ピアノを壊すということでホールを貸してもらえないという時期もあったんですけども今はそんなことはない。天才的と言われる方。こういう方々と一緒にやってらっしゃるんですけど、私びっくりしたんですけども持ってらした太鼓というか楽器全部写っている写真があったんですけども皆様おどろいちゃう。何が驚いたってこんなにあるんですけども(写真)1番後ろの左から2番目の直径あれ1メートル


≪1メートル15センチぐらいありますね。


「これですけども皆さんどれぐらい重いと思います?重さ。600キロ?


≪600キロぐらいあるんじゃないでしょうかね。


「どうしますそんなもの運んで持っていくといったら。楽器が600キロと言ったらちょっとすごいですよね。


≪大変ですね。これを箱に入れるともっと重たい。


「箱もあるんですか。


≪要するに飛行機につんだりするのにケースに入れなければ。ケース込みだとえらい重さになっちゃう。


「あれは木をくり抜いてあるわけですから今あんなに大きな木がないのでこれはアフリカ


≪アフリカのカメルーンにまだ森林地帯があって熱帯雨林。


「ほんのちょっとですよねアフリカだって。


≪それを飛行機で飛びながら探すんです。あそこにあった!そこまで道をつけて切り出して持っていく。


「直径150センチとがそれぐらい大きい木。


≪原木はもっと大きいですね。


「もっと大きい。


≪梢もすごく高くて葉っぱの形がどんな葉っぱかわからないです。下から見て。それぐらい高い。


「それをくりぬいて太鼓にして600キロ。で日本のその右の方にこれですね1番右端これはあのずいぶん使いこんだという色がしているんですけどもこれが日本の


≪これはケヤキの木ですね。


「これだって大変ですよね。


≪300年から400年たっていると思います。


「すごいですよね。その下にもいろいろな本当にいろいろな楽器がたくさんあるんですけども全部ご自分で持ってらっしゃる。


≪1回並べてみようといので自分でも忘れたようなものまで引っ張り出して。


「あと笛みたいなものまでいっぱいあって全部演奏なさるわけですからどれがあってもでおやりになる。それで演奏なさるについては肉体がすごくなくてはいけないというのでびっくりしたんですけども1分間に脈拍が40


≪今40ぐらい。この間ね去年アメリカツアーをやって虫にされた。そこが腫れて化膿して土曜日だったんでどうすると言って救急病院に行ったんですよ。そうしたら看護婦さんが都をとったりしてすぐに見てくれたんですけども年齢を聞いて荷役を見て「へ!」という(驚いた)顔をして


「全部違うという。


≪それでパスポートの年齢を見直してなくが40しかない。普通はあなたこれは病気だけども何かやっているか?と聞いたんですよ。まあそうみたいなことをやっているのかと聞きました。


「マラソン選手だったらあり得る


≪何か高橋尚子さんが40ぐらい。


「やっぱりああいう心臓がすごく強い人。


≪心肺機能が相当ないと連続舞台で2時間ぐらい打ちっぱなしするんですから。


「すごいです。それでお話していたんですけども皆さんで太鼓のバチというものがですね下にあってこういうふうにするんだったらまだ良いけどもこの方の場合は上にあるんだから今真似するだけでもいやだなと思って(笑)こうやって力任せにするんですからそれはもう並みじゃないですよね。だからこうやって拝見すると本当にすっきりとした華奢な方に見えるんだけども裸になってこういうところ(腕)が出るとすごいんですってね。


≪みような話で脱ぐとすごいんです


「すごいですねみろという感じでちょっと表から触ってみてもいいかしら?


≪いいですよ。


「ちょっと私ね(笑)


≪今日は無理やり若作りで細いのを着ているんですけども。


「本当に片手じゃ全然回らない(腕が太くて両手で覆いきれない)。この間メーンウエストという女優をやったの。男の人のマッチョが好きなの。あら片手じゃ回らないって両手でやってもいいかしらあらこれは何でできているのかしらというんですけども。でもこの辺はすごいですねカチカチですね。まぁどっちにしてもあとでスタジオで演奏していただこうと思ったらこういうスタジオだと音が割れちゃうんですってね。だもんですごくすばらしい演奏を後でVTRで皆様にご覧いただくんですけども召し上がりものなんだけどもこのコンサートがあるというと3日ぐらい前から食べ物を


≪変えるんですね。これはあのカガローディングとかプロテインローディング、マラソン選手なんかが試合の前からその1種の食事療法をやるわけです。


「ええ


≪それでタンパク質をとる期間とでんぷんを取る期間を分けるんですね。1回たんぱく質だけの日を作っておくと


「お肉なんかばっかりを食べる。


≪ええ、肉とか卵とか牛乳だけで過ごす日を作るんですね。そうすると1回体の中から力になるでんぷん質がむけるんです。その後でんぷん質だけをとるですね。うどんとかスパゲティとかご飯とかおにぎりとかお持ちとかそんなものだけ食べると1回干上がったところにものすごく効率よくエネルギーになる糖質が筋肉の中にドンとたまるんです。


「本当にそんなふうになるんですか。


≪あります。その状態で試合当日になると普段よりもエネルギーが筋肉の中に蓄えられているので長時間激しい運動をしても終わったとがすごく楽なんです。すごく力も出ますし普段より出易くなりますし終わったあととても楽です。


「そんなふうに体ってなるんですか。


≪なります。だからぜひお試しください。


「これぞ肉体を使う人はこれぞというときには3日くらい前にお肉とか食べて


≪あので2日ぐらいでもいい。前前日に今日はだから前前日だからあのお肉とかあれだけにしておこう。今日はご飯をやめておこう。


「ご飯をその時飯上がらないの?


