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★下から古い順に並んでいます。heal-jamのヘッドにUPしていたコメントをヒグラシジャーナルの一環としてこちらにまとめました。あまりヒグラシが出てこないですが、時事問題への怒りや問題提起や音楽の話題が含まれてます。
他の時期の分はこちらです。→号外編14(2010Apl〜Sep)→13(2010Apl〜Sep)→12(2010Jan〜Mar)→ 11(2010Jan〜Mar)→10(2009Aug〜2010Jan)→9(2009FEB〜AUG)→8(2008SEP〜2009JAN)→ 7(2008MAR〜AUG)→ 6(2007APR〜08JAN)→
5(2006NOV〜07MAR)→4(2006 AUG〜SEP)→3(2006 FEB〜JUN)
→2(2005 AUG〜06 FEB)→1(2004)
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★本当のサバイバル。政府の幼稚さ。
2011年3月13日 記
このたびの東北巨大地震、被災されたかたがたには、お見舞い申し上げます。
亡くなられた被害者ご家族のみなさまにはお悔やみ申し上げます。
おりしも前回「サバイバル」について書いたところですが、現在ぎりぎりで生き延びてまだ発見されていない人たちをなんとか救って欲しいです。
生存者のかたは精神力を保って知恵を絞ってなんとか窮地を脱して欲しいです。
思いついたことなど書いてみます。少しでも救助活動のヒントになればいいけど。
★いつも書いてますが報道も政府の体制もすごく「ちゃちい」。 現在は自衛隊も集結して活動しているようだけど初動が遅すぎ。初日の日暮れ前に動けば助かったケースが多かったと思う。寒い地域でもあるし。
これは指令系統、連絡システムの力量が問われるでしょう。
テレビの映像がまだ凄い津波とか映ってなくて、甘く見たんじゃないのか。 アナウンサーはただデータを読むように高さは6mが予想されますとか言ってたけど水位が6m上がったら尋常じゃない。3階建てビルまで水につかるというわけだから。実際は海岸形状で高さが増して、つまりホースの先をつまむののと同じで速度も高さも増して高さ10m以上行った所もあると思う。ダムが決壊して村が水没するぐらいのイメージをしなければいけなかった。
つなみという言葉から大きめの波ぐらいのイメージしか持たなかったのかもしれない。以前の地震で予想が外れてたいしたことないと思って逃げ遅れた人もいたでしょう。
各機関も翌日午後の映像までこれほど津波被害が甚大とは思ってなかったんでしょう。 ヘリからの恐ろしい映像をいち早く放映していれば、急いで避難した人たちもいたのではないのかな。
消防、警察官など現場現場で独自に動いた人たちもいると思う。その人たちの方が命がけで活躍したのだと思う。 でも政府が初日中に集合かけて他県から来てもらう手はずを打っていれば、2日目朝からやれることを次々やれたはず。車両が入れないところは人海作業しかないんだから。
★また、宮城の南三陸町や東松島市、陸前高田市、仙台若林区などの人たちは、地震後30分以内に巨大津波が来てるから、高台に行く間もなく家ごと海にさらわれた人たちが多いと思う。沖でサバイバルしている人もいるはずなので、これは早く船や潜水艇を出して捜査、救出すべき。一人15キロ沖で屋根の上でしのいで救出された人も居たのだから。光のない闇の中で水上で食料も飲料水もなく発見を待っている人たちがまだいるはず。転覆した船の中でまだ空気が残っているってケースがあるかもしれない。 車に乗ったまま水没してしまった人もいると思う。ヘリで強力磁石で持ち上げる方法だってある。家の前に流されてきた船に飛び乗ってそのまま津波の先端で流されていき、次の日助かった2人の若者もいた。
災害対策の機構が稚拙なのでしょうね。気象庁も去年夏にかいたけど「ちゃちい」ので、まだ津波が来ると言ったりするから救助隊も足踏み。余震による津波が怖くて海での活動が手薄なのでしょう。 民間人が家に戻るのは危険だが、救助活動にブレーキかからないようにしなきゃ。
