山梨コンディショニング整体院 since march,2003
このコーナーは私が整体というものをどのうように考え、「整体が怖い」「整体をうけたくない」と思っている方や、これから「受けてみたい」と思っている方へ、現在までの道のりを紹介し、整体や私の事を知っていただきたいと思い、書いてみました。またこれを読んで整体師になろうかな、と思ってくれる人がいてくれるとうれしく思います。
幼少時代は剣道少年
私は小学校2年生の時に、剣道を始めました。私の父の職場では剣友会(少年剣道教室)というものがあり、最初は父に勧められたのがきっかけです。剣道というスポーツは礼儀というものが非常に徹底され、身体活動以外にも、人間形成の場として、得に優れているスポーツだと今でも思っています。ですから、現在お客様を対応する上での言葉使いや、礼儀などは、この時点で培われていたといっても過言ではないでしょう。さて腕前?の方は、小学校4年生の時に、山梨県下少年剣道大会で3位に入賞し、6年生、の時はベスト8、中学校時代も剣道部に所属し、団体戦では3位に入ることもありました。はっきり言えば、それほど強くはなかったとは思いますが、当時熱心に教えていただいた先生方や協力してくれた両親には感謝しております。
水球に転向???
小学校2年生から始めた剣道は中学を卒業と同じに辞めました。実は中学2年生頃から、腰痛がひどく、椅子に長い時間座っていたり、立っていたりすると痛む状態がつづいていました。中学生で早くもぎっくり腰を何回も経験しました。山梨県には全国的にも有名な剣道部がある高校があり、どうしても入学したいと考えていましたが、その前に持病の腰痛を治しておこうと、様々な病院や、接骨院にかかりましたが、どこもイマイチ。結局シップを処方されて、電気治療をうけるだけ。今考えれば簡単なことだったのに…・・。腰痛が治らなければ、高校の練習にもついて行けないと考え、普通高校に進学することを決断したのです。高校にも剣道部は存在していたのですが、しばらくは体を休めて、治ってから入部しようと考えていました。その間に剣道部を含め、様々な部活から勧誘がありましたが、全て断りました。ただ、水球部だけは、当時の監督から勧誘され、気持ちがゆらいでいたことは確かです。ある日「1回プールに見学にコイよ」と誘われ、好奇心からいってみると、初めてみるスポーツの新鮮感とプレーヤーの格好良さにとりこになってしまい、入部を決意しました。(腰の痛みを引きずりながら)
腰が痛くなくなった
水球というスポーツは、プールの中で、ハンドボールみたいな事をするスポーツなんですが、プールの水深が2メートルもあるので、足がつかないんです。要するにプレー中は立ち泳ぎをしていなければならないハードなスポーツです。腰痛は?と思っている方も多いと思いますが、実は知らないうちに治ってしまいました。高校時代の3年間でぎっくり腰は一度も出ませんでした。じゃあ何が原因だったの?と整体師の立場から考えると、脚の張りが原因の一つと考えられます。剣道というスポーツは打突する際に前足を強く床に踏み込みます。メーンという気合と共に床がバンと音を立てるくらい脚を踏み込みます。この動作により、ハムストリング(ふとももの後ろ)にものすごい力がかかり、収縮します。少し腰痛の原因のパターンを説明すると、太ももの裏が張る→骨盤が下に引っ張られる→腰部筋群が過剰に引っ張られる→腰痛という仕組みです。私の場合はこの太ももの後ろ側が張りすぎたまま、常にその状態がつづいたことが腰痛やぎっくり腰の原因だったのです。たったそんなことで…・と今でも思っていますが、この仕事をしていると、私と同じような症状で、腰痛に悩まされている方が多いことに気づきました。私の腰痛が治った理由はストレッチだったと思います。みなさんも水泳をする前には良く準備運動をしてと心がけている方も多いと思いますが、水球部は念入りにストレッチや準備運動を行います。それは小中学校では教わったラジオ体操とは全然違って、筋肉が伸びる、縮む、関節が動くなど全身のバランスを考えて作成されたプログラムで、もちろん太ももの裏を伸ばしたり、縮めたりという動作も含まれていました。たったそれだけで…?そうなんです、痛みが出たのも、治ったのもたったそれだけなんです。水球部は毎年国民体育大会や全国高校総体の関東大会に出場し、私は大学のセレクション(選考会)をうけ体育大学に進学しました。腰痛だった私が・・・・。