≪食べない。一緒に混ぜると効果がない。


「なるほどおいしい焼き肉を食べてもご飯を食べていけない。


≪食べてはいけない。肉と野菜と果物ぐらいだったら大丈夫。


「でも肉中心で。


≪で翌日は昨日は肉の日だったから今日はご飯中心にしましょ。できるだけタンパク質をとらないように


「お肉の入ってないやつがいいですよね。ご飯とかパンとか。そうすると次の日には


≪もう朝からタンという感じがします(笑)


「なるほどね。そういうふうに体ができているとは知りませんものね。


≪今はでスポーツのそういう研究が盛んですからみんなも0コンマ何秒で競っているでしょう。薬危ないものは使ってはいけなかったりとか当然そういうふうにして体をできるだけ


「それからあの水着とかあのイアンソープさんの水着でもそうですけどもやっぱりどうしたら科学的にこう


≪研究されている


「でもあなたの場合裸だからほとんどであんまりお召し物がほとんど研究はされないと思いますけども。それではちょっとですねニューヨークでおやりになったライブの演奏があるので、それとちょっとみなさん亜波をなんといってもあなたですね客席に背中を向けて太鼓をたたく


≪はい。


「それは


≪それはねだんだん最初はそうではなかったんですけどもだんだんそういうふうになっていったんですけども。まずスピーカーが客席に向いているのと同じで音があれが1番伝わりやすいですね。で僕そりしつになっているから大きい音だけじゃなくて非常に微細な音とかいろんな太鼓全体を使ってさまざまな音色を出したいと思ってやっているので客席にスピーカーがちゃんと向いている方がよく聞こえる。


「こういう形ですね【写真】普通は横向きで太鼓が横で木の部分が横に見えていて


≪要するに斜に構えてうつというのがだいたい昔からの打ち方なんですけども。


「じゃあちょっとですねごらんいただければと思います。それと三味線と尺八とかの皆さんとご一緒にやっていいらっしゃるんですよ皆さん。ニューヨークですよちょっとご覧ください〜VTR〜ウワーすごい(拍手)今ちょっとジャズのドラムみたいな風にリズムの刻みが思ったんですけども皮の厚さが違うから。


≪あの普通のドラムのヘッドというのは薄いんですねティンパニとか。それであのスピードでやるというのはねまあ自分で言うのも変ですけども結構大変です。


「大変と思いますよ。それと体の中にはちゃんとリズムが入っていらっしゃるでしょうからね。あの時々ウンと声を出してやってらっしゃる。いやもう見ててもね本当に一流の尺八の方も三味線の方もすごいんですけどもまあすごいですよね。それでは皆の聞いてほとんどあれでしょう


≪あの音が太鼓の方がでかいものですから尺八とか三味線というのは自分の音さえ聞こえなくなるらしいですよ。確かにねよくリハーサルのときに彼らの場所に行って聞いているとよくこんなうるさいところでできるなって(笑)


「でもあなたもみんなのが聞こえないといけないですからね。


≪そこらへんはニュアンスをつけますしまぁ今のあれはマイクを使っているのでスピーカーで聞こえるようにはしているんですけどもなかなか大変です。


「でもあれ評判良かったでしょう。ニューヨークの方喜んだでしょう?


≪とても喜んでいただいてね。ニューヨーク10年ぶりぐらいだったのでああいう形のもの今太鼓がとても盛んなんですよ。アメリカで。太鼓=TAIKOで通じるぐらい。


「太鼓ていって


≪Japaneseドラムといわなくても寿司と太鼓は通じる。そのぐらいポピュラーなんですけども大体同じグループというかもステレオタイプでにたようなものしか行かないので僕のようなもの見たのは初めてに近い皆さん大変喜んでいただいて。


「大変反響を呼んだと思います。ではコマーシャルをはさみまして山下洋輔さんのあのピアノとご一緒にやってらっしゃるんボレロがありますのでちょっとそれのVTRもご覧いただくんですけども。ちょっとコマーシャル


≪はい


黒柳「ピアニストして奇才といわれています山下洋輔さんと一緒にずいぶん長くやってらっしゃるんですよね。


≪やってます


「やってらっしゃるんですけども、まあアフリカなんかにも一緒にいらしたんですけどもあのごろところピアノとあなたの太鼓でずっとセッションを。


≪今月からまたツアーが始まります。


「日本国内なの


≪国内です。


「初めてですって日本


≪その大規模なツアーは初めてなんです。


「でもすごいでしょう。あの方のピアノと一緒に。向こうも大変だと思ってらっしゃると思いますけども。


≪お互いに終わった後に「いやいやいやいやいや」とそれ以外言葉はない。


「どんなものなのか”いやいやいやいやいや”というものですけどもご覧くださいませボレロです〜VTR〜(拍手)いやあ大変なものですねこれね。


≪お互いに挑発しあうのでこう歯止めがきかなくなってどんどんどんどんクライマックスに行くまでにすごい欧州があって終わった後は2人ともハー(ぐったりする)


