イルムタージュ・ヴェルアレアサン
あの青い空の下、僕らは

鈴葉 恵
新しき仲間へ

Prologue

「ふ……。どうあっても譲る気は無いと、そういうことですね?」
「ヤエ先輩こそ」
「私としては、かわいい後輩のためなら、ここは引くにやぶさかではありませんが」
 ヤエ先輩は、ちら、と傍らに寄り添う小さな影を見た。
「彼女の望みですからね」
 にっこりと笑う。この笑みの危険性を認識できないようなバカは、長くは生きられないだろう。しかし、僕は隣に立つハルカの視線を意識しながら、答えた。
「こっちの彼女も譲るつもりはないようでね」
「では……仕方ありませんね」
 ヤエ先輩はジャケットを脱ぎ捨て、ツグミは呪符を仕込んだ単語カードのリングを指にかける。僕は皮のグラブを手にはめ、ハルカは懐の銃を確かめた。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」
 ヤエ先輩が九字を切り、結界を張る。周囲の音が消え、光が輝きを失い、空間が変質する。先輩の内界イメージである、永劫の草原。そこは一般の生徒は入ってこれない、異界の領域――

「本気で行きます!」
 ウェアラブルハードを起動しながら、僕は一気に間合いを詰めた。
「ピクシー!」
 【小妖精の召喚】
しかし、向こうは対悪魔のスペシャリストだ。
「無駄ですよ!」
 パン!
 ヤエ先輩の【拍手祓い】。ピクシーはマグネタイトに還元されて消えた。
「チィっ!」
 続けて、得物を召喚する。僕の手の中に、一振りの刀が顕現した。
「シン先輩、覚悟ぉ!」
「させないっ!」
 【ジャックフロストの拳】<対抗発動<【ハルカスラスト】
 ツグミが呪符を一枚放り、雪の妖精が現れる。
 間髪いれず、ハルカが手刀を放った。大気が切り裂かれ、草原を渡る鋭い風がジャックフロストを襲う。
「甘いですぅ!」
 【ハルカスラスト】<対抗発動<【フロストアッパーカット】<昇華<【↑+パンチ】+【ジャックフロストの拳】
フロストアッパーカットは、いわゆる上昇無敵技というやつだ。ハルカの手刀はツグミのスカートを揺らしただけだった。
「まだだよっ!」
 【ハルカスラスト】
 落ちてきたところを狙い、再び手刀を放つ。意外とえげつない。
「く……」
 剣圧に撃たれ、ツグミが倒れる。

 彼女達が攻防を繰り返している間に、僕はヤエ先輩に接近していた。
 しばらく静観していた彼は、しかし素直に間合いに入れてはくれなかった。
「回れよ回れ、花は大地を埋めて」
 【スピニング・ラウンド】
 螺旋軌道を描く気弾が放たれた。
 僕は跳躍して回避。そして、
「あああああぁぁぁッ!」
 【ゲイボルグ】
 空中から、魔弾を打ち出す。刀から放った魔力の塊は三十に分かれ、草の海へ降り注ぐ。
「やりますね」
 【前方ステップ】>キャンセル>【ターニング・ラウンド】
 ザムっ!
「ぐっ!」
 ターニング・ラウンドは、ストリートファイターの間でも半ば伝説と化している対空攻撃だ。4メートルはあるかという気の剣を、背後から前方へ振り下ろすという、言葉でいえばそれだけの技なのだが、恐ろしいのは全く死角がないということだ。半径4メートルの、剣の結界。
「そんなものですか?」
 【スピニング・ラウンド】
「早い……!?」
 起き上がると同時に、
 【下段ガード】>キャンセル>【強襲型ゲイボルグ】
 足を前に出し、身体を半回転、刀を突き出して相手に突っ込む。
 【強襲型ゲイボルグ】<対抗発動<【スピニング・ラウンド】
 バキィッ!
「ぐああああっ!!」
「ふ。その間合いで突進技など、迎撃してくれと……!?」
 突撃型ではなく、強襲型と名乗っているのにはわけがある。この技でカウンターを食らっても、ダウンしないのだ。足止めされるのみ。そしてヤエ先輩の技は、避けにくい代わりに威力はあまり高くない。
「これで!」
 【斬鳳剣】

「遠距離戦では私が上ですつ!」
 【不浄・妄執】<対抗発動<【ハルカスラスト】
  【不浄・怨霊】<対抗発動<【エアブラスト】
   【不浄・邪翔】<対抗発動<【エアブラスト】
 ツグミがちぎっては投げる呪符を、片っ端からハルカが打ち落とす。遠距離攻撃に優れた二人は、このままではいつまでたっても決着がつかない。しかし――
「もらいました!」
 【恐怖・】<昇華<【不浄】×3
 邪念の塊をいくつもつぶした結果、ハルカの周りには瘴気が満ちていた。
 びくん、と彼女の身体がふるえ、
「あ……ああ……」
 呪縛された。怨霊に纏い憑かれ、身体の自由が利かない。
と書いてシャーーーっ!」
 【恐怖・葬】>連撃・昇華>【レムロ・カムロ・アムロ】
 ふところから取り出した妖しい人形の首を、ツグミがナイフで切り落とすと、ハルカは倒れた。
「う……うぅ……。いったい何なの……?」
 よろよろと立ち上がるが、ダメージがひどい。体力ゲージにして半分ほどの大ダメージだ。
「ふふふ……。私の呪いを受けてまだ動けるとは……。さすがハルカ先輩です」