苦痛な痛み
無事大学を卒業し、山梨県内のリハビリテーション病院に就職しました。主に脳梗塞後の患者さんが入院する病院で、患者さんがリハビリテーションを通して、機能回復、社会復帰を目指す病院です。私は体育大学卒業ですから、健常者のトレーニングの指導などが、仕事内容でした。生活習慣病を運動で改善していくメニューを作成したり、指導したり、腰痛、肩こり、膝の痛みなどを運動によって改善できるように指導したりもしていました。最初は仕事を早く覚えて、慣れることを目標としていましたが、月日が流れるにつれて、多くの苦痛な痛みを抱える方と出会い「何かちがうな〜」と思い始めたのです。特に考えさせられたのは変形性膝関節症の患者さんです。ある整形外科を受診して、そこでリハビリテーションを1年間うけたけれども、もうこれ以上は治らない(膝は曲がらない)といわれ、肥満解消の為に運動がしたいからと私のところへいらっしゃったのです。最初はうつぶせに寝て、膝を曲げてもらっても直角には曲がりますがそれ以上は動かない状態で、床に腰を下ろすこともできない状態でした。大腿部はコンクリートのようにカチカチで、膝もメロンパンくらい腫れていました。どうにかしてあげたいと思う気持ちがいっぱいでしたが、私のできるのは運動の指導だけであり、マッサージやリハビリなどはもってのほかでした。ただ一つ、以前私の腰痛がストレッチで治ったことを思いだし、その方は最初にストレッチをやってもらうことにしました。その時はまだ関節の仕組みや、動き、関連している筋肉などそれほど詳しくありませんでしたので、全種類のストレッチを指導し、特に苦手の分野(この方は大腿筋群)を多めに行うように運動処方しました。始めのころはあまり効果がありませんでしたが、1ヶ月くらいたってからでしょうか、膝の関節が90度以上曲がるようになってきたのです。その動きが確認できてからは、徐々に関節の角度が改善され、床に座ることも、立ちあがることも平気でできるようになってきたのです。結局痛みや、膝の腫れはあまり改善につながりませんでしたが、関節の動きがよくなり、生活する上で不自由がなくなったとその方は喜んでくれました。その方の口癖は「もっと早くここへくればよかった」といいます。私はただストレッチを教えただけなのに、こんなに症状が良くなるものなんだとつくづく感動しました。
整体師への決意
それと同じころ、私の母は半月板損傷により、手術で半月板を摘出しました。手術は成功しましたが、全くというほど歩けなくなり、横浜にある有名な病院で治療とリハビリを受けていました。しかしなかなか完治せず、膝は変形性膝関節症の人と同じくらい曲がらない状況でした。それでも病院では、リハビリは週1回だけで後は安静という処方しかされないのです。関節は動かさなければ、さらに老化し、機能が劣ってきます。ですから私は母にもストレッチを行うように指導しました。症状が良くなってからは筋力トレーニングを導入し、今では何不自由なく、生活ができるようになりました。このように、ケアやトレーニング法などが病院では教えてもらえないというのが現状なのではないか、関節やその他の痛みで悩んでいる方が大勢いるのではないかと思い、今私にできるはこれだと決め、たどり着いたのが整体師の道でした。理学療法士なども検討しましたが、独立したいという気持ちがあったことも事実です。そんなことから整体師になったのです。
治療方針
私の住んでいる山梨県の中に、どのくらい痛みを抱えている人がいるのでしょうか?腰痛、肩こり、五十肩、肩関節の痛み、膝の痛み、股関節の痛み、首の痛み、などなど決してすくなくはないと思います。私は整体師であるとともに、健康運動指導士、温泉利用指導者の資格を有しています。筋力トレーニングや有酸素運動、ストレッチング、転倒予防体操、などの運動分野でのアドバイスや、温泉を利用した温熱療法などの分野でも、みなさんのお手伝いができると思います。ですから、全身のバランスを整え、痛みを改善し、その後再発などしないように、運動でケアしていくことを私の治療方針としていきたいと思っています。最後まで読んでくれてありがとうございます。皆さんもこのホームページのタイトルのように健康に是非なってくださいね。
最後に一番感謝しているのは妻です。ありがとう、これからもよろしく。
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