「それはそうだと思います。あなたの方もすごいんですけども山下さんの方は肘を使ったり今はやらないけども足なんだけどもこうガンガンガンガンなってくるでしょう。だからその日によって全部違うでしょうからね


≪違います毎回違います。


「それを聞きながら全部やってらっしゃるわけでしょう。いやそれでもってその技術をちゃんとおやりになってらっしゃるわけだからそれはもう何か50になったらできないなと思ってらっしゃるんですって。


≪もね20代のときは30を過ぎたらできなくなると思っていたんですよ。とても無理だ。でも30を過ぎてからソリストになったんですけども、やっていくうちに何とかつながってきて今は51なんですけども今年こないだなったんですけども。いや50を過ぎてまさか自分がやっているとは思わなかったので(笑)。でもでこういうものってやり続けるとできるものなんですね。


「そうだと思いますよ毎日。


≪どこかでドーンとブランクできちゃったらきっとここまでこれなかったと思いますけども。


「本当にこれは音楽的才能とかいろんなものがあるんですけども技術のものなので体の筋肉とかそういうものも全部がひとつになっていないとね。するとやっぱり研ぎ澄まされた神経とか集中力とか全部がないとね。


≪続けているとねそういう物って多分20代の時よりは筋肉の量何かは落ちているかもしれないけどもそういう神経とか記憶した量が増えてくるでしょうそうすると


「経験


≪経験が増えてくるからもっと表現が広がるんですね。それが体力だけじゃないもんだって最近よくわかりました。


「いやあーすごいです。もともと美術大学にお入りになるつもりだった方がこんなことになっちゃったんですから美術学校でデザイナーになりたかったんですって


≪そうです(笑)


「ちょっとコマーシャルをはさみます





黒柳「ここでお話しを伺っているとつくづく人生って本当に面白いって思うんですけども美術大学に入るつもりの子が落ちたりなんかしたものだからそこで突然永六輔さんのラジオをお聞きになった


≪横尾忠則さんが佐渡島のイベントに出ます僕も行きますと永さんがおっしゃった。で募集していますからと言うことでそれですぐに電話をかけて


「オンデコ座夏季学校。夏の。


≪そこに参加したんですよ。


「そうしたら


≪永さんはおいでになったんですけども横尾さんは後で聞いたら雨が降ったから行くのが嫌になっちゃって来られなかったんです(笑)


「そうなんですってね。そのラジオをもしお聞きにならなければ今日はないかもしれないですね。


≪ないです。


「なるほどグラフィックデザイナー


≪グラフィックデザイン。横尾さんにあこがれていました。


「そこでもっておんでこ座有名なおんでこ座の主催者の方とお会いになったりなんかしてあなたそこですごく長く居着いちゃってってそこで太鼓の技術は全部。10何年いらしたんでしょうそこに。


≪11年。


「すごいですよねちょっと行ったつもりが。


≪テレビもラジオも新聞も全然マスコミからの情報一切ない。


「佐渡


≪佐渡。休みもない給料もない。


「休みもない給料もない(笑)でもまあそこで食べさして貰って太鼓。でも世界に出ていくおんでこのあの妙子だったんですけども。それから現在のようにずっとなるようになったんですけどもそれでもいつまでもデザイナーになりたいという気持ちがあったんだけどもある日小澤征爾さんと一緒にやるということでアメリカにいらっしゃって。


≪結成して6年目ぐらいですかね1976年に


「おんでこ座?


≪おんでこ座。その前の年にボストン・マラソンを走って太鼓を打ったんですねえゴールで。それは大変だったんです。それを小沢さんがご覧になっていて君たち面白いね、曲があればぼくらとできるねという話になってすぐ話が翌年には実現しちゃったんです。


「ボストンシンフォニーと一緒に


≪小沢さんって世界知らない、バーンスタインさんとかも見に来ていて。ぜひ聞かせたいからと。これは大変なことで小沢さんがその当時音楽監督になる。有名なオーケストラの世界の、東洋人がそのポジションになるということはもう大変なことでしてなってまだ4、5年たたれたか小沢さんがまだ40代ですね。これは小沢さんの顔に泥を塗るようなことになってはいけないからこれは将来グラフィックデザイナーになりますなんてことを言っていてはだめだと思ったんですよ。その年アメリカをグレーハンドのバスで西海岸からずっと移動したんですね。4日ぐらいか3日4日。そのバスに乗ってくる人はみんな貧しい人なんですよね。で僕はずっと乗っていてこの人たちは一生その僕はこれからボストンシンフォニーのひのき舞台に出るだけども、この人たちひょっとして一生そういうその良い目に会えないかもしれない


「拍手をしてもらったりすることがない


≪この人たちはないかもしれない人たちがずっとバスに乗っているんですね。でそれを考えると自分は望んでそうなれなかった上手ではなかったけども一応そういう機会に恵まれてしかもボストンシンフォニーで小沢さんの指揮で世界1の演奏をするという立場になるんだからこれはもう腰掛け気分でやったら小沢さんにもお客さんにも失礼だ。これはしょうがない太鼓打ちなるということで(笑)きっと機関車のレールをポイントを切り替える