海上自衛隊、海上保安局や空から遠い沖で観察していれば、もし新たな津波が来ても先に警告できる。
また、倒壊した家屋群の町では救助隊、捜索隊はスピーカーで5分おきぐらいにメッセージを送るべき。そして声が出なければ近くのもので音を出してください、と伝えてしばらく無音状態を作る。そしてまたメッセージをと。隙間に閉じ込められた人を発見できるかも。
★阪神の時もそうだけれど、海外のレスキュー専門家をもっと導入すべき。助けるって言ってくれてるんですから。 アメリカやカナダは広大な土地で生き抜くすべを蓄積している。ニューオリンズの災害も乗り越えたんだし。なだれ、竜巻、ハリケーン、水没、疫病、戦争など様々な災害から生き抜く研究をして技術や組織力を持っているんだから、どんどん来てもらえばよい。そのうえキリスト教精神で犠牲覚悟の人もいる。ニュージーランドからも来てくれるらしい。 救助犬を連れた大きな白人の専門チームが入ったら一人でも二人でも多く助かるはず。スポーツでわかるように、体力、精神力、知識、判断力がすごい人たちが訓練されてるんだよ。どんどん来てもらえばいいのに。阪神の時は空港に来てるのに断ったりしてた。
おそらく受け入れ体制を検討する部署すらないんでしょうね。政党茶番劇で手一杯でしたから。
3日目の現在でもボランティアやNPOの受け入れ体制すらできてない。たしかに物資や人材が過剰になるのは困るらしいが、それを強調してはいけない。今回の範囲は尋常じゃない。
食料、水や衣料品はもとより、着替え、トイレ系、ホカロン、毛布、換えの靴、水筒ポット、簡易シャワー、携帯充電器、電池、懐中電灯、小型テレビ、カセットコンロ、充電式湯たんぽ、ちょっとしたケアの人材だって届けることができれば、精神的にも違いが出る。
あらかじめ計画してないからできないんだね。でも3日もたったら、ボランティア団体の中心施設設定と連絡の中心、各県への支部配置を設定できるはずでしょ。ていうか役人じゃなくNPOに丸投げした方が早いんじゃないか。中東テロ地域まで行って援助活動する団体だってあるんだから。山岳救助隊だってたよりになるはず。
NPO団体同士の横のつながりをとって、実績のあるチームに中心になってもらって、地域ごとに配分を決めて動く。だから支援物資や家族の情報はそこを基点にすればよい。停電地域では車のバッテリーや軽油の発電機などで携帯などを充電できるように。家族との連絡や安否情報、地図、原発情報など。状況がわからず停電の中にいる人たちには救いになるはず。
問題は移動。航空写真の地図で見ると山間から扇状になった平地地域が大打撃で、それらをつなぐ鉄道や道路がどの程度使えるかテレビ放送でも情報がない。 だから場合によっては日本海側を使うとか、自衛隊ヘリを使うとかルートを確立しなきゃ。
★しかし未だに被害情報が把握できてない。海外ではこういうときにトゥイッターやFacebookが活用されるんだけれど。
どこが孤立しているのか、どこにいち早く捜索に行くべきなのか。連絡係をもうけて写真や映像、地図との照合というのを各地ですすめて往復を繰り返し、各支部で情報をつなげていけばいい。IT専門家を呼んで「クラウド」を使うことだってできる。 また、こういう時はオフロードバイクが活躍するはず。映像ではまったく活用されてない。キャタピラ系だって使えるでしょう。 フリーライターの人たちに連絡とって動いてもらっても良かったのに。安全な各地からでいいから見える写真をどんどん送ってもらって、航空写真、ヘリ映像、地図と照合すれば全貌がわかってくるはず。 お役所仕事の人たちにはこういう工夫を広げて実行していける人がいないのでしょう。
★原発事故の被爆もそうで、避難範囲が半径3キロ→10キロ→20キロとだんだん拡大してきた。第一原発と第二原発からの半径距離で重複してるエリアだってある。 なぜアメリカが提供するという冷却剤を断っちゃったのでしょう。で漏れた水素で爆発してる。これは露出した燃料棒絵を覆っているジルコニウムから出たものに発火したらしいが、なぜ外に漏れてるの? しかも避難の際、気をつけるべきこととかいっさいインフォメーションしていないので、避難移動の最中に被爆してしまった。本末転倒。