【斬鳳剣】<対抗発動<【八雲】
 ズダンッ!
「がはっ!」
 僕は何がなんだかわからないまま、地面に叩きつけられていた。
「八雲なす連撃……。通常攻撃の10倍の威力があります」
「…………」
 気合で立つも、視界が回復しない。俗に言うピヨリという状態だ。しかし、ヤエ先輩は隙だらけの僕に、一切の攻撃を仕掛けなかった。
「君では勝てないと、もう分かったでしょう。悪いことは言わない、降参してくれないか」
「ク……クックックック……」
「……気の毒に。強いものほど、自分の力には自信を持っている。それを打ち砕かれた君の衝撃は痛いほど分かりますが……」
「ヤエ先輩。僕を甘く見ないで下さい」
 発動

リアストラード
異形戦闘形態

「ク……クククク……ふははははハーッはっはっはっハっハ……アぁッ!」
 【ゲイボルグ】<対抗発動<【スピニング・ラウンド
  【ゲイボルグ】>キャンセル(リアストラード中)>【デスバウンド】
「うおわぁっ」
 至近距離から魔力に満ちた一撃を受け、ヤエ先輩は体勢を崩した。
【デスバウンド】<(リアストラード中)
デスバウンドでの追撃。先輩はなすすべも無く直撃を受け、ダウン。
「ハ!」
 僕は跳躍して、倒れている彼に追撃。
「チィ!」
「遅えぇぇっ!」
 【スピニング・ラウンド】+連撃+【ターニング・ラウンド】
 【斬空閃】+連撃+【斬鳳剣】
  【スピニング・ラウンド】<相殺>【斬空閃】
   【ターニング・ラウンド】
   【斬鳳剣】

斬鳳剣よりもターニング・ラウンドのほうが出は遅いが、その分、スピニング・ラウンドは全必殺技中、最速を誇る。
 結局、二人の技は同時に互いを捉えた。そして、双方一歩も引かず、超至近距離での戦闘に入る。
「ああああああっ!」
「余裕です!」
 【スピニング・ラウンド】<対抗発動<【斬空閃】+連撃+【斬鳳剣】<対抗発動<【八雲】<対抗発動<【諸手突き】<対抗発動<【スピニング・ラウンド】+連撃+【スピニング・ラウンド】+連撃+【スピニング・ラウンド】<相殺>【デスバウンド】
【スピニング・ラウンド】<相殺>【ゲイボルグ】
【五月蝿】<相殺>【デスバウンド】
魔の力と気が相克し、周囲では嵐のように大気が渦巻いている。
「…………」
「…………」
 もはや、語る言葉はない。僕達は最後の一撃を放つべく、呼吸を整え、力を溜める。

 【デスバウンド】>対抗発動>
                        【残賊強】

「あ……」
 古の荒ぶる神にも匹敵する鬼気をまとった、ヤエ先輩の必殺の掌底。しかし、それを繰り出すよりも早く、僕の魔力弾は、先輩の胸を貫いていた。
「……体内でタイミングをずらして技を使いましたね?」
「他に……手はありませんでしたから」
「ふふ……。私の負けのようです……」
 そして、ヤエ先輩はゆっくりと崩れ落ちた。

 【ハルカスラスト】<対抗発動<【不浄・怨霊】
  【不浄・妄執】<対抗発動<【エアブラスト】
   【エアブラスト】<対抗発動<【不浄・邪翔】
    【ハルカスラスト】<相殺>【不浄・妄執】
「このままでは埒があきませんね……」
 ふたりとも、肩で息をしている。
後方からの火力支援が専門であるハルカの方が、弾速や技の出は速いが、ツグミの恐怖・葬を警戒しているため、攻めあぐねていた。
 一方のツグミも、発動の遅い召喚術を使うタイミングを見出せず、有効打を放てないでいた。不浄の呪符を駆使して巧みに牽制するが、本来のメインである召喚ができないという状況は愉快なものではない。
「…………」
 ツグミは攻撃の手を一旦休め、両手の五指すべてに単語カードのリングをかけた。
 

【暗黒聖書】

 呪符から染み出すように、暗闇が湧き出る。
「ザン!」
 【エアブラスト】
「……ふっ!」
 ハルカの空気弾を、影をまとった拳の一撃でつぶし、ツグミは禍々しい笑みを浮かべた。
「行きます。暗黒式呪術」
 【ハルカスラスト】
「だあっ! 名乗りの最中に攻撃しないで下さいっ!」
「…………?」
 手を前に出しただけで真空波を打ち消したツグミに、ハルカは首をかしげる。
「引き込むような動きがある……?」
「……やっぱり、ハルカ先輩はあなどれませんね。暗黒式の本質をすでに見抜いたなんて……」
 パン、と手を打ち鳴らすと、彼女の全身を闇が覆った。
「ありとあらゆるものを飲み込む、無明の闇の中へ! 時間の凍った黒の世界へ閉じ込めてあげますっ!」
 ツグミは自分の影の中へ沈むように消え、
「やだっ!?」
 ハルカはなんとなく展開を予測して、空中へ跳んで逃れる。
 彼女の影からツグミが染み出し、
「あはははっはっはははっはっはっっはははっははは!!」
 異様にハイテンションなツグミ。前方にダッシュして、ハルカの着地地点へ向かう。
「ひ……!」
 空中にいるハルカには、着地するまで何も出来ない。