「わかります


≪レールを切り替えると


「ガチャンと


≪こういう人生だと思っていたのにガチャンと自分の中で音が聞こえたぐらいの決心でした。


「グレーハンドのバスに乗ったばっかりにね。それで小沢さんのところにお出になって大成功。ということで世界の林さんということになったんですけども本当に不思議な人生ですね。


≪黒柳さんのおっしゃっていた、黒柳さんのご本が好きでよく読むんですけどもあの最初はね絵本を上手に読むお母さんになりたかったからということで劇団にお入りになった。


「NHKに


≪人生てそのあとこういう番組をされていてどういう人の人生もこうなりたかったからこうなったということではないという人の方が圧倒的に多いんって。僕はそれもその助けになりました。


「私安心したんですよ。お母さんになろうと思っていた人間がこんなところに来ていてはいけないんじゃないか長いこと思っていたんですけどもほとんどの方が自分が思っていないって事でそれの方が長いということがねよかったですね。


≪分からないものだなと思って


黒柳「まあ本当にいろんなたくさんのことをやってらっしゃるんですけども鎌倉の大仏様の前で演奏ってこれは韓国の方とご一緒ん?


≪いやこれは山下さんと一緒ですよ。左ちょっと白いのが


「みえます見えます。すごいですねってこんなにライトです多いですね。ってそれと日本武道館で1,000人の


≪20世紀最初で最後のダイショウミヨウ


「1,000人のショウミョウとそこに和太鼓というのですから。そういういろんなことやってらっしゃるんですけども初めてのうんと長くご一緒だった山下さんと乾坤値千金という


≪はい。これはタイトルは村松トモミさんが命名してくださって。


「すごいですね乾坤値千金。


≪まだまだお前らがやれみたいな感じで(笑)


「そうですよね。それと山下さんと一緒のやつはCDと絵柄が見れるDVDと両方


≪今日発売


「それを両方とるのを大変だったでしょう。


≪大変だったです。収録が同時でというのがミスができないという。


「ご成功を


≪はい


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15(2003)/2/6 小池栄子

黒柳
「よくいらしてください


小池≪よろしくお願いいたします。


「超人気の小池栄子さん。本当に男性だけでなく女性もあこがれるという方なんですけども先程私が仏様みたいな顔と申しましたら何かカメラマンの人も仏像みたいと


≪言われるんですよね。ファインダーを通して本当に仏様みたいとかあの


「本当ねぇでも。


≪こういうふうに拝む人がいるんですよねカメラマンさんの中にも。


「あなたのこと見て拝む?


≪ほんと仏様みたいだなおがんだらいいことがありそうとか言って。私もうれしくすってそういうふうに言われるとこういうふうにするんですけども(仏様のポーズ)。


「いいですね。本当に私もうわさはうかがっていたのでも実際こういうふうにそばでお見受けして本当なんだと思って。仏様でもそのときの顔でいろんな顔がありますよね。でもある仏様の顔は本当にあなたみたいな顔だと思いますよ。


≪すごいうれしいですねそれは


「そりゃそうですよ。ましてやカメラマンがあなたのことを見て拝んだりするんだからいいじゃありませんかね。大変明るいご性格でそれと踊りなんかも創作ダンスなんかもやってらした


≪はい。


「何といってもはっきり申し上げるとあのお身体が豊満といいますかねぇ


≪すいません大きく育ちゃって。


「いいえいいえうらやましい限りでございますのであのせっかく見えるか見えないかすれすれのお洋服で来てらっしゃるので


≪(笑)


「カメラマンの方も遠慮しないで、。ちょっと上の方からせっかく


≪(前かがみになる)


「それでお願いできます(笑)すごく楽しみにしている人がいるのでみんな品がいいでしょうカメラマンさんも。


≪これぐらいで見えるか見えないかくらいが1番上品に


「そうそうそうそうそう


≪”そうそうそうそうそう”って黒柳さんが


「私もほとんど男の人みたいに。髪の毛がちょっとで髪の毛で見えない。


≪こうなるとちょっとわかるかな。


「カメラの位置がちょっと悪いのよ。そうこんな感じ。あでもたっぷりとしていて写真集が10冊?


≪10冊ぐらい出していますかね。


「そうなんですって。それでご自分でご研究してらしてね私も拝見しましたけどもどうしたら体がきれいに見えるかてずいぶんご研究を。


≪そうですね。だからちょっとひねりを加えることがすごくきれいに見えたりするので私の友達なんかはわざと自分がこうプライベート写真を撮るときにちょっとひねって腰が細く見えるたりやっていますね。


「あなたがやっているみたいにひねって。そうですかせっかくでございますので皆様あの写真をねご存じの方はもう大ファンがいらっしゃるでしょうけどもあのそんなに今この時間でございますので。でもそんなにすごいのは撮ってらっしゃるないですね。大体水着。ちょっとはみ出す。


≪ちょっとはみ出す(笑)


「皆さん可愛いでしょう健康そのもの。


≪でもねむちむちなのでね私は。私はこの世界に入ってアイドルの子って本当に華奢な子とかがすごく多いので。


「そうだけども男の人はほんとうはムチムチが好きなのよ。でも女の子はそれがわからないからやせたほうがいいとみんな思うじゃない。だって私男の人だって触ったときにムチとした方がいいじゃありません。


≪そうですかね。


「まぁすごい


≪ストッキングが食い込むぐらいムチムチなんですよ。


「いいじゃないあなた。これでなければ仏様の下半身て知りませんけども本当に健康そのものですものね。でもおいくつぐらいから大きかったですか胸?