放射能を遮るのはコンクリートとビニール。だから外に出るなら皮膚をかくし、マスクをして吸い込まないようにして、ビニールのヤッケをかぶって、到着したら別の大きいビニール袋に服を密封する。皮膚は石けんでそっと洗い、可能なら体はシャワーで洗い流す。だから衣類の寄付は大切なのに。
それにしても高熱高圧の炉心に対して海水って水蒸気爆発は大丈夫なのかな。放射線の専門医の招集も遅すぎ。もしヘタ打った時のため、コンクリで「石棺」密閉の用意を始めたほうがいいかも。場合によってはロシアの技術者の協力が必要になるかも。もう政治的なかけひきとか関係ない段階でしょ。今まですべて後手だから。
★もうすぐアメリカの海兵隊などが集結してくるけれど、水の引かない若林区などは大きい軍用艦から上陸ボートでやらないと無理と思います。だって今日本の組織はなんら解決策ないんだから。3日目にまだ情報収集してます程度なんだから。 たしかに米軍が入って金髪で目の青い体の大きい白人がわらわらきたら、ちょっとおっかないかもだけど、何も手立てがないんだから。 同じ人間どうしなんだから。
★仙台空港の滑走路を一部でも排水、汚泥除去して小型機の発着やヘリポートにしたら少しは進めると思うけど。各地で石油コンビナートがいまだ燃え続けているけれど、山火事用の放水ヘリとか、アメリカの協力を得て早く消さないと、周辺環境への影響もあるしガソリン高騰にもつながるでしょう。
★あと今避難中で家も仕事も通帳も失った人たちを、このあとどうするのか、住む場所は?財産は?部署を設けて予定を練ることが大切。今の政権にそれができるのかな・・。先がわからないのはつらいだろうから。
★とにかく政府はもとより、テレビもちゃんとした専門家で調べて確認したことをしっかりインフォメーションすべき。被災者も見てるんだから。
★でも、よかったことは、海外と違って強盗などが起きない。避難した人たちが冷静で、礼儀正しいと海外でも評価が高いみたい。 昨日ラジオ番組はいいのもあった。視聴者からのメールを紹介したり、パーソナリティーが励ましたり。ほとんどの局が情報と音楽だけになっていたけれど、ジョン加平さんとかすばらしい人がいるから、前向きで有機的な放送を増やして欲しいですね。(それに比べフジテレビの女性アナウンサーひどいね。不快。)
★私はこういう時に芸術に何ができるのかとか思います。でも、むしろ芸術って津波の側なのかなとか思っちゃう。
これは大きな分かれ道だけれども、人が聞いて心が安まるような曲、または元気が出る曲というのはいつも意識しています。 でも、ちまたにあるチープな癒し系、励ましソングの方向は違う。もっと音の仕組みそのものが精神とつながるところを追求するわけで、宇宙の仕組みに近づきたい。ということはやはり津波側なのか。これをどうするかが私のライフワークでもあるかな。
Anyway それぞれできることをやろう。そして必ず復活できるよ!
2011年3月13日 記
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★日常&サバイバル、そして音楽&サバイバル。
2011年1月16日〜2月11日
★若干寒さが和らいで来て、昼間は春の訪れを予感させます。でもまだ夜から明け方は寒いですね。今日は雪です。
私の住まいは東京ですが、川や山が近い上に古い木造なので寒い。
先週ぐらいまではかなり寒く、朝起きると水道が凍っていて蛇口ひねっても出ないことがあるため、水道管が破裂しないよう、夜寝る前にほんの少しだけぽたぽたと出しておくのです。
すると、先日朝、びっくりしました。「つらら」になっていました。にゅがくく!ぽたっとたれるうちに凍って、落ちたところが氷の粒でつながって高くなり、やがて上下がつながって1本の棒のようになっていました。 念のためお風呂の水を調べたら表面凍っていましたよ。トゥは!