 【不浄・蹂躙】<昇華(【暗黒聖書】発動中)<【不浄・妄執】+連撃+【不浄・邪翔】+連撃+【不浄・怨霊】
 ゾゾっ。
 魂を削り取るような音と共に、ハルカの細い身体を暗黒が蹂躙し、
「ああああアアああぁぁぁァぁっ!?」
 彼女は絶叫した。
「は……あああ……や、やめて……。ああぁぁぁ……」
 ハルカは負けを認めた。
「うふふふふふ……。先輩、かわいい」
 しかしツグミは、あやしい笑みを浮かべながら、指をわきわきと蠢かせてハルカに迫っていく。一歩、また一歩。
「ちょ……あ! く……つ、つぐみちゃん? ちょ……もう、わああ! はぁ……あああぁぁっ! 私の、私の、負けで、いいから……ッ……!」
 皮膚の上を不浄なる闇が、浮き沈みしている。
「先輩、私のためにもっといい声で鳴いて下さい……。ふふふははふふは。はーっはっはっはっはははははうははは!!
 瘴気に当てられ、完全にあっちの世界にトリップしている。彼女はあんまり魔女っぽくないディアボリック・ラフターを、すでに大半が枯れている見渡す限りの草原に響かせた。
「やあああああああもう嫌ぁ――――っ!
 恐怖心のゲージが3回ほどMAXになり、ハルカもキレた。普段は使わない銃を、ふところから抜き出し、通常弾の入ったマガジンをイジェクトして、炸裂鉄鋼弾を装填した物と一瞬で取り替える。
 【乱射】+連撃+【乱射】+連撃+【乱射】+連撃+【乱射】+連撃+【乱射】+連撃+【乱射】+連撃+【乱射】+連撃+【乱射】+連撃+【乱射】+連撃+【乱射】+連撃+【乱射】+連撃+【乱射】+連撃+【乱射】+連撃+【乱射】+連撃+【乱射】
「ハアっ、ハア、はぁ、はぁ……」
 術者が戦闘不能に陥ったため、暗黒式・不浄の効果は消失した。
「た、助かった……」

Epilogue

「ま、別にいいけどね……」
 今日も空は晴れている。果てしない青の、秋の空。柔らかい日の光が降り注ぎ、うららかな土曜日の昼下がりを穏やかに暖めている。飼い猫ならずとも、思わず縁側で眠りたくなってくるような、美しい日和である。
 僕は屋上にやってきて、フェンス越しの校庭と、何一つさえぎるもののない空を眺めていた。隣には姉さんとハルカがいる。
「きょうちゃん、意地張ってないで、一口くらい食べたら?」
「……いい、いらない」
 彼女達がふたりで分け合って食べているのは、「夕月」という……まあ、あんぱんみたいなものだ。購買でしか買えないこのパンは、なかなかの人気がある。とはいえ、大量に入荷するため、いつも売り切れていて買えないというわけではなく、混雑を覚悟して昼休みになった直後に並べば確実に手に入る。そうでなくても、大抵の日は2・3個売れ残っているのが常だった。
ちょっとした賭けに負けて、僕は今日の昼食をハルカにおごることになった。いつものように、人のはけた時間帯に購買に向かったのだが、今日に限ってはそれは間違いだった。
売れ残っていた「夕月」は一個。となれば、他のパンを買うつもりで来た時でもこれを買いたくなるのが人情ってものだ。折悪しくそこに居合わせたのが、ツグミとヤエ先輩。
となれば、パンを賭けて決闘となるのは血を見るよりも……もとい、火を見るよりも明らかだった。
そこまでは別にいい。許容範囲ってやつだ。死闘の末、僕とハルカは勝利を勝ち取ったわけだし。
問題は、僕達が異界で争っている間に、ミユがパンを買ってしまったことだ。……僕としたことがうかつだった。争っているのが僕達(僕とハルカと、つぐみとヤエ先輩)だというのに、漁夫の利的な行動をする命知らずな生徒がいるとは思わなかったのだ。実際、「生徒は」一人もいなかったのだが……。
そんなわけで、売れ残っていたサンドイッチと一緒に、ハルカはミユとはんぶんこにした「夕月」を食べている。
「ねえ、シン。今日は結局買えなかったし、明日またあらためて買ってくれるよね?」
「サンドイッチをおごったろうが」
「えー。だって、夕月って話だったじゃない。あ、じゃあこれはタダのおごりで、賭けの分は明日!」
「鬼かお前は」

Fin.

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