≪胸は中学3年生ぐらいからですかね。でも母親が胸をきれいにするためって中一ぐらいから特注のブラジャーを作ってくれたりとか


「おかあさまが!


≪お金をかけてくれたんですよ。その下着については。


「それがよかったんですかね。


≪多分そうだと思いますけども。


「そういうのがねそのままほったらかしにしておくよりはやっぱり。ご研究の結果はこれはちょっとひねっていますけども、でもまあこれは走った時は重いかなって。


≪重いですね。昔は恥ずかしかったですし胸の大きなことが。着たい洋服を着れなかったりとか、いやらしく見えちゃう


「それから男の人の目線がちょっと気になったりしたんですってやっぱり。私この間でメーンウエストというハリウッドで1930年代なんですけども、本当に体がすごくてあのセックスシンボルといわれた人やったんです。私はあなたのようにいきませんでしたので江川エツコさんという方が作ってくださったんですけどもすごいでしょ。


≪(写真)これ黒柳さんですか!


「私です。


≪すごい。


「これは若いときのメーンウエストでハリウッドのパラマウントが倒産したかったのこの人の映画9本ぐらいで立て直ったというすごい人なんですけども。江川さんという人がとても上手なの。


≪これは特殊で作ってらっしゃるんですか?


「きてるんです。


≪でもこれは重たかったですか?


「これは軽くできてます。ですから何回も何回も衣装替えをするんですけども。これはパッと紐をはずして中を片一方をベロッと見せたりする。彼女は若いときにそういうふうにしてお客様の視線を。でもね私は彼女をずっとやっていて彼女を研究していたらでとてもあなたとにているところがあるなと思ったのね。やっぱり見せるべきものは見せてもいいじゃないのっていう感じでね。あなたもどっちかというと隠したりしない


≪そうですね。


「自信を持って


≪誇りには思っていますね。


「でもお母様がきれいなブラジャーを作ってつけてきれいになるようにってしてくださったなんて普通ないですよそんなの。


≪そうですよ。母は大きくないのでたぶん自分の分までという気持ちだったと思うんですけども。


「ギュットやってしまってくださいなんていうお母さんもいるかもしれないのに、そこのところ本当に。さっきのお写真のところにあったかしら?写真の時に男の人がこんなところがいいと思うのははみ出しているところがいいってあなた


≪はみ出しているところ。そうなんですこの写真かな?どの写真だっけ


「もしかしたら


≪収まりきれないみたいな感じがいいみたいですね。


「そうなの


≪こぼれそうな感じ


「これはちょっとアレなんですけども向かって右のわきの下の横のところからはみ出しているみたいなのがあったんですけども、(写真が消える)ケチね(笑い)


≪(笑)


「あのそのはみ出しているところがいいじゃないみたいなところが。


≪でもそういうのってグラビアを始めたころは何がいいか悪いかはわからないし現場にたくさん女の子がいても


「(写真)左の方ね。真ん中のところがもちろん豊満なのは分かるんですけども左のわきの下からちょっとはみ出ている。ちょっともう少しよっていただけますか、ここのところですねこの左の。これはなかなかねはみ出す人って少ないですからねこんなのって。


≪だから水着も大変なんですよ結構外国製のものをいっぱい使っていますね。


「どんな形のが


≪とにかくよく伸びるもの。布だけというのは結構きついので必ず伸びる素材とか


「しかもあまり硬くて伸びてもつまらないですものね。体に柔らかく。なるほど。はっきり申し上げておきますけどもメーンウエストという人は85歳まで胸を出していたんです。


≪え!


「もちろんいろんなことをしたと思いますよ。彼女ねそんなに昔の人じゃない長生きしたのね85ですから。死んだのが1978年ですから。わりと整形とかがうまくいっていますから、しわが一本もなくて。顔はちょっと間の歌舞伎ぐらい真っ白にぬっていて顔がよくわからない。かわいいです。私は1本なかったです多分いろんなことをしたと思いますけども何をしても現役で最後まで。


≪格好いい


「うらやましいでしょう。だからあなたねこの人は18、19の時はこうやっていたんですけども85の時にそうやったの。だからあなたいいでしょう。


≪そういうことを自分で格好がいいからと思ってやれる女性というのはあこがれますよね。


「あなたのお話しを伺っていてメーンウエストそっくりと思ったのでお顔見ていてもメーンウエストに似ていらっしゃると思うんですけども、そういう感じなんですけども。あのアレなのあなたはっきり言って交際宣言をしてらっしゃるでしょう


≪はいしてます。


「その相手の方が体のいい方


≪プロレスラーの方なんですけども


「プロレスラーの方なんですけどもメーンウエストという人は生涯を通じてお父さんがヘビー級のボクサーだったの。それなもんですから


≪近い


「近いところがあります。だもんで生涯自分が好きな人というのはマッチョでそういう体のいい人に限られていたの。生涯ですよ。


≪私はたまたまだったんですけどもね。マッチョ好きというわけでもなかったです。私はマッチョの人はどうだろうと思っていたんですけどもたまたま彼がそういう仕事だったっていう感じで。


「性格や何かがよかったお優さしかった


≪父親と似ているんですよね性格が


「お父様と似てらっしゃる。


≪そうなんですよ。それと結構ファザコンで父親が1年の半分ぐらいを家にいない生活をしていたのでそれでやっぱり父親と似ている人をどこかで求めていたんだなってようやく気がつきました。


「(写真)も本当にこの方は愛されて育った方なんですね。家族の団結。1番左に立ってらっしゃる方がお父様。本当に強そうね。


≪今はこれよりももっとぷよぷよぷよぷよしていますけどね。


「それからお姉様。


≪はい4つ上の姉がいて。


「そしておかあさまおきれいなおかあさま。後ろの方は?


