臨月 エイジ
12月4日生まれ この日生まれの著名人
台東区浅草生まれ千葉県柏市育ち
唄って踊れないベーシスト
作詞、作曲、編曲やります。

詳しい自己紹介『にいさんさんたちに100の質問』こちら

気付かない細道へ向かえとは…
タイトルは自分の曲名から名付けました。
「気付く」ことが僕の生きてゆく中で、大切なもののひとつです。


続・ぐっどないとみゅうじっく 2001年7月からはじめた日記。僕からのおやすみなさいの言葉。以前の日記はこちら
エイジーワールド 僕の詞と曲たち。10代から書き続けてきたものの1部です。試聴も出来ます。
茜レコード 日記ぐっとないとみゅうじっくに書いたものや、日々のの記憶録です。
リンクの細道 面白いサイトがあったら教えてください。リンク貼るのもありがたや。


ぐっとくるひと
はっぴいえんどの4人、塚本晃、ゆらゆら帝国、ソウルフラワーユニオン、シアターブルック
エルマロ、クラムボン、ハイポジ、TOKYONO,1ソウルセット、フィッシュマンズ、こっこ、エゴ・ラッピン
小島麻由美、椎名林檎、つじあやの、松崎ナオ、イースタンユース、エゴ・ラッピン、GO!GO!7188
早川義夫、四人囃子、山本正行(タイムボカンシリーズの作詩、曲、うた)、矢野顕子、はちみつぱい
友部正人、ナスマシーン、ポラリス、ナタリーワイズ、ハナレグミ

手塚治虫、土田世紀、白土三平、江川達也、安達哲、蓮古田二郎、すぎむらしんいち、吉田戦車
やまだ紫、高野文子、さくらももこ、地下沢中也、谷川俊太郎、奈良美智、中原淳一、野坂昭如
イッセー尾形、古田敦也、マナティ(これだけひとぢゃなし)

きれいな字のひと


煙草、駅ぢゃないところに止まる電車、生返事
電車の連結のドアをちゃんと閉めない人
あんこ(和菓子全般)、もち、ねぎ、


 
1974 東京都台東区に生まれる。
1987 ビートルズの「A HARDDAYS NIGHT」のイントロに衝撃を受ける。
1990 唄うベースマンに憧れてベースを始める。家にあったクラシックギターもいじりだす。高校で軽音楽部には入らずクラス内でバンド「都民と県民」を結成。何故かギターをやる人がいないのでギターに変更。同時に作詞作曲も始める。学際バンドだったので、不満が募り高校でバンドは終了。
1993 アルバイトをしながら知り合った友達とオリジナルのトリオバンド「DAMASUCUS」を結成。クリーム、ジミヘン、ツェッペリンのカバーをやりつつ、G&VoとB&Voのメインが二人のスタンスを確立。お互いの曲でお互いが歌えるような曲を次々と作り出す。ライブ活動を展開。
1995 Vo&Gが突然失踪。まったく連絡つかず。Drとしばらく途方にくれる…。
1996 楽器屋や雑誌などのメンバー募集で200人位に人とコンタクトを取るがぐっとくる人はおらず。
1997 メンバー募集で知り合った林矢子のバンド「Sea Anemone」に加入。ライブ活動を展開。
1998 メンバー募集では500人をこえるが本命はなかなか見つからず、「Sea Anemone」をやりつつ一人で活動。
1999 「Sea Anemone」脱退。と同時に「DAMASUCUS」のDr長崎”ポンチ”勉とその知り合いのG、Keyで「笑福亭」結成。JALビルでライブ後、脱退。11月、渋谷アピアで初の単独行動弾き語りライブ
2000 長崎”ポンチ”勉と二人で「NOT FOUND」結成。アコギとボンゴ、ピアノで活動。7月29日『肉の日ライブ』。11月に銀座タクトで林矢子との『ふたつのうつせみ』ライブ。この時のバンド名は「ステラーカイギュウ」
2001 自分のアルバム制作中と同時に林矢子のアルバム『かなりやとわたし』制作。12月25日銀座タクトで『今宵花色』ライブ
2002 林矢子1stアルバム『かなりやとわたし』4月2日発売。レコ発ライブ"珈琲と音楽"5月9日(木)宇多川カフェ、8月3日(土)夏宵花宇多川カフェ。10月ギタリスト高橋将司加入、バンドまぼぢゃ始動。
2003 3/2(日)新宿JAMで初ライブ。2本のライブ後、7月まぼぢゃ解散。



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