つららはポキッと取り外したらおもちゃのビームサーベルみたいになってました。流しに転がしておきましたが午後になっても溶けませんでした。
石油ファンヒータも持っていますが、暖房に灯油を使うのを極力控えたいので使っていません。 というのはレッスン指導の移動に結構ガソリンを使ってしまっているので、その分の贖罪というか相殺をしたいからです。貴重な地球の資源ですので。遠赤外線のセラミックヒーターもありますが、一部分しか温めないので今年はまだ使っていません。 どうしても夜震えて寝られないときはオークションで安く買った充電式の湯たんぽが、割と重宝してます。15分ほどで充電できて、2,3時間は暖かいよ。
小学生の時、国語の教科書に載っていた物語で、雪原を馬車だったか馬そりだったかで移動中ブリザードにあうというのがありました。主人公の記者かなにかの男性が旅の途中で、地元の少年が馬に木造の荷車を引かせているのにお客として乗った時の手記という感じでした。確かもう1人大人のお客が乗っていたように思います。それで雪原の真ん中を渡っている時にどんどん吹雪いてきて、しかも夜になり、このままでは前も見えないし、風も強いから進めないし、凍えて死んでしまう、というピンチになってしまいました。大人がもう一貫の終わりかと悲壮な表情を浮かべているときに馬を引いていた子どもはそれほど動じることもなく、皆で荷台に寝転がって毛布をかぶりましょうと指示します。荷台の数十Bの高さのへりから上に出ないよう体を伏せて、隙間を空けてはいけませんよと毛布を隅でぴったり閉じて押さえるようにするのだという。こうすれば大丈夫、前にもこれでやり過ごしましたからとお客をなだめて、吹雪の去るのを待ちます。やがて吹雪は弱まっていき、夜が明けます。一面真っ白な世界に太陽が昇り、悪夢が去った、みたいな。
少年の機転で難を逃れたのがなぜか記憶に残っています。平らに寝ることで風を防ぎ、体を寄せ合うことで蓄熱し、幕で遮断して熱の放散を防いだわけですが、知識と経験って大事だな。
私の場合それを今、室内でもやってるってわけです。(笑) ほんとふとんの隅に1センチでも隙間があると、その近くの体のパーツが寒い。息が白くなるし、うっかりすると朝、がたがた震えが止まらない。だからほんとに寒いときは寝袋に入り、上に布団を乗せてしのぎます。
以前「千の風に乗って」の訳で有名な新井満さんが、ラジオでインタビューに答えたり朗読なさったのを偶然拝聴しました。古い時代に書かれ、内容は素晴らしくても古語だったりして敬遠されるのはもったいないと、漢詩や俳句等を現代の言葉にしてふくらませた「自由訳」という表現をしていらっしゃいます。『般若心経』や『老子』なども自由訳なさっているそうです。
私が聴いたのは、良寛さん(僧侶で俳人)が簡素なひとり住まい(確か草庵)で風邪をひいてしまい、極寒の雪に閉じ込められてしまうという話です。せんべい布団で寝込んで、壁に掛かった托鉢用のはちをぼんやりと見つめ、お米も残り少なく、誰かが助けに来てくれるわけでもなく、体力も落ちて、いよいよ終わりかと意識も遠のいていきます。やがて春が来て、「なんとか生き延びられたようだ」とよろよろと起きあがります。そして托鉢に行くため雪の中から這い出るようにして河原に行くと一面に桃色の花が咲いていて「なんと美しいことか」「まるで河岸のようではないか」と感嘆するのです。桃源郷ですね。 このシーンに胸を打たれました。 朗読も深みがあった。新井さんご自身が学生時代に新潟地震の恐ろしい体験をして、知らない内に深層心理のダメージから内臓が侵され、ものを食べられないという苦しい病に悩まされた経験があるということです。初めの内は医者も解明できず、間違った薬まで渡されて悪化したりしていたけれど、徐々に回復し、一口ものを食べられた時に、なんてうまいんだ、と感動し、生きていることを実感したということです。
政治に問題が有りながらも、かろうじて平和な日本、銃の所持もなく、クーデターもなく、徴兵義務もなく、自爆テロもなく、カースト制度もなく、教育が受けられ、情報はあり、水道や電気がある。それに慣れてしまい、寒さや食べるということだけに限らず、生き延びるのに最低限必要なものに対し鈍感になってきているのではないでしょうか?