≪父親の方のおじいちゃんだと思います。このおじいちゃんがお仕事パチンコ屋を初めて、それでおとうさんがついでという感じで。


「そうなんですか。お父さんはパチンコ屋さん話がこっちへ行きますけどもついでにお父様はパチンコをやってらして格好よかったのに何かパチンコ屋があれだからゲームセンターみたいに変えたんですって。


≪そうなんですよ。


「あなたはがっかりしているだって


≪がっかり、やっぱりその軍艦マーチを聴いて育った子なんでね私は。あのノリがとても好きでゲームセンターか〜と思ったんですけどもいろいろ経営のこととかありまして今はそのゲームセンターをやっているんですけども。父親も自分のお父さんが1から立てたパチンコ屋だったのでそれをゲームセンターに変えるということはすごく悲しかったみたいですね。


「あなたもできたらお父さんはパチンコ屋がいいわっていう感じがあるんですってね


≪もう1回パチンコ屋さん私の力、父親の力をあわせてやりたいなと思いますよね。


「なるほどね。私で生まれてね3回ぐらいしかパチンコやったことないんですけどもね大体いつも和田アキ子さんとね対決するんですよ。


≪やるんですか。


「あの方はでほとんど毎日やってらっしゃる方で


≪すごい2ショットとですね。


「3連勝していますね。


≪本当ですか。楽しくないですか?パチンコ。


「あのね私はでそんなに今でもわからないですよね。ただこう手が硬直しちゃうぐらいずっとこうやってねちゃんと和田さんがあまりダメなのでね、あまり大きな声で言えないですけどもすごい和田さんが悔しがるの。だからちゃんとこの穴の中に入れていますか?と言ったら「知ってますよそんなこと」とか言いながら。けっこう中に入るですねそれでねリーチというのがあるのねこのごろね。リーチなんかが3分おきぐらいにかかるんですよただねあれにならないのね本物のにね。でも去年なんかこんな大きな金魚鉢みたいなのに7つも取れましたよ玉が。


≪すごいじゃないですか。


「今回はねひとつだったんですけどもでも和田さんよりも先に行きましたからね


≪これを見て悔しがっているじゃないですかアッコさんは。


「そう見せられない。だからやったことがあるんですよパチンコ。にぎやかな感じですよね。みんながいいことあるじゃないかと思ってやってらっしゃる。今の写真でもお分かりのように家族みんな仲がいいんですってね。


≪仲いいですね。その父親が仕事のこととかでいろいろ大変で結構病気をしたことがあったんですよね大きな病気を。それでその時に初めて家族が1つになったというか、父親を助けるためにみんながそのために動いたというのは急に家族のきずなというのがすごく強くなりましたね。


「例えばあなたに週刊誌や何かでいろんなことを必ず出るくいは打たれる、人気が出ればいろんなことを書かれたりするんだけどもそんなことがあった場合にも何でも家族が守るからねってみんなが言ってくださっているんですってね。


≪言ってくれていますね。


「それは大きな力ね。


≪その週刊誌って結構こんなこと言っていないのにというような発言が書かれてあったときにやっぱりちょっとそれが男性問題のことだったので私的には家に帰りづらかったですね。その日。どうしようと思ったんですけどもそういう気持ちを全部察してくれて何かはどんなことがあっても私たちだけは信じるからといってくれたのでオーという感じで泣いちゃったんですけども。


「そうですよね。


≪大好きですね家族のことが。


「家族のこと好き。それは1番ですよねお幸せだと思いますよそれは本当に。だんだん後光が差してくるとみんな思うかもしれない


≪(笑)


「もともとの仏様系のお顔のところにねそういった家族の愛があって本当にお幸せなんだと思いますよね。ましてやそんなお付き合いしてらっしゃる方もいらっしゃってうまく行ってらっしゃるということになるとね。もうなんて今年に入っておめでたい方にお目にかかれてようございましたちょっとコマーシャルがございますので





黒柳「女性でも胸のきれいな人を見るとやっぱり羨ましいと思って女の人でちょっとさわらしてという人いない?


小池≪いますね。わたしも友達にもいますし例えば後輩の子が触ってくれたりとかしてそれはすごくうれしいですね。胸が大きいことは最近そうやって恥ずかしいとは思わなくなったので。


「本当に私もそう言われてみるとどんなものなのかなって触ってみたいなって気が。


≪ぜひ


「いい。いえちょっと。


≪うれしいですよ黒柳さんに触ってもらって。


「どういうふうにさわればいいの。おおーーー重みがありますね。私のこの間のやつはうんと軽くしていただいてほとんど重みがなかった。


≪すごいんですよこれを支えているんですよ。うーん


「ちょっとカメラを下げていただいて、ちょっと見ていい?


