3R 「不死鳥の如く
〜トウカイテイオー〜

 11月11日、エリザベス女王杯にある競走馬が出走している。
 彼女の名はタイキポーラ。
平成5年の有馬記念において勝利し、「奇跡の復活」とまでいわれたトウカイテイオーの産駒である。
 結果こそ14着とブービーに終わってしまったが、彼女が無事完走したことを、お父さんは喜んでいるに違いない。(実際には「我関せず」といった感じかもしれないが)
 何故、「無事完走」かというと、テイオーの産駒は、故障する馬が結構多い。デイリー杯3歳ステークス(当時)2着のノボエイコーオー、皐月賞3着のチタニックオー、そして前述のタイキポーラと、活躍馬は過去に故障をして長期休養を余儀なくされたケースが多い。これもトウカイテイオーの血の為せる業なのであろうか?
 という訳で彼の過去を振り返ってみよう。
 トウカイテイオー・・・父はクラシック三冠を含むGTを7勝した「皇帝」シンボリルドルフ。母はトウカイナチュラル、オークス馬トウカイローマンの妹である。実は、生産者の方は当初トウカイローマンにルドルフを種付けする予定だったのだが、トウカイローマンが現役続行することになったため、妹に種付けされたそうである。
(現役続行したトウカイローマン、その後京都大賞典にて、武豊騎手に初重賞勝利をプレゼントしている)
幼少期から活発だったらしく、牧場の柵を飛び越し、牧場の皆さんをあわてさせたこともあったそうだ。
 そして3歳(旧年齢。以降も同様)になったテイオーは、栗東の松元省一厩舎に預けられることとなった。デビューの日は12月1日、来年のクラシックを意識してか遅い使い出しであった。そこで初勝利を飾った後、皐月賞のトライアルである若葉ステークス(当時は中山で行われていた)まで4連勝。重賞勝利こそなかったが、力を示すのにはこれで十分であった。
 そして皐月賞。テイオーの非凡なる能力を見抜いたファンは、彼を1番人気に支持、その期待に見事応えて勝利する。(この時の2着馬はルドルフより1年前に三冠を制覇したミスターシービーの産駒、シャコーグレード。テイオーの引退式の日に、はなむけ代わりにオープン戦を勝利している)
その後日本ダービーで大外の20番枠をひいたテイオーだったが、難なく勝利。父シンボリルドルフと同様、無敗で二冠を達成する。
 しかし、好事魔多しとはよく言ったものである。ダービーのレース後に骨折が発覚。親子二代による三冠達成の夢は、脆くも崩れ去ることとなる。そしてこの「骨折」が、後に幾度と無くテイオーを苦しめることになろうとは、一体誰が想像したであろうか。結局菊花賞には間に合わず、4歳シーズンを終了する。


 テイオーが再びターフに戻ってきたのは、産経大阪杯。鞍上はダービーまで騎乗していた安田隆行騎手(現調教師)から、父シンボリルドルフの手綱を取った岡部幸雄騎手に乗り替わっていた。この時の追い切りにて、「このまま地の果てまで走っていきそう」と評している。そう岡部騎手に言わしめたテイオー、レースではあっさり勝利。天皇賞(春)へと駒を進める。しかしここで昨年の天皇賞馬メジロマックイーンに敗れ、デビュー以来続いていた連勝はストップ。おまけに再び骨折を発症し、休養することとなった。幸い軽度のものであったため、秋シーズンには間に合ったのだが。

 骨折の癒えたテイオーの秋初戦は、ステップレースを使わず天皇賞(秋)に直行となった。ここではダイタクヘリオスの作り出したハイペースに飲まれ、7着と惨敗を喫する。しかし次走のジャパンカップにて、当時ヨーロッパの最強牝馬、ユーザーフレンドリーを筆頭とした世界の強豪相手に見事勝利。前走の敗北を払拭する。そして迎えた年末の大一番、有馬記念。この時、それまで鞍上にいた岡部騎手が騎乗停止となってしまったため、田原成貴騎手が騎乗しての参戦となった。だがジャパンカップでの見えない疲労があったのだろうか、初の2ケタ着順となる11着に敗れる。
(ちなみにこの時の有馬記念、他の有力馬達がテイオーをマークしていたため、そろってメジロパーマーに足下をすくわれた結果となった。2着にレガシーワールドが入り、万馬券決着となっている)


 この後3度目の骨折が発覚。長い休養の後、戦列に復帰したのは丸1年後、前の年に苦汁をなめた有馬記念であった。ジャパンカップまで騎乗していた岡部騎手にはビワハヤヒデというパートナーが既に決まっていたため、鞍上には昨年同様、田原騎手。 
3度に渡る度重なる骨折
そして1年の休み明け
 決して有利ではない状況下、テイオーは休み明けを感じさせない走りを見せた。以下最後の直線の攻防を実況より抜粋。
「トウカイテイオーがきた!トウカイテイオーがきた!ビワハヤヒデとトウカイテイオー!

 ダービー馬の意地を見せるかトウカイテイオー!

トウカイテイオーだ!

トウカイテイオーだ!

トウカイテイオーだ!」
まさに「奇跡の復活」であった。この復活劇にファンはもちろん、鞍上の田原騎手も涙を流していた。この有馬記念制覇により、JRAの年度末表彰において、特別賞をもらっている。

 有馬記念終了後、休養を挟んで天皇賞に出走する予定であったが、また足下に不安を発生し、引退することとなった。全成績はこちら。
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 現在テイオーは、早来の社台スタリオンステーションにて悠々自適の生活を送っている。
父内国産馬にはきつい風当たりの中、毎年コンスタントに産駒を送り出している。
引退しても人気があるため、テイオーの放牧地は道路沿いの見やすい位置である。
テイオーの事を思い出した方は、一度足を運んでみてはいかがだろうか?
不死鳥の如く蘇ったあの走りを、再び思い出せるだろうから・・・・・。
どうしても足を運べない方は、こちらをどうぞ。

トウカイテイオー全成績

年 月 日 競馬場 レース名 騎 手 距離、馬場
90.12. 1 中山 新    馬 安田隆 芝1800不
12.23 京都 シクラメンS 安田隆 芝2000良
91. 1.19 京都 若駒S 安田隆 芝2000良
3.17 中山 若葉S 安田隆 芝2000稍
4.14 中山 皐月賞 安田隆 芝2000稍
5.26 東京 日本ダービー 安田隆 芝2400良
10ヶ月休養(骨折、放牧)
92. 4. 5 阪神 産経大阪杯 岡部 芝2000良
4.26 京都 天皇賞(春) 岡部 芝3200良
6ヶ月休養(剥離骨折、放牧)
11. 1 東京 天皇賞(秋) 岡部 芝2000良
11.29 東京 ジャパンカップ 岡部 芝2400重
12.27 中山 有馬記念 11 田原 芝2500良
1年休養(剥離骨折、放牧)
93.12.26 中山 有馬記念 田原 芝2500良