時々異常な事件が起きるけれど犯人は、幼少の頃、自然の変化との関わりがあまりなかったのではないかと思います。脳が発達して人格が形成される段階で、水の冷たさ、火の熱さ、泥の可塑性、石の重さと硬さ、川の流れの強さ、海の波のパワーの恐ろしさ、高いところから水に飛び込むスリル、穏やかな春の陽射しの温かさ、雪の冷たさと可塑性、立っていられないほどの強風、流れ星のきらめき、夕方の雲の色、木の枝のしなり、ノコギリで切る苦労、夏の砂浜の熱さ・・そういったものとの物理的な接触がきっと少なかったのだと思います。もし犯人のプロファイルで幼少〜中学までの体験を統計にとったら、こうした皮膚等の感覚器官の「受信」が少ないように予測されます。それが鈍感になっていたり、逆にのちに枯渇して原始を求めたりするのではないでしょうか?ですから子どもたちを自然の中でいろいろ体験させること、自然素材でもの作りを体験させることはとっても大切なことと思います。
ということもあり、私は日常を、野外でサバイバルするのを基本にして比較して考えちゃう。 知り合いがやっている長野の合宿所だいだらぼっちに行った時に外で寝たときは厳しかった。山村留学しているこどもたちの劇などのイベントでたくさん人間が来るため外でキャンプしますが、11月に行ったとき、持っていたのが夏用小型テントにやぶけた寝袋だったのでがたがた震えてました。何せ氷点下なので。
逆に夏にアメリカのグランドキャニオンに行った時も危険がありました。私の2ndCDのライナーノーツにも書きましたが、谷底まで降りる途中、開けた砂漠地帯で突然黒い雲がもくもくとたちこめ、激しい雷雨になったのです。強風で大きな雹(ひょう)が水平に飛んでくるような状態で、イナズマが岩を切り裂き、崖の巨大な岩石がスローモーションで崩れ落ちていく。とっさに身につけていた時計など金属類を遠ざけ、近くには物陰がないので、国語の教科書の少年を思いだしてうつぶせになって、リュックを楯に雹から防御しましたが、他になすすべもなく、能勢祥二郎もここで終わりか、と思ってびしょぬれでいると、雹はやみ、雲は立ち去り、鮮やかな青空に戻りました。いいお湿りでしたとばかりに色鮮やかになった砂漠の土、わずかな灌木も潤いに満ちて、小鳥が楽しそうに鳴きながら飛んでいく。自然の恐ろしい強さに貫かれました。今思うとですが、人智の及ばない自然エネルギーの甚大さ、そしてこれをくり返してこのキャニオンが形成されたのだよと地球の歴史の大きさを教えてくれたのかもしれないと思います。こういうことを時々体験しているので、私は日常を野外のサバイバルレベルと比較して考えちゃうのかも。
ということでレッスンなどで生徒さんのお宅にうかがったときに必要以上に暖房が効いていて密閉されていてると、すごく不自然に感じます。その家から出たとたん、うわああいい空気、と思います。もちろんそのまま夜の空気にさらされていては凍えるのですが。
Anyway 春、遠からじ!
★このあとちょっと音楽の深い内容になっちゃいます。
正月にテレビでジャズ講座のようなものをやっていたけど、「ひどかった」・・・。
これが日本の状況なんですね。ひどすぎ。
一般人にこの番組が面白かったと勘違いされてしまうのが怖い。
どうやら毎週やっていたのを連続で再放送したようなのですが、知名度の高い、もとテクノバンドのピアニストが、フリージャズで知名度のあるピアニストと二人でジャズの黎明期からフリージャズに続く変化を説明する番組。
ふたりもピアニストが居るのだから、さぞやこの時代はこんな和音で、アドリブはこんなフレーズが主体で、と次々弾いてみせるのかと思うと・・・。からっきし。んがくく。
もうひとり若いジャズ批評家がいて、ノートパソコンを手元に置いて説明する。
結局歴史的な説明はその若い批評家がやっていて、ふたりは知らないことがいっぱいのようで・・・。おそるおそる知ったかぶりしたり、ほぉーと初めて知ったり、という始末。
ほんまにプロか?
現場で活躍するジャズマンたちやジャズ愛好家のリスナーはたぶん苦笑して見ていたろう。
★具体的にこれではおかしいと思った点はいくつもあったけれど・・
番組では中学生の吹奏楽の生徒を招いて3人で教え「のたまう」が、これがイージーでひどい。
たとえばコール・アンド・レスポンスという手法を取り上げて、中学生にやらせる。
古い黒人労働歌で提示するかけ声の節とそれに答える節でその後ブルーズやゴスペルミュージックなどに継承される重要なファクターではあるが、かんじんな何を歌っているか、言葉をどう当てはめたかが言及されなかった。そしてもともと、アフリカでどのような形で歌われていたのか。言葉や節を変える即興性があるのか。
ただの音楽構造ではなくアフリカから強制的に連行されて過酷に働かせられる黒人奴隷たちの魂の叫びでもあったと思う。 つまりサバイバルです。
かつて赤裸々に黒人奴隷の歴史を描いたセンセーショナルな巨編感動作「Roots」を見ることをお勧めします。アフリカでとらえられて長い奴隷船での移送では家畜的環境と病死、精神ダメージ、着いた先では売られて重労働、逃亡すると鞭や足の指切断の刑、憎い相手に迎合しないと生きていけないのか?なぜ憎い相手の宗教に改宗したのか?著者の家系調査にもとずいたなまなましい物語と映像です。でも力強いです(音楽はクィンシー)。
こうした部分を空っぽ状態で、平和な日本でただサポート楽団側と中学生側で決まったフレーズを繰り返して応答しても・・・。