≪(笑)


「きれい。すごいきれい。すごいものですね


≪ありがとうございます。


「だけどこれはすごいわね。お宝もの。


≪いや嬉しいです。光栄です。


「皆さんうらやましいでしょ。


≪じゃ後で皆さんにも。


「どうも失礼いたしました。でもやっぱり偽物だとか言って何かテレビで全部調べてもらったことがあったんですって?


≪そうなんですよテレビで検証しましょうよって、悔しいじゃないですかと言ってくださった方がいて私も偽物じゃないから別にとっとと調べていただいてといっていろいろ検査をして本物だっていうことを。


「そうなんですってね。胸に何かを入れている人がいてその人のうつしてそれと比べてどうとかやったら全部本物と分かったんですってね。


≪デビュー当時は私全然胸がなかったですよ。


「へ!そうなの。


≪体自体も全然小さかった。


「やっぱり怪しむ人もいるかもしれない。


≪だからデビューから何年かしかたっていないのに胸が10センチぐらい大きくなるというのは(写真)これはデビュー当時ですよね。


「痩せてらっしゃいますよね、拒食症になったときがあったんですって?


≪このちょっと前にちょっとまあいろんな事がありまして高校時代にちょっとすごい過激なダイエットをしてもう拒食症になったことがあるんですよね。


「そうですてね。


≪今の私を見たらえーー何といって考えられないなんて今もピチピチだからというんですけどもこの時はガリガリになっちゃって。


「でもするときにやっぱりなんかあれなんでしょうね


≪心臓に負担が


「胸は大きくなかったんだものねその時は


≪胸は


「全体をやせたいと思ったのその時は?


≪そうですね特に高校生の時って回りがダイエットをすると焦ってみんなで何か競い合いみたいなものがあったりとかしてそれでそういうものがあってこれは一気にやせようと思って本当ちょっと1日海苔巻1個ぐらいしか1日で食べなくてそれでスポーツジムにひたすら通ってねというのをやっていたらどんどんどんどん落ちていって


「でも病院の先生があなたのお母さんをお呼びになって


≪そうですよ検査にいたときに心臓がねの動きが60歳ぐらいまでに落ちちゃっていて


「え!!


≪すごく動きが遅いと。


「そんなになっちゃうの。


≪もちろんそういう状態だから頭がボーとしていて授業がまともに受けられないとか。それで親が母親がすごい怒られたんですよ


「先生にお医者さまに


≪お母さんがついていてこんなふうに娘さんがいくらダイエットをしたいといってもこういう状況にしちゃってちょっと母親として自覚もちなさい。それを見ていて


「食べなさいもうちょっと食べなさいとお母様はおっしゃったわけでしょう


≪そうなんですよ。私がうるさいやせたいんだからと全然聞かなかったのでそれでやせたら母親がすごい怒られて「すみません、すみません」とを誤っている姿を見たらすごい親不孝ものだと思って。


「それでやめたの?


≪止めましたね過激なダイエットはやはりよくないと思いましたね。


「でもまあ初めはあのぐらいだったんだけども胸はちょっと大きいんですけども普通の方よりは、でも今のように豊満ではなかった。だから怪しいとか。


≪普通に食事をじゃあ私も食べたかったものを食べようと思ったらどんどんどんどん体重が増えてきちゃって胸も急に大きくなって。


「でもすごく素敵ですもの。健康的でピチピチしてらっしゃるのが何よりですものやっぱりあなたのファンもそういうあなたが好きでしょう


≪そうですかね。


「そうですよ健康的にピチピチしている方がいいじゃない


≪そういっていただけると嬉しいですけども。


「私はそう思いますけどね。あそこに用意しているからまだお写真があるみたいですよ。さっきのね、これはけちっていっるわけじゃないんですよ


≪(笑)


「10冊もあるんだからもうちょっとと思うんですけども、でもまあこういうふうにどうやってからきれいに見えるかということずいぶん研究してらっしゃるというか、創作バレエをやっていらっしゃったんですってね?


≪そうですね。中学高校の6年間は創作ダンス、部活で女子校だったんですけどもみんなでやっていてサンカイジュクみたいな全身タイツを切ってこういうふうにして踊るような感じの踊りばっかりをやっていて、その後は番組で社交ダンスをやらせていただいたりとか常に自分の生活にはダンスがある生活。


「じゃあいいですよね。


≪社交ダンスをやればずいぶん筋肉がつきましたね。足がカチカチにしっかりしたりとか


「足を見るととてもすてきな光らせる


≪ふくらはぎの筋肉がすごくなっちゃったんですよ。


「おみ足に右側に光りものが。きれいにしてくださったんですけども


≪はい


「まだまだ小池栄子さん続きますけども本当に魅力的な方だと皆さんお思いだと思いますけども性格も明るくてね。みんな明るくていいと言うでしょうあなたのことね。


≪そうですね。そういうふうに言ってくださることが1番うれしいですね。母親が女性は笑顔があればいいからというふうに育てられたので。とにかく笑っててて


「でもお利口で笑顔でというのが1番だと思います。





黒柳「さてあなたさっき家族のきずながとても良くてあなたを守ってくださる。実はねおでになるということでねめったにしないんですけどもお父様からお手紙


小池≪ああうれしい


「うれしい?


