国道58号線    −その1−


 2006年10月5日、午後1時、私は羽田空港で飛行機を待っていた。これから沖縄に行こうと思っている。
 およそ、1年5ヶ月ぶりに出る長距離ツーリングである。が、あいにく雨が降っていた。気分が滅入る。那覇は晴れているのだろうか。

 じつは、空港の荷物検査でひと悶着があって、私はくさくさしていた。写真用のフィルムを手荷物のX線検査に通すかどうかで、警備員ともめたのである。
 空港のX線検査は例外が認められず、すべての手荷物を検査装置に通さなければならないことは、みなさんもよくご存じのとおりである。しかしながら、日本の実態に照らし合わせてみれば、少々大げさであるとは、誰しもが思っているのではないだろうか。
 私の場合、他の荷物はともかく、写真のフィルムだけはX線検査に通させない。理由は感光するからである。係員は「大丈夫ですよ。」などと言うが、程度の差こそあれ、必ず感光するものなのである。これは少し考えていただければ、すぐにおわかりになっていただけるだろう。乳剤に感光しない安全光ならともかく、弱いX線だから感光しないということはありえない。なぜレントゲン写真が写るのかを考えていただければ、自明の理であろう。

 それに、私は今回、ブローニー判のフィルムをもっていた。35ミリ判だと、パトローネという金属製の缶に入っているから、フィルムが出入りするリント布の部分から入ったX線以外は感光しないけど、ブローニーだと金属製の缶がないから、ひとたまりもないのである。で、私はいつもどうしているかというと、フィルムだけをトレーに乗せて係員に渡し、

「これは、X線には通さないでください。」

と申し出るようにしている。海外では、“Don't X-ray, please.”で大丈夫だ。いろいろな空港に行ったけど、いつもそれで通ってきた。しかしながら、今日の係員は面倒くさそうに、

「大丈夫ですよ。」

とか言って、勝手にX線検査装置のコンベアに乗せるのである。私は慌ててトレーを取り上げて、

「いや、大丈夫じゃないですから。」

と言って抗議した。すると、係員の顔にさっと緊張が走るのが見えた。そして憮然としながら、「どうぞ、こちらへ。」と言って、別の係員のいる席に案内された。これじゃあ、誰がどう見ても、覚醒剤か麻薬の不法所持でつかまった犯罪者である。そこににいたベテランの係員は、

「フィルム? ああ、大型カメラのフィルムですね。」

と言って、事情をすぐに察してくれた。そして、フィルムが開封されていないかだけを確認しただけで、すぐに解放された。けれど、どうも失礼しました、の一言はなかった。おまえがややこしいものを持ち込むからいけないんだぞ、という感じであった。そういったことがあったので、私は、かなりいらついていたのである。


雨の羽田空港 21番ゲート


 アナウンスがあり、「使用機材の到着遅れがありまして、出発が10分ほど遅れる予定です。」とか言う。ますますいらいらしてくる。使用機材とは、要するに飛行機のことである。航空業界だけで使われる、いわゆる業界用語なのだが、何回聞いても違和感がある。どうせ事情を説明しても一般大衆にはわからないでしょうけど、いちおう言っておきますよ、といった関係者の思い上がりを感じさせるのである。一般大衆にわかるように言ってこそ、事情説明というものであるはずだ。

 やがて、私の乗るボーイング767が到着して、ゲートに横付けされた。燃料の給油はなかった。だから、機内の清掃だけで飛び立てるはずである。それに30分もかかるものだろうか。いいからさっさと乗せろよ、という気もする。けれども、乗客たちは、みんな犬のようにおとなしく待っている。
 大衆って、いつからこんなに大人しくなったのだろう。なんだか迫力がない。誰か、大阪のオバちゃんのように、

「なんで遅れるねん。ちゃんと、みんなにわかるように説明しいや。使用機材って、いったいなんのことやねん。そんなん言われても、誰もわかれへんやんか。あんたら、ええかげんにしいやー。」

と抗議しないかな。乗客のなかに大阪のオバちゃん、いないかな。

 やがて搭乗が始まり、定刻から15分遅れて、飛行機は飛び立った。秋雨前線が活発であり、高度8000メートルまで上がっても、うっすらと雲がかかっていた。窓の外を見ていたが、なにも見えないので寝てしまった。目が覚めると、眼下に奄美大島が見えた。特徴的なかたちをしている加計呂麻島(かけろまじま)も、はっきりと見えた。海は、きれいなエメラルドグリーンである。それを見ていると、出発前のいらいらがきれいに消えてしまった。どうやら、熱帯の海の色には、ストレスやイライラを解消させる効果があるようである。


飛行中のボーイング767の翼


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