まさに日本を象徴する「形骸化」「空洞化」。
こうしてサバイバルやリアル世界から遠のいた成長で形骸化した日本の音楽ができあがっていくのですね。
むしろ楽器を置いて、声でやろう、というほうがいいのに。
★また、ジャズはヨーロッパとアフリカの衝突によって生まれたと言っている。それ自体はまあいいとして。(ヨーロッパから移住してきた白人とアフリカから奴隷が連れてこられて文化が交流したという点で)
ところがピアニストの左手はヨーロッパで右手はアフリカというような言い方をしていました。それは和音進行はヨーロッパのものだが、メロディーはブルーノートなどを使ってリズミカルなアフリカのもので自由に弾いていいというというとらえ方らしい。
詩的というか、コピーライター的にかっこつけて言ってるが、実際は「んなあこたない」。
リズム、ベースライン、和音、アドリブメロディーは音域で別居したりせず、重なったトレーシングペーパーで透けるような重層構造のようになっている。ピアニストの右手が知的なブロークンコードやオルタードラインを弾いたり、左手や中音域(管楽器群の場合もある)がリズミカルなリフを行うのもしょっちゅうです。ウッドベースによるベースラインの言及もなかったが、メロディーと分散和音とを合成したような手法で行います。
しかもリズムが3連系のビートを主体とするところにメロディーは8分音符主体で若干なまる「Jazz8th」については言及ゼロ、(弾きこんでいない人は気づかないから)そして2つめや4つめの音が高い音になるなどのアクセントをつけてグルーヴを生み出すということはみじんも知らないようでした。
また、リズムはアフリカ、和音はヨーロッパと言いたい人もいるでしょう。
しかしヨーロッパにも太古からダンスミュージックはあって、マズルカ、ポルカ、ミュゼット、タランテラ、ポロネーズにボレロ、それがアメリカ大陸に移住して(先住民を虐殺して)貧しかった初期、電気もない時代に収穫や結婚式を祝う村の祭りで、鉄弦ギター、フィドル、バンジョーなどで賑わして踊ったわけです。そうしてマウンテン・ミュージック系がカントリーミュージックのもとになった。それがウディ・ガスリー、ジョン・デンバーやウィリー・ネルソンときて今のテイラー・スゥイフトにもつながってくるのですね。
また、アフリカの労働歌やわらべ歌にもハーモニーはあります。キリスト教徒でないのに誰かが歌えばすぐ3度などでハーモニーラインを歌える。森の民ピグミー族の歌にも緻密なポリフォニーがあり、とてもヨーロッパ人がまねできるものではない。
それをステレオタイプにリズムはアフリカ、ハーモニーはヨーロッパととらえてしまうのは、短絡的で軽率だ。
むしろそうではないんだよ、と教えるべき。音楽の学校なんだから。
全く違う人種でも、踊りたいリズムの欲求、美しいハーモニーを求める感覚があったから融合できたんだよ、という点を見て欲しい。
たとえば料理は口の中で渾然一体となる。それを包丁の入れ方は日本風で火の入れ方は中国的なんて言わないでしょう。あるいは舌先はフランスだがのどごしはロシア風なんて感じて食べても意味はない。感じるだけなら個人の勝手ではあるけど、料理というものを要約しているようにいうのはいかがなもんか。
一方最初に口に含んで感じる舌触りや温度や味が、噛むと変わってくる、ということには意味があります。音楽も料理もある意味時間芸術だから。ところがそちらは言及されなかった。つまりトゥーファイブが多用されたわけや、ワンに解決されるかしないか、サブドミナントがセブンスコードで出てくる時の効果やわけなど。(ジャズの骨格に関わる)
★また、ブルーノートについて述べるところがあるけれど、表面的でした。
ある意味「ブルー」つまり憂鬱さを感じさせる音なわけですが、楽典のように正式な定義はありません。
で、♭3や♭7は短調に普通にある音。短調で使えば別にジャズ特有の音ということではない。ナチュラルマイナーだもの。
これを長調で使えば確かに明るいはずの所が暗く感じられるが、延ばしはしない。コードトーンに解決するかベンディングされます。しかもこの、長調で短調の音を使う方法は借用和音とか準固有和音ということで古いクラシック和声にもある。
だからアフリカの影響というなら「♭5」の音についてもっと説明しなくてはいけない。長調にも短調にも含まれない音。
というか私にとってブルーノートとはこの♭5音のことである。
現在日本やキリスト教影響下にある国で一般になっている平均率のドレミファソラシドというシステムはキリスト教の教義と密接に結びついています。その中で1、8、4、5度は「完全」という姓を持ち、特別扱いだ。完全1度は同じ音のこと、完全8度はオクターブ上の音。ハ長調で主音から数えるならどちらも「ド」のこと。完全4度はファ、完全5度はソにあたります。話を短くするため簡単に言うと、音というのは波長なので、それが2分の1、3分の1となると違う音程に聞こえる。2分の1になるとオクターブ上の音つまり8度になる。ギターで言えば弦の半分12フレットのところ。竹筒のような笛でドングリ笛のように吹くと、同じ径なら半分の長さの竹でオクターブ上の音になる。フォルクローレで使うサンポーニャとかシークをイメージしても良いでしょう。(日本ではパンフルートとも言う)木琴や鉄琴でも叩かれる板の長さが短くなっていってるでしょう?