≪父親からというのは初めてですね。やばい泣きそう


「ホントじゃ向田邦子さんと同じね。お父様から・・・あなたもう涙が出てるけど大丈夫。うれしい。まあありがとうございましたお父様からお手紙初めてなんですって。


≪最近実家に帰ることはあるんですけども父親と話す時間があまりないですね。


「本当に。よんでもいいかしら?


≪はい。


「何か番組あてにいただいたんですよ。お父様ありがとうございました。


≪何やってんだよお父さん(観客笑)。


「”栄子へ  お元気ですか。テレビのあなたを見るととても元気そうで安心ですがあなたのことだから常に目いっぱいの状態で頑張っているのだと思います。以前仕事が忙しくなっておりあなたは常に夜中に帰ってきては朝一番早くに家を出ていく状態が続きましたね。あなたの体が心配でマネジャーにスケジュールのことを言おうかと話したときにあなたは「お父さん何を言っているのスタッフなんかもっと大変なんだから」と自分に言い聞かせるように言っている姿を見て栄子は大人になったなと感心したことを思い出します。自分で選んだ道とはいえ大変厳しい世界に飛び込んだあなたを見ているとどこまで頑張れるかなとお母さんとともに案じていたのは事実です。以前お父さんがくも膜下出血で倒れたときあなたはお母さんお姉さんと協力してお父さんの元気付け絶えず病院に顔を出してくれましたね。本当にあなたは優しく気配りのある娘になったと感心しました。今一人暮らしをはじめ新たな生活にたいして戸惑っているあなたの姿を思うと思わず笑ってしまいます。それほどわがファミリーは1つでしたね。栄子も今年で22歳ですね。お父さんの青春時代は価値観の時代だと世間で言われました。今これからはあなたにとって判断力の時代だと思います。厳しい世界に飛び込んだあなたにとって正確な洞察力と判断力が要求されると思います。芸能界という厳しい世界の中であなたの判断力で素晴らしいことを一つ一つ吸収しどうかすてきな女性になってください。あなたは私にとって一級品の娘ですよ。がんばってください。父より


≪ありがとうございます。


「すばらしいお手紙で。1級品の娘ですって。うらやましいですね。じゃこれお父様からのお手紙をお渡ししておきます。お父様をありがとうございました


≪初めてもらいました。


「あ!本当。じゃよかった。


≪すごく頑固者の父親だったんですけどもくも膜下してからね本当に優しい父親に。


「でもアレでしょう心配だったでしょうその時。


≪心配でしたね。初めてそのいなくなってしまうんじゃないかなという気持ち。


「お父様若かったでしょうその時


≪ええとまだ40ちょっと。当たり前のようにいると思っていたけどももしかしたら死んでしまうかもしれないだと。ちょっとくも膜下だったので結構後遺症とかがなかなかひかなくてあのクリスマス、ちょうどクリスマスに倒れたんですよ。


「あら、あなたそのときお仕事をしていらしたの。


≪なにか娘私たちの名前も言えないし、こう目が開かなかったりとかそういう姿。あれ何かいつもピンとしている背筋がピンとしているお父さんなのに絵をこんな姿を見たくないなんて思ったり、お父さんなんて思ったらお父さんが「今日は有馬記念の日だね」ってそれだけ覚えていて


「(笑)


≪よかったお父さんらしいと思って馬券買ってくる?といったのは覚えていますね。


「本当に。でもこんなお手紙を書いてくださるまでにすっかりお元気になって


≪今は元気。今はすっかり元気になりました


「よかった。





黒柳「小池栄子さんほんとうは保母さん


小池≪はい


「なりたかったんですね。


≪何でなりたかったって単純に子供が好きだっからと思うんですけども、芸能界に入るか保母さんになるかというのが高校を卒業の進路のときにすごく迷って


「本当


≪もうそのまま保母さんに行くと思っていたのでその時に今の事務所の社長に声をかけていただいたのであの担任の先生が今しかできないことを選んでみなさいと言ってくださってで芸能界に入ったんですけども。


「子供好きなんですってね。


≪好きですね。もうなにか自分もいっぱい子供を産みたいと思いますしね将来は。


「なるほどね。さっきこんなに大きくて子供ができたらもっと大きくなったらどんなことになるんだろうって


≪不安はありますね。胸が張ると聞くので。今Fカップなんですよ。


「Fカップって日本で売っているの?


≪売ってます売ってます。今何かは若い人たちはそれ以上の人がたくさんいらっしゃるので。HカップとかIカップとか


「普通はAとか昔はAしかなかったんですよね私たちの若いころは。ABCDEF


≪はい


「すごいですね胸のことばっかりうかがったわけじゃないんですけども


≪いいえ


「他のこともうかがえたんですけどももう時間があっという間でしたのでまたいらしてください


≪ぜひよろしくお願いいたします。


「そのあなたが交際宣言をしてらっしゃるプロレスラーの方で結婚しそう?


≪ああーーでもそのままいったらと結婚はしたいと思いますね。


「そんなにいい方。


≪いい方です。


「あらあー。でもずいぶんあなたはっきりおっしゃるのね。


≪そうですかね(笑)


「でも見ていてすてきなんですものね。本当にありがとうございましたよろしく。


≪ありがとうございました