国道9号線 Part2 −その1−
翌朝は、午前7時ごろ、目がさめた。
私は、この年齢になっても血圧が低く、朝、起きてから完全に目がさめるまで、時間がかかる。テントを出て、ペットボトルに入った水をのみながら、しばらくぼーっとしていた。ようやく動けるようになったので、キャンプ場を散歩する。
櫛が浜は深く入りくんだ入り江になっていて、波はほとんどない。海の水は澄みきっていて、きれいだ。夏は海水浴で、賑わうのだろう。
櫛ヶ浜
ゆうべ、ポプラというコンビ二で買っておいた、カレーパンと野菜ジュースで朝食にする。食べながら、携帯電話で天気予報をみる。今日は晴れだけど、明日は雨だという。いまは、こんなにいい天気なのに? と思うが。まあ、そういうことなのだろう。
明日、山陰地方が雨だとすると、国道9号線を完走することは次回にまわして、今日じゅうに山陽地方に出た方がいいかもしれない。山陰地方は「弁当を忘れても、傘は忘れるな。」といわれるくらい、雨の多いところである。けれど、山陽地方はよほどのことがない限り、晴れているものだ。
念のために、山陽地方の天気予報にアクセスしてみると、「曇り時々雨」であった。どうしようかな、と思ったけれど、とりあえず結論は保留して、出発することにした。
温泉津駅の少し先から、国道9号線に戻る。
琴ヶ浜(ことがはま)を通る。相撲部屋の名前みたいだけど、ここの鳴き砂は有名である。歩くと砂が鳴く海岸は、ここだけではないけれど。仁摩(にま)という駅に着く。駅の前に、「仁摩サンドミュージアム」とか、「ふれあい交流館」という施設が出来ている。島根県には、本当にこういうハコものが多い。
仁摩の駅からは、右に曲がると石見銀山(いわみぎんざん)の方に行く。石見銀山は、2007年に世界遺産となっている。なんでこんな田舎が、と、つい思ってしまうけれど、石見銀山は、当時としては最先端の精錬技術を持っていたのであった。
石見銀山で用いられた技術や生産方式は、この後国内の多くの鉱山に伝わった。そこで生産された銀が、東アジアや西洋との貿易に使われたのであった。もし、石見銀山から産出される銀がなかったら、日本は貧しい島国のままであり、世界から注目されることもなかっただろう。
銀は貴金属であるだけでなく、工業製品の材料としても貴重である。もし、銀がなかったら、写真というものはこの世界に登場しなかったに違いない。初期の写真は、臭化銀という、銀の化合物の感光性を利用したものであった。
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石見銀山
仁摩から次の五十猛(いそたけ)のあいだは、鉄道の写真を撮る者にとっては、有名なポイントである。私もここに来たことがある。仁摩の駅前は、なにもないところという印象だったけど、いまはそれなりに発展している。次の五十猛は、あいかわらず、なにもないままであった。
大田市(おおだし)に着く。よく間違われるけど、太田市ではなくて大田市、しかも「おおたし」ではなくて「おおだし」である。私も、高校時代に鉄道でここに来るまでは「おおたし」だとばかり思っていた。けれど、駅名標に「おおだし」と書いてあったので、ああそうなのか、と思ったのであった。難読ではないけれど、間違いやすい駅名である。
三瓶山(さんべさん)へ登るには、この駅でおりる。三瓶山は珍しいかたちをした火山である。地質に興味がある人にとっては、おもしろいところなのかもしれない。
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大田市ホームページ
さらに、国道9号線を東に進む。山陰の海岸は、そのほとんどが、白砂青松(はくさせいしょう)という感じだ。これこそ正しい日本の海岸、という気がする。
道の駅「キララ多岐」で休憩した。変わった名前の道の駅だけど、海水浴場が目の前。しかも、キャンプ場やコテージが併設されており、施設としては、なかなか充実している。ただし、趣味はあまりよくない。まず建物のデザインの趣味が悪い。それに「愛の鐘」だとか、余計なものが多すぎる。たぶん、この施設を企画・設計した人の趣味があまりよくなかったのだろう。けれども、そういうことを気にしないなら、オートバイ乗りにとっても、利用価値はあると思う。
道の駅は、休憩施設とトイレだけといった簡素なものと、このキララ多岐のように、総合レジャー施設を志向したものと、今後は2極化していきそうな気がする。もちろん、すべての道の駅が、こんなに立派な施設である必要はない。私としては、清潔なトイレと駐車場さえあれば、それで十分である。コンビニが併設されていれば、なおいいけれど。
道の駅「キララ多岐」にて
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キララ多岐