で、もしドの3分の1にするとソ、4分の1にすると2オクターヴ上のドの音になるのです。ギターならナチュラル・ハーモニックスで倍音が出せるポイントですね。
こういう単純な数が宇宙の法則と結びついているということで、古代の数学者ピタゴラスが研究して広めたのがもとになっている。
つまり1/2、2/3、1/3など整数比で出る音は特別に純粋な音なのだということで「完全」とつけるのです。
ちなみに1/3で得られたソの1/3でレが得られ、レの1/3でラが得られ・・と続いて音階が作れます。ファは主音のドから5度下です。
で、キリスト教の教義としてこの整数比の音は神になぞらえられる特別な音なのです。それ以外の音は不協和な音か、不完全な協和音なのです。
現代の私たちは3度系、つまりドとミ、ミとソといった関係は安定して響いているように感じるけれどもキリスト教では「不完全」協和音です。ちなみにこのドとミとソを同時にならせばトニカという主和音、今で言う「C」というトニック・コードになる。ソの代わりに主音の3度下の音ラを使えばラドミすなわち「Aマイナー」という悲しげな和音で短調のトニックになる。
それでも「不完全」協和音なのです。不協和な音は悪魔、不完全な協和は人間界。完全が「神」の領域。
ラはドから上がっていくと6番目にあるので6度とも言える。つまり、3度を転回したりオクターブ上げたりすると6度10度13度などになるけれど、これらは完全な協和ではありまへんと。1度8度すなわち自分以外の音では、4度と5度しか完全な音程としては認めんぜよ、他は「長」(Major)または「短」(minor)という姓で2種類ずつあって、それらは真ん中はないってことです。
それぐらい完全音程というものを区別しているのですね。で、その完全5度を半音下げてしまう♭5という音は不吉で忌まわしく、最悪の不協和音なのです。"diabolus in musica"(ディアボロ・イン・ムジカ)といって悪魔の音程と呼ばれました。「完全」を破壊してしまう忌むべき音程、神を冒涜する汚れた音!人間を堕落させる呪われた音程!
ちなみに私毎日使っております(笑)
ただ私は不協和として攻撃的にではなく、美しく流れる響きになるよう組み合わせて使います。ん?これこそデーモンの手先なのかな?
で、コードトーンの上や下の音を一時的に使い、解決するのは「転位音」といってバロック時代の伝統和声でも使われます。倚音(いおん)、刺繍音など。
問題は解決させずに延ばす場合です。ゆらゆら揺らしていれば解決を遅延できる。または音程が上か下にずれていればそちらに解決されるのだろうという予感を生み、遅延できる。
それでギターではベンディング(日本ではチョーキングという)したりスライドバーを使う。トランペットや歌でも音程を加減できます。
ブルーノートは意味もわからず伸ばすと超ダサい。初心者のセッションで、なんちゃってギター本にブルーノート・スケールって書いてあった、て覚えたてのフィンガリングで他の音程との区別が付かず♭5をのばすと、やめてくれ〜状態になる。せめてベンディングしてくれ。それは悪魔以下のたんなる間違った音、「雑音」ではないか。
逆に悪魔的な響きを利用して独自の雰囲気を弾いてるのは80年代メタルのジョージ・リンチ「Mr.Scary」など。クリムゾンでも結構あったと思う。ところで悪魔的でなく延ばせる状態、・・・ございます。
これは実はディミニッシュと関係があるのだ。たとえばハ長調でFからCへ戻る時、半音階的経過のF♯を入れたコード、つまりF♯dimを挟む。するとF♯音すなわちソ♭がどうどうと延ばせるよ。この瞬間はベンディングさせたりどこかへ解決する必要もない。だってルートだもの。しかもミの♭も含まれるコードだから本来長調で使えないはずの♭3ものばせる!オマケつき!
