道端のスイカ 中浜みのる
この作品は、私が大阪の高槻市職労に所属していたときに第14回:「自治労文芸賞」に応募して入選したものです。
小説  『道端のスイカ』
1


 田中信介は春ともなれば、目を覚ますと、自転車にまたがり、まだ明けやらぬ空に向かって家を出発する。かごの中には収穫用のビニール袋が入っている。鍬やスコップを片手に持っていくこともある。大きな川を2つほど渡ると、住宅街もとぎれ、ようやく田園風景が広がってくる。さらに進むと、村はずれの一軒家の前に小さな畑がある。この小さな畑が信介の農園である。家から自転車で40分、隣町にある。農園に着いた頃には太陽はすでに顔を出している。
 4月30日、信介はここに一本のスイカの苗を植えた。 
 信介がスイカの苗と出あったのは2年前の春のことだった。農産物の即売会の会場で信介が店頭に並んだ野菜苗をぼんやりと眺めていると、年老いた農夫がトマトの苗を手に持って、「あんたも1度どうや」と信介に野菜栽培を奨めた。市役所の農林課に勤めている信介に、「わしらの苦労も知ってや」問い痛げである。仕事にも慣れ、丁度、野菜栽培に関心を持ち始めてきた頃でもあり、その心意気を受けてみることにした。だが信介が手にしたのは、トマトでもなく、ナスビでもなく、スイカの苗であった。
小さい頃、父が畑に転がっていたスイカを獲ってきて、よく食べさせてくれた。その爽やかな味とこの年老いた農夫の顔がどことなく重なり合ったのか、野菜を作るのならスイカということになってしまったのだろう。
 「プランターやったら、コダマスイカにしなはれ」と農夫は奨めたが、信介は首を振った。農夫は一瞬、けげんな顔をしたが、気持ちよくビニールの袋の中にキュウリとナスビとトマトの次に丁寧に2本のスイカの苗を入れてくれた。
「そんな無理や」
 スイカをプランターで作るといったら、野菜作りに関心のある人からことごとく笑われた。そう言われれば言われるほど、むきになるのが無軌道で負けず嫌いの信介の性格だ。「やってみて、出来ないことはない」と頑張って栽培に取り組んだ。毎朝、必ずスイカの顔をみた。作り方を農家にしっこく訊いてみたし、本を買って勉強もした。
 だが結果は2年とも失敗に終わった。コダマスイカより小さなスイカが1、2個獲れただけだった。失敗してから冷静によく考えてみたら、みんなが言うように答えは事前にはっきりしていた。土の量に限度があるプランター栽培の上に、場所が狭い、日当たりが悪いでは、いい物ができるわけがない。ぶち当たってみないと分からないというのが、信介の気質だから、これもスイカ作りの第1歩であったかも知れない。
 失敗がはっきりしてくるにつれて、大きなスイカが畑に転がっているのを見るたびに、辛いというか、ねたましいというか、妙な気持ちになってきた。
 さてその頃、職場では健康診断の結果が個人宛に通知され、信介はコレストロールと中性脂肪が基準値をオーバーしていると指摘された。40歳も半ばを過ぎると、身体のあちこちに異常がでてくるものだ。原因はカロリーオーバーで酒の飲み過ぎだと言われた。
 そういえば、この半年ほどは職場の同僚とよく酒を飲んだ。話題の中心は試験制度のことで、試験を受けないと係長になれないという制度がこのほど導入されたからだ。もっとも信介には受験資格すらなかった。受験できるのは上司と人事が選抜した主任だけで、信介の場合、同期の人は殆ど係長になっているのに、主任すらなっていないのである。
 労働組合も不公平な制度だということで反対闘争を展開し、せめて一定の年齢に達した者にも受験資格を与えるように要求したが、当局はその声に耳を貸そうともせず、強行実施をしようとした。組合はこれに対抗して、試験制度を骨抜きにするために、受験資格のある人に受験しないようにと呼びかけた。
  組合が昇任という人生の大切なチャンスを組合員に放棄するようにと、あえて悩ましい提起を行ったのは、最近、当局は労働組合の弱体化につながるようなことを強引に実施しようとする動きが見られ、どこかで歯止めをかけないといけないという思いがあったからである。この試験制度も要するに上司と人事のお気に入りの人だけが係長になれるという仕組みになっているわけで、これを許せば組合員が上司に気を使って、労働組合に結集しなくなり、労働組合の弱体化につながると言うわけだ。「受けるも地獄、受けないのも地獄」
 こんな言葉が職場でささやかれた。昇任はしたいが試験に通るのは6、7人に1人。
40歳を過ぎての受験勉強は辛い。しかも主任になっていない同僚に気がねしての受験だ。それも合格すればまだいいが、落ちたら悲惨だ。格好よく受けないと言いたいが、人事にペケ印をつけられるのも心配だ。妻からどうして受験しないのと責められる。子供からお父さんの役職は訊かれる。組合と当局の板ばさみにあって、しんどい判断をしなければならなかった。
 「自分で手を挙げてまでなりなくないわ」とか「受けれない人がいるのに、受けれませんわ」とはっきり割り切れる人もいるが、たいていの人は、皆がどうするか横にらみ
の状態だ。主任になっていない信介にとっては気分いい話じゃないので、今回は蚊帳の外と決めこんでいたが、何人かの主任が「どうしたらいいと思う」と相談を持ちかけてくる。話してみると相談というより、他の人がどうするのかという情報を集めているようにも思える。 
 昇進というチャンスを目の前にすると、今まではそんなことをおくびにも出さなかったのに、「組合から処分されても受ける」と豹変する人もあり、気持ちはよくわかるが、なぜか寂しい思いをすることもあった。