これはよくあるC→C7→F→F♯dim→C/Gという進行で、クラシックにもカントリーにもラグタイムにもある。ジャズにおけるブルーズでは常套手段だ。だからジャズではこうしたパッシング・ディミニッシュを設定してブルーノートを「正当化する」手法がよく使われた。♭3についてはサブドミナントを7thコードにする、つまりクラシックならF6のところをF7にするとちょうどミ♭が延ばせるようになるのです。
こうしてブルーズをヨーロッパの和声に融合させたのですね。
いかがですか?たんに「右手がアフリカかヨーロッパか、左手がどっちか」というものではなく溶け込んでいるでしょう?初期にピアノを使った黒人ジャズメンはニューオリンズなどフランス系の家で奴隷になっていて、音楽的教育を受けるチャンスがあったことが関係しているようです。農作業や道路工事の過酷な肉体労働を課せられた人たちと別で、言葉も早く覚え、給仕や音楽の提供といった文化面で働いた奴隷たちもいたわけです。
ちなみにこれ以外に印象派ピアノに散見するのがトニック・ディミニッシュです。Cに解決するとしたら普通はG7の替わりにBdimからCに解決するところをC自体dimにしちゃう。するとあら、♭3も♭5もあるじゃない。ジャズだとキースやバイラークが使いますな。ブルーノートとは違うニュアンスでバラードで使うと美しいんだ。
その他♭5は「下方変位」としてドッペル・ドミナントでも出てくる。(ジャズだと A トレインね)この場合は低音レに対してラのフラット。ブラジルの巨匠アントニオ・カルロス・ジョビンもうまく使っています。
だからアフリカ・ミーツ・ヨーロッパというとらえ方なら、こういうことを説明すべきです。だって音楽の学校なんでしょ?ここを弾いて見せたらいい。吹かせてみたらいい。
中学生にソのフラットを吹かせて、Cを鳴らして不協和だ、Fを鳴らしても不協和だ、F♯dimが鳴ったらきれいに響いた、とか。
さて、そういうコントロールを習得した上で、「なおかつ」黒人独自の♭5を主張するというところにセロニアス・モンクの半音ぶつけや、ハードバップ、ファンキー・ジャズがあったというところがミソなんだけど。当然そこまで掘り下げられはしませんでした。
それにしてもなぜ小曽根 真さんを呼ばなかった?リアル知識、説明話術、その場で演奏例の技量、人脈、ジャズを愛する心、この番組のふたりよりはるかに適していたし、信頼性も実績もあるのに。ほんものがきちゃうとやばいからかな。
★以前ウィントン・マルサリス(tp)がヨーヨー・マとダブルヘッダーで音楽番組をやったのが確か正月に放送されたけれど、とてもよかった。アメリカの番組です。画質は悪いですが一部分youtubeで見られます。
この部分では→同じ曲をニューオリンズスタイルとクラシックとの比較で小澤さんが指揮してる。
マルサリスはクラシックの名門ジュリアードも出ていながら、黒人音楽のルーツとヒストリーを掘り下げ、一つのアルバムで各時代のスタイルを再現して見せた人です。本人が次々例を吹いてみせる。
番組でレクチャーを受けたり模範演奏をする学生たちも素晴らしい技術の持ち主たちだった。こちらはコール・アンド・レスポンスなど→14歳の少年が上手に吹くよ。
ヨーヨー・マも緻密なアンサンブルの指導をするところがあったはず。
もちろんプロの演奏もある。それらを小学生が聴いたりしてる。ふは、土壌が違うね。
(マルサリスは個人的にはそれほど好きなトランペッターではないんですけど、このような企画には120%適していたと思う)
こういう名番組をあらかじめプロデューサーは見ていなかったのかな。それを出演者に見せていなかったのかな。そうしたらこんあ勘違いさせるイージーな番組にはならかったはずだけれど。も、アメリカの人見ないで〜ッテ恥ずかしくなったよ。
ヲーキー、同期ィー、長くなったので今回はここまで。私のようにきちんと指摘する人間も必要かと思って、さらに次回も書いちゃいます。日本の音楽が表面加工と宣伝技法だけ発達して実は稚拙になって、形骸化してCDも売れなくなり、ライブ動員も減っているでしょう?だから日本の音楽が「サバイバル」できるようにしなきゃいけないから!
オレってブリザード?黒い雲?
2011年1月16日〜2